第三十七話「異様な男」 後編
---キヨマル視点---
今日もまたイサミは敵兵と仲良くしようとしているのだろうか。
仲良くなってどうしようというのか。
……少々気になるので様子を見に行こうと思う。
つい先日まで戦をしていたが、街中は随分と落ち着きを取り戻していた。
ここに住まうウルスの民も道理が分かっている。
敵兵である私達を睨むことはあれど、逆らったり、明確な敵意を向けてることは無い。
さて、イサミはここ最近街中にあるお食事処にいることが多い。
とりあえず、適当に店を選んで中に入りますか。
のれんを潜り、カウンター前まで行く。
カウンター内には店主でしょうか。
こちらを渋い顔、鋭い目つきで見てくる男がいた。
「失礼、この店に盾を持った兵士は来ませんでしたか?」
そう聞くと、店主は先程とは打って変わって、明るい雰囲気になっていた。
「イサミちゃんの事かい?
あの子だったら店を出て左に真っ直ぐ行った所にあるスナックえりこって所に今はいると思うよ」
「そうですか、ありがとうございます」
店主に一礼をし、スナックえりことやらに向かう。
しかし今思えば、イサミはこの街で随分と知られているのだな。
まだこの都市に来て数日だと言うのに。
しかも大抵の人とは仲良さげに見える。
私の知る限り、バレナ兵は当然冷たくあしらわれる。
先程はイサミの名前を出したら、朗らかな対応をされたが、普通だったら知ってても何も教えてくれないのがざらだ。
そう考えてる内、直ぐにスナックえりこに着いた。
すると、ちょうど中からイサミと男が出できた。
「あ、キヨマル! ちょうど良かった!」
「……なんですか?」
嫌な予感がした。
またしてもイサミは私を困らせる事を言うのではないだろうか。
「これからドンちゃんが故郷に帰るんだけど、僕もついて行く事にした!」
「…………」
この男は何を言っているのだろうか。
今がどんな状況か分かっているのでしょうか。
……そしてドンちゃんって誰ですか。
いえ、多分イサミの隣にいる男の人でしょうけど。
とても、ちゃん付けして呼ぶような齢には見えないのですが。
はっ! 私としたことが取り乱してしまいました。
そんな事はとりあえずさておき。
「まずは事の成り行きを教えてください」
「いやね、ドンちゃん兵士だったんだけどさ、
ほら僕達が駐屯地占領しちゃったでしょ?
だから、職を失っちゃったわけ」
ふむ、確かに今この都市ではウルスの兵団は機能して無い。
ゆえに、俸給はでないし、住むところが無い者もいるだろう。
イサミの隣にいる男がまさにそうなのでしょう。
「そんでね、僕も一緒にお仕事探し手伝ってたんだけど、全然見つからないんだ。
今もこのスナックえりこって店で雇って貰えないか聞いてきたんだけど、断られちゃった」
イサミがそう言うと、隣にいたドンちゃんと呼ばれる者が『とほほ』っとボヤきました。
……なんですかこの茶番は。
そもそも、彼らは叩く門を間違えている。
スナックでそんな男が働けるわけ無いでしょうに。
「で、その者はあえなく里帰りと言う訳ですか。
それは分かりましたが、何故イサミもついて行くのですか?」
「だってドンちゃんが1人じゃ怖いって言うんだ、仕方ないだろう」
どこが仕方ないのか分からない。
ため息が出そうだ。
「多分、2日で戻って来れるから、皆に言っといてくれ!」
「……イサミがそこまでする必要は無いと思うのですが」
「んー、助けてやりたいってのが1つと。
それと、前にキヨマルが敵兵を生かしても意味が無いって言ってたじゃん?」
「ええ」
「僕もずっと考えてたんだ、本当に意味が無いのかって。
でも命を奪わなかったからこうして、ドンちゃんと仲良くなったし、他のウルス兵とも仲良くなれた。
そして僕が気が済むまで彼らの助けになれたら、最初は意味が無くても、最後には意味があることに繋がる気がするんだ」
最後には……意味があることに繋がる……。
「……分かりました、他の皆には私から言っておきます」
「ありがとう!」
そしてイサミ達は街を出て行った。
私はそれを見送ってしまった。
止めるつもりだった。
そんは無駄な事はやめなさいと、言うつもりだった。
なのに、言の葉が枯れてしまった。
なぜ私は止めれなかったのか。
過ぎたことだ……とりあえず戻ろう。
私は街の外にある、自分達の天幕に戻った。
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私が天幕に戻った時、誰もいなかった。
イサミの事をタロウ団長に報告すべきだが、今はまだ都市の見廻りの最中である。
チカセとケンセイも今日の当番だった気がするので、タロウ団長と一緒でしょう。
アンネは違ったと思いますが、居ないみたいですので、見回りに着いて行ったようだ。
私は湯を注いでお茶を用意し、椅子に腰掛けた。
肘をつきながら、イサミが言っていた、
最後には意味がある事に繋がると言う言葉を、頭に浮かべる。
何故か聞いた時、胸がチクッとした気がした。
胸を針が刺したよう感覚、幼少の頃以来でしょうか。
私が日々、剣の鍛錬に励んでいた頃でした。
今ももちろん鍛錬を疎かにしては無いですが、あの頃は……言うなれば死に物狂いでした。
私は武家の生まれで、当たり前のことに幼少の頃より剣を握っていた。
最初は父上も、母上も、私の剣を褒めてたのです。
近隣の街を見ても私より剣が速い者はいない、さすがだと。
今はまだ父の剣に及びませんが、近い将来、私の剣は誰よりも優れると、父上は喜んでいた。
ですが、直ぐに彼らの興味は私から離れてしまった。
私の弟、セイジロウが、
私の2つ下のセイジロウが奪っていった。
セイジロウは剣を握って間もない内に、天賦の才を魅せました。
そして、セイジロウの剣の噂は瞬く間に広がり、遠く離れたバレナ帝国にまで届くほどに。
私もセイジロウの隣で負けじと剣の技を磨きましたが、父上は私を褒める事は無くなってしまった。
それどころか、父上は私に、お前はもうやらなくていい言いました。
それでも、私は諦めなかった。
諦めきれなかった。
しばらくして、セイジロウにとっても、私にとっても一大事が訪れました。
ある日、バレナ帝国からセイジロウを剣客として招きたいと使節が来ました。
父上と母上は大いに喜び、
父上の二つ返事で、セイジロウはバレナ帝国へと旅立って行きました。
私からセイジロウへの祝福の言ノ葉はでなかった。
ただ、内心ではセイジロウが居なくなれば、
また父上と母上は私を見てくれると信じ、
邪魔者がいなくることに喜びさえ覚えた。
でも結局、私が望むことは起きなかった。
セイジロウがいなくなってからも私は剣を振り続けた。
でも父上は私に無駄だ、やめろと言いました。
私より剣の速い者はもういないと言うのに。
……そうだ、この時、私は胸を刺されたような痛みに襲われたのだ。
ですが、何故今になって、しかもイサミの言の葉であの時のような痛みが出てくるのか。
……まさか、私があの後も諦めず剣を振っていれば、意味があると、父上は認めてくれたと。
そんな淡い夢を見ようとしているのか……私が。
そんなはずは無い。
きっと短い月日で、みるみると剣が上達していくイサミを、セイジロウに重ねてしまったのだ。
剣の腕は全く似てないが、きっとそうだ。
だからイサミが少々苦手だったのだ。
いや、イサミが苦手な理由はそれだけじゃない、
あのお人好しも、
我を通そうとする感じも、
セイジロウのように、私には持ってない何かを持っている特別さが。
それが私を苛立てさせる。
……ダメだ。
こんな事は考えてはいけない。
人と上手くやっていくには感情的にならないことだ。
それに感情的になると剣が鈍る。
私は空になった湯のみに茶を入れようと急須に手を伸ばす。
だが、先に誰かが急須を取ってしまう。
誰かと見れば、アンネだった。
彼女は私の前に座りながら、自分の湯のみに茶を注いだ。
「どうしましたの? 溜息なんかついて」
溜息なんかついた覚えは無いと思うが、そんな気分にはなってたやも知れませんね。
「いえ、少々昔の事を思い出しまして」
「そうですの、嫌な思い出で?」
「ええ、そうですね、思い出したくもないです」
「私とは違いますね」
「え」
「私は毎日のように思い出しますわ」
「どうしてわざわざそんな事を、嫌なら忘れた方がいいじゃありませんか」
「許したくないんですの、忘れてしまったら許したみたいで嫌なのです」
「そう……ですか」
あまり気にするようなお方には見えませんでしたが。
アンネにもそう言うのがあるのですね。
いや、大抵の人には嫌な事なんていくらでもありますけ。
イサミぐらいでしょう、大したことも気にしない者など。




