第五話「犠牲」
一夜明けた。
僕達は日が沈んだ後、すぐに次の領地に移動することになった。
赤珊瑚団が護衛もしてくれている。
そして現在、未だに馬車の中で揺らされている。
先程目が覚めたが、1晩中座りっぱなしのせいで、お尻がもげそうだ。
そんな中、ぼんやりと瞼を開けると、
地平線から太陽がひょこっと出ているのが見えた。
「ハクション!」
うーーー、まだ冬が過ぎてから間も無い。
少し寒いな、この馬車には幕がないから余計にそう感じる。
幕が張られてる馬車は、主に子供とその母が乗っている。
母ちゃんとハルもそっちに乗っている、父ちゃんは負傷者用に乗っている。
爺ちゃんは……舟で川を渡ってる頃かな。
思わず俯いてしまう。
そして、昨晩の事を思い出す。
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ハルと一緒にみんなを探し回った。
未だに騒ぎは収まらず。
親とはぐれたのか、わんわん泣いてる子、
親しい人を亡くして哀しむ者、
捕らわれた賊であろう者が、兵士によってどこかに連れてかれていたり。
渦中の真っ只中であった。
だが幸い直ぐに、母ちゃんと父ちゃんを見つけられた。
急いで駆け寄ると、
彼らの傍に、頭から胸あたりまで、
布を掛けられた人が、仰向けで倒れていた。
最初は誰だろうと思っていた。
いや、考えないようにしてただけで、薄々勘づいていた。
声をかけて、振り向いた母ちゃんと父ちゃんの悲しい顔と涙ぐんだ顔を見て、確信に変わった。
動かなくなった者は、そこらかしこにいたが、布を掛けられてる者は少なかった。
つまり、この布の下にいる者は……爺ちゃんは、きっと見るも無残な姿なのだろうと、
余計な想像をして胸が苦しくなる。
耐えられず目をそらした。
父ちゃんは、僕達に『ごめん、ごめんなぁ』
と許しを乞うように謝っていた。
そんな父ちゃんは、右肘の上あたりから下が無くなっていて、痛ましいかぎりである。
母ちゃんも血まみれになっていて焦ったが、
返り血だから心配ないと言われた。
なんなら逆によく無事でいたと言われ、僕とハルは痛いぐらい思いっきり抱きしめられた。
何があったか、父ちゃんに聞くと。
父ちゃん達と何人かで、余っていた馬を連れ出すため、馬屋に向かったそうた。
だが運悪くウルスの兵士と鉢合わせになり、戦闘になってしまったらしい。
みんなやられて、父ちゃんは片腕を失うぐらい強敵だったとか。
だが、爺ちゃんが隙を見て、馬を1頭奪い取り、父ちゃんと母ちゃんを逃がしたそうだ。
爺ちゃんは厳しい人だった。
漁に出た時は、特に厳しかった。
いつも叩かれた。
でも、僕やハルが何かをできた時、
それがどんなに些細な事でも、いっぱい褒めてくれた。
嫌いなところもあるけど、それ以上に好きだった。
両の眼から涙が溢れてしまい、すぐに手で拭う。
泣いちゃダメだ。
爺ちゃんに怒られちまう。
そう思いながらも何回も手や腕で涙を拭った。
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昨晩のことを思い出したら、また胸が苦しくなる。
ギュッと目を瞑り、我慢する。
そんな時だった
「よう、おめぇ、起きるの早いな」
横にいる奴に声をかけられた。
もしかしたら、僕のくしゃみで起こしてしまったかもしれない。
「僕はいつも夜明け前に起きる習慣でね、
でも君も十分、早いけどね」
「習慣? 肌も随分焼けてるし、もしかして漁師か?」
「うん、そうだよ……」
村で僕が漁師である事なんて、みんな知ってる。
僕は彼の顔に見覚えがない。
彼の右唇には古い切り傷の跡がある。
村の人の顔は全員覚えてるけど、やはり見た事がないな。
もしかして、新しく来た人かな。
でも何となく、最近聞いた声なんだよな。
頭を捻っていると、思い出した!
「君は……もしかして、昨日スクデ砦から村に来た飛脚の人?」
「あ、あぁ……よくわかったな、あの時は兜を被っとたのに、あ! これは親父ギャグじゃ無いからな?」
人当たりがよさそうな彼は、ニコッと笑顔を見せた。
僕もふっと笑みがこぼれる。
「声でね、かっこいい声だなと思ってさ」
「照れるな……初めて言われたよ、おまえ名前は? おれはトラジロウ」
「僕はイサミ、よろしくね 」
「あぁ、よろしく」
そういえば、彼はなんでこの馬車に乗っているのだろう。
「トラジロウは、飛脚って事は一応兵士なんだよね? 他の兵士達は馬に乗ってたり、歩いてたりしてるけど、もしかしてサボり?」
「あーいや、ほら! 俺はスクデ領主様の私兵なんだよ。でもー、スクデ領無くなっちゃったからよ、もう兵士じゃねーんだ」
「そうなんだ」
詳しく知らないけど、そういうものなのかな。
「それよりよ! 馬車を取り囲んでいた盗賊を、ぶっ倒したのってイサミだろ? 見てたぜおれ」
「まぁ……そうだけど、運が良かっただけだ。その後何も出来なかったし……」
「何言ってんだよ! すげーカッコよかったぜ!
他の奴も起こしてさ、聞かせてくれよ」
昨晩、村を出た時は悲しい雰囲気に満ちていた馬車だったが。
トラジロウは盛り上げ上手で、幾分か明るい雰囲気になった。
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関所を3箇所通過し、ようやく街に到着した。
到着した時。
赤珊瑚団の中団長と呼ばれていた、
薄い紺色の髪の女性が兜を脱いで僕達に言った。
「ここまで御苦労である! あなた達には不安な思いをさせてしまった。だが! 私達がこの身をかけて、必ずウルスの蛮行を止めて見せよう!」
村の者達から感謝の気持ちや、大きな声援が送られた。
最初は自信過剰かと思ったけど、あれがいい。
僕も、彼女みたく、人々の不安を取り除き、鼓舞する事ができるような人になりたいな。
そう心に思った。
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他の街まで行く必要がある人達もいるようだが、僕達家族はこの街で、長屋の一室を貰えることになった。
現在は長屋まで案内されている道中だ。
夜になったが、村と違い、あっちこちに篝火があり、かなり明るい。
王都には昔に1度行った事があり、街を見るのは初めてじゃ無いが、賑やかな夜の街は初めてで、ついキョロキョロしながら歩いてしまう。
そんな中、急に呼び止められた。
「そこの君! ちょっと待ったぁ!」
振り返ると、中団長が寄って来た。
「今少しいいか?」
慌てて、家族を見ると。
父は名誉な事だと言い、家族を連れて案内人に付いてすぐにどっか行ってしまった。
僕は長屋の場所、知らないのに。
「すまない、忙しい時に」
「い、いえ、光栄、です」
どうして声をかけられたのだろうと考えていたら、すぐに理由がわかった。
「君だろ? 賊と互角に渡り合い、全員返り討ちにし、馬車を守ったっていうのは」
ええぇ?
なんだそのスゴいやつは。
「どこで、その話しを?」
「先程、酒場の外の席で、そう話していた青年がいた」
なんか、1人心当たりがある気がする。
「私の隊には1人、目がいいやつがいてな、そいつが君が戦っているを見ていたんだ。
そいつに聞いたら、君がその人だと教えてくれた」
誤解を解かなければ。
「その、運良くギリギリで1人だけ倒せただけで、中隊長様に褒めて貰えるほど凄いことは」
「凄いじゃないか! 君が行動しなかったら、他の誰かがやられていたかもしれない、
それに、ギリギリでも勝ちは勝ちだ!」
「……ありがとう」
この人、凄い褒めてくれる。
それにしても、彼女が喋っていると、
なぜこうも眩しく感じるのか。
「僕も、あなたみたいな兵士になりたい」
そんな言葉が思わず口からこぼれてしまった。
兜で顔が見えないが、彼女は少し困った顔をしている気がした。
「話を聞こう」
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僕達は少し移動し、噴水の縁に腰をかける。
この街は、水路や上水道がきちんと整備されているようだ。
なんせこの噴水、王都で見たやつより綺麗だ。
こんな事考えてる場合じゃないや。
「君は兵士になりたいのかい?」
中団長はそう問いかけて来た。
「兵士になりたいかは分からない」
自分の村での惨劇を思い出す。
みんなが泣いていた。
みんなが悲しんでた。
生き残るために必死だった。
「ただ、僕の村で起きたような哀しい出来事は、もう見たくない」
そう言うと、
彼女は何か考えているようだった。
「君は昔……なりたいものはあったかい?」
なりたいもの?
急にどうしたのだろう。
子供の頃に夢見たのはーー。
「子供の頃は、おとぎ話に出てくる様な冒険者とか、漁師になる事が夢だったかな」
「そうか、それはいい事だ。この街で漁師になるも良いし、もしくは国を出て、冒険者になるのも良い」
どうにも彼女は僕を兵士になる事から遠ざけたがっている。
何故なのだろうとじっと彼女を見ていた。
僕が納得してないような目線を受けてか、彼女は兜を脱ぐ。
そして、とても真面目な顔つきで、ため息をした。
「正直に言おう、この国はいずれ敗れる」
「え?」
「ウルス奴らも市民の命を奪うほど、考え無しでは無い。
君はカラカティッツァからウルスの冒険者、漁師になるだけだ。
だが兵士になれば、君はきっとまた見たくないものを見てしまう事になる。だから私は、君には兵士を目指して欲しくないんだ」
彼女の顔からはっきりと、不安や悲しみが伝わってくる。
それでも彼女の顔は凛々しく、高潔さを垣間見えた。
その顔を見て僕は決心がつく。
「決めた。僕は兵士になる」
「君のなりたいものを諦めてでもか?」
「はい」
「どうして、そうまで……」
「この街に来るまで、あなたが何度も不安がる人達に声をかけるのを見てきた。不安を全部取り除く事はできないようだったけど、彼等は元気や笑顔を見せるようになったと思う。だから、僕もあなたにそうしたい!」
普段、彼女が見せていた眩しさが、今は無い。
きっとウルスが彼女から奪ってしまったのだろう。
ならば、取り戻そう。
僕は見たくないものが、1つ増えたから。