第四十四話「説く」後編
前回、イサミの年齢を19と記しましたが、訂正します。
イサミの年齢は17です。
夜が明ける前。
僕たちは出発した。
だが、その足取りは鈍い。
珍しいことに、チカセがウトウトしてるのだ。
歩く度に頭をカクンカクン、させてる。
瞼もほぼ閉じてる。
このままだと、寝ぼけてどっか行っちゃいそうだ。
でも、こんなウトウトしちゃうほど疲れてるチカセを起こすのは、したくない。
だから僕は、チカセの手を取ってシラホシの尻尾を掴ませた。
これでどっか行ったりしないだろう。
良し。
「イサミ殿はよく起きれるものゾな」
ヒワシがあくびをしながら言った。
そんな彼も起きてるけど、ずいぶん歩幅が狭い。
「まぁ、身体が慣れてるんだ」
「ほう、それは凄い。
僕ちゃんはこれなら、ずっと起きてた方がましゾネ」
「えー、それの方が辛いでしょ」
「案外、気が付かないもので、1ヶ月ぐらいなら起きてられるゾ」
「いっかげつ?」
「30日のことゾ」
「無理だろ……」
僕の思ってたずっと起きてるって、せいぜい5日ぐらいかと思ったけど、30日ってなんだよ。
てか、それこそ苦行じゃないのか?
絶対夜通し歩くより辛い。
あーだから、ヒワシの目元の酷い隈。
青紫色なのか。
「して、そろそろ餌やりをしてやりたいと思うゾ」
「……? シラホシはたぶん、もう勝手にその辺の草食べてるよ」
「違う、あんな馬畜生ではないゾ」
他に餌付けする生き物なんていたっけ?
「フィグントにだ」
「えーと、カビにご飯あげるってこと?」
「そうゾ」
んー、いいよって言いたいけど、
なんか瓶の蓋開けた瞬間、カビが脱走しちゃうんじゃないか?
そんで、ヒワシと合体!
また勝負だ! ってなったら嫌だな。
「君の不安は分かってる。
しかし、僕ちゃんは今、君たちと戦う気など無いゾ。
なんなら君が餌やりをする時、僕ちゃんは遠くに離れてもよい」
とても嘘をついているようには思えないな。
いいだろう。
「離れる必要はない、信じてやる。
で、このカビに何あげるんだ?」
僕が懐からカビが入った瓶を取り出して見せたら、
ヒワシもまた懐をガサゴソと漁り、何かを取り出した。
「これゾ」
「なんだそれ」
ヒワシの手には、黄色で、三日月みたいな形をした何かが握りしめられていた。
「バナーナ」
「えっ!? あの、貴族が好んで食べるという果実?」
「ええ」
えー! いいなー!
バナーナってあんな色してるんだ。
しかし、カビなのにいいもの食べてるな。
僕だって食べたことないのに。
僕は先に瓶の蓋を開けた。
中のカビはモゴモゴと蠢いているが、出てくる気配はない。
脱走の心配は無さそうだ。
確認が済んだので、ヒワシにバナーナを要求する。
ヒワシはバナーナを剥いて、顕になった白い果肉を何個かにちぎって手渡してきた。
僕はそれを受け取って、瓶の中に入れる。
すると、一瞬にしてバナーナはカビに覆われてしまった。
これがカビの食事なのか。
食べてるのかどうか分からないな。
それより、どんな味なんだろう
先程からヒワシの手元にまだ残っているバナーナが気になる!
「ヒワシ……その残ったバナーナ食べてもいい?」
「いいですゾ」
やった!
さっそく貰ったバナーナを1口食べる。
「んー甘い! でも果実なのに全くみずみずしく無いね」
「厳密には野菜だからネ」
「へー、そうなんだ! 物知りだね」
「フィグントの好みを探すために、色々と試した時に知ったゾ。
それよりイサミ殿、食べ終わったのなら、今度はこのブラシでフィグントを磨いてくれゾ」
僕は小さい歯ブラシを手渡せれた。
カビを磨くってどういうことだよ、と思うけど。
……なんか、愛情深いな。
僕は、それがカビを特別にしてるような気がする。
だって、あのカビ絶対に魂宿ってるよ。
そうじゃないとおかしい。
ヒワシの言うように、その人自身に何か特別な力があるのなら、ヒワシは別にカビを使わなくてもいいということだ。
例えば、カビと似たようなモノ、泥とかで鎧や剣を形作れるはずだろ。
それが出来ないなら、やはり道具に魂が宿ってる。
魂の力だ!
うん、そう思うとしっくりくる。
……でも待てよ?
僕は、盾と剣、どっちも光らせたよな。
もし魂が宿ってるなら、それぞれ違う魂だろう、なら魂の力は異なるはず……だよな。
なのに、どちらも輝くときた。
そうなると、ヒワシの言う通り僕の力なのか?
だったら、別の盾、剣を握っても光るのかな。
うーん、分からないなー。
でも、僕的にはお坊さんの言う通り、道具に宿る派だと思ってる。
その方が……なんだろう。
言葉にできない、けど、とにかくその方が良い!
と感じる。
そこで僕は手渡された歯ブラシをヒワシに向け、言った。
「ヒワシ、やっぱり僕は道具に魂が宿ると思うんだ」
急に言ったからか、ヒワシは僕に訝しげな表情を見せた。
「道具?」
「うん、ほら、ヒワシのカビだってそうだろう?
普通カビはあんなことにならない」
うお!
急にヒワシが僕に詰め寄り、人差し指を僕の胸元に指してきた。
「フィグントは道具じゃない!
僕ちゃんに喜びも、悲しみも見せるゾ!」
「ご、ごめん」
ヒワシはフンっと鼻を鳴らし、元いた位置に戻っていく。
あー、びっくりしたー。
カビは道具じゃないか……
すごいな。
ヒワシのフィグントに対する暖かみは、家族に向けるそれだと思う。
果たして僕には、盾と剣を家族と見なせるのか。
…..できないな、せいぜい相棒だ。
なら、ここが変え目な気がする。
カビに対する思いやりがこんなにもあるんだ。
なら人に対してだって出来るはずだ。
どうにかして、カビへの思いやりを人にも向けさせる。
それか、僕がフィグントを葬る。
そしたら、ヒワシも家族を奪われる痛みを知れるんじゃないか?
……ダメだ。
これは良くない、こんなんで改心する者などいない。
殺し合いになるだけだ。
今はまだ方法が思いつかない。
から、とりあえず魂についてだ。
「そのーカビ、いや、君の家族はさ、ヒワシが世話をしてたから特別になったんじゃないか?」
「……違う、フィグントは初めから特別ゾ」
「初めから?」
「えぇ、出会った時から。
あの日は今でも鮮明に思い出せる。
昼下がり、僕ちゃんの研究室に陛下が訪ねてきたゾ」
なるほど、ウルス王がカビを持って来たんだな。
「差し入れで、みかんを貰ったのだが、腐ったのも混じっており、それを食べてしまったゾ。
程なく、あまりの気持ち悪さに吐いてしまった僕ちゃんは、苦しみのさなか、反吐の中に蠢くフィグントと目が合ったゾ。
これが僕ちゃん達の出会いゾネ」
……なんか、全然感動的じゃないな。
ただただ汚い。
それに、カビと目が合うってなんだよ。
どうせあれだろ。
食べたみかんのつぶつぶが2つ、ちょうどカビとくっ付いて、目に見えたとかだ。
きっとそう。
カビに目なんてない。
「ごめんなんだけど、どこが特別なの?」
「キョー! イサミ殿には分からないゾか。
可哀想に」
いや、そんな哀れむような顔で見てきても。
どうかしてるよ、ヒワシ。
もー、変な話し聞かされただけだよ。
もっとこう、なんかないかな。
そうだ!
「じゃあさ、ヒワシのお仲間にスサノオっているどろう?」
「えぇ、あの乱暴者ゾネ」
「あいつの剣は雷纏ってたけど、あれは剣に魂が宿ってるんじゃないの?」
「ふむ……その可能性も留意している。
しかし、彼は剣などなくとも特別ゾ。
あの体躯も、雷への耐性も不可解」
確かに最初会った時は大きすぎだろって思ったよ。
まぁ、僕としては、ヒワシもスサノオも似たようなもんだけど
「だから魂は道具じゃなくて、身体に?」
「確証は無い、僕ちゃんがそう思ってるだけゾ」
「ふーん、ならウルス王の身体も?
だって、スサノオよりも強いんなら、彼の身体にも魂の力があるはずだろ」
ヒワシはウンウンと頷く。
「僕ちゃんもそれは気に掛かった。
ゆえに、1度陛下の寝込みを襲って解剖しようとしたことがあるゾ。
朝が来る前に縫いつければ、気が付かれないと思ってネ。
しかし、部屋に入った瞬間に両腕を斬り落とされたゾネ
だから陛下に関してはもっと分からないゾ」
こわっ!
ヒワシがやろうとしてたことも怖いけど、ウルス王も容赦ないな。
ブルっとしたぞ。
こんな話を聞いたせいか。
森が風でザワザワしてるせいか。
急に辺りが不気味に感じる。
「うううん」
!
唸り声だ。
獣か?
それに、ズザザザって音が聞こえる。
ものを引きずるような。
僕の中で緊張が走る。
「私もバナーナ食べるぅ」
声にびっくりして、背中の剣を抜きかけたその時。
拍子が抜けた。
「なんだ、チカセか」
「この娘、どうなっているゾ」
シラホシの尻尾を掴んだまま歩いていたはずが、完全に寝てしまったのか、脚が止まってる。
なのに、何故か尻尾は固く握りしめていて、海老反りで引きずられる形となっている。
「どうしたのチカセ」
シラホシを止めてから、チカセに駆け寄って肩を貸す。
「あともう少しだよ?」
揺さぶりながら話しかけるも、瞼は半分も開かない。
「んんん、おんぶしてぇ」
「えー!」
どうしちゃったんだろうチカセ。
……もしかして、ヒワシを見張るためにずっと起きてたのかな。
自分でヒワシはもう警戒する必要ないって言ってたのに。
それだったら僕にも言ってくれたら、代わりばんこできたのにさ。
よいしょっと。
僕は背負っていた盾と剣を外して、チカセをおんぶする。
盾と剣はシラホシにでも掛けとくか。
これで、よし!
もう十分遅いけど、夜までには着くはずだ。
あ!
そうだ、最後にヒワシに聞くことがあった。
ヒワシへと振り返る。
すると、僕になにか感じ取ったのか、ヒワシはこちらを見てきた。
「1つ聞きたい、魂は尊いか?」
ヒワシは悩む素振りは見せない。
でも、すぐに答えもしない。
長いようで短い間の末にヒワシは言った。
「無論ゾ」
「……そうか」
その言葉に、ヒワシはどのような想いがあるのかは分からない。
でも、ヒワシの命を奪ったら、悲しむ魂は少なからず1つある。
そう思った。




