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勇者  作者: 海目 愚丸
狂気の回天編
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第四十三話「処遇」

 目が覚めると、空が見えた。


 僕の最後の記憶だと、洞窟内にいたはずなのに。

 どうして満天の星空が見える地上にいるのだろうか。

 まぁ、分かる。

 きっとチカセが担いでくれたのだろう。

 とりあえず起きて、周りを見よう。

 

 手を地面に付いて上半身を起こす。

 そこで気が付いた。


 無意識の内に使ったけど、なんか右腕があるぞ。

 ヒワシとの勝負で失ったと思ったのに。

 ラッキー!

 得した気分だ。


 さてと、起き上がった僕の目の前には、焚き火があった。

 そして、その焚き火で鍋を煮る者がいた。


 戦いが終わったのだから、休憩するのは普通だ。

 その際、ご飯の用意をするのも至って普通。

 ただ、ご飯を作ってる人は普通じゃなかった。

 不審者だ。

 異様に具合が悪そうな男、ヒワシだ。


 何してるんだ、こいつは?

 すごく真剣にお玉で鍋を掻き混ぜている。

 と言うより、なんか怯えているような。

 思わず、どうしたの? って声を掛けそうになった。

 そうしなかったのは、直ぐに理由が分かったからだ。

 ヒワシの後ろで、睨みを利かせている狩人、チカセがいた。

 その目つきは鋭く、獲物を追い詰め、屠る寸前の時のようだ。

 ヒワシが悪さしないように見張っている。

 いや、チカセのことだ。

 ただ単にお腹空いたなー、ご飯まだかなー、って思ってるだけかもしれない。


 そんなチカセの横顔を僕はじっと見つめる。

 すると、さすが狩人と言うべきか。

 冴えたる感で、僕の視線に気づいたようだ。

 目が合った。

 そして、ちょっと恥ずかしそうに口を動かした。


「あ! 起きたの?」

「うん、おはよう」

「ご飯もう直ぐだからまってて」

「おー、うん、でも何でヒワシが作ってるの?」

「私がやれって言ったから」

「……よく素直に聞いたね」


 そう言うと、チカセは何か投げてよこした。

 僕はそれをキャッチする。


 ほとんど透明な小さな瓶。

 中には……、これはカビか!

 ヒワシが剣や鎧に変形させてたカビだ。

 

「それはイサミが持ってて。

 私達がこれを持ってる限り、ヒワシは逆らえない」


 チカセは懐から、僕と同じ瓶を取り出し、手の中で転がせながら見せた。


「もっと丁重に扱ってくれゾ!」


 ヒワシが大声を出した。

 今にも転びそうな子供を、心配する親のようだ。


「分かった分かった、あなたは鍋見て、ほら早くそこの灰汁取って」


 本当に逆らえないみたいだ。

 ヒワシは言われた通りにせっせと腕を動かした。


 ふーん、このカビが人質になるのか。

 しかし、ヒワシがそんなモノを大切するような人は見えなかったな。

 道具は所詮道具、そう言って使い捨てしてそうなのに。

 意外だ。


 もし僕が危機に陥ったとして、剣や盾を手放せば、逃げられる状況なら。

 うーん、僕は惜しいと思いつつも、手放してしまうかもな。

 …………なんか、僕がヒワシより思いやりが無い、みたいじゃないか。

 いや、コイツは大勢の民の命を奪ってるんだ。

 そもそもヒワシに思いやりがあると、そう思う事が間違いだ。

 うん。


 ところで、僕の剣と盾はどこだろう。

 ん、僕の隣にあった。

 (アメちゃん)と、(ヤタくん)

 君達に助けられた。

 特にアメちゃんは凄かった、何故か輝いたし、ヒワシのカビ鎧をあっさり斬れた。

 あ、もちろんヤタくんも凄かった。

 君のおかげで、僕は命拾いしたし、龍を倒せたのはヤタくんのおかげだ!

 ……そうだ、そんな凄い君達を手放す訳が無い。

 たとえ僕が君達を手放せば助かるとしても、君達を手放そうなんて事は、もう考えない。

 君達を手放す時は、僕が死ぬ時だ。

 だから、これからも頼らせてくれ。


 そう思いながら、盾と剣を背中に掛けた。

 すると、背負った彼らは、 いつもより重く感じた。


---


「あ、そうだ、右腕は痛まない?」

「うん、大丈夫、チカセが治してくれたの?」

「私じゃない、ヒワシに治させたの」

「もしかしてカビで?」

「そ、凄い再生力でしょ?」


 確かに。

 ヒワシのもげそうな首が繋がったのだから、僕の腕ぐらい治るか。


「イサミのバラバラになった腕がくっ付いて、本当に良かったよ」


 ちょっと待って。

 僕の腕バラバラだったの?

 ぶつ切りってこと?

 根元がちぎれただけかと思ったけど。

 そうか、流れ星と衝突したようなもんだしな。

 そうなるよな。


「ほんとよね、あたしも最後の方見てたけど、ヒヤヒヤしたわ」


 ポンッと、僕の右肩に誰かが手を置いてそう言った。

 誰かは直ぐに分かった。


「ドンちゃーん! 無事で良かった」


 僕は両手を広げ、立ち上がる。

 が、上手く立てなくてふらついた。


「おっとっと、イサミくんはまだ休んでなさない」

「う、うん」


 倒れそうな僕を、ドンちゃんが支えてくれる。

 そしてゆっくりと、座るように促された。


「あらドンちゃん、随分遅かったね」

「ちょっとお別れしてたら遅くなったわ」

 

 ん?

 チカセと、ドンちゃんはなんの話しをしてるのだろう。

 お別れ?


「ちゃんと皆を寝かそうと思ってね」


 お別れ、寝かす……。

 ああ、そうか。

 ヒワシが研究所って言ってた場所に、大勢の命を無くした者がいた。

 中にはドンちゃんと親しい者もいたみたいだし。

 供養してたのか。


 しばし、しんみりとした空気が流れたが、そんな事お構い無しの者がいた。


「そんな事より、鍋、出来ましたゾ!

 う〜ん! 僕ちゃんながら完璧な味付け」


 ヒワシは小皿に汁物を少々取り分けて、味見して喉を唸らせた。

 

 こいつ、悲しい空気を作った根本が自分だって気が付いて無いんじゃないか?

 ありえないほど笑顔だ。

 あ、ほら、ドンちゃんの方から怒りが感じ取れる。


「おい、あんたの愛しい、愛しい、フィグントちゃん、握りつぶすよ」


 チカセは懐から、カビが入った小瓶を取り出し、ヒワシに見せつけた。


「ギョギョッ! なにゆえ!」


 このカビ、名前あったのか。

 フィグント……ちゃん?

 カビのくせに、洒落た名前してるな。

 まぁそれよりもだ。


 チカセとヒワシが言い争って、わちゃわちゃしてる後ろで。

 僕はドンちゃんに声を掛けた。


「あの……ドンちゃん、そのー」


 でも言葉が続かない。

 こういう場合、なんて言えばいいんだ。

 慰めの言葉も、励ましの言葉も、

 思い浮かばない。

 いや、思い付くっちゃ、付く。

 『元気出そ』とか、『ご飯食べて忘れよ』だとか。

 しかし、どうにもそれを言った所で、慰めや励ましにならない気がする。

 もし僕の爺ちゃんが亡くなった時に、これらの言葉を言われても、元気は出る訳ないし、忘れられもしないだろう。

 くー! どうすれば。


 すると、歯切れが悪い僕を見かねてか、ドンちゃんが言った。


「大丈夫、分かってるわ、ヒワシをどうこうするつもりは無いわ」

「え、ヒワシ?」


 ヒワシの事なんて一切考えて無いぞ。


「本当は殺してやりたい、けど、あなた達が倒したのだから、ヒワシの身柄はあなた達のモノよ」


 んー、ヒワシか。

 ………………。

 

 昔、お坊さんが言っていた。

 この世の全ての命は尊い、という言葉。

 たとえヒワシの命でも、お坊さんは尊いと言うのだろうか。

 今の僕は、全ての命が尊いとは、思っていない。

 これから命のやり取りをすると、分かっている戦場でも無いのに、

 一方的に人の命をめちゃくちゃにしておいて、自分の命は大切に扱われようなんて、虫が良すぎる。

 そんな命は絶対尊く無い。

 だから、ヒワシは殺そうと思った。

 でも、今、生きてるヒワシを見て、どうするか考えてたら、昔の僕を思い出した。

 お坊さんと旅をして直ぐの頃の僕。

 命についてなど、微塵も考えたりしなかった。

 そんな僕に、お坊さんは命を教えてくれた。

 僕もあんな風に、ヒワシに命への考え方を教えれば、変わるのだろうか。

 

「ドンちゃん、僕がヒワシを改心させるって言ったら、どう思う?」

「……無理ね。

 イサミくん、このウルスの国では、重罪を犯した者は牢に入れられない。

 直ぐにその場で斬首される、何でか分かる?」

「……分からない」


 ドンちゃんは1呼吸置いて、しっかりと僕の眼を捉えた。


「牢に入れた所で、彼らは更生なんて出来ないからよ。

 踏み外した道から、戻ることが出来ない。

 いえ、そもそも戻る道すら無いのかもね。

 あたしもそう考えてる。

 ヒワシもきっとその類いだわ、ウルス王が臣下に加えてなかったら、とっくの昔に殺されてたわよ」

「戻る道が無い者達か……」


 僕は、ここに来る前の都市で戦ったウルス兵を、良かれと思って、その者達の命を奪わなかった。

 でも、それだけじゃ助けたとは言えない、そう思った。

 だから、彼らが元の生活に戻れるように手助けした。

 実際、どれほど役に立ったか分からないけど、これが僕の考える「命を助ける」だ。


 僕のこの考えと、この国の牢の役割が、似てる気がする。

 ウルスで、牢に入れられるのは、更生させるため、踏み外した道を元に戻すためだと言うのなら。

 それは詰まる所、元の生活に戻すことなんじゃないのか。

 多少違いがあるけど、最後に目指す所は同じような気がする。


 そんでもって。

 この国が、救えないと判断し、切り捨てたもの者達。

 それはきっと、どうしようない外道なのだろう。

 ヒワシのような。

 でもそれは、誰も道を示してくれなくて、迷ってしまった者達じゃないのか。

 いや、迷ったなら、後ろを振り返ればまだ戻れるかもしれない。

 振り返っても戻れないのは……そうだな。


「まるで、その者達は海に溺れたみたいだ」

「……」


 そう、海に溺れてしまった者だ。

 藻掻くほど、暗闇に沈んでいく。

 どうしようもない状況。

 ならばこそ。


「僕はその者達を引っ張り出して、助けてやりたい」

「変わらないわ、その者達には戻る陸が無いのだもの」

「ああ、その者達に陸が無くても、僕にはある!

 僕の後ろを付いてくれば、道もある!

 だから、変えられるさ」

「どうして、そこまで……」

「どんな者にも、導いて、道を示す事ができると思ったからだ」


 ドンちゃんは僕の顔を見てから、自分の顎に拳を当て、考え込む。

 それを交互に何度か繰り返した。


「イサミくんの言う事は分かったわ。

 その考えも素晴らしいと、思う……けど、例えそれでヒワシが改心したとしても、あたしは、許せない、より殺してやりたいと思うかもしれないわ」


 …..それもそうか。

 確かにヒワシが改心したとして、ドンちゃんと仲良くなれる所を想像できるかと聞かれれば、それは無理だ。

 どうしようか。

  道を示した後に、また海に突き落とす訳にもいかないし。

 んー。


「ドンちゃんの気持ちも分かる。

 酷い事をした奴と同じ陸とはいかないだろう。

 ならせめて、陸とはいかなくても、船に乗せるのはどうだろう」

「……それ、ただの島流しでは?」

「い、イメージだから。

 ほら、いくら改心したからと言っても酷い事したんだ、何かしらの枷が必要だろう」

「そう、ね」

「よし、話しは一旦ここまでにして。

 とりあえず、ご飯にしよう。

 ほら! チカセ! シラホシにヒワシの頭をかじらせてないで、こっち来て!」


 ご飯は、かなり僕好みの味で美味しかった。

 でも、なんとも言えない空気感のせいで、あまり楽しい食事にはならなかった。


---


 そして食後。

 どうするか話したところ。

 とりあえず、日が昇るまで身体を休める事になった。


 僕達が寝てる間にヒワシが逃げたり、襲って来たりするんじゃないかと、心配したら。

 チカセがそれは無いと断言した。

 どうやらヒワシは、カビを身に纏ってないと、本当にに弱いらしい。

 カビ無しでは、寝込みを襲おうが、何をどうしようが、僕達には勝てないだとか。

 また、僕とチカセがカビ入り瓶が持ってるから、取り返さずに逃げることも無い。

 相当このカビが大事らしい。

 だからヒワシは問題ない。


 問題があるとすれば、僕にヒワシを改心させる事ができるかだ。

 ……いや、頑張ろう。

 改心させる事が出来たら、やはり命を助けるという行為は尊いとなる。

 なんてったって、酷い事をした者を、もう酷い事しないようにできるんだから。

 でももし、改心させられなかったら。

 それはもう尊く無くなる。

 僕の中で、命も、助ける行為も、無意味になってしまう。

 

 そうはなりたくないと、そう思いながらは僕は眠りについた。

 

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