第四十二話「変えられた夢」
龍に勝ったと安堵した瞬間。
漲っていた力が薄れ、身体の痺れと痛みだけが残った。
僕は倒れ込み、地面に膝と手を突いた。
その際、手放した剣が地面に突き刺さった。
どうしてしまったのだ。
脚に力を入れてるのに、立てない。
目眩もするし、視界もぼやける。
右手の指が10本、15本に見える。
生まれて此の方、船酔いもした事も無い僕が、気持ち悪いと感じるだと。
「どうしたの?」
チカセが僕の肩に手を置きながら聞いてきた。
「ちょっと……気分が優れない」
「横になりなよ」
もっともなことを言われた。
でもダメなんだ。
今、横になったら起き上がれる気がしない。
僕にはまだやる事があるんだ。
「洞窟の中で……ドンちゃんがまだ戦ってるはずなんだ、行かなくては」
「なら私が行から。 ここで待ってて」
チカセが僕の身体を無理やり横に倒す。
なされるがままに横になってしまうが、力を振り絞って上半身を起こし、去ろうとするチカセの手を取った。
「ーー僕も行く!」
「……どう見ても今のイサミは大丈夫じゃない! やけん! イサミはここで休んで。
それとも私じゃ頼りない……?」
チカセは頼りになる。
でも違うんだ。
ドンちゃんが戦ってる相手、ヒワシは、
兵士には見えなかったけれど、ただ者じゃない。
最後に見た時、あいつは何かカビみたいなのを纏ってた。
人がなせる技じゃない、きっと魂の力によるものだ。
だから、1人でも多く戦力がいた方がいい。
ここで休んで、2人だけに戦わせるなんて出来ない。
「……洞窟内にいるのは、きっと強敵だ。
もしかしたら僕達が倒した龍よりも強いかも知れないんだ、だからーー」
「だからここにいて。
今のイサミはそんな強い敵の相手にならないでしょ?」
「……」
何も言い返せない。
立ち上がることもままならないんだ。
そんな僕には何も出来やしない。
返って足でまといになると、すぐに想像がつく。
分かってた、でも、でも。
1番倒すべき相手がそこにいるのに。
戦ってる仲間が、戦おうとしている仲間がそこにいるのに。
そんな時に力になれないなんて。
情けない自分に嫌気がさす。
短い沈黙のさなか、ついにはチカセの手を掴む僕の手が、するりと落ちた。
起こしてた上半身も地面に引き寄せられた。
あとはただ、遠ざかるチカセを見る。
彼女は龍が飛び出てきたことにより、地面に穿った穴から飛び降りていった。
そこまで見届けると、僕の瞼が落ちてくる。
もうどこにも力が入らない。
せめて、これから戦いに行くチカセも、既に戦ってるドンちゃんも無事でありますように。
そう願いながら、プツリと意識が途絶えた。
---
……ふと気がつくと、意識はふわふわと宙に浮かんでいた。
顔が固定されているのか、左も右も向けない。
見えるのは空から見下ろした地面だけだ。
そして地面には1人の男が倒れていた。
……あれは、僕だ。
龍を倒し、チカセと別れたあとの僕だ。
地面に寝そべって眠っているように見える。
ここでピンと来た、これは夢だと。
たまに見る夢。
空から自分を眺める事しか出来ない。
そして、いつも下にいる僕に何かしら危機が訪れるんだ。
階段を登っていたら踏み外して落っこちるとか、
なぜか崖から崖へ跳ぶ遊びをしていて、これまた踏み外して落っこちるとか、
毎回それを空から見て、痛ッ! って思いをして飛び起きるんだ。
ただ今回はいつもと違った。
下にいる僕は寝ているだけで、危機が訪れそうにないこと。
なにより妙なのが、夢ならばもっと周りの景色はボヤけていたり、よく見えなかったりするのだが。
今見える景色はハッキリとしていて、下で寝ている僕のそばに咲く花、その輪郭も、花弁も、またその花弁にいるアブラムシを食べるてんとう虫も、くっきりぽっきり見える。
不思議な感覚だ。
心地いいようで、でも少し悪いような感じで。
夢か現か、どちらとも思えるし、思えない。
ぼんやりと時が流れていく、そんな中、ザクザクと土を踏みしめる音が聞こえてきた。
足音だ。
みるみる近づいてくる足音。
やがて足音の主は地面で寝転がってる僕のすぐ側までやって来た。
おかげで視点を変えられない僕の視界に入ってくれた。
その者は女の人だった。
見たことある面影だ。
いやでも、少し違うか。
前に会った時は僕よりも背が低かったし、
何やら獣の牙がいっぱいの首飾りもつけてなかったし、剣を後腰に掛けても無かった。
でも似てるところもある。
顔つきと髪を後ろで結んでいる所、
そして、この者は髪の先端付近だけだが、同じ濃い緑色の髪をしている所。
まるで、まるでーー。
「コトノ……?」
え!?
喋ったのは僕じゃない、いや僕なんだけれども、地面で寝ている僕がそう呟いたのだ。
僕は今、夢の中で寝言を言う自分の姿を見ている。
なんだこの変な夢は。
寝言を聞いたコトノに似てる人は、両膝を地面につけてしゃがんだ。
その顔は少し悲しそうに見えた。
そして、手を寝ている僕の頬に添えて言った。
「お願いイサミ、もう少しだけ……」
あ、やっぱりコトノだ。
少し見た目が違うけど、あれはコトノだ。
変わらぬ声をしていた。
しかし、もう少しとはなんの事だろう。
そう思った瞬間、視界が揺らぎ、切り替わった。
おおお?
変わらなかったはずの空から地面を見下ろす視点は、今度は上を向き、空しか見えなくなった。
そして、どんどんと空が遠のいていく。
これは……落下している!
階段から、崖から、落ちてる時みたいに。
あとどれ程で地面とぶつかるのか、それが分からないことに恐怖し、僕は咄嗟に瞼を閉じた。
夢の中の僕に、瞼があるかどうかも分からないけど、あったのだろう。
だって視界が一瞬で真っ暗になったんだから。
---
ハッ!
上半身を一気に起こし、眠りから覚めた。
呼吸を落ち着けながら、
右の手のひらで目元を拭い、辺りを見回した。
月明かりだけでは見づらいけど、周りには誰もいない。
やっぱり夢だった。
「フーッ」
ちょっと休めたからか、夢で最後に怖い思いをしたからか、身体が動かせる。
まだ身体の痺れと痛みは取れないが、それでも動かせる。
月の傾きでどれ程経ったか確認する。
あまり経って無いように思える。
まだ間に合う。
ドンちゃんとチカセと一緒に、まだ戦える。
手を使いながらグッと立ち上がる。
一瞬ふらついたけど、大丈夫だ。
地面に突き刺さった剣を手に取り、歩き始める。
歩くにつれて、小走りできるようになり、最終的に走れた。
何回か痺れで転びそうだったけど、何とかたどり着く。
チカセが飛び降りていった洞窟に通ずる穴に。
穴を見下ろすと、洞窟内は明るいために底が見えた。
ここからだと、かなりの高さがある。
飛び降りて、今の僕の身体が耐えられるかと不安になりもしたが、下から聞こえて来る金属音のぶつかり合う音で、不安は一瞬で消え去った。
---
風を切りながら落ちていく。
脚から飛び降りたのに、いつの間にか空中で頭が下、足が上になってしまった。
股間のあたりがキュッとなったのもつかの間、もうそろそろ地面だ。
猫は木から誤って落ちても、すぐさま身を翻し、ぬるりと着地してしまう。
その動きを頭の中で思い描き、自分の身体に当てはめていく。
まずは、グルンっと身体をひねり、逆さまになった身体を元に戻す。
そして、片足から地面につける。
地に触れた瞬間、膝を曲げ、すかさずもう一方の足を肩幅以上に開きながら着地する。
着地の衝撃に耐えるため、身体を屈め、剣を握った手でも地面を突こうとしたが、両足だけで事足りた。
我ながら完璧な着地、まさに猫。
思ったより余裕だったな。
誇らしい気持ちで顔を上げる。
すると、少し離れた前方には顔色の悪い男がいた。
ヒワシだ。
ん、その隣にはチカセもいる。
2人とも剣を互いに構えて、首だけ振り向いて僕を見ている。
「待たせたね!」
そう言って、僕は1歩でヒワシの元に跳ぶ。
そして右手の剣を袈裟斬りに振り下ろす。
先手必勝!
「はぁ!?」
「キョキョッ」
カキンと音が響いた。
驚いたのはチカセだけで、
ヒワシは難なく僕の剣を受け止めた。
さすがにか……。
ってなんだこの剣。
僕と鍔迫り合いをしているヒワシの剣は異様だった。
そもそも剣なのか?
ヒワシは剣など握ってない、腕そのものが剣みたいだ。
と言うよりカビみたいなのが、腕あたりから伸びて剣を象っていた。
まるで、手首から腐ったトウモロコシが生えてるように見える。
とびっきり長く、さきっぽが尖ってるトウモロコシがだ。
「やぁぁぁああ」
僕がトウモロコシに目を奪われてる隙に、チカセが横から飛び込んで来た。
剣をヒワシの首に目掛けて振り抜きながら。
それを受けて、ヒワシは1歩後ろに跳び退く。
だが、それだけではチカセの剣から逃れられまい。
首を切り飛ばされるのがちょっと遅くなるだけだ、そう思っていたら、ヒワシの腕から生えてる剣がみるみると小さくなり。
今までカビで覆われていた手が露になった。
じゃあカビはどこに行ったんだ?
いや、まさか!
そのまさかだった。
カビは首元から上がっていき、瞬く間に首を覆う。
そんでカビに纏われた首は、ガキンとチカセの剣を防ぐ。
ヒワシはそれ待ってましたと言わんばかりに、口角が大きく上がった。
次の瞬間、首のカビがどんどん減っていき、腕に集り、
また剣になっていく。
まずい!
チカセは1歩飛び退いたヒワシを追うため、身体を伸ばし、無理な体勢で剣を振り抜いていた。
だから、ヒワシの反撃を躱す余裕が残ってない。
僕はヒワシが退いた1歩分、よりも大きく前に出る。
それは左肩でチカセを弾くため。
ヒワシの間合いから外させるため。
「うぐっ!」
ギャキンーー!
肩でチカセを突き飛ばし、ヒワシのカビ剣を盾で受け止める。
次に僕は盾を押し出し、ヒワシの体勢は崩れた。
そこに剣を振る、右から横に。
単純で、平凡な一振。
こんなので仕留められるとは思ってない。
案の定、ヒワシは後ろに飛び退いて楽々躱した。
それでいい。
今は立て直すひと時が欲しかった。
僕もまた斜め後ろに後ずさりし、チカセの横まで移動する。
「ごめん、突き飛ばして」
「ううん、ありがと、それより身体は平気なの?」
「大丈夫、やれる!」
チカセは、頬にできた切り傷から流れる血を拭いながら立ち上がった。
僕達とヒワシの距離が開いて、仕切り直しとなった。
まだまだこれからだ。
ところで、ここにもう1人いるはずの男の人の姿が見えない。
「さっきから姿が見えないけど、ドンちゃんは?」
「……」
一瞬目が合うも、すぐに逸らされた。
チカセは何も言わない。
代わりにゆっくりと剣をもってない方の手を動かし、指を差した。
「私が来た時にはもう……」
僕は恐る恐る、指された方を見る。
そこには、台の上にほとんど透明な板で作られ、水でいっぱいになった箱ある。
水だけじゃない、中には幼い子供が入れられていた。
ドンちゃんはその箱にもたれかかって、倒れていた。
手でお腹を抑えたまま、動かない。
出血も酷く、血溜まりができていた。
こういう状況になってるかもしれないと、想像しなかった訳じゃない。
でも、だからといって、ずっと悪いことばかり想像する僕じゃない。
ここから、ヒワシをぶっ倒して、直ぐにドンちゃんの手当をする。
そしたら助けられる。
うん、これがいい。
きっとそうなる。
「お仲間が心配かい?」
トコトコと近づいてくるヒワシ。
「安心するゾネ、まだ助けられるよ」
「知ってるさ! 助けられるって」
「?」
「君を倒せばいいんだろ?」
「……君達には無理だけどネ」
ヒワシは憐れむように、優しい声で言いながら、剣になってないもう片方の腕を自分の胸元まで持ってきた。
その腕にもカビが集まっていく、
腕が覆われ、手首が覆われ、指の根元ぐらいまで覆われた時、ヒワシは横にシュッと腕を振り払った。
もうそこに腕は無い、あるのは剣だ。
ヒワシは両腕を剣にしたのだ。
「向こうも仕切り直しで準備万端らしい、僕達も気を引き締めて行こうか」
「ええ、攻めは零八ね」
「わかった!」
ヒワシが僕達の間合いに入るまで、剣を構えたまま待つ。
待ち構えられてると分かってるはずなのに、なんの迷いも無くヒワシは、ズケズケ近づいて歩いて来る。
自分の強さを疑ってないのか、カビに信頼を置いてるのか、実に余裕そうだ。
「!」
来る!
ヒワシはゆっくりと歩いていたが、今、明らかに力強い1歩を踏んだ。
弧を描くように僕の元に跳んで来て、両腕での剣を同時に振った。
ギャキンーー!
「くっ」
一体あの病弱そうな身体からどうしてこんな速く、一撃が重いんだ!
僕は振り抜かれた剣を盾で防ぐも、衝撃で後ろに少し滑った。
ヒワシは僕を退けた途端、今度はチカセに向け剣を振り始める。
両腕で絶え間なく、チカセに剣を浴びせる。
まるで舞を披露してるかのようだ、あれが双剣使いなのか。
だが、チカセも負けてない。
1本の剣で、ヒワシの両腕のカビ剣を捌ききってる。
凄まじい剣戟だ。
なんならチカセが押してるようにも見える。
でもある瞬間、チカセはヒワシとの剣の撃ち合いをやめ、少し下がった。
それを見たヒワシは追う。
だが追えない、チカセがモノの陰に転がり込んだからだ。
僕の陰にだ。
ヒワシは戻ってきた僕の相手をせざるを得なくなった。
ヒワシの乱舞を盾と剣でいなす。
右、左、右、左、右、右、左。
先程チカセとの撃ち合い見たからだろう、良く見える。
「はぁッ!」
僕とヒワシの撃ち合いのさなか、呼吸を整えたチカセがまた戻って来た。
息付く暇なく2人で攻める。
ヒワシの剣の速さや、重さは相変わらずだが、確実に効いている。
なんせ奴の息が上がっているのだ。
そのうちボロがでるだろう。
いや、まだボロが出てない事が不思議なくらいだ。
なんて言うか、ヒワシは確かに強い、強いのだけれども、剣の扱いに長けてるように思えないんだ。
どこか、剣を握り始めてすぐの頃の僕と、同じ感じがする。
それなのに僕とチカセの猛攻を凌いでる。
なにかカラクリがあるのだろうか。
……まぁいいさ。
そろそろ決着だ。
もう今ならできる。
奴の振る剣に合わせ、盾で弾く事が。
奴に大きな隙を作る事が。
「ここ!」
ガコンーー!
ヒワシの剣が大きく上に上がり、胴体ががら空きになった。
すかさずそこに僕は剣を突く。
勝機!
そう思えた、のに、あろうことか躱された!
崩した体勢でヒワシは僕の剣が当たるギリギリに、片足だけで後方にくるりんっと、一回転しながら跳んだ。
1対1ならまだ勝負は続いただろう。
が、僕には仲間がいる。
着地の寸前、チカセが物凄い速度で駆ける。
ヒワシの着地の瞬間、いや、まだ着地してないのに、チカセはもうヒワシを自分の間合いに入れた。
そして着地と同時か、
チカセが振る剣が、うねった。
「ハァァァッ!」
鈍い音と共に飛び散る火花。
その場で首を刎ねられず、ヒワシは後方に吹っ飛んで行った。
奴は両腕のカビ剣が解除し、瞬時にチカセが斬りつけた首にカビを集めたのが見えた。
防いだのだ。
でも僕は、飛び散る火花の中に、深い赤、血潮が混じってるのも見えたのだ。
チカセはカビの上から、ヒワシの肉を斬って魅せたのだ。
疲れがどっと出て来た
おもわず剣を地面に突き立てて、片足をつく。
「ふー、ふー、やったねチカセ……チカセ?」
チカセもまた、ぺたんっと地面に座り込んでいた。
しかし、まだ目線は吹っ飛ばしたヒワシの方にあった。
ヒワシが吹っ飛んだ先は、何やら色々とモノが置いてあったみたいで、舞い上がった煙でまだ姿は見えない。
僕はそんなまさか、と、思いながらマジマジと煙が晴れていくを待つ。
僕はごくりと息を飲んだ。
「なんてこった……」
ヒワシが……ヒワシがまだ立っていた。
首がもげかけていながら、立っていた。
ポトって落ちそうな首を、カビが必死に繋ぎ止める
そして、瞬く間に首がくっ付いてしまった。
その瞬間、虚ろだった眼がギョロりと動く。
くそ!
あれで生きてるのか。
バケモノめ。
僕は再び脚に力を入れた。
剣に支えてもらいながら、グラグラしながら立ち上がる。
「僕はまだやれるけど、チカセはどう?」
「フッ、イサミがまだやれるのに、私がやれない訳ないでしょ」
鼻で笑われてしまった。
僕が小鹿のように脚をブルブルさせてたのを見てたからだろう。
カッコわるい所を見られてしまったな。
ちょっと恥ずかしい。
けど、もうそんな事を考えてる場合じゃ無くなった。
ヒワシがよだれを垂らしながら喋り始めたのだ。
「キョキョキョッ、三途の川を渡る所でしたゾ」
「戻って来ないで欲しかったよ」
「なんて酷い事を言うゾネ」
「酷いだと? 君がそれを言うのか、多くの民の命を奪っておいて」
「キョーー」
ヒワシは何やら悩む仕草で、口元のよだれを袖で拭った。
そしてまたパッと明るい表情に戻った。
「やっぱり僕ちゃんは良い人、素晴らしい人ゾ!」
「なんだと」
「命を奪う事が酷いと言うのなら、命を救う事は良いというわけだネ!
君は一体全体僕ちゃんがどれほどの命を救ったと思っているゾ。この国の農業も、医療も、全て僕ちゃんが新しくしたのだゾ。
それにより救われた命から、僕ちゃんが奪った命を差し引いたとしても余りある!
君も是非僕ちゃんを褒めたらいいゾ」
救った命の方が多い、だから酷くないなんて。
そんなのがまかり通ると思っているのかコイツは。
「褒めない! なお悪いだろ!」
「キョー、へ、陛下は褒めてくれたゾ!」
「それは君の王がおかしいからだ!」
「キョー! 陛下の悪口を言いましたネ! もう許さないゾ!」
「僕なんか最初から君を許さない!」
そんな僕達のやり取りを見ていたチカセは『子供みたい』と呟いた。
僕はそれを機に、ヒワシに向かって歩く。
対してヒワシは、自分の袖を噛み締め、キーっと甲高い声を出しながらうねうねしている。
まるでチンアナゴみたいだ。
「使いたくはなかったですけど、僕ちゃんの取って置きを魅せましょうゾ」
そう言ったヒワシは、何やら小さな瓶を取り出し、栓を抜いた。
そして地面に中身を垂らす。
灰色と黒が混じったゲロのようなモノだ。
多分、カビだ。
量を増やすつもりか?
それは水のように徐々に広がった思えば、急速にヒワシの足元に集まり、足を伝って登っていく、そして瞬く間に全身を覆ってしまった。
「なんだあれは」
「なに、あれ」
僕とチカセの驚く声が被った。
仕方ないことだ。
なんせヒワシの姿が、先程とは打って変わったのだから。
ネチョネチョしていたはずのゲロみたいなカビが、見るからに堅く、ウニみたいにトゲトゲしい全身鎧に変形した、顔も見えない。
……ウニは言い過ぎか、そんなに棘は多くない。
兜に角があるぐらいだ。
「見よ! この愛しいモノと融合せし、美しい姿を!」
美しいかは分からないが、なかなかカッコイイとは思う。
けど中身が外道だから認めることは出来ないな。
「あなた、さっき防げなかったのに、まだそんなダサくて、ゲロみたいなの纏うの?」
ヒワシに剣を向けながら言ったチカセ。
その言葉はウニより棘があった。
「ゲロじゃない! 愛くるしいカビだゾ!」
やっぱりカビだったんだ。
「先程と同じか……試して見るといい」
トーンが一気に下がった声を聞き、僕とチカセはすぐさま剣を構えた。
獣が出す警戒音のような唸り声。
感じ取れるほどの殺意。
奴は今。
本気って感じだ。
---
先に仕掛けたのは僕達だ。
僕をが先を走り、その後をチカセが追いかける。
いつもの流れ。
「はぁッ!」
袈裟斬りに剣を振り下ろす。
でもヒワシは動かない。
仁王立ち。
僕の剣が左肩のカビ鎧に当たり、
剣が通るーーらない!
ゴキンーーと弾かれてしまった。
僕じゃ斬れない。
ならばと、1歩横に飛ぶ。
僕の次に剣を振る者に、道を譲る。
完璧な体勢からチカセは剣を横一文字に振った。
それは先程よりも速く、目で刃を捉える事もままならない。
ただ、剣が鞭のようにうねったのだけは見てとれた。
きっと僕が盾の向きを考えず、真正面から受けたら、盾は真っ二つになるだろう。
そんな剣が自分に迫ってると言うのに、ヒワシは、まだ動かない。
さっき、似た感じでチカセにカビの上から喉を斬られたのに。
何故避けようとしない。
何を考えてる。
顔はカビの兜に覆われてるから、表情を窺えない。
「ハァァッ!」
チカセの剣が炸裂した。
またヒワシの首から火花が撒き散る。
今回は……赤色は混じってなかった。
チカセでも、斬れなかっただと……。
じゃあどうすれば……。
「次は僕ちゃんの番ゾ」
今まで動かなかった鎧の置物が動き始めた。
ヒワシは両腕を胸元で交差させると。
両方の手の甲あたりからカビ剣をシュッと生やした。
そんでもって、剣を振り抜いた姿勢から戻ったばっかりのチカセに、剣を振るった。
1振り、2振り、3振り。
ここまではチカセも捌いていたが、4振り目。
チカセは躱しきれず、横腹を斬られた。
そして最後に崩れたチカセに止め刺そうとしてた所。
僕が横から剣を振り、意識をこちらに向けさせた。
「なんだよ、さっきと全然違うじゃないか」
身体の動かし方、剣の太刀筋、どちらもまるで別人ように変わってる。
普通の戦士から、急に歴戦の戦士を相手してるようだ。
「僕ちゃんの優秀なカビは常に、進化する!
君達の動きはもう通用しなっーーキョ!」
ヒワシが喋ってるの途中で、チカセが戻ってきた。
不意打ちの一撃を入れて。
「下を噛んだじゃないかネ!」
一応ダメージを与えられた見たいだ。
それから2対1が続いた。
しかし、いかんせん奴の鎧を突破できない。
今は何とか耐えてる。
僕が盾に専念し、あまり剣を振らないようにしてるから。
チカセへの攻撃も僕が割って入り、受け流す。
そうやって、チカセへの負担を減らせてる。
でも、このまま撃ち合っていたら、負けるのは僕達だ。
何か、カビ鎧を突破する何かが必要だ。
そう思った頃、ヒワシが疲れてるのに気づいた。
息が上がっている。
また、剣を振る時も、受ける時も、悲痛な声を上げている。
普通こんな動きしてくる奴が、すぐ疲れるものだろうか。
この技術と身体が噛み合ってない感じ。
何となく、分かってきた。
カビがヒワシの身体を操っているんだ!
だから、あんな急に動きが変わった。
そんで、操られてるヒワシは、身体が付いていけず、直ぐに息切れしてたんだ。
合点承知之助だぞ!
よし、この事をチカセにも伝えよう。
指でチカセに合図を送る。
1度下がろうって合図だ。
それを見たチカセは頷き、直ぐに行動に移った。
ヒワシは僕達を追ってくるかと思ったが、来ない。
相当疲れてるみたいだ。
「チカセ、あいつ多分カビに操られるんだ」
「え、私もちょうどそう思ってた」
「あ、チカセも?」
「うん、もしかしたら勝ち方も分かったかも」
そこまで思いついてたの?
僕の洞察力って、鋭いと思ってたのに、全然鈍いのかもしれない。
「カビって日光に弱いでしょ?」
へーそうなんだ。
乾燥に弱いってのは聞いた事あったけど、日光にも弱いんだ。
「だから、イサミが龍と戦った時みたいに、盾を光らしたらさ。
アイツのカビで出来た鎧は剥がれたり、弱まったりするんじゃない?」
「……チカセ、頭良すぎ」
「でしょ、私天才なんだよね」
僕の盾は光るけど、日光にはならなくない?
そう一瞬よぎったが、物は試しだ。
何もしないより、いい!
「ただ、問題は僕の盾がちゃんと光ってくれるかだなー」
「龍と戦った時はどうやって光らしたの?」
「うーん、それがよく覚えてないんだ。
気が付いたら光ってた」
龍との戦いで、盾が光ったのは2度。
1度目は龍の口の中。
暗闇で何も見えないから、明かりが欲しいと思ったんだよな。そしたら光った。
その後、龍との戦いで目眩しの明かりが欲しいと思った、けどその時は光らなかったな。
2度目は、龍に叩き落とされた後。
意識朦朧の中、まだ諦めないぞって思ってたら盾が光ってた。
しかも敵無し! って感じでいい気分だったな。
倒した後は最悪だったけど。
うーん、どうやったら光るのか分からん。
こんな不発があるかもしれないの、使いたくないな。
でも……。
「イサミが出来ないと思うなら、別の倒し方考えよう、どうする?」
「やろう! さすがに別の策が思いつくまで、ヒワシは待ってくれないだろうしね」
「……無茶言ってごめん」
「ううん、やれるさ!」
準備は整った。
どうやらヒワシも整ったらしい。
「随分と息上がってたみたいだけど、落ち着いたの?」
「キョキョッ、息など上がってませんゾ。
君達こそ僕ちゃんに勝てる算段はついたのかネ?」
「まぁね、魅せてやる。 行くぞ!」
勝負を決する最後の剣戟が始まった。
---
迫り来るカビ剣をいなして、いなして、いなしまくる。
タイミングを見計らう。
そしてそれは直ぐにやってきた。
チカセの攻めで、一瞬ヒワシは僕から目を離した。
兜で目は見えないが、多分チカセの剣に気を取られている。
そこを狙う。
1歩前に、ヒワシの懐に飛び込む。
盾を突き出し、剣は右肩あたりまで持ってくる。
盾を光らした後直ぐに斬りつけられるように。
「こいつを!」
この時、何となく、声に出した方いいじゃないかと、そう思った。
「ヒワシを倒すための光を!」
そう叫んだ。
でも僕の声に、盾は反応しない。
仕方ない。
不発に終わってしまうかも知れないと、分かってた。
それでも今はただ、剣を振り抜く!
用意していた剣を右上から、左下へ走らせる。
「ギョギョッ!」
剣を振り下ろす最中、僕も驚く。
見た訳じゃない、視界にまだ収めた訳でもない。
僕はヒワシしか捉えてない。
それでも、圧倒的な輝きを放つ何かが、そこにはあるのだと分かる。
僕が振り下ろす手の中に。
「はぁぁッ!」
輝いていた。
僕が振る剣が輝いていた。
それはいとも容易く、ヒワシのカビ鎧に斬り込んだ。
ヒワシも危機を感じとったのだろう。
いや、カビ鎧の方が危機を感じとったか。
僕に斬られる寸前に、後ろに跳んだ。
そのおかげで傷は浅い。
しかし、僕に斬られた胸元のカビ鎧は形を崩していた。
胸元だけ赤色が滲んだ白衣が顕になっている。
無防備という訳だ。
行ける!
これなら、この剣なら倒せる!
「なんなのだ、その剣は!」
ヒワシが叫んだ。
「欲しい! くれ! 剣も! 君の身体も!」
自分が斬られた事にも気が付いていないのか、興奮した様子で突っ込んで来た。
数回剣を交える。
ことごとくヒワシのカビ剣は、僕の剣とかち合う度に折れた。
だが、折れる度にシュッとまた新しい刃が生えてくる。
それでも、ヒワシの傷が増える一方で、僕が勝ちに近づく。
「はぁ……はぁ……キョキョッ」
さすがにこれ以上は無理と踏んだか、ヒワシは大きく後ろに飛び退いた。
「確かイサミと言ったね、僕ちゃんは君と相性最悪のようだ。
しかし、それでも僕ちゃんが勝つゾ!」
ヒワシは高く、洞窟の天井近くまで跳んだ。
何やらヒワシの身体を纏ってたカビが、メラメラと炎のように蠢き。
それがどんどんと大きくなっていく。
決める気だ。
持てる最高の技で、僕を倒す気だ。
どうする、盾で防ぐか?
いいや!
両足を肩幅に開き、
剣を両手に持ち、
先を上に向け、
待ち構える。
斬り落とす!
来い!
「はぁぁぁぁらっ!」
そいつは、流れ星のように、圧倒的な衝撃で落ちて来た。
「星の塵となりて、天を回せ! 『回天』」
爆ぜた大地。
キーンとなる耳
爆風が、僕の髪をなびかせた。
うつ伏せに倒れた僕。
大部分のカビ鎧は砕けたものの、まだ立っているヒワシ。
これだけで、勝利がどちらに傾いたのか、言うまでもない。
その上、僕の右腕が、肩のあたりから無くなっていた。
消し飛ばされたみたいだ。
僕は負けた。
そう負けたのだ。
1対1は僕の負けだと認めよう。
……でも、まだ終わらない。
僕には信頼する仲間がいる。
「ハァァァリャッ!」
チカセの剣が、顕になったヒワシの生身を斬りつけた。
舞い上がる血飛沫。
そこまで見届けて、僕の意識は途切れた。




