第五十二話「2人目」2
102号室は6畳の部屋だ。
だが今はちゃぶ台やタンスなどの家具が壊れ、散らばった木片のせいで、まともに座れる場所がない。
そこで僕はささっと邪魔な木片を外に運び出し、2畳ほどのスペースを作った。
そこに僕とセンカが座る。
一応脚を伸ばして寛ぐことができるが、センカは正座した。
あれで休まるとは全然思えないけど、王城で暮らしてたセンカにとっては普通なのかもしれない。
「センカ……夢遊病についてなんだけどさ、ヒワシは珍しい病って言ってたけど、詳しく聞いたら大人が患うのは珍しいって言ってたんだ、ほんとだよ?」
これは本当なんだ。
さっき邪魔な木片を外に運び出した後、ヒワシは茶を入れてくると言って自分の部屋に戻って行った。
運良く水瓶と竈は無事だったらしく、安らぐには茶が必要だと言いながら。
僕はヒワシが安らぎを求めたことにびっくり……いや、ヒワシのことは今はいいとして。
とにかく、その時に夢遊病について少し聞いたんだ。
治し方は分からないと言われた。
でも、センカにとってはいいことかも知れないことを1つ聞けた。
僕はどうにかこれ以上センカが気負わないように、それを話す。
「なんでも、幼い子供がよく患う病らしい……でも、成長と共に自然と治るんだって。
僕も昔、どうやら寝ながらおもちゃを洗っていたことがあるらしい。ないとは思うけど、今ももしかしたら、寝ながら……なにかしでかしてるかも。
だから、その……あんまり気にしすぎないで」
これで、伝わったかな。
余計傷つけたりはしないだろうか。
そんなことが頭をよぎる。
けど、もっといい言葉や、言い方は思いつかない。
やっぱり励ますのは苦手だ。
彼女はじっと僕を見つめていた。
何故か心配そうな顔をして。
「あ、ありがとう、ございます、心配してくれて。
でも、大丈夫。ウチは、たぶん、夢遊病じゃないから、い、意識がない時に何をしたかは、覚えてないけど、教えてくれるの」
……僕は頭が冴えてない。
だから正直、センカが何を言ってるのかよく分かんない。
でもふと思い出した。
センカはそんじょそこらのモノとお話ができる。
花でも、木でも、はたまた剣とかも。
だから今回もそんなところだろう。
「例えば、この部屋の壊れた扉の残骸とかが教えてくれるの?」
僕がそう聞くと、
センカは周りをキョロキョロしながら、恥ずかしそうに言った。
「あ、違うの、えっと、実は……うう、もう1人の自分が教えてくれるの」
もう1人の……センカ。
なんか、ものすごく見覚えがあるぞ。
僕は口調が変なセンカを知っている。
「それってもしかして、自分のことを我って呼んでる?
「あ、うん、そう! ……そうだよね、イサミ君は戦ったから、知ってるよね」
つまり、僕が戦ってたセンカは、センカじゃないのか。
「もしかして、今も話しかけられたりしてるの?」
「い、今は……いないみたい、イサミ君にやられて気絶したんだと思う」
「そうだったんだ」
気絶しなかったら、ずっともう1人のセンカの……暴走状態? だったのかな。
気絶してくれてほんとに助かった。
でももし今、目覚めてしまったらどうなってしまうんだろう。
意識を乗っ取られちゃうのかな。
そんな不安な気持ちを抱いた、その時だった。
「面白い、実に面白い、その話、僕ちゃんはもっと聞きたいゾ!」
どこからともなく、ヒワシの声が響いた。
しかし、出入口の方に顔を向けても、ヒワシの姿はない。
じゃあどこだと、部屋の中を見回したら、そいつはいた。
101号室と102号室を隔てる壁、そこには大きな風穴が空いている。
その穴からそいつの顔がもっこりと出てきていた。
「キョキョッー!」
叫びながら、ヒワシは身体をくねらせながら穴を通り抜け、102号室に入ってきた。
右手に、3つの湯呑みと、3つの菓子を乗っけた丸いお盆を持って。
僕とセンカはその内の1つずつを受け取った。
そこで気が付く、湯呑みがあんまり熱くはないのだ、湯気も立ってるようには見えない。
ヒワシがすぐ飲めるように冷ましてくれたのかな。
そう思った。
だが違った、それが分かったのは、ヒワシが湯呑みを手に取り、口をつけた瞬間『あちちちちっ!』っと勢いよくのけぞった。
その際にお茶をこぼし、自分の身体にかかってしまい、また「あちちっ!」と言いながら部屋中を跳ね回ったからだ。
…..ヒワシはとんでもなく猫舌らしい。
「あ、そうだセンカ、ここにいるヒワシ同様、君をここから帰す訳にはいかないんだ」
急に話を振られて、センカはビクッと身体を震わせた、そして少し間を置いて彼女は悲しげな声で言った。
「そうだよね……ウチら、ほ、捕虜だもんね」
「待てゾ! その言い方、僕ちゃんのことを捕虜だと思っているのかネ!」
跳ね回っていたヒワシがピタッと止まって、
座っていたセンカを見下ろしながら指さし、そう異議を立てた。
「ち、違うんですか?」
「無論ゾ!」
確かに違う、僕はヒワシを捕虜だと思ったことは1度もない。
「うん、ヒワシは捕虜じゃない、ヒワシは……えーと」
僕が先生でヒワシが生徒? 違うな。
僕が師匠でヒワシが弟子? もっと違う。
ヒワシは改心させるべき相手だ。
つまりーー。
「そう! ヒワシは囚人だ! 僕が看守!」
うん! この関係が1番しっくり来る。
「ギョ?」
しかし、ヒワシは全然納得してないみたいだ。
口をポカンと開けて、首を傾げている。
センカも口開けて固まっている。
いや、眼だけは泳ぎまくっている。
僕はもしかして、おかしなことを言ってしまったのだろうか。
んーわからん!
「しゅ、囚人って、ヒワシさんはなにか罪を犯したのですか?」
「それが、全く身に覚えがないのだゾ」
こいつめ!
最近ちょっと変わったかなって思ってたけど、全然懲りてないぞ!
「おい!」
僕が勢いよく立ち上がると、ヒワシは両手をパーにしながら顔の位置まで上げて、後ずさりした。
「イサミ殿曰く、僕ちゃんがむやみやたらに人様を傷つけるのが許せないらしいネ、その罰に僕ちゃんが改心するまで手元に置くそうだゾ」
「も、もっともなことじゃないですか」
良かった、センカはヒワシと考えが違くて、
まぁ、最初に会った時から優しい人だって分かってたけどね。
見ず知らずの僕を助けてくれたし。
「と、となると、た、民を燃やしてしまったウチは、ウチは、両腕を斬り落とされたするのでしょうか…...」
センカが震え声で僕を見て言った。
もちろんそんなことはしない。
まさか……僕はそんなことするやつだと思われてるのかな。
だとしたら悲しい。
「しないよ! センカは悪くない。
悪いのはセンカの意識を乗っ取って、君がやりたくないような事をしたもう1人のセンカ。
僕はアマテラスって呼ぶけど、アマテラスが悪い!」
アマテラスは守るべき自分たちの民をも燃やした。
それを見て泣いていたセンカを僕は知っている。
許せない!
「僕が改心させてやる! だからアマテラスの意識が戻ったら教えてね! 僕がガツンと言ってやる!」
「……う、うん、分かった、ありがとう……」
センカは少し、ためらいながらそう言った。
その直後、興奮気味にヒワシが話に食いついてきた。
「いいゾ、いいですゾ! 僕ちゃんは今回のイサミ殿とアマテラス殿の戦いを見損なってしまいましたゾ。
それが今1度見れるというのなら、その機会ができるよう、僕ちゃんは協力を惜しまないゾ」
なんだか、ヒワシはやる気に満ち溢れている。
そして、急に見覚えがある光景が始まった。
「では! アマテラス殿、まず齢は?」
「え、えと20歳です」
「好きな食べ物は?」
「あ、え、えとーー」
あれは、ヒワシが僕の盾と剣ついて知りたくて、僕を質問攻めにした時と全く一緒だ。
きっとセンカにとって、今日はすごく長い夜になるだろうな。
「盛り上がってるところ悪いけど、僕はこの辺でおいとまさせていただくよ」
「ギョッ!?」
「え!?」
2人には悪いけど、1度ケンセイの無事、もとい第3小団みんなの無事を確認したい。
「これから魂についての手掛かりが見つかるかもしれないのだゾ、聞いていかないゾか」
「イサミ君、う、ウチを置いて行くの?」
ヒワシはいいとして、
センカが恐れているのは……多分ヒワシと一緒にいることか。
「ヒワシ、明日か、明後日には必ずここに来るから、その時に話を聞くよ。
センカ、大丈夫だよ、ヒワシは君に何もしないさ、ね、ヒワシ」
僕は懐のカビが入った瓶を少しチラつかせて、ヒワシに聞いた。
「ぐぬぬ、無論ゾ」
まだセンカは不安のようだけど、僕は彼らに背を向けた。
一刻も早く第3小団のもとに行きたいのは本当だが、この場からすぐに去りたかった理由はもう1つある。
それは、眠いからだ。
本当に眠い、急に睡魔が来た。
いつぞの、チカセと龍を倒した時のような、身体に力が入らない感じに陥っている。
気持ち悪さがない分、あの時よりマシではある。
もう既にヒワシの前で気を失って完全に無防備な姿を晒したことがあるけど、できれば、2度目はしたくない。
そうして、僕は重い足取りで街の外にある野営地へと歩き出した。




