第三十八話「付き添い」
これで良かったと思う。
今まで助けるだけ助けて、その後の事なんかこれっぽっちも考えてなかった。
戦で僕が命を奪わなかったからと言って、
それは救われた訳じゃないし、より悲惨な目に遭うかもしれない。
だから今回、戦で命を奪わなかった人達のその後の面倒を見た。
1人ずつ、
失った職を一緒に見つけるために手伝い。
家が壊れた者がいたら、修理を手伝い。
戦のさなかで命を失った戦友に涙を流す者がいたら、弔うことを手伝った。
……最初すごい嫌がられけど。
罵声も浴びせられたし、殴られもしたし、剣も振られた。
それでも根気強く手伝ったら、嫌々手伝うことを許してくれた。
どこまでやれば助けたことになるのか、まだ分からないけど、これが僕のやりたい事だ。
そして今、最後の1人の手伝いで、彼ことドンちゃんを故郷に送り届けようとしているのだが、
街を出る寸前、チカセと会った。
なぜか僕の愛馬を連れていた。
チカセは見廻りの当番だったはずだが、どこが行くのかな。
チカセはじと目で見てきて、心做しか不機嫌にも見える。
「チカセ、僕はこれからーー」
「知ってる」
「えっ」
「イサミが何をしてて、これからどこに向かうかも知ってる」
「そ、そうか、じゃあーー」
「私も行く!」
「チカセも来るの? 僕はいいけど……」
そう言ってドンちゃんを見る。
彼は戦で親しい者を亡くしたと聞いた。
敵兵である僕達に恨みがあると思う。
僕は彼と仲良くなるのに数日では足りなかった。
はたして、いきなりのチカセの申し出を受け入れてくれるかどうか。
「あたしは構わないわ。
イサミくんのお友達かしら?
あたしはドン・ベルナ。
ドンちゃんって呼んでえ?」
大丈夫そうだ。
でも、チカセはすんごい怪しいものもを見るような目でドンちゃんを見てる。
わかるぞ、僕も最初はびっくりした。
男の人なのに、声色を変えて女の人っぽく喋るんだ。
変だけど心配ない、いい人だ。
それに貴族っぽい名前だけど、全然貴族じゃない。
なんでも、冬になる前あたりで名を変えたらしい。
名を変える人は珍しくは無いのだが、貴族っぽい名前にしたら本物の貴族に怒られたりしないのだろうか。
カラカティッツァではダメだったと思うけど、……ウルスではいいのかもしれないな。
「私はチカセ」
「チカセちゃんね、よろしくね」
「……ええ」
僕達の短い旅が始まった。
---
先頭にドンちゃん、その後ろに僕とチカセが並び、さらにその後ろにシラホシという形でしばらく歩いた所で、チカセが僕に耳打ちした。
「あの人大丈夫なの? 変だし、怖いし、気持ち悪いし」
「確かに変だし、怖いけど、気持ち悪くは無いと思うよ」
「えー、でも」
「チカセの考え過ぎだよ」
「あーら、2人で内緒話?」
ドンちゃんが至近距離まで顔を僕達近づけてきて言った。
僕はそれにびっくりして『わっ』っと声が漏れたが、チカセはびっくりしてないようだ。
それどころか、相変わらず厳しい目つきでドンちゃんを睨んでいる。
敵意が感じとれるほどに。
さすがにドンちゃんもそれが分かったからか、腕を組み、チカセを見下ろす。
「ふん……貴方の愛しの坊やを取ったりなんてしないわよ」
「そ、そんなんじゃない!」
僕がチカセの愛しの坊やだって?
思わず、チカセ方に振り向く。
「違うって!」
チカセは僕が振り向くのを阻止するように、両手で僕の顔を抑える。
僕に顔も見られたくないのか?
そんな……仲は良いと思ってたのに。
違ったのか。
ショックだ。
振り向くのを諦めて力を緩める。
すると、チカセの手が僕の顔から離れた。
今ならと思い、右を向いた。
あれ、チカセがいない。
あ、いや、隠れてた。
シラホシの背後に隠れてた。
んん、どう思ってるのか分からないや。
「可愛い嬢ちゃんなこと」
ドンちゃんはそう言って、腕を組むのをやめて、前に振り返った。
それと同時に僕はドンちゃんの横まで移動する。
「ドンちゃん、その、言いたくなかったら言わなくていいんだけど……どうしてそんな喋り方してるの?」
「……あまり人様に聞かせる話じゃないのだけれど、いいわ、教えてあげる」
ドンちゃんは一瞬空を見上げて迷っていたが、直ぐに下の方向いて語りだした。
「昔、ある所に男と女がいました。
2人は裕福ではありませんでしたが、他に望むモノは無いほど、愛し合っていました。
でもある時、国が戦をしかけた事により、男は兵として戦に出なければなりませんでした。
男は女を残し、戦に出ました。
そして幾つかの季節が経ち、男は役目を果たし、女が待つ村へ帰りました。
ですが……帰った男が目にしたのは無惨に焼け落ちた村でした。
もう手遅れだと気が付いていながら、あるはずもない希望を抱きながら、男は自分の家へ走りました。
そこには、女がいた。
男が愛した女が、
ただ、見る影もないほど変わり果てていた。
それを見た男は狂ってしまった。
気がついたら、愛した女の喋り方をマネするように喋るようになっていた。
こんなところかしら。」
「……それがドンちゃん?」
「そうよ。
変でしょ? でももう変えられないのよ」
悲しい話を聞くと胸が痛くなる。
後ろからも鼻水をすするような音が聞こえてきた。
シラホシの背後に隠れているものの、チカセも悲しんでるようだ。
「すん、今向かってるのがその故郷?」
「ああ違うわ、そことは別よ。
話に出てきたのはあたしの故郷よ、
今向かってるのは妻の故郷、
あたしの故郷は無くなっちゃたからね」
「そうなんだ」
「ごめんねぇ、嫌な話聞かせちゃって」
「ううん、僕が聞きたいって言ったんだ。
教えてくれてありがとう!」
「そう言ってくれて助かるわ。
じゃあ今度はあなた達の事を教えてぇ?」
「僕たちのこと? もちろんだ!
あ、でもチカセはーー」
僕が言葉を言い切る前に、チカセがシラホシの背後からひょこっと出てきた。
そして僕の左隣まて来る。
僕たちは横一列の形となる。
「……私はイサミの後に言うね」
「うん!」
良かった。
まぁでも、チカセは遅かれ早かれ、ドンちゃんに心を開くと思ってた。
チカセは優しいから。
よし。
それじゃ何から言おうか。
やはり好きな物からかな。
それとも幼少の頃の話かな。
「僕はねーーー」
こうして僕たちは日が沈み、また日が登ってくるまで話し続けた。
---
朝。
カンテラの明かりがいらなくなった頃。
さすがに喋りすぎた、ずっと喉がカラカラだ。
シラホシの背に乗っけてある自分の荷から、水筒を取り出す。
すごく軽い。
試しに左右に振っても、中から水の音は聞こえない。
今日でドンちゃんの故郷に着くらしいけど、それまでこんな乾いたままなのか。
困った。
……僕は前方を見る。
彼女達は一体どうなっているんだ。
ずっとキャッキャウフフしてる。
前からは様々な話が聞こえてきた。
『料理って難しいよね』、『そんなもの男にやらしたらいいのよ』、とか、
『今流行りの囚人ウサギ可愛いよね』、『顔に傷があるウサギ可愛いよね』、『いやいや、耳が固結びになってるウサギの方かま可愛いよ!』、とか、
ある時から僕はついていけず、そっと歩く速度を落として後ろを歩いた。
それから随分と経つがまだ喋ってる。
疲れないのか。
そんな中、シラホシはブルルルンっと僕に唸った。
僕には元気出せよって言った気がした。
やっぱり僕と話が合うのはシラホシだけだよと思い、僕は横にいるシラホシに頬擦りをする。
シラホシはまたブルルルンっと唸るが、今度はそっぽ向いてしまった。
そんな……嘘だ!
---
それから僕たちはすごく歩いた。
空がみかん色に染まるほど歩いた。
僕たちはついにドンちゃんの故郷に辿り着いた。
でも僕たちは3人で立ち尽くす。
……夕焼けのせいだろう。
近づくまで気が付かなった。
もし風向きが僕たちの方に向かっていたのなら、きっと匂いで分かっただろう。
村の周りのみかん色は夕焼けじゃなかった。
村を包んでいたのは夕焼けではなく、
火の海だった。
「嘘……でしょ……」
ポツリとドンちゃんから言葉が漏れる。
いつから火の手が回ったのだろう。
村が燃えているのに、村から人っ子一人の声も聞こえやしない。
村人がいち早く火に気づいて、全員避難したと思いたい。
でも僕は、世の中そんな都合よく行かないことを知っている。
「ちょ、ドンちゃん! 待って!」
ドンちゃんが村の中に走って入って行った。
僕とチカセは後を追う。
ドンちゃんは立ち止まっていたから、直ぐに追いついた。
彼は足元の焼き焦げた骸を見ていた。
僕も近づいて骸を見た。
骸のほとんどは多分ここの村人だろう。
でも幾つかの骸は身なりが違った。
鎧をつけている。
珍しく鉄の鎧だ。
鎧にはバレナの紋章があった。
バレナ兵が村を襲ったのか?
わざわざ村を?
戦略的に重要なのか、物資の補給のためか、
分からない。
でも、どう転んだって、こんな村に火を放つなんてことは普通しない。
何があったんだ。
「あの時と同じだわ……」
僕はドンちゃんが話してくれた身の上話を思い出す。
これがその時と同じ光景……。
見るに忍びない。




