第五十一話「敗走」3
僕とケンセイが野戦病院から出た時、空は夕焼け色に染まり、
山々に隠れようとする太陽は、まだ半分だけ残っていた。
それを見ながら帰路につく。
僕はなんて綺麗なんだと、指を指しながら言った。
しかし、ケンセイは一瞥もしなかった。
『当分は太陽なんざ見たないねん』と、歩きながら地面の石ころを蹴り、ボヤいた。
相当アマテラスとの戦いで精神的に参ってるようだ。
僕だってあんな苦しい戦いは嫌だよ。
でも、それを忘れさせてくれるぐらい、この光景は心に残る。
今まで生きてきて、何度も見た夕焼けなはずなのに、今日は妙に特別に感じた。
「イサミ」
急にケンセイに呼ばれ、
振り返ると、ケンセイは立ち止まって僕の顔をじっと見ていた。
さっきまで下を向いていたのに、どうしたのだろう。
僕の顔に何かついているのかな。
そう思い、自分の顔をぺたぺたと触りながら確かめてみるも、あるのはブヨブヨした水膨れだけだ。
まさか……潰してみたいって言わないだろうな。
絶対に痛いから嫌だぞ。
「なんか顔、赤ない?」
違った。
何を言うのかと思ったら、顔が赤いだと?
そんなの、夕日に照らされてればそう見えるだろうさ。
ほら、ケンセイだって顔が赤、赤、ん?
赤すぎじゃない? なんだこれ。
僕はもう一度、地平線に沈みゆく太陽を見た。
何ら変わりない、普通の太陽だ。
関係なさそう。
そこで、原因はなんだろうと、何かおかしいモノはないかと、僕は探すように空を見上げた。
すると、あった……。
沈みゆく太陽のはるか上空、そこには太陽がもう1つあった。
見覚えのある太陽だ。
つい数日前にアマテラスとの戦いの最中に見たのと同じ、取って付けたような太陽。
「嘘やろ……」
ケンセイも太陽が2つあることに気がついたようで、驚嘆の声を漏らしていた。
いや、まて。見てる方向が違う。
ケンセイの視線の先を追うと、そこにはーー。
「あれで終わりだと、思うたのか、
我から逃げ果せられると、思うたのか?」
そこには、三つ編みがほどけたままの、赤い髪の女の人。
天上から僕たちを見下ろす、アマテラスの姿があった。
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なんでここに?
僕たちを追ってきた?
分からない。
分かるのは考える暇は与えてくれそうにないことだけだ。
既にアマテラスは空に向かって矢を放っている。
そしてそれが分裂し、見渡す限りの空が燃える矢で埋めつくされ、雨となって降り注ごうとしていた。
僕はすぐに背中に掛けてあった盾を構えて、身を隠した次の瞬間。
ザクザクと音が響き渡り、時折盾に矢が当たったのか、ガキンとも、ガゴンとも言えるような音が、衝撃と共に僕を襲った。
それに耐えに耐えて、やがて静まり返ると、
僕は盾を下ろし、辺りを見回す。
「なんて……ことだ」
ついさっきまで見てた情景が、跡形もなく消え失せ、惨たらしさしか残っていなかった。
付近一帯にあるバレナの天幕、兵士たち、何もかもが燃えている。
それだけじゃない、ルナの街の外いる僕たちだけじゃない!
街の中からも火の手が上がっているのが見えた。
何なら悲鳴も聞こえてくる。
アマテラスは、自分たちの民をも燃やしてしまったのだ。
「大丈夫か、ケンセイ」
「……」
「ケンセイ!」
「お、おう、心配あらへん」
チラッとケンセイを見たが、確かに傷を負ってはいない。
身に降りかかる矢を全て剣で弾いたようだ。
しかし、彼は目を泳がせていた。
明らかな動揺。
僕はその訳を、何となく察せる。
「ケンセイ、今すぐ野戦病院に戻るんだ! タロウ小団長のことが心配なんでしょ」
「……そらそうや、でも行かんでぇ。俺にだって、今やらなあかんことぐらい分かっとる!
たとえジジィが焼け死んでも、あの女ァ引きずり下ろさなァあかんっちゅうことはな!」
僕は勝手にケンセイの気持ちを推し量っていた。
彼はきっとタロウ小団長の身を案じて助けに行くと、でも違った。彼はとうに覚悟ができていたんだ。
育ての親よりも、兵士として務めを優先させると。
「……そう、だね……僕らで倒そう!」
「おう!」
僕たちはアマテラスに向かって走り始める。
相も変わらず上空にいる彼女は、ジャンプしたらギリギリ届きそうな高さを保っていた。
あれ以上の高さにはいけないのかも知れない。
と、あぶね!
アマテラスが放った矢が、僕の目の前に突き刺さった。
それを避けながら走ろうと、蛇行のようになってしまう。
そのせいで若干速さが落ちてしまうが、ジャンプしてアマテラスに届く勢いはある。問題ない。
このまま突っ切る!
「はぁぁぁあ!」
僕は跳躍し、飛びかかる。
そんで剣を振るったその時、アマテラスは急に僕の視界から外れようとした。
彼女は急降下しだしたのだ。こちらに弓を構えたまま。
直後、ビュルンー!っと甲高く、何かが弾かれた音が響いた。
僕は咄嗟に空振りした剣を引っ込めつつ、放たれた矢を防ごうと盾を構える。
でも、燃え盛る矢が僕の盾に当たることはなかった。
なんと、当たる寸前で爆発したのだ。
「ぐうっ!」
僕は爆風に吹っ飛ばされ、
きりもみしながら落下して地面に打ち付けられ、そのまま転がった。
ぼんやりとしながらも、直ぐに地面に手をついて身体を起こす。
そしてアマテラスの方を向くと、彼女はケンセイと地面で剣戟を繰り広げていた。
今までのほとんどは宙に浮かんで矢を放っていたのに、刀の形に変えた炎を握りしめ、慣れた動きで手数の多い攻撃を魅せている。
ケンセイはそれに対応できずに押されていた。
早く僕も援護に向かわないと、そう思い立ち上がった。
しかし、ちょうどその時だった。
ケンセイの左太ももが斬られ、流れるように横腹も斬られ、その場に崩れ落ちてしまった。
きっと徐々に追い詰められ、一か八かの攻めに転じたのだろう。
ケンセイはアマテラスの懐に潜り込んで、横一文字に剣を振り抜いた。
でもここにきて、アマテラスの身体からポッと湧いて出てきた狐火に剣を受け止められてしまった。
あの剣は届いていた、届いているはずだったのに。
アマテラスは倒れたケンセイを跨いで、
肩から溢れ出る炎を揺らしながら、ゆっくりと僕に迫り来る。
次は僕を倒す番ってか?
……望むところだ。
しかし、今一度アマテラスと相見えて思う、すごく強い。
なんていうか、技とか対応とか、武具の練度など、何もかもが10日程前より強い。
初手の宙に浮かぶのだって、僕かケンセイの跳躍を誘ったのだろう。
まんまと飛び込んだ僕から、さらに急降下で距離を離し、狙い撃ちにする。
空中じゃあ距離を詰めることも出来ないし、逃げることもできない。
しかも、僕の盾に防がれなよう、当たる寸前で矢を爆発させたみたいだし。
戦いでここまで為す術なくやられるなんて……まるで、ウルス王と戦った時みたいだ。
……そういえば、ウルス王都で誰かが言ってたっけ、アマテラスは今まで1度も戦ったことが無いって。
なら、僕たちが城攻めした時が初陣だったわけだ。
たったの数日で目まぐるしい成長、彼女みたいな者が兵士に向いているって言われるのかな。
父ちゃんと母ちゃんが僕に『兵士は向いていない』って言うわけだ。
まぁ、だからといって諦めたりなんてしない。
僕は再び盾と剣を構え直した。
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まず見るのはアマテラス、じゃなくてその後ろで倒れているケンセイ。
直感的に生きてると思った。
アマテラスの炎での攻撃は凄まじいけど、斬っても傷口を直ぐに焼いてしまうから、出血は一瞬だけだし、
斬られたのも横っ腹で致命傷にはならない。
うん、生きてる。
確信から安心が生まれ、僕は再び視線をアマテラスに戻す。
もう彼女は僕の目の前だ。
馬2頭分……2馬身先まで来ていた。
そこは僕の剣の間合いだ。
頭の中で思い描く。
1歩で飛んで、右手の剣を右から左へ向けて振る。
もし相手が刀を振って来ても、左腕の盾で防いでから斬る。
できる、今まで何度もやってきた。
これで倒せるんだ。
だけど、僕の脚はまだ動かない。
先程、アマテラスをウルス王と重ねて見てしまったせいかもしれない。
ウルス王はいつも僕の想像を超えてきた。
なら目の前のアマテラスも、きっと僕が思いもよらないことをしてくるはず。
くっ、
そんなことを考えていたら、アマテラスはもう1馬身先まで歩んできていた。
刹那、
彼女はだらりと下に向けていた剣先を上げた。
僕は瞬きの間もなく、それに反応し、
左脚を前に出して踏み込む。
そして最速で剣を叩き込もうと、威力には欠けるが、溜めを入れず、最低限の動作で剣を右から左へと走らせる。
「はぁぁっ!」
僕の方が速かった。
先に剣を振り抜いたんだ。
でも、当たらなかった。
剣は彼女の鼻筋を掠めるだけにとどまった。
僕が間合いを見誤った?
そんなはずはない、でも、彼女が躱すような動きは見せていない。
半歩下がったわけでも、顔を後ろに逸らしたわけでもない。
じゃなんでなんーー。
「うっ!」
考えるのもつかの間、
僕が空振った直後、アマテラスの刀が振り下ろされた。
揺らぐ空気を斬り裂く勢い、だが僕の盾が受け止める。
ゴォォォォーー、と音を響かせながら、刀の形をした炎とのせめぎ合い。
重く、熱く、焦げ臭く……そして眩しい。
そう眩しい。
輝きでアマテラスの顔が薄れ、思わず目を細めてしまうほどに。
「うあああっ!」
それでもどうにか力を振り絞り、盾を左へ振り抜き、弾ききる!
「はぁ、はぁ」
凌げた……。
でも、あれは何度も受け止められないな。
どうしようか。
しょぼしょぼした目を擦りながら、前を向く。
しかし、そこにアマテラスの姿は無かった。
なら、上かと見上げてみるもいない。
どこへ行った?
首を振り回し探していると、
街の方から急に『ドゴーーン』と大きな音が聞こえてきた。
何やら煙が立ちのぼっている。
馬車同士の衝突とかではなさそうだ。
……まぁいいや、そんなことよりケンセイの手当をしないとだ。
僕は急いでケンセイの元に駆け寄る。
するとーー。
「や、やったなイサミ」
彼は苦しそうな顔ながらも、微かに笑みを浮かべていた。
「ケンセイ! 無事でよかった」
「無事じゃあらへんけど、なんとかな」
僕は盾と剣を背中に掛け、彼に肩を貸そうと手を伸ばす。
しかし、ケンセイは僕の手を振り払ってしまった。
「俺ん手当はええ、動けへんだけや、それより早く止めを刺しに行け」
「止めってアマテラスのこと? どこに?」
「あ? 今しがたお前が街の方に吹き飛ばしたやろうが」
え!!
さっき街から聞こえてきた衝突の音ってアマテラスだったの!?
確かに渾身の力で盾を振ったけど、ここから街まで結構な距離がある。
あんな所まで吹っ飛ぶとは思えない。
でも、ケンセイは見てたみたいだし、僕がやったんだよな……。
「……そうやったな、イサミは止めを刺さないんやったな。
止めええから、捕らえろ、また炎撒き散らされたらかなわんやろ」
僕が黙りこくってたから、ケンセイに勘違いさせてしまったらしい。
そんなこと考えてたわけじゃないのに。
いや、勘違いじゃないか、僕は止めを刺さない。
「うん! 分かった!」
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街に向かって走る道中、アマテラスが撒いた炎のほとんどが消えていた。
街の者が消火したはしたんだろうけど、あんな業火そうそうに消せない。
勝手に消えたのだろう。
そんなことを思っていたら、目的地についた。
「ここか」
吹っ飛んできたアマテラスを止めた建物は。
「あれ、ここって」
僕の知ってる建物だった。
元々は僕たち兵士用に建てられた2階建の長屋、なでしこ荘。
その101号室にしか人は住んでいはいのだが、今、その隣の102号室の扉が打ち破られ、誰かいるみたいだ。
まさかと思い、僕は恐る恐る部屋の中へと踏み入る。
すると、そこにはいた。
僕が先程戦っていた相手、アマテラスだ。
だが彼女は先程の様子とは明らかに変わっていた。
髪は赤くないし、敵を倒すという気迫も感じられない。
それどころか、身体を丸め、弱々しく泣いていた。
まるで僕の知っている者のようだった。
「せ、センカ?」
僕の言葉を聞いて、彼女はビクリと身体を震わせ、涙ながらに僕を見た。
「……イサミくん?」
何がどうなっていいるんだ。




