第五十一話「敗走」
ぐつぐつ、と音が聞こえてきた。
それと同時にいい匂いもする。
すごく香ばしくて、食欲をそそられるような。
思わず、匂いがする方向に手を伸ばしてしまう。
するとーー。
「ワァ!」
僕はなにか柔らかいものを掴んだようだった。
柔らかいけど、硬い箇所もある。
なんだこれ。
僕は恐る恐る瞼を開けて、掴んだものを見た。
それは二の腕だった。
もっと詳しく言えば、ムッチリとしているが、程よい筋肉がついており、弾力がある二の腕だ。
その持ち主は……チカセだった。
「おはよう!」
僕はチカセと目が合い、咄嗟にそう言った。
「お、おはよ……フン!」
「おお!」
彼女は二の腕に力を込めて、力こぶを作った。
少しだけさっきよりも硬くなった気がするが、まだまだ柔らかい。
でもこの腕で、僕よりも速く剣を振るってるんだよな、すごいなー。
と思いつつ、僕は手を離した。
そして、辺りを見回す。
「ここはどこ?」
天幕の中だと言うのは分かる。
でも、僕の最後の記憶では森の中だったはず。
他の皆んなもいないし、大丈夫だろうか。
「ここはルナの街だよ」
え?
王都ウルスから都市ルナまで、歩いて7日ぐらいはかかるよな。
僕はそんなに歩いた覚えは無いぞ。
「…...いつの間に僕たちは帰ってきたんだ」
「それも含めて、まずはご飯にしよ?」
「う、うん」
ゆっくりと起き上がり、天幕から出ていくチカセに続く。
外に出ると、景色に見覚えがあった。
ここは、ルナの街の外。占領時に僕たちが野営していた所か。
そんなことを思い出しつつ、目の前の集団に目を向ける。
全員知っている者だ。
キヨマル、アンネ、ケンセイ、
そして、なぜかヒワシがいた。
彼らは鍋を囲んでいた。
ヒワシはさも当然のごとく、ニコニコしながらスープをよそい皆に手渡していく。
もちろん僕にも。
僕は礼を言いつつ受け取り、適当に地べたに座った。
貰ったお椀の中を見ると、スープだった。
香ばしい匂いはこれだったのか。
ただ、かき混ぜて分かるが、スープって割にはとろみがすごい。
さっそく、
僕は『いただきます』と言って、1口飲んでみた。
味は……すごく美味しい! じゃがいも? の味だ。
具材は細々とした何か、しか入っていないのに、なんでこんな濃い味がするんだろう。
ヒワシのことだ、もしかしたら、危ない葉っぱか、キノコでも入れてるかも知れない。
「イサミ」
ん?
顔をあげると、キヨマルが真剣な顔をしていた。
思わず身構えてしまう。
何か、とんでもないことを言われるんじゃないかと。
「私達を助けてくれて、ありがとうございます」
違った。
お礼を言われた。
キヨマルに続きアンネにも、キヨマルにも、そしてチカセも。
何かしたっけって一瞬思ったが、多分あれだ。
皆んなを背負って、アマテラスから逃げ出せたことだ。
「仲間なんだから当たり前だよ」
「いいえ、普通は1人になったら他を構ったりなんてしません」
「なら、尚のこと僕のおかげじゃない。
僕が意識を取り戻すまで、タロウ小団長が戦っていたんだ、僕はそれを繋いだだけ」
それに、皆んなで戦ったからこそ、最終的に逃げれたと思う。
城から飛び降りたあと、アマテラスが追って来なかったのは、追う体力がもう無かったとか、そういう積み重ねがあったんじゃないか?
「……そうですか、ならタロウ小団長にも後で、ちゃんとお礼を言わなければなりませんね」
「うん! ってそう言えば、タロウ小団長は?」
「タロウ小団長は医務室にいます。まだ意識は戻らないそうで」
「そうなのか……」
全身に矢を受けてたもんな。
傷口が塞がってても、蓄積されたダメージが大きいはず、そりゃ休息がいるさ。
ま、大丈夫だろう。
タロウ小団長はそんなヤワじゃない。
と、そこで。
街から鐘の音が響いた。
それを聞いてか、キヨマルとアンネが立ち上がった。
「私とアンネは、タロウ小団長の代わりに会議に参加して来ます、ではまた後ほど」
「分かった! 行ってらっしゃい」
手を振ってキヨマルとアンネを見送る。
すると、今度はケンセイが立ち上がった。
「ほんなら俺もジジイの見舞いに行ってくるわ」
「うん、僕も後で行くよ」
ケンセイも行ってしまった。
残ったのは僕とチカセ、そしてヒワシ。
ならば聞きたいことがある。
「どうしてヒワシがここにいるの?」
「イサミ殿…...まずは僕ちゃんに礼を申したらどうゾ?」
「れ、礼?」
「そうゾ。
何を隠そう、僕ちゃんが瀕死の君たちを介抱し、王都からここまで運んで来たんだゾ」
なら、僕が気を失う寸前に見えた脚は、ヒワシだったのか。
「ありがとう!」
そう言うと、ヒワシは誇らしげに胸を張った。
だが、それもつかの間、
チカセがヒワシの背後に立つと、みるみるうちに猫背になってしまった。
怯えてる。
「あんた、ルナの街のすぐ近くで私達を見つけたって言ってなかった?」
チカセに睨まれながら、ヒワシはやれやれといった感じで肩をすくめた。
「あれは嘘ゾ。しかし、表向きはそういう事にしといた方が良いと、思わないかネ?」
確かに、
第3小団の他の皆んなからしたら、ヒワシは王都にいるはずがない。
ルナの街にある『なでしこ荘』、その101号室で暮らしているはずなんだから。
「じゃあ、王都からルナの街まで、誰が僕たちを運んだって説明したの?」
王都ウルスからここまで、6、7日はかかるだろう。
7日目にヒワシが僕たちをルナの街の周辺で見つけたとして、1から6日間、僕達を運んだのは誰だ? ってなるよね。
「それは無論、イサミ殿でありますゾ」
「……」
あ、なるほどね。
どうしてキヨマルたちがわざわざ僕にお礼なんて言ったのか、分かった。
多分、僕が皆んなを連れてアマテラスから逃れた上、そこから6日もの間、皆んなを担いで歩いたと思われているんだ。
そりゃ、あんな態度にもなるな。
そんな体力、僕にある訳ないのに。
「ちなみに、どうやって運んだの?
まさかヒワシが僕たち全員を担いだ訳じゃあるまい」
「ええ、君たちを縄で括り付けて、馬畜生に引かせたゾ」
う、馬畜生って、シラホシのことかな。
結構、仲が悪いように見えたけど、よく言うこと聞いてくれたね。
あれ、ちょっと待てよ?
思えば、なんでヒワシがわざわざ僕たちを助けたりするんだ?
敵なんだから助ける必要は無いはず。
それでも助ける理由があるとするなら、それはカビだろう!
僕はすぐさま懐をまさぐる。
ん! あった。
カビが入った半透明の瓶。
それを手の中で転がし、奪われてないことに安堵する。
そんな僕の姿を見て、ヒワシは言った。
「安心するといいゾ。フィグントを取り返そうなどとは思ってはいない」
どういう心境の変化なんだろう。
前はカビを取り返したら、直ぐにでもとんずらしそうだったのに。
もしかして、ついに命への思いやりが芽生えた……ようには見えないな。
「なにか、企んでる?」
「なに、否が応でも愛しきモノは僕ちゃんの元に戻ってくる。そういうさだめゾ、君が陛下に敵対する限りはネ」
だから、すぐに取り返す必要は無いって?
なんか、ヒワシらしからぬ物言いにも思える。
でも本人がそう言ってることだし、そうなのだろ。
「ささ、そんな事よりイサミ殿。おかわりはいかがゾ?」
「え、いいの!? じゃあおかわりする!」
気絶してから何も食べてなかったんだ。
僕の腹ぺこは収まる気配がない。
あと4、5杯食べてから、タロウ小団長のお見舞いに行こう。
そう思った。




