第六話「別れ」
中団長と別れた後、ハルが迎えに来てくれた。
あまりにも来るタイミングが良かったため、見られていたかもしれない。
帰りにハルは、興奮した様子です言った。
「兄ちゃん、公衆浴場って知ってる?
初めて行ったけどすんごかった! まだやってるよ?」
「湯に入って体を清めるやつだろ? また今度にするよ、兄ちゃんは井戸水かぶるだけでいいや」
そう言うとハルは頬を膨らませていた。
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寝る前の面倒事を済ませて、布団にうつむせに倒れ込む。
そして、副団長とのやり取りを思い出す。
どうして僕はあんな事を……。
まだ名前も知らない女性に言うには、恥ずかしすぎる。
言われた彼女もすぐに兜を被り、ありがとうだけ言い、去ってしまった。
枕に顔を押し付けて、唸る。
ぬおおおおおお。
「うるさい!」
パッァンっと思いっきりお尻を叩かれた。
隣で寝ていたハルがお怒りだ。
僕は直ぐに仰向けになり、静かにする。
……羊でも数えて寝よう。
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目が覚めた時、いつもより日は高く登っていた。
寝過ごしたと少し慌てたが、今は無職だと思い出しホッとした。
居間に行くと、ちょうど朝飯が用意された所だった。
家族がそろって朝食をとるのはいつぶりだろうか。
食卓では『大変だったけど、ようやく落ち着いたね』とか、『町にある公衆浴場が凄い』だとかが、飛び交った。
そんな中、僕は意を決して切り出す。
「母ちゃん、父ちゃん……僕は兵士になりたい。だから今日家を出るよ」
イキナリ言ったもんだから、
母ちゃん、父ちゃん、どちらもびっくりした顔をしている。
ハルはそうでもなさそう。
「イサミ、お父ちゃんは海に出る事ができないのに、頼りになるあなたがいなかったらどうするの? それに、あなたに兵士は向いてないわよ」
言われることは分かっていたが、母ちゃんの言葉が心に刺さる。
今、僕は無茶な事を言っている。
家族を放って出ていくって言っているのだ。
…………。
なら自分が今おかしくて、間違った事を言っているに違いない。
そう思ったら、やはり僕には兵士はできないし、誰かの不安を取り除く事なんてできないんだ。
……ようやく、僕は冷静になった気がする。
やめよう、言ったことを取り消そう。
そうしようとした時だった。
「父ちゃんは大丈夫だ、片腕でも漁師はやれるさ!
イサミは、イサミがなりたいものを目指せばいい」
「あなた!?」
父ちゃんにそう言われて、ポカンと口が開く。
「正直、父ちゃんもイサミは戦に向いてないと思うし、お母さんのようにイサミが心配だ、だから止めたい。でも、イサミももう大人だ。イサミがそう決めたなら、父ちゃんは応援するよ」
まさか、父ちゃんがそんな事言うなんて。
母ちゃんは、息を大きく吸い、落ち着かせるように瞼を閉ざす。
そして、少しばかり間があったのち、涙目になりながら言った。
「イサミ、愛してる。お願いだから無事に帰ってきて」
「うん、無事に帰ってくるよ」
僕はしばらく下唇を噛んでいた。
別れの挨拶はした。
抱擁も交わした。
あとは去るだけだが。
「兄ちゃんも居なくなるのは、やだよー」
ハルだけが、僕を後ろに振り向かせようとする。
「また会えるさ、兄ちゃんが強いので知ってるだろ?」
「……うん」
ハルの涙を拭い、背中を見せる。
そして歩き出す。
母ちゃんと父ちゃんと話せて良かった。
でも何故だろう、スッキリしているはずなのに、心にトゲが刺さっているように思えるのは。
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まず向かったのは兵舎だ。
やはり、直接門を叩いてみよう。
兵舎の場所は人に聞いたらすぐに分かった。
外から見た感じ、
兵舎はかなり大きく、高い。
両サイドから壁が伸びて、敷地を囲んでいる。
兵舎は壁の役割もあるようだ。
そんな事を考えながら、門の前まで来た。
門の見張りに声をかける。
「すみません、兵士の募集はしてますか?」
見張りは、一瞬、僕を怪しむ目つきで見たが、すぐに戻った。
「志願者か?」
「はい」
「ついてこい」
言われるがままついて行く。
兵舎の一室に案内された。
既に8人部屋にいた。
僕と齢があまり変わらなさそうな者達ばかりだ。
僕が来てから直ぐに、1人の老兵士が入ってくる。
そして、声を張り上げた。
「儂は赤珊瑚団、中団長のタロウだ!
まず初めに肝に銘じておけ!
貴様らはもう、平穏な生活とはおさらばだ!
兵士となった以上、苦難だけの生あるのみ!」
こうして、僕は兵士になった。