第三十七話「異様な男」 前編
---キヨマル視点---
私と同じ団にいるイサミという男。
第一印象は平凡な青年だった、……あと盾を持っていましたので、弱気で戦ごとは苦手かと思いました。
実際、彼が稽古する所を目にしましたが、明らかに剣を握って間もない事が知れました。
その時は、なんで小団に彼のような剣が拙い者が入れたのだろうと思いました。
でも、直ぐに彼は自分の強さを魅せた。
あれはまだカラカティッツァの兵として、城塞を取り返す策の時でした。
まさかのスサノオに出くわしたのです、だが、私としては申し分ない。
積み上げて来た研鑽を試せる良い機会。
だと言うのに、私はスサノオのひと振り、しかも風圧だけで塔から落とされてしまった。
直ぐに戻ろうと塔を登った。
そしてその時、あの拙い剣のイサミがスサノオと斬り合ってるのを見てしまったのです。
その姿は一切の弱さなど無く、まるでおとぎ話に出てくる英雄のようにも見えて、輝いていた。
私も剣を試したかったが、撤退命令のためにそれは叶わなかった。
それから、程なくしてカラカティッツァはウルスに降伏する事になり、その際、イサミとトラジロウが戦死したと思われていた。
残念だが、仕方ない。
残った私達は国を取り返すため、バレナの兵士になる事になったのですが、戦に出陣した際、何故か死んだと思っていたイサミがいたのです。
そして、イサミはまたしてもスサノオと斬り合っていた。
最終的に、スサノオの妖術かなにかで、イサミは白焦げになって煙を吐きながら負けてしまいましたが、もうイサミの剣からは拙さは無く、修練を積んでいたのが窺えた。
その後、一騎討ちは叶いませんでしたが、私もスサノオと剣を交えることができた。
スサノオを退く事ができたが、どうもまともに戦う気もなかったのか、イサミに使った妖術は見せなかった。
満足いく決着ではありませんでしたが、仲間が1人死なずに済んだから良かった。
……それからだ。
スサノオの妖術なのか、イサミがおかしくなってしまったのです。
野盗や敵兵と戦いになっても、殺さなくなった。
訳が分からなかった。
だからイサミに聞いたんです、何故そのような事をするのか。
彼は『命を奪うのは良くない』、と、言うのです。
私はさらに訳が分からなかった。
野盗も敵も、生かす理由など無い。
生かしたとして、また襲って来ないとは限らない。
イサミのやってる事に意味など無い。
そう、意味は無いはず。
私は何度もイサミに言いました。
そんなことして、何になるんだ。
無駄だ。
やめろ。
ケンセイ、チカセ、アンネ、タロウ団長にも、イサミを説得するよう頼みました。
チカセとアンネはあまりやってくれなかったのですが、ケンセイとタロウ団長は、彼らなりの言葉でイサミに声を掛けてくれました。
他の者にも言われれば、イサミは変わると私は思ったのです。
でも、季節が何度か変わろうとも、イサミはやめなかった。
さすがの私も、もう何を言っても仕方ないと、諦めていた。
代わりに、私はイサミのやっている事を否定するようになった。
イサミが敵兵のとどめを刺さなくても、私がとどめを刺した。
意地悪のつもりでやった。
それでも、イサミがやめることは無く、私に文句の一言も無かった。
そこで私は、イサミが異様に思えた。
そしてとうとうイサミが居なくなった。
ウルスで都市を攻める直前でいなくなった。
ケンセイは敵兵に捕らわれたのでは無いかと慌てていたが、
私は、彼が私の行いに嫌気が差したのから出て行ったのではないかと思えた。
しかし数日後に都市に攻め込み、駐屯地を制圧しようとした時、裏門でイサミと鉢合わせた。
策を行う前に、この駐屯地は監獄と一体となっていると聞かされていた。
だから、ケンセイの推測通り本当にイサミは捕らわれていたのだろう。
そして、今逃げ出せて来れたのだと。
でも、私は彼が何をしようとしているか直ぐに分かった、それでも確かめるべく、イサミの隣にいる者たちが何者か聞いた。
出た答えはやはり囚人だった。
私はイサミに剣を向けた。
私が正しく、イサミが間違っていると言ってやりたかったが、言ったところで彼は聞く耳を持たない。
なら、剣で負けを認めさせてやればいい。
頭がおかしくなったイサミの剣に、私が負けるはずもない。
そう確信していた。
なのに……。
なのに、勝負に負けたのは私だった。
イサミが自分の脚を犠牲にして攻めてくるとは思わなかった。
いや、盾持ちが身体で剣を受け止めないだろうという侮りが私にあったからだ。
完敗だ。
---
そして現在。
私達が都市を制圧した次の日。
私は寝床の天幕から出ると、少々間があるが、隣に張られていた天幕に張り付いてる者達がいた。
「貴方達は何をしているのです?」
ビクッとしながら振り向いたのはケンセイとチカセだった。
『しっーー!』
チカセが人差し指を自分の唇に当て、私を咎める。
そして手招きをして、私にも天幕の中を覗くよう身振りで表現する。
人の天幕の中を覗くのは少々気が引けたが、言われた通り覗いてみる。
すると、中にはイサミと……知らないおじさんがいた。
2人は寝そべっていて、何やら話をしていた。
『イサミは何をしているのです?』
私が小声で聞くと、ケンセイが小声で返してくれた。
『イサミは敵兵殺さないやろ?』
『ええ』
『せやから、殺さなかった人を自分の天幕に呼んで説得してるみたいや』
『説得って何をですか?』
『……俺らと戦わなくて済むように?』
『???』
ケンセイもよく分からないようだったので、天幕内のイサミ達の会話を注意深く聞いてみる。
何やら『ううう』と聞こえるうめき声?
いや、泣いているのか。
知らないおじさんが。
そして、イサミがおじさんに言った。
「おっちゃん、故郷にる母ちゃん、父ちゃんが泣いているぞ」
いやいや、話の流れは分からないが、それで何を説得するのですか。
「だってよ〜! イサミン!」
イサミん???
私は直ぐに顔を引っ込める。
なにやら、おかしなモノを見た。
チカセと、ケンセイを連れてこの場を離れようと、彼らを引っ張る。
そして、先程から離れた天幕からこちらを窺っている者に声をかける。
「アンネ、貴方もそこで隠れてないで、来てください」
「……分かりましたわ」
そうして私が先程まで寝ていた、第3小団の天幕に戻った。
私は先程の涙ぐむ知らないおじさんを思い浮かべながら、朝食の支度をする。
「イサミはこんな朝早くから……また変な事を」
「朝からちゃうよ? 昨日の夜からやで」
「よ、夜からですか」
「せや、それも何人もな」
「…………」
私の手が一瞬止まった。
「そんでな! ちょい聞いてや、昨日の夜チカセがな?」
「ねぇ! やめて! 絶対あの事言うじゃん!」
「あの事?」
「いやな、俺ら昨日の夜から天幕覗いてたんやけど」
この人達も何してるのだか。
「イサミが説得してる中には女兵士もいたんや、そしたらな? チカセがえっらい目つきで睨んでんのや!」
「睨んでない!」
「書いとったで顔に、あたいのイサミに色目使おうもんなら、いてまうぞコラー! ってな!」
「そんなこと……ない……と思う……」
どんどんとか細くなるチカセの声に、ケンセイはゲラゲラと笑う。
そんな中、天幕に1人入ってきた。
なんと間がいいことか、ちょうど朝食の支度も終わった。
「おはよう! 皆!」
「おはよ!」
「おはよう」
「おはようございます」
皆が挨拶する中、1人だけまだ笑ってる者がいた。
ケンセイだ。
さすがにイサミも一瞬キョトンとしていた。
「なになに? ケンセイ何笑ってるの?」
「聞きたいか?」
「うん!」
「だー! ダメ! ダメ!!」
チカセが慌ててイサミに飛びつき、耳を塞ぐ。
その光景にアンネも微笑んでいた。
だけれども、私は、私は笑えなかった。




