第四十四話「説く」前編
早朝、日が上り始めた頃。
僕は帰るための身支度をしていた。
顔を洗おうと思ったけど、近くに水辺が無く、飲水を使う気にもならなかった、ので、
身支度は装備を身に付けるぐらいで、一瞬で終わった。
チカセが『歯は磨かないの?』と聞いてきたが、僕達は朝ごはんも食べてないのに、なぜ磨くのか分からなかった。
だって、そうだろう?
僕の口の中はまだ汚れてない。
それをチカセに言ったら『おかしい!』って言われた。
僕が言いたいよ。
チカセは、朝ごはんを食べる前に歯を磨くらしい。
でも、朝ごはんを食べた後に、歯は磨かない。
綺麗にしてから汚すんだとさ。
チカセはたまに変な所があるな。
まぁ、それはさておき。
チカセの支度が終わるまで、僕はシラホシの毛をブラシでとく事にした。
シラホシはご機嫌の様子で、地面の草をむしゃむしゃし始めた。
「ギョー! この畜生め!」
草じゃなかった。
ヒワシの髪の毛だった。
ヒワシが、むしり取られた髪を取り返そうと、シラホシの口をこじ開けようとするも、ゴックンされた。
しかも、シラホシは飲み込んだ直後、口を開けて嘲笑うかのように、ブルルンっと唸った。
それを見たヒワシはわなわなと身体を震わせ、小さく呟く。
「いずれ馬刺しにしてやるゾ」と。
……本当にやりかねないな。
僕達には勝てないけど、馬になら勝てるしな。
いや、僕がヒワシの人質を握ってる間は大丈夫か。
奪われないように気をつけよう。
「出発するよー!」
後ろから聞こえてきた声。
どうやらチカセの準備が終わったらしい。
あとはドンちゃんだけかと思ったが、チカセと一緒に戻って来た。
「お待たせー」
「僕もちょうどシラホシの毛をとき終わった所」
最後に使った道具をシラホシに掛けてある鞄に詰める。
準備万端だ。
「僕達は都市ルナに帰るけど、ドンちゃんはどうするの?」
「チカセちゃんにはもう言ってあるのだけれど、あたしはここでお別れするわ。
焼けたけど、村に戻るの」
「そう……」
村で亡くなった人を弔うのかな。
僕も手伝ってやりたい、でもさすがにもう戻らなくてはならない。
それでも……。
「そんな心配そうな顔しなくても、大丈夫よ」
そりゃ心配にもなるさ、身近な人を亡くすのは辛い。
それが自然によるものだとか、事故じゃなく、外道の手によるものなら尚更だ。
「あなた達は自分たちの心配をしなさい。
その、敵対してる国の兵士に言うのもおかしいのだけれど、元気でね」
「! もちろんだ!」
すると、チカセが割って入ってきた。
「そう言えば私たち敵同士だったのに、なんで仲良くなったんだっけ!」
「それはイサミくんが……」
2人揃って首を回し、僕をじっと見てきた。
怪しい者を見るような目つきで。
「良くも悪くも、イサミくんのおかげね」
「確かに、ねぇー」
どういう事なんだ。
「なんだよ、ちゃんと言ってよ!」
「えー、自分の心に聞いてみたら?」
わー、絶対教えてくれないやつだ。
「ふふ、イサミくんが明るい雰囲気にしてくれたことだし。では、あたしはこれで」
そう言って、ドンちゃんは自分の荷物を背負った。
僕は明るい雰囲気にするような、面白い事を言ってない、と思う。
なんか勝手に笑われただけだ。
でも、ここに来て、悲しいことばかりだったのに、ドンちゃんが最後に笑った。
なら、 いいか。
悲しい別れは好きじゃない。
「うん! じゃあね!」
「またねー!」
僕とチカセは大きく手を降った。
そうして、僕達はドンちゃんと別れ、帰路についた。
---
森の中、歩いている時ふと思った。
タロウ小団長に怒られるだろうな。
2日で帰るつもりだったけど、3日も勝手な行動をしてしまった。
帰るのにあと1日は必要だから、4日もどこか行ってる訳だ。
2日だったらギリ許されたかなー。
んー、考えたら恐ろしくなってきたな。
すると、横からチカセが嬉々として言った。
「ねぇねぇ、私たち褒賞もらえるよね」
「え?」
「だって、ヒワシって大物でしょ、バレナ軍に差し出したら、みんな私たちの事をすごーってなるでしょ」
「……そりゃ、そうかも。あ、でも、ダメ!
ヒワシは差し出さない、更生させるんだ!」
「出た! イサミのイカれた所!
それドンちゃんからも聞いたけど、本気ー?」
「僕はイカれてないし、どちらかと言うと、タコの方が好きだ!」
「そんな話はしてない!
こんな奴、さっさと処刑された方がいいでしょ」
くっ、やはりチカセは反対してくるよな。
どうしよ。
チカセが言ってることが正しいと、僕も思うから何も言えない。
どう説得すれば。
僕がどうにか頭をひねり、言葉を絞り出そうとしていると。
ずっと黙りこくってたヒワシが口を開いた。
「僕ちゃんをバレナ軍に差し出しても、無意味だと思うゾ」
「……どゆこと?」
チカセが不思議そうな顔で聞き返した。
「確かに僕ちゃんは、大物、ウルス王の腹心、国の中枢と言える」
ずいぶん自信満々で誇った顔だな。
今さらだけど、本当なのかな。
ウルス王がこんな外道を家臣にするー?
いや、ウルス王だからするのか。
やはり許せないな、ウルス王。
「そんな僕ちゃんだが、表舞台に立ったことは1度もない! ウルスとて、僕ちゃんのことを知ってる者は極わずか。
ゆえに、バレナ側が僕ちゃんのことを知ってる可能性はとても低い」
えぇ!!
じゃあこいつ、ただウルス王の腹心って自称してるヤバイ奴かもしれないってこと!?
ほら、チカセも困惑してる。
「え、じゃあ、あんたを差し出しても、突き返されるってこと?」
「そうなりますネ」
チカセは足を止めてしゃがみ込み、そして両手で顔を覆った。
すごくガッカリしてる。
「でもさ、もし知ってたら晒し首になっちゃうんじゃないの?」
「イサミ殿……」
殿?
「僕ちゃんを知ってるのなら尚更殺す事は無いゾ。
僕ちゃんを殺した時の損失を思量すれば、知恵がある者ならばそうはすまい、ま、多少の拷問されましょうがネ」
敵国にとってもヒワシは重要な者なのか。
生かした方いいと思えるほどに。
「それか、君が僕ちゃんを改心させるでしたか。
そんな訳の分からないおままごとでも、暇つぶしにはなりましょう。
どちらに転んでも僕ちゃんはいいですゾ」
おままごと?
僕は本気だぞ!
「もう、ずっーーーと、僕の元にいるかも知れないよ」
「フン、陛下が天下を取る方が早いネ、そうなればフィグントも取り返せて、君とはおさらばだ」
「それこそ無いね、僕はウルス王を討つ」
「キョーキョキョッ、君がぁ?」
「そうだ!」
ヒワシは口元を押さえて、必死に笑いを堪えた。
「キョーッ、はぁ、君は何も分かっていない。
たとえ君が天と地をひっくり返しても、その夢には届かない。
陛下は天上にいる御方、この星の地に脚をつけたモノでは不可能ゾ」
くそー、難しいことばかり言いやがって。
「色々言ってるけど! それは勝てない理由にはならないだろ!
やる前から諦めるなんて嫌だね!」
「そうですか、では、僕ちゃんは君が陛下と戦うのを楽しみにするゾネ」
「そうだ! 楽しみにしてろ!」
そう言って僕はシラホシの手網を握りながら、ズカズカとまた歩き出す。
ヒワシは平常通り、ニコニコしながらついてきた。
---
日が沈み、すっかり暗くなった。
僕は自分のカンテラを失くしたから、今はチカセのカンテラだけで辺りを照らしている。
さすがに1つだけで夜道を照らすには心細いな。
そんな時、後ろから悲痛な声がした。
僕は立ち止まって、振り返る。
「ギギギ、いつになったら野営するゾ?」
ヒワシが今にも倒れそうだ。
もうニコニコの笑顔は無い。
虚ろで、目の焦点が合ってないように見える。
僕たちと戦った時より辛そうじゃないか。
「今夜は野営しないよ、このまま夜通し歩くんだ」
「なんて愚かな……人という生き物は、そのような苦行を行えるように作られてない!
僕ちゃんはもう一歩も歩けないゾ!」
あ、地面に座り込みやがった。
僕よりも体力ない者は初めてだ。
僕たちは走ってもないし、小走りもしてない、ただ歩いてるだけなのに、この疲れよう。
今までとうやって生きてきたんだ。
「仕方ないよイサミ、少しだけ休もう」
チカセがそう言うならと、僕は頷いた。
休息を取ってしばらくしたが、まだヒワシから悲鳴が漏れていた。
まるで死にかけのセミの鳴き声だ。
「なんか、生ける屍みたい」
「生ける屍? なにそれ?」
「え、知らない?
死んでるのに動くの、でも喋れないからヒワシみたいにうめき声しか出せない」
んー、なんだその化け物なのか、妖怪なのか分からんモノは。
チカセは変なモノ知ってるなー。
「僕ちゃんをそんなのと一緒にするな」
「ヒワシも知ってるの?」
「無論ゾ。
ある地域ではそれを『亜人』と呼ぶみたいゾ。
曰く、頭を潰しても即座に蘇る不死の肉体を持ち、言葉を喋れるモノもいるだとか。
そして最大の特徴として、黒い針金を何重にも織り交ぜたような幽霊を操るみたいゾ」
やっぱり化け物じゃないか。
「えぇ、私の知ってるのとは違う……私のは生き返るけど、肉体は腐っていて、頭を潰したらもう蘇らない」
「1度きりの蘇りゾか、ふむ、興味深い」
ふーん、死んだら蘇るのか。
でも肉体は腐ってると。
ヒワシの言う亜人はただの化け物だけど、チカセの言う生ける屍は、死んで無くなった魂が戻ったみたいで、なんか有り得そうだな。
待てよ?
「じゃあ、僕たちが殺した龍も、蘇ったりしちゃう!?」
「え! 亜龍的な?」
「そう! それ!」
僕とチカセがあたふたし始めると。
ヒワシが口を尖らせた。
「君たちは今までに死んだ生き物が蘇ったのを見たことあるゾか?」
「「……無い」」
そう言えば、そうだわ。
「しかし、君たちは本当にドラコニスを仕留めたゾか?」
「あの龍のことか? ああ、殺した。 首を斬り飛ばしてね」
「ふーん」
その返事は。
ひどく、冷たいように思う。
あの龍は、最高傑作と言っていた気がするが、どうでもいいのかな。
「一時的に、死肉に群がる獣で溢れかえるだろうが、気にする事は無いネ。
近くに村があったら疫病が蔓延してたかもだが、無いから気にすること無いゾ」
待てよ。
「近くに村あったじゃないか、君が住む者を皆殺しにした村が」
「……だから、もう無いから気にする必要ないゾネ」
さも当然のように、なんの迷いもなく、ヒワシは言った。
どうして、そんなことが言えるんだ。
どうしてヒワシは、人の命をそんなに無下にできるんだ。
でも、今それを言ったところで、ヒワシには通じないだろう。
もっと、日をかけて、ゆっくりと、説く必要がある気がする。
そう、お坊さんが僕にしたみたいに。
「……」
「そんなことより、僕ちゃんはイサミ殿の剣に興味があるゾ!」
「その前になんで、『殿』なんてつけるようになったんだ?」
「僕ちゃんが負けたからゾ」
「……そ、それだけ?」
「ええ」
どういうつもりなのか分からない。
名前を呼ぶ時だけは異様に丁寧なの、少し気味が悪いいからやめて欲しい。
「ささ、その剣について教えてくれゾ」
ヒワシはそんなのお構い無しに、色々聞いてきた。
どうやって光らしたのか。
いつから光ったのか。
剣が光らせる時、僕は何を考えるとか。
とにかく色々聞いてきた。
僕はそれに全て答えた。
「どうして、光るのかは分からない。
この剣が最初に輝いたのは、君との戦いの最中だよ。
あの時は……確か、君を倒すのに光が必要だと思ったんだ、そんで、輝けって」
僕自身、この剣が、盾が、輝く理由を知りたい。
ヒワシは何か、知っているかもしれない。
「ふーむ、イサミ殿は今までに光らしたモノは他にあるゾか?」
「えーっと、たて、盾が2度輝いたことがある」
ふむふむ、っとヒワシは何やら懐から黄ばんだ紙と、小さな筆を取り出して、さらさらと書き始めた。
「では、齢は?」
「17だ」
「好きな食べ物は?」
それは聞く必要があるのか?
「さかなー、じゃなくて魚介類か、それと海ぶどう、かな」
でもつい答えてしまう。
なんか答えなくちゃって気になってしまう。
ヒワシの術か!?
「ねぇ、それ墨汁も無いのにどうやって書いてるの?」
チカセが不思議そうにヒワシの手元を覗き込んでいる。
「これは鉛筆と言って、黒鉛と粘土を混ぜて作れるゾ。ただ、その比率で出来上がる芯はかなり差がーー」
ヒワシは僕たちに鉛筆とやらを、見せながら説明してくれたのだが、途中顔を上げて僕たちの顔を見た途端に言葉が止まった。
「端的に言うと、墨を用いないで書けるゾネ」
チカセは頷きながら感心してる。
どうやら、これはすごいモノみたいだ。
しばらく、質問に答え。
全て聞いたヒワシは自分の書いたモノを何度も見直して、考え込むように目をつぶった。
そして、カッっと瞼を開いた。
「僕の剣と盾、何か分かった?」
「剣と盾については何も分からないゾ。
せいぜいよく手入れされてるぐらいゾネ。
僕ちゃんは、君自身に何か力が宿っていると考えるゾ。
今までに暗闇や夜に、身に危険の覚えがある出来事は?」
暗闇と夜に?
うーーん、特に無いなー。
あ、でも。
「1度だけ海で溺れたことがあるんだ。
大きな波に飲み込まれてね。
あの時は水面から射す日の光があったから夜じゃなかったと思うけど、かなり危なかった」
「ふむ」
この話を聞いて、ヒワシはまた何やら書き始め、反応したのはチカセだけだった。
「こわ! イサミ助かって良かった」
「うん、父ちゃんと爺ちゃんが引き上げてくれたんだ」
気が付いたら沈んでたもんで、それでびっくりしたからか、身体は動かなかった。
でも、不思議と恐怖はなかった。
まぁ、今考えたら確かに怖いな。
なんであんな静かに沈んでたんだろ僕。
「やっぱり海より山の方が良い」
チカセは何か確信したかの顔つきで言った。
その言葉にヒワシは反応しない。
反応したのは僕。
「え? 海の方が絶対いい!」
「イサミ、海で死にかけといて、よくそんなこと言えるよね」
「チカセこそ、山は熊とかゴリラとか、龍が出るじゃん」
「出ねーわ! 熊はまだしも、ゴリラは存在しない! 龍は……洞窟内から出てきたから山じゃない。
イサミの言う海こそーー」
この夜、チカセとの海山勝負は決着がつかなかった。
僕たちが言い争っていると、いつの間にかヒワシは横たわって寝ていたんだ。
だから、僕たちも寝ることにした。
瞼を瞑って僕は考える。
チカセに負けを認めさせるには、やはり海の凄さを直に感じさせないと、いけないみたいだ。
今度、海にチカセを連れて行こう……そう思いながら眠りにつくのだった。




