第五十話「逆光」2
熱い、熱い……痛い!
「……っ!」
身体の異常が、僕を目覚めさせた。
口の中はカラカラで、飲み込む唾も無いが、飲み込んだ。
呼吸すると、鼻の奥がヒリヒリとし、不快感が込み上げてきた。
目に見える景色は炎で埋め尽くされていた。
何もかもが最悪だ。
だからこそか、生を実感した。
僕は生きている。
ならきっと皆んなも生きている。
だから立て。
まだやれる。
そう思いながら、歯を食いしばって身体に力を入れた。
すぐ隣に落ちていた剣を拾いつつ、片膝立ちで辺りを見回すと、目の前に人がいた。
その者は大きな背中を僕に向けていた。
ひと目でそれがタロウ小団長だと分かった。
しかし、ピクリとも動かない。
「た、タロウ小団長?」
僕が呼びかけた直後、タロウ小団長はドサッと仰向けに倒れてしまった。
「……ぁ」
その姿を見て、僕は目眩がした。
タロウ小団長の胸に、腹に、腕に、脚にも、矢が刺さっていた。
僕は手のひらに激痛を感じながら、どうにか全て引っこ抜く。
矢は抜いた途端に煙になって立ち昇っていった。
残った傷口は焼かれていたため塞がっている。
……きっと大丈夫だ、うん、大丈夫だ。
一安心って訳でもないが、僕はまた顔をあげた。
先程、タロウ小団長が倒れるまで、遮られて見えなかったが、アマテラスがいた。
また、よく見ると他の皆んなも散り散りに倒れている。
多分、気絶してるだけだと思う。
タロウ小団長は僕たちが気絶してる間、アマテラスと戦っていたのだ。
アマテラスには勝てないと言っておきながら、1人で戦っていた。
壊滅したようなものなのに、撤退しないで僕たちを守っていた。
なら、今度は僕が立ち向かうんだ!
僕が皆んなを守る!
本当は皆んなを抱えて逃げるのが1番いいんだけど、それは厳しい。
だから、僕は耐える。
皆んなが意識を取り戻すまで、ただひたすらに耐える。
それならできる!
皆んなが戻ってきたその時、きっとこの窮地を脱することができる。
頭の中でそう思い描いた。
そして、そうなるために、
僕は剣を握る手に力を込め、立ち上がり、前に出た。
「その爛れた顔で、うぬも我に立ち向かうのか?」
アマテラスは、盾と剣を構えた僕を見て言った。
「良かろう……しかし、うぬの盾は、なぜ我の矢を弾けるのだ?」
そう言われて僕は、チラッと自分の盾を見た。
そんなこと言われても、僕にも分からない。
普通に弾けたんだから。
あの矢は本来は弾けないのか?
やっぱり当たった瞬間に爆発するのか?
ていうか、センカは魂とお話しできたよな。
「分からない。僕の盾に直接話を聞いてみたら?」
思えば、2発目は僕たちの足元を狙って撃ってたな。
爆発する矢と、しない矢の見分けはつかないけど、どちらも弾ける気がする。
だから僕に向かって撃ってくるのは問題ない。
注意するのは足元に撃ち込まれる矢だ。
それは絶対に爆発するから、避ける必要がある。
「…………我にはできぬ」
どういうことだ。
今はできないってことか?
それとも、剣の様に意思疎通が出ないのか?
はたまた、本当に他人の空似で、センカじゃない?
いやでも、喋り方以外は何から何まで同じなんだけどなー。
「僕も1つ聞きたい。君は、センカ?」
「……」
アマテラスは何も言わない。
少しだけ顎を上げて、僕を見つめている。
これは、はい、いいえ、どっち?
はい、かな。
「君に剣を抜かないと言ったのに、約束を守れなかったことは本当にすまないと思っている。でも、こうなってしまった以上、君を倒す」
「……伝えておこう」
伝えるってことは、アマテラスはセンカと別人ってことだよな。
ならやっぱり双子……いや、今は深く考えるな。
目の前に集中しろ。
始まるぞ。
アマテラスとの一騎討ちだ。
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アマテラスが弓を構えた瞬間。
僕は直ぐに飛びかかった。
撃たれたらまずいからだ。
たとえ、爆発する矢を地面に撃たれても、僕は避けられる。
でも倒れているタロウ小団長や、他の皆んなは巻き込まれたらおしまいだ。
僕が飛びかかったことによって、アマテラスへ飛び退いて距離を取った。
これで、僕は立ち位置を変えられ、射線上に僕しかいない。
他の皆んなが巻き込まれる心配はもうない。
あとは耐えるのみ。
盾を構え、剣を構え、相手の動きを見てから動く。
だが、アマテラスはそんな僕の考えを見越していたのかもしれない。
飛び退いたアマテラスは、そのまま上昇し、宙に浮いていた。
そして、ある所で静止すると、
僕に向かって1射。
「ーー!」
その矢は1見すると、先程とは変わらない燃える矢。
だが、瞬く間に中空で分裂した。
まるで花火のように、ブワッと広がってまばら僕に降ってきた。
この量を全て盾で弾くのは無理だ。
避けるしかない。
僕は咄嗟に横に走り出す。
矢は1歩移動する度に、僕がいた位置に次々と突き刺さった。
数本は間に合わず、盾と剣を使って弾かざる負えなかったが、どうにか無傷で済んだ。
はあ、危なかった。
もしあれが爆発したら城から落とされていただろう。
考えを改めるしか無い。
守りに徹するだけじゃ、今みたいに好き放題されてやられかねない。
これなら狐火を展開された方がマシだ。
だから僕からも攻めよう。
矢を放つ間を与えてはならない。
「はああぁぁぁ!」
アマテラスへと一直線に走り、跳躍する。
そして、右上から左下へと袈裟斬りを放ちながら肉薄する。
それに対し、アマテラスは狐火を展開して僕の剣を受け止めた。
ここまでは僕も、アマテラスも、想定通りだろう。
でも、ここから!
相手に想定外を押し付ける!
「ふんっ!」
それは盾で殴ることだ。
僕の盾は何故か、アマテラスの矢を弾けるし、狐火を防げる。
なら、狐火で防がれても弾きながら殴れるはず。
案の定、この攻撃は通った。
アマテラスはきりもみしながら墜落した。
さすがに、殴る寸前に腕でガードされてしまった。
が、片膝立ちしながらこちらを見る彼女の顔は、動揺が張り付いていた。
もしかしたら、じいちゃんにもぶたれたことがないのかもしれない。
ともあれ、勢いは僕にある。
このまま押しきろう。
そう思い、駆ける。
しかし、僕の脚は間もなく止まった。
狐火を展開するものなら、再度その上から殴ってやろうと思っていたのだが。
アマテラスの周りには、狐火ではなく、火柱が展開された。
家の大黒柱に使うような太いのが、幾つも。
あんなのに腕を突っ込んだら、溶けてしまうんじゃないか。そんな予感がした。
だから止まらざるを得ない。
火柱は少しずつ移動して、アマテラスの元に集まっていった。
そして全てが重なり、やがて空にある太陽に届くんじゃないかと思えるほど、高く、深く、大きくなる火柱。
その中から、アマテラスが姿を現した。
少し様子が変わっていて、
髪の色が赤く染まっており、三つ編みが解けていた。
そしてその身には、炎が纏われている。
なにか、ヒワシを彷彿させる異様さ。
でも武器は持ってない。
先程まで持ってた弓が無くなっている。
でも僕は盾を構えた。
アマテラスが何か技を放って来そうだから。
まずはそれを防ぐ。
彼女は両手を広げる。
「其は安らぐ星の温もり」
直感的にこれはまずい。そう思った。
でももう盾で防ぐしかない。
なんせ、逃げ場がない。
上も下も。
彼女の背後にある火柱が、みるみうちに成長し、まるで大樹の葉のように空を炎で覆い、地である屋根上に根を蔓延らせた。
「抱いて差し上げましょう『皇天明蓋』」
見上げた空に、もう夜なんて無い。
1面の炎が降ってくる。
足元の炎は逃さないと言わんばかりに、僕の脚に絡みつく。
はたして、本当に防げるのか。
皆んなをどうやってあれから守るんだ?
諦めたつもりは無い。
……でも、あまりに希望が見えなかった。
だからか、思わず俯いてしまった。
そこで気がつく。
まだ屈してないモノがいると。
僕の盾が、
盾が輝いていた。
その輝きは天上の炎に負けないぐらい、僕の顔を照らしていた。
そうだ! 僕が諦めてどうする!
僕は絶対に諦めないぞ!
高ぶる鼓動に身を任せ、僕は天に向けて盾を構えた。
それとほぼ同時に、
城の屋根上は炎で完全に包まれた。
だが、次の刹那。
沸騰した水にゴボっと穴が空くように、炎の繭に穴が穿った。
そこから溢れ出す炎が、天から見下ろすアマテラスに向かって上っていく。
彼女はすんでのところで躱したが、その顔には驚愕の色が浮かんでいた。
かく言う僕も、驚いた。
無傷ではないが、まさか本当に防げるとは、なんなら跳ね返ったようにも見えた。
だが、危機は去っていない。
防ぐと同時に、盾の輝きは薄れてしまった。
もう次は防げないだろう。
どうしようかと、そう思ったその時だった。
何やらポツポツと音が聞こえた。
それは次第に大きくなり、天上にいるアマテラスでさえも空を見上げていた。
そう、雨だ。
急激にどしゃ降りの雨が僕たちを襲った。
さらにには雲が、月も太陽も隠し、再び空は暗闇に包まれた。
これは好機だ。
僕はすぐさま武器をしまい、暗闇に紛れて、
倒れていた第3小団の皆んなを屋根の端っこに集める。
これから、皆んなを担いで僕は飛び降りる。
こちらの北側は、運良く森に面している。
でも正直、この高さだ
無事では済まないだろう。
でも、今しかない。
暗闇と雨音に紛れて、逃げ出せるのは。
今しかないのだ。
背中にタロウ小団長を担ぎ、
右腕でチカセとアンネを抱き抱え、
左腕でキヨマルを抱える、
最後に口でケンセイの服を噛んで、
準備万端だ。
よし、行くぞ!
3、2、1ーー!
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あれから随分と歩いたと思う。
雨の中、
軋む脚を引きずりながら、皆んなを担いで森の中を移動した。
追ってくる者はいなかったけど、できるだけ早く、城から遠ざかりたかった。
だから方角は分からない。
そして今。
僕の体力は尽きかけていた。
脚に力は入らず、視界はぼやけて、
ゆっくりとうつ伏せに倒れた。
閉じる瞼。
その僅かな隙間から、瞳に映ったのは、
誰かが立っている脚だったような気がした。
それを最後に僕の意識はプツリと途切れた。




