第五十二話「2人目」3
とうに日は沈み、頭上には星空があった。
だからか、眠気が限界に近い。
もう就寝のときか?
いや、おかしい。普段のこの頃は夜ご飯を食べてる頃のはずだ。
眠気が来るにはまだ早い。
しかし、今もなお垂れ下がってくる瞼を抑えられない。
なんなら、身体はいつでも眠れるように準備を始めている。
というのも、さっきまで背中に掛けてたはずだった盾と剣が、いつの間にか両手に握られていた。
いつ下ろしたのかまったく覚えてない。
きっと目の前にベッドがあったら、僕は相棒たちを放り投げて飛び込んでしまうだろうな。
そんなことをぼんやりと思い浮かべながら、僕は最後にケンセイと別れた場所まで戻ってきた。
そんで、周りの篝火を頼りに、ケンセイが倒れていたであろう場所を探す。
確かこの辺だったはず……でも、いない。
そりゃそうか、もうだいぶ時が経ってる。
誰かに連れられて手当されたに違いない、念の為に来ただけだ。
となると、病院かな。
いや待てよ、ケンセイのことだから、自力でどうにか立ち上がって第3小団の天幕に戻ったらかもしれない。
いやもっと待て、病院にはタロウ小団長がいる。彼なら自分よりも先に小団長の無事を確かめる気がする。
うん、そうだ、なら僕も病院に行こう。
まったく、こんな眠い中、頭を使わせないで欲しいよ。
ってこんなこと言ったら、第3小団のみんなに笑われるだろうな。
いやいや、それで頭を使ったとは言わねーよって……ふっ、さっさと行こ。
そう思い、僕はまた歩き出す。
しかし、何故だかどんどんと地面が近くに来る。
あ、違う。
僕が前のめりに倒れているんだ。
脚を1歩出したと思ったのに、出せてなかった。
「うっ」
近くなる地面に僕は手を突こうとするも、できたのか、できなかったのか分からないまま、視界が真っ暗になった。
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目が覚めた時、僕は天幕の中にいた。
見慣れた幕天井だ。
天幕なんてどれも一緒だけど、ここは第3小団の天幕だろう。
何となくそう思う、気配か、匂いか、分からないけど確かだ。
「おい、目覚めたか」
ほらやっぱり第3小団の天幕だった。
僕が布団から上体を起こすと、隣りにはケンセイが座っていた。
「おはよう、お腹の傷はもう大丈夫なの?」
「あんなん、へっちゃらやわ、ほれ」
彼はそう言って、服をめくってお腹を見せてくれた。
お腹には黒ずんだ傷跡があった。
転んで膝を怪我した時のような傷跡だ、大したこと無さそうでホッとした。
でも、ケンセイは服をめくった際に傷が擦れたのか、少し痛そうな表情を見せた。
「それより、お前、アマテラスはどうした?」
「……」
どうしよう、とてもじゃないが言えない。
アマテラスこと、センカを匿ってるなんて言えない。
厳密にはアマテラスとセンカは別人みたいだけど。
「に、逃げられちゃった……ごめん」
嘘ついちゃってごめん、ケンセイ!
アマテラスも僕が改心させて見せるから、許してくれ!
「そうか、そらしゃあない」
僕はいま目が泳いでいるだろうか。
多分してないと思う、けどさっさと話題を変えた方がいい。
このままじゃバレてしまうかもしれない。
「と! ところで、もしかしてケンセイが僕を運んでくれたの?」
パッと思い浮かんだことを口にした。
僕は昨日の夜、確かヒワシ達と別れた帰り道で耐えられず寝てしまったはずだ。
それが今は第3小団の天幕にいる。
「せやで。今朝、病院からの帰り道でお前が倒れてたんや」
「そうだったんだ、ありがとう」
今朝、病院からの帰り道ね。
ならきっと。
「ケンセイのその様子からして、タロウ小団長は無事だったんだ」
「ああ、まだ意識は戻ってへんけど問題ないんやとさ、ってちょい待ち、なんやその様子って、俺なんか変か?」
「ううん、普通だよ、昨日のような不安さが感じないから、無事だったんだろうなーって」
「へっ、そうかよ」
そう、いま思えば、
昨日、アマテラスと戦ってたケンセイは、不安を拭いきれずにいた。
口ではタロウ小団長が死んでも、アマテラスを倒すと言ってたけど、実際のところは、アマテラスなんか放っておいて、すぐにタロウ小団長の無事を確認したかったんだろう。
だから、アマテラスとの撃ち合いで敗れた。
あれはケンセイが追い詰められたというより、彼が勝ちを急いだことによってできた隙をつかれたんだ。
あの時、僕がもっとしっかりしていれば、吹き飛ばされなければ、ケンセイに1対1させず済んだのに。
……そうはいかないか。
僕は……多分ケンセイも、空中で爆ぜる矢を防ぐ手立ては無い。
結局どちらかが吹き飛ばされて、1対1させられてたか。
たとえ今もう1度勝負したとしても負けるな、よりいい戦い方が思いつかないもん。
あ、でも、昨日は勝ったんだったな。
何故か勝てた……いや、何となくわかる。
たぶん、盾のおかげだ。
アマテラスの炎を防いだあの時、うっすらとしか見えなかったが、盾が輝いてたと思う。
だからケンセイみたく怪力でもない僕が、アマテラスを街の外から中まで吹きとばせたんだ。
僕は傍らに置かれている盾をそっと触れながら思う。
君は僕がピンチになるといつも助けてくれる。
もし僕がモノとお話できることができるなら、君にちゃんとありがとうって言いたい。
あ、待てよ、できるじゃないか、モノとお話できるセンカを通して、伝えてもらえばいいんだ。
うん、そうしよう。
「ーーミ、イサミ!」
ふと気がつくと、隣にいたはずのケンセイがいつの間にか天幕の出入口に突っ立て、僕を呼んでいた。
「ごめんケンセイ、聞いてなかった! なに?」
「せやから、今からキヨマルんらとこ行くからはよ来い!」
「わ、わかった!」
言われた通り、急いで起き上がる。
そしていつものように盾と剣を背中に掛けようとしたが、掛けるための革帯がないことに気がついた。
えーと、どこだろう。
辺りを見回すと、すぐに見つけられた。
僕が起き上がった時にめくった掛け布団の下敷きになってたみたいだ。
ヒモがヒョロヒョロっと飛びでてる。
掴んで引っこ抜くと、革帯のヒモが解けていて、すぐに装着できる状態でなかった。
いつもは首と左腕を通せばすぐに装着できる状態なのに。
きっとケンセイが解いて外したのだろう、横になる時まで付けてたらちょっと息苦しいからな。
でも困ったな、僕は革帯のヒモの結び方なんて知らない。
カラカティッツァに入団した時は、1番最初にトラジロウにやってもらった。
ウルスの兵団に潜り込んだ時は、コトノにやってもらった。
……はやく2人を見つけないとな……ってヒモを結ばないとだ。
まぁ何となくでできるだろう。
トラジロウとコトノが結んでくれるところを見てたんだ、2回も見たなら僕もできるさ。
ふん! こうして、こうして、ここをぐるぐる巻きにして、こうだ!
よし! できた。行こう!
「ケンセイ、待ってよー」
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「あのな、どないしたらそんなんになるんやって」
「……だってよ……ケンセイ、腕が、腕が邪魔でヒモの長さが足りなかったんだ」
「……それにしたって、そうはならんやろ」
「なっとるやろうがい!」
「んで、お前が怒ってんだよ、ったくよー、ほれ後ろ向け!」
「はい……」
さっきこんな事があったんだけど、道すがらケンセイは今も文句を言っている。
「お前の革帯、臭いねん、最後に天日干ししたのいつや」
「うんーと……したことない気がする」
「お前の鼻曲がっとるやろ」
「もうー、帰ったら干しとくって」
「革帯のヒモの結び方も練習せいよ?」
「うん、さっき教えてくれたやり方練習しとく」
……ケンセイって結構キレイ好きなんだな。
と、そうこうしてるうちに目的地についたようだ。
隣を歩いていたケンセイが急に止まった。
僕は数歩、後ろ歩きで通り過ぎたぶん戻り、くるっと向きを変えた。
「ここ?」
「そや」
作戦会議に使う天幕だから、
とんでもなくデッカイ天幕なのかと思ってたけど、そんなこと無かった。
まぁ普通よりひと回りは大きいのかな?
そんな天幕に僕達が入ろうとしたその時だった、見知った顔が出てきた。
チカセである。
「あ、イサミとケンセイじゃん! もう私たちの会議終わっちゃったよ」
「なんや、えらい早いな」
手を振りながら近づいてくるチカセの背後から、さらにもう2つの影が天幕の入口から現れた。
キヨマルと、アンネだ。
「ええ、大事な議題はまだ練られていますが、私達は今までとさほど変わったことはしませんからね」
「そうかぁ」
「詳しい話は……今から食事でもしながらしましょう」
「やな、イサミもそれでいいだろう?」
「うん!」
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そうして僕達は第3小団の天幕に戻った。
最初は、兵士用の配給所でもらえる携帯食料で済ませようと、キヨマルが言った。
しかし、これにチカセが猛反対した。せっかく街がすぐそこにあるなら、美味しいものが食べたいのだとか。
なら、街中でどこかお食事処に入るかと案がすぐに出たが、今度はキヨマルが許しを出さなかった。
彼曰く、
バレナがこのルナの街を占領してからだいぶほとぼり冷めたとは言え、未だ反感は多い。
そのうえ昨日はアマテラスが来て、一瞬だがこの街が戦場となった。
だから街の人たちもピリピリしていることだろう、そんな所に僕たちが呑気にご飯を食べに行ったら、敵意を向けられていらぬ争いが起こるかもしれない。
僕たちはみんな、キヨマルの言い分はもっともだと思った。
なので、みんなで第3案を考えた。
いや、第3の案は1人によって半ば強引に決められた。
それはチカセがご飯を作るというものだ。
チカセ本人が『なら私が作ったげる! 昨日何個かのレシピを教えてもらったの! 任せて!』そう言って一目散に走り出したのだ。
誰も追いつけなかった。
あの速さは今までの戦場で見たどのチカセよりも速かった気がする。
また、僕以外の誰もが渋い顔していた。
あの感情をあまり表に出さないアンネですら『ちょ、待ってーーくださいまし』とボヤいていた。
他のみんなにとって、チカセが作るご飯は美味しくないのかと思ったけど、そういう訳では無いらしい。
ただ、『貴方は昨日いなかったから知らないんでしたね、あの子、昨日は紫と緑色の傘をもつ、見るからに毒キノコを食材に使ったのでしてよ』
とまぁこんな具合に、いつからか変な食材をよく使うようになったらしい。
いや、もともとチカセは癖の強い食材をよく使っていた。
梟に鳶のような空飛ぶ大型の獣だったり、イノシシや蛇など山で見られる獣だったり。
でもそれは、食文化の地域差だから大したことは無い。
それがどこの地域で見られるんだよって食材に変わっていった。
どう考えてもヒワシのせいだ。
ヒワシがでたらめ吹き込んだに違いない。
じゃなかったらこんなの食卓に並ぶはずがない。
今、僕たちの目の前にはチカセの作った丼物が並べられている。
だが、誰も箸を取ろうとするものはいない。
それもそのはずだ。
丼の中に大きめのカエルがいた。
ただのカエルじゃない、やたら目が大きくて、額に星の模様がある。
僕のは緑色をしているけど、キヨマルのは黒色、ケンセイは赤色、アンネは水色、チカセのは黄色のカエルである。
心做しか、このカエルたちの鳴き声まで聞こえてくる気がする。
ゲロゲロゲロゲロ……
タマタマタマタマ……
ギロギロギロギロ……
ドロドロドロドロ……
クルクルクルクル……
僕は変なモノを見たせいか、そんな幻聴が頭の中で響いた。
そんな中、急にバタンと音がし、ケンセイが立ち上がった
「おい! アンネが倒れたぞ!」
直後、キヨマルがアンネを担ぎ、大声を出した。
「いけない! 全員退避!」
僕は意識朦朧に第3小団の天幕から飛び出た。
はぁ、はぁ、あれはなんだったんだ。
急にジメジメしてきて、息苦しくなった気がする。
恐ろしい。
「みんなー? 急に出てってどうしたの? 」
僕たちが地面に転がりコケていると、天幕からチカセが出てきた。
それと同時に、キヨマルとケンセイが素早く僕の元に集まり、僕たちは小声でひそひそする。
「あれはヤバイ、どうにかするぞ」
「でもどうすればいいの? ケンセイ」
「頼りはお前だ」
「僕?」
「ああ、イサミならチカセにあれをやめさせられるように説得できるかもしれん」
「そ、そんなー」
説得って、2人とも僕の口が上手くないの知ってるのに、僕に任せちゃっていいの?
でも、もうやるしかないみたいだ。
2人とも行動に迷いがない。
「では私とケンセイで、あの奇物を処分しましょう」
「おう」
「では、これより作戦開始とします」
そう言って2人は僕を立ち上がらせ、背中を押した。
僕は押し出されて、トコトコって感じでチカセの前に出された。
その際、一瞬振り返ってみると、もうキヨマルとケンセイの姿はなかった。
「ああ! チカセ……」
「ねぇ、さっきアンネが倒れたみたいだけど、どうしたの?」
「う、うん、疲れてたのかな、でも今キヨマルとケンセイが野戦病院に連れて行ったよ」
「わざわざ野戦病院まで?」
「たぶん、すごく心配なんじゃない? ほら、タロウ小団長だって意識がまだ戻らないから……」
「そうね……アンネ大丈夫かしら」
チカセは左手を顎に当てて、心配そうな顔をした。
「チカセ! ちょ、ちょっと散歩にでも行こう!」
「え、今から?」
「うん、みんなが戻ってくるまでの間……ね」
「……いいよ! でも珍しいね、イサミが散歩行こうなんて言うの」
「そ、そうかなー」
「そうよ、いつもだったら、センカ! 手合わせしよう!』って言ってくるもん」
「え? 僕そんなポーズ決めながら言ってなくない?」
「言ってる」
「でもセンカだってこんなポーズしながら、『勝負よ!』って言ってるじゃん」
僕は片足をあげて、両腕を鳥みたく羽ばたかせるポーズをセンカに見せた。
「ひひっ、ぜったいうそ! したことないそんなことー」
「じゃあ僕もしてないよ」
「イサミはしてた!」
そんな問答をしながら、僕たちは野営地から近い森の中まで来た。
ここへは、日陰で涼しいからとか、木登りがしたいからとか、そんなことを理由で連れてきた。
連れてくるまでに、どう説得すればいいかずっと考えてたけど、何も思い浮かばなかった。
そもそも、会話しながら何かを考えるなんて器用なことは僕はできない!
くそー! どうしよう!
と、頭を悩ませていたそんな時だった。
「危ない!」
チカセが叫んだ。
見ると、通りすがりの木の枝から蛇が垂れてきていて、僕の首を狙ってたっぽい。
それをチカセが間一髪で蛇の首元を素早く掴んだ。
「あ、ありがとう」
「ううん、良かった噛まれてなくて、この蛇は大した毒は持ってないけど、噛まれたらすごく肌が腫れ上がるの」
蛇を捕まえてるチカセの姿を見て、そういえば、以前も蛇を捕まえてたチカセのことを思い出した。
「チカセ!」
「うん?」
「前もチカセが蛇捕まえてきたことあったよね」
「……そうだっけ」
「うん、あの時、チカセが焼いた蛇の串焼き、ずっと覚えてる」
これは本心からそう思う。
「最近の料理もいいけど、僕は前の野生味溢れるチカセの料理の方が好きだ、また作って欲しい」
最近のチカセの料理は、あのカエルしか知らないけど、あの蛇の串焼きより美味しとはあまり思えない。
だから、前のチカセに戻って欲しいな。
「そっか、前の私の料理の方が好きか……みんなヒワシの料理すごく美味しい、美味しいって言うから、私も味付けとか、食材を色々変えてみたけど、イサミがそう言うなら、また作ったげる! いひひっ」
味付けが変わった料理をやめてくれとは、結局言えなかったけど、この様子なら大丈夫そうかな?
はにかむチカセの顔を見て、思わず僕も笑顔が漏れた。
「じゃあ戻ろうか」
「うん! あ、この蛇持ち帰ろ、さっそく作ったげる」
「やったー!」
「じゃあ、尻尾の方持って!」
「うん!」
---
僕たちが天幕に戻ると、
既にキヨマルとケンセイが新たなご飯を作り終わった頃だった。
チカセはカエル丼がなくなってたことに不服だっけど、それは次の機会にするということで、その場が収まった。
めでたし、めでたし。
でも後でヒワシに文句を言ってやろう。




