第四十八話「問われる覚悟」(改訂予定)
緑青色の城。
二の丸御殿とも呼ばれるその城に僕は今向かっている。
城下町から城に通ずる道に従って一直線に。
途中から坂になっているが、山道ほど急な斜面ではない、程よい感じだ。
とは言っても、大きなモノを担いで上ったり、下ったりするのは大変だろう。
今まさに僕の隣で、1軒家を少し小さくしたモノを担いでる男たちがいる。
彼らは半裸でソイヤ! ソイヤ! と声を張り上げていた。
もうすぐ日が落ちるというのに、彼らのお祭りは終わる気配すらみせない。
なんならまだ始まったばかりのような盛り上がりだ。
担がれている家の上にいる1人の男なんて、「踊ってない夜を知らないッ!」と叫びながら踊り狂っている。
思わず僕もあの中に入って一緒に踊りたくなってしまう。
けどダメだ。
僕は今から城攻めするんだ。
ウルス王を倒すため、
カラカティッツァを取り戻すため、
戦で悲しい思いをする人を失くすため、
そう自分に言い聞かせ、奮い立たせる。
よし! やるぞ!
意気込んだ所で僕は城に続いてる道から外れ、篝火が置かれてない脇道に入る。
暗闇に紛れ、左腕に盾を付けながら徐々に城に近づく。
ちょうど日没と同じぐらいか、僕は城を囲んでいる壁に辿りついた。
3つの城を取り囲んでいるこの城壁は、カラカティッツァのそれとは違ってかなり低い。
壁と言うよりは柵、いや屋根がある塀だな。
ジャンプしたら余裕でよじ登れる。
ただ、遠くから見た際に気がついたのだが、この塀は城を囲んで終わりではなかった。
塀の内側にも塀で区切られていて、まるで迷路のようだった。
これはキヨマルが言ってたんだけど、塀は思いのほか手強いらしい。
塀をよじ登ればいいじゃないかと思うけど、よじ登ったら目立ってすぐ狙われてダメなんだと。
それに、投石器対策として城の周りは坂になっていて、脂でも撒かれたらもう城攻めは難しい。
じゃあ僕たちは城に侵入できないのかと言うと、そうでもない。
ウルス兵も塀で迷路になっている所をわざわざ巡回したりなんてしない。
塀の内側に所々ある、やぐらを使って上から監視している。
それに見つかりさえしなければ、城まで接敵することはない。
今日だけ監視の人サボって寝てたりしないかな。
と、そこで、外壁をつたって移動していたら、影に身を隠す集団を見つけた。
「お待たせー」
そう声を掛けると、彼らの内1人がやれやれと言った感じで首を傾げた。
「お前、いっつも迷子なっとるなー」
「ケンセイ……僕もどうして皆とはぐれてしまうのか分からない」
「ボケっとしとるからやろ」
「えー! してるかなー」
僕は結構注意深くあちこち見てるんだけどなー。
おかしい。
「まぁ揃ったなら良しとしよう、では打ち合わせ通りにやるぞ」
タロウ小団長の言葉で皆が一斉に鋭い目つきに変わった。
これからは城に入るまでお喋り禁止だ。
代わりに目配せと手振りで意思疎通する。
既に僕たちが昨晩過ごした野営地から、赤い狼煙が上がっていた。
作戦はもう始まっている。
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塀の内側に侵入してどれほど経っただろうか。
多分3人分の茶を点てるぐらいだと思う。
あっさりと、僕たちは裏門みたいな所に辿り着いた。
バレナの偵察兵から貰った見取り図のおかげですらすらと進めた。
だがそれ以上に、やぐらにいる見張り番の視線が逸れたのを察知して、移動するタイミングを見計らうチカセの存在が大きかった。
まるで忍びになった気分だ。
あまりに順調。
今のところ接敵はなく。
いると思われていた門番もいない。
ゆえに少し不気味ではあるが、タロウ小団長は迷わず門を開けた。
ちょうど1人分ぐらいの大きさの門。
そこをくぐると、幅が結構ある廊下に出た。
壁にカンテラが1つだけ掛けてあり、かなり薄暗い。
それでも左手側には上へと続く階段があると分かる、右手側は廊下がまだ続いてるようで、どこに通じているかは分からない。
もちろん僕たちは左手側にある階段を目指す。
なんてたって僕たちは王妃を攫いに来たんだ。
偉いやつは大体最上階にいると決まっている。
だからこの階には用がない。
「ここからは走って駆け抜けるぞ」
言葉での返事は無い、代わりに各々が武器を引き抜いて了解の意向を示す。
そうして僕たちが階段に向かったその時だった。
カンテラが掛けてある壁の壁紙が1箇所、突如と剥がれた。
そら老朽化かと思ったが違った。
剥がれた箇所に人がいた。
そいつは大の字で壁に張り付いていた。
全身黒い服で、目元だけ隠されていない。
誰かは分からないが、身なりで何となく察しがつく。
こいつ、忍びの者か!
つまり忍者だ!
敵か味方か、まず間違いなく敵だろう。
誰しもがそう思ったのか、僕たちは一斉に剣を向けた。
しかし、誰も剣を振るわない、この忍者がどんな動き、技を出して来るのか分からない恐怖があるからかも知れない。
僕はそうだ。
対する忍者もまだ動かない。
ベッタリと壁に張り付いている。
バレてないとでも思っているのか、いや、そんなはずは無い。
この忍者は先程から目ん玉をキョロキョロさせて、1人1人と目を合わせている。
もちろん僕とも既に目が合ってる。
「…………よくぞ見破ったナリ」
あまりの想定外で固まった場を動かしたのは、忍者のそんな一言であった。
落ち着いた様子で、ふてぶてしい態度。
ただ、この忍者が勝手に姿を見せただけで、僕たちは何もしてないんだからその態度はおかしいとは思うけど。
「ここまで追い詰められたのは初めてだ……ここはひとまず、退散!」
そう言ったと同時に忍者は首にぶら下げてあった笛を咥えようとしていた。
僕はそれが敵の襲撃を知らせる警笛だと察知し、直ぐに剣を振り上げるも。
間に合わない。
剣を振るっても止められない!
くっ!
そう諦めかけた時、僕の横から誰かが跳びだしていった。
アンネだ!
誰よりも早く察知した彼女は剣先を忍者に向け、一直線に跳ぶ。
しかし、それでも間に合わないだろう。
忍者は攻撃されることを見越してたのか、既に張り付いていた壁が回転し始めている。
回転扉と言うやつだ。
瞬間。
アンネの突き出した剣は虚しく裏返った壁に突き刺さった。
そして、ピーーーって耳がキンとする音だけが鳴り響く。
警笛を鳴らさせてしまった。
これで僕たちの元に敵兵が押し寄せてくるだろう。
いや、接敵は最初から想定していたことだ、問題は無い。
が、思わぬ接敵と、倒すつもりでの接敵は違う。
漁をしていたら唐突に嵐が来たのと、嵐の日に漁に出るのと同じぐらい違う。
統制も、警戒心も、対応策だって増すだろう。
「ごめんなさい、止められませんでしたわ」
「仕方あるまい、貴様で間に合わなかったのだ、誰も止められまい。だが、なおのこと急ぐぞ」
「はい」
でも、そんなことで足が止まる者は第3小団の中にはいない。
厳しくなっても僕たちはやらないといけないんだ。
他の皆が次々に階段を登っていく中、
僕は壁に刺さった剣を引き抜こうとするアンネを少し待っていた。
そしたらアンネが剣を引き抜いた途端、壁の向こうから「いででで!」と声が聞こえてきた。
引き抜かれた剣の切っ先からはポタポタと赤い液体が垂れている。
どうやら忍者は壁越しに貫かれていたようだ。
それをアンネも理解したようで、一瞬目を丸くしたが、直ぐに顔を引き締めた。
「行きますわよ」
「……うん」
致命傷じゃないといいな。
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階段を駆け上がり、3階まで上がれたが、それ以上は上に続く階段は無かった。
外から城を見た限りだと、必ずもっと上の階があるはずなのに。
きっとこの階の別のどこかにあるのだろう、探すしかない。
だから、僕たちは手当り次第に扉を開ける。
大体は畳が敷かれた部屋だ。
ただ、入った部屋の反対側にも同じ引き戸の扉があるもので、そこも開けて階段がないか確認する必要がある。
だが、いざ開けてみると、また別の畳が敷かれた部屋か、廊下に出る
まるで迷路だ。
城の外だけじゃなく、中までこんな作りになっていると思わなかった。
「今自分達が城のどこにいるかも分からんだろう?」
そんな声が今まさに僕たちが開けようとしていた扉から聞こえてきた。
思わず僕たちは後ずさりすると、扉は開かれ、10数人の男の人達が現れた。
ウルス兵だ。
木製の廊下をギシギシと軋ませながら、彼らは僕たちがいる部屋に入ってくる。
「諦めたらどうだ? 捕虜にはなるが命は助かる」
先頭の男が僕たちに降参しろと言う。
もちろん、受け入れる訳もなく、
タロウ小団長が剣を構えた。
「余計な心配だ、斬り捨てる!」
「よかろう!」
互いに剣を向け、あとは戦うのみって所で。
「待ったぁ!」
僕が割って入った。
今ここで言うことがあるからだ。
「どけイサミ! 貴様が己の戦いで信念を通すことは大目に見てやる、しかし、今まここで邪魔することは許さぬ!」
僕の行いは兵士としてふさわしくない。
でもだ、自分で決めたことは絶対にやる!
仲間にそれを認めて貰えなくても、ちゃんと伝える必要がある。
それが今だ!
「分かっている! 僕も皆に迷惑は掛けたくない!
だからここで宣言することにした」
敵も味方も困惑してる中、
僕は敵のウルス兵に振り向いて、大声で言う。
「聞け! これから僕と戦う者の命は奪わない!
だから負けたのなら去れ!
もし再度勝負することになったなら、次はその命……頂くとする!」
本当に2度目は殺せるのかと聞かれると、正直分からない。
半分は脅しのつもりではある。
でもこれが今、僕が皆に迷惑を掛けない範疇の行動だと思う。
もし、敵が僕じゃなくて他の誰かと戦うのなら、そいつが殺されるのを止めるつもりはない。
すると、屈強なウルス兵たちは皆僕の前に2列で並び始めた。
「なら手合わせ願おうか」
さすがに戸惑った。
せいぜい数人の命なら、奪わずに済むと思ったけど、まさか僕が全員を相手にすることになるとは。
「……訳が分からないが、でかしたイサミ!
そのまま引き付けろ、儂らは上を目指す。
貴様は頃合いを見て撤退しろ!」
「え、待って、イサミを置いてくの!?
なら私も残る!」
タロウ小団長の事を信じられないといった感じで見上げるチカセだが、
今度はキヨマルが前に出てきてそれを制止した。
「大丈夫でしょう」
「キヨマルも何でそんなこと言うの」
「今まで私達の速さについて来れなかったイサミが、今回は遅れずついてきた。
もう十分あの者共を1人で相手できる力量があるでしょう、そうでしょう? タロウ小団長」
え、気が付かなったけど、今思えば確かに今日はちゃんと皆のすぐ後ろを走ってた。
前は置いてけぼりにされてたのに。
「そうだ、それとも儂らの助けが必要か? イサミ。
その場合は不殺の約束は出来ぬがな」
僕は思う。
いくら力量があったとしても、1対多は不利だ。
キヨマルだってそう言う。
それでもタロウ小団長が僕に任せようとしているのは、きっと。
この場で僕に問いかけている。
僕にできるのかと。
僕が不利な状況にもかかわらず、信念を貫き通す覚悟があるのかと。
ふっ、なら言うしかない。
「大丈夫だよチカセ、ここは僕に任せて!」
その言葉にタロウ小団長は深く頷いた。
「話は決まりだ、行くぞ!」
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そうして、僕とウルス兵の人達だけがこの場に残された。
「度胸は認めてやろう」
まずは1人。
僕の前に出てきた。
一斉に襲いかかってくればいいものを、一騎討ちする気か?
なら好都合だ。
「ありがとう! ついでに待っててくれた事にもお礼を言う、ありがとう!」
「良い、どうせだ」
僕は再び盾と剣を構えた。
全員、叩きのめしてやる!




