第三十九話「寄り道」
僕はドンちゃんの顔が見れなかった。
焼け焦げたバレナの鎧。
バレナ兵が襲ったのは疑いようもない。
せっかくドンちゃんと仲良くなれたのに、仲が壊れてしまうんじゃないかと思ってしまう。
だって、1度自分の故郷を焼かれたのに、今度は愛する人の故郷までもが焼かれたのだ。
同じバレナ兵である僕たちに怒りをぶつけても仕方のないことだ。
せめて、僕にできるのは受け止めること。
そしてもう一度、仲良くなる!
そう決心し、横にいるドンちゃんを見る。
見上げるはずのドンちゃんを、僕は見下ろしていた。
彼は膝も、手も、地につけていた。
顔は見えない。
でも顔の辺りから地面にポツポツと水滴が落ちていて、彼が今どんな思いをしてるか想像すると、胸が苦しくなった。
僕は何を考えてたんだ。
ドンちゃんが僕たちに怒りをぶつけてくる訳ないじゃないか。
そんなんだったら今でも仲良くなれなかった。
僕はそっと手をドンちゃんの背中に置こうとしたが、既にチカセが手で背中をさすっていたからやめた。
変わりに声を掛ける。
「ドンちゃん立てる? ここは危ない、とりあえず離れよう」
「ええ、そうね」
ドンちゃんは涙を拭いながら立ち上がった。
その時。
「あれ、まだいるよ、さっさと捕まえよう」
「取り残しー? めんどくさいなー」
僕たちに向かって指をさしながら近づいてくる2人組がいた。
1人は短髪で真面目そうな男、もう1人は長髪で気だるそうに振る舞ってる男。
どちらも鉄の鎧を着ている。
紋章は……バレナのものだ。
しかも、抜き身の剣を携えている。
どう考えたって彼らは村を焼いた連中に関係ある。
「あなた達が……。
てめーが!
てめぇぇぇらが! やったのかァ!」
今までとは打って変わって、野太い男の声が響いた。
「うるさいなー、おじさんは殺しちゃっていいよね」
次の瞬間。
隣にいたはずドンちゃんが消えた。
目で捉えた時には既に、2人組の、短髪の男の真隣まで跳んで行き、
右腕がうねりを上げた。
ブゥンーっと音がしたと思ったら、ドンちゃんの腕が短髪の男の胴体を貫いていた。
速い。
先日、駐屯地を制圧した時、
僕はドンちゃんを剣で負かしたけど、あの時は本気じゃなかったのか?
何も武器を持ってない今の方が強く見える。
ドンちゃんは右腕で貫いた、宙でぷらんぷらんしてる男をかなぐり捨てた。
そして、残ったもう1人の男の首に向けて素早く左手を伸ばす。
「うわ! ……ァ……ガッ」
長髪の男は首を絞められなが持ち上げられた。
「殺しちゃダメだ!」
そこで、僕はドンちゃんに追い付いた。
「……ェ……ィ」
ドンちゃんは力を緩めない。
むしろ強めてる気がする。
「僕は別に情けで言ってるわけじゃない!」
そう言いながら僕はドンちゃんの二の腕を掴む。
「彼らは僕達を捕まえると言った! そして連れていくと!
ならこの村の人達も連れていかれたんじゃないのか!? まだ生きてるかも知れない、聞き出した方がいい!」
僕を見向きもしなかったドンちゃんの眼が俊敏に動く。
僕と首を絞めている男を交互に捉える。
「ゲホッ! ゴホッゴホッ!」
ドンちゃんの手から解き放たれた長髪の男は前のめりに倒れ込み、泡を吹いている。
多分まだ生きてる。
良かった、思い止まってくれた。
「ハァ……ハァ……ごめんなさい、つい頭に血が登っちゃって」
分かってる、僕だって同じ事をしたかも知れない。
「来いシラホシ!」
僕が愛馬の名前を呼ぶと、直ぐに駆けつけてきてくれた。
シラホシが背負ってる鞄からロープを取り出す。
そしてそのロープで、泡を吹いて倒れている男の腕を後ろで縛る。
ついでに脚も縛っとく。
「これで良し! それじゃここから離れよう」
「ねぇ、イサミがそいつ運ぶの? 私も手伝うよ?」
チカセの言葉で気がついたが、コイツ重いぞ。
鎧が重いのか。
でももう手脚縛っちゃったから脱がせようにもな……。
「あたしなら1人で運べるわ」
「大丈夫! いい事思いついたんだ」
僕は気を失ってる男の長髪をシラホシに噛ませる。
「シラホシに運んでもらおう!」
ドンちゃんに運んでもらうより、シラホシに運ばせた方が速い。
「ねぇでもこれ引きずってる時に髪がちぎれて落っことしそう」
「んーそうか、なら脚を噛ませるか」
こうして、シラホシに引きずらせて僕達はその場を離れた。
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来た道を戻って、森の入口あたりで止まった。
「おい! 起きろ!」
男は顔に強い衝撃を受け、意識が戻る。
ズギズキとする頬で自分が平手打ちされたのだと解いした。
ゆっくりと視界がクリアになり、自分に平手打ちした者の顔が見えてきた。
若者だ。
こんなガキに平手打ちされたのか自分は。
「お、やっと目覚ましたぞ」
「舐めやがって! ぶっ殺してやる!」
男はそう言い放つ。
だがここで自分の誤ちに気がついた。
あれ、身体が動かないぞ、と。
さらに若者の後ろに、先程自分を恐怖のどん底に突き落としたおっさんが瞳に映る
相棒の胸を貫いた太い腕、睨まれただけで背筋が凍る血眼、普通よりも濃い青髭。
その全てがトラウマものだ。
「お、おい! なんなんだコイツ、また泡吹いてるぞ」
男はまた気絶した。
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それからしばらく経った。
この蟹みたいに泡を吹く男はきっと殺気に敏感なんだ。
だから殺気立って睨むのダメって、僕はドンちゃんとチカセに注意した。
『分かった』と、2人とも言ったが凄い不満そうにしてた。
そして現在、長髪の男がまた目を覚ましそうだ。
眉間がピクピクと動いている。
なので、ドンちゃんとチカセを交互に見てもう1度言う。
「ダメだからね!」
2人とも口を尖らせながら頭を縦に振った。
よし、少し不安だけど大丈夫だろう。
僕は軽く平手打ちをする。
ぺちっと音が鳴ると、長髪の男の瞼が開いた。
「目が覚めたか?」
長髪の男は……、長髪、長髪ってめんどくさいな。
名前が無いと不便だ。
じゃあ今からコイツは蟹男だ。
蟹男は目をキョロキョロさせて辺りを見回してから、僕の目を見た。
「さっきは気が付かなったけど、俺たち同じバレナ兵だろ、味方じゃないかー。
殺さないでくれ!」
殺さないでくれか……多分それは叶わない。
ドンちゃんも、チカセも、君を許すなんてしないと思う。
話が終わったら真っ先に首を斬られるだろう。
そして僕も、コイツの命は奪った方がいいんじゃないかと思ってる。
やはり全ての命は尊いなんて無理がある。
蟹男の命は全く尊くない。
いくら助ける事が尊くても、こんな奴を助けたら却って悪いことをしてるんじゃないか?
ってそんなことより、今は他の村人の行方を聞くのが大事だ。
「村人をどこに連れてった」
「ここからすぐの森の中だ、そこの地下に連れて行かれる筈だ」
「僕達をそこに案内しろ」
「わ、分かった、案内したら見逃してくれ」
「……まずはその地下とやらに着いてからだ」
蟹男の脚の縄だけを解いて、先に歩かせた。
「ところで、君達がやってる策はどういうものなんだ?」
「え?」
「村人を集めて何をさせる気なんだ?」
「……さぁ、俺は言われた通りにしただけだから、分からねーな」
戦で制圧した都市や拠点の平民をなにかしらに利用するのは、バレナ兵になってから何度か見た。
ほとんど場合は武器や防具などを作らせたり、城塞を修理する労働力として利用される。
だが時に、人質としても利用される。
王族や貴族だけが人質になると思ってたけど、平民でもなりうる。
国は自国の民を見捨てると、民からの信頼が落ちて反乱が起こったりするらしい。
だから、無茶な金額を付けられても、国はそれに応じるだとか。
でもどうやらウルスは今回の戦で1度たりとも人質と金貨の交換に応じなかったらしい。
全員見捨ててる。
蟹男もバレナ兵なら、ウルスに対して村人は人質としての価値が無いことを知ってるはずだ。
ならやっぱり労働力として連れ去っているのか。
うーん、でもなんで村を焼き払ったんだ?
「あなた、嘘言ってるんじゃないの?」
「嘘じゃねーよ!」
僕が頭悩ましている間に、
チカセが両手を腰に当てながら蟹男を咎めていた。
その後、『ちょっと来て』っとチカセが僕に言い、小さく手招きをしていた。
なんだろう。
「ドンちゃん、ちょっと間僕の変わりに蟹男のこと見といてほしい」
「蟹男? ああコイツの事ね、分かったわ。
……ちょうど良かった、あたしも聞きたいことあったの。
てめぇ、黄色い花の簪を挿した老婦は殺したのか? それともーー」
僕はドンちゃんと位置を変わり、後方にいるチカセの隣まで下がった。
急に前方からドンちゃんのドスの効いた声が聞こえるが、気にしない。
「どうしたのチカセ」
「あの人、バレナの兵とは思えない」
「え、そうなの?」
「だって本当にバレナの命で動いてるなら、普通は私達に怒るでしょ?
私達はバレナ兵からしたら傭兵みたいなもので、意見するなんてできないし。
それに、最初に会った時に私達がバレナ兵って分かったはずなのに敵意むき出しだったでしょ?」
「たしかに」
「他にも、アイツ全然誰に命じられたのか言わないし、どこの隊かも言わない。
それなのに、道案内はあっさりしてくれた。
怪しいと思わない?」
「たしかに!」
「ねぇ、イサミ……もしかしてアイツの言うこと信じてた?」
「い、いや! 僕もおかしいなーって思ってたよ!
バレナ兵の武器は刀なのに僕と似たような両刃の剣だなって」
まぁでも刀じゃない者もいるか、とも思ってちょっと油断したのも事実。
内緒にしとこ。
「ならいいけど。
どうする? 案内される場所は罠だろうし」
「行こう! 本当に村人が囚われているなら助けたい。
もし罠でピンチならチカセがルナまで知らせに行くでどうだ? 森の中ならチカセに追いつける者はそうそういない」
「イサミとドンちゃんはどうするの?」
「さっき見ただろ? ドンちゃんは強い。
僕も守りなら耐えられる! なんたってキヨマルの一振を防いだんだ! チカセが戻って来るまで耐えられるさ」
「え、めちゃめちゃ脚斬られてなかった?」
「あれはほぼ防いだようなものだ!」
「えー! それ厳しくない?」
僕達の単純な策が決まり。
ドンちゃんにも策を伝えて了承をもらった。
地下に入る前に襲われたら戦って皆で逃げる。
入る前に何事も無かったら、チカセは外で待機して、僕とドンちゃんで中に入る。
日が暮れて僕達が出てこなかったら、チカセが都市に戻って増援を呼ぶ。
ふん、残念だったな蟹男。
罠が張られるてると分かれば怖くない!
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かなり森の深い所まで来て、蟹男は脚を止めた。
「着いたぞ、ここだ」
そこには洞窟があった。
葉っぱで入口を隠してある。
注意して見ないと気が付かないだろう。
怪しさがプンプンだ。




