第三十六話「汽水」の続き 後編
「怪我は無い!? チカセ」
「イサミ!? う、うん」
「良かった」
ケンセイが慌てた様子ですっ飛んできた。
そして、僕達の……いや、チカセの無事を確認が取れとれてホットため息を吐いた。
「すまん、反応でけへんかった」
「大丈夫、イサミが助けてくれたから」
「あ、あぁ」
ケンセイは僕をじっと見てくる。
何だろう。
なにか言いたげな感じ。
あ!
再会の言葉がまだだった。
「また会ったね! ケンセイ」
「いや! そんなケロッとしとっても、さっきやった事が無かったことになれへんから!」
「ケンセイ……、今は皆で力を合わせるべきだと思うんだ」
「しばきまわすぞ」
さすがに無理あるか。
「そうですね、今はこの都市を制圧する事が先決です」
ノロノロとキヨマルが首を押さえながら立ち上がりながら言った。
「き、キヨマル、その、ごめん!」
「正気を取り戻したようですね、……言っておきますが、次は負けません」
「わ、わかてるよ、勝てたのはキヨマルが僕の脚だけを狙ってたからだって」
「ならいいですけど……」
そうは言ってるが、キヨマルは納得いかない顔で、睨んでるようにも見えた。
怖いからやめてよーっと思いながら顔を逸らす。
「はぁ、まぁええわ、ほならジジイ達の援護に向かうか」
「はい」
「おー!」
キヨマルの言葉にキヨマルとチカセが返事をした。
僕も『うん』っと返す。
「僕達が喋ってる間に通って行った者たちはどうするの?」
「そらもうしゃあない、ほっとくしかない」
「わかった!」
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その後、あっという間に駐屯地を押さえる事が出来た。
これで都市を制圧したようなものだと言う。
そして、久しぶりに仲間達と話した。
僕は散々な言われようで、バカとか、アホとか、タコって言われた。
タロウ小団長とは話したと言うより、ずっと怒られた。
でも途中から、『儂も部下を持つ前は好き放題しとったが……、なるほど、こうも頭を抱える事になるとは』と言って、すごく疲れ果てていた。
そして、次におかしくなったら斬ると言われた。
ごめん!
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バレナ帝国はウルス王国との戦が始まってからの今まで、苦と感じる事は無く、余裕さえあった。
ウルスの攻めは南東から北西と幅広く行われていたが、ただ1つの藩は落とされず、その全てを返り討ちにしていたからだ。
対してバレナはウルスの5つの都市の内、2つを占領した。
出征している兵から伝えによると、3つ目の都市を落とすのも確実だと言う。
バレナは大きな痛手は無く、ウルスは次々に都市を奪われボロボロ。
噂ではウルス王は戦に自ら出陣し、その強さは、天下には並ぶ者などいないと聞くが。
噂は所詮、噂に過ぎなかったという訳だ。
このまま王都まで攻めて、ウルス王の首を掲げるのもそう遠くは無いであろう。
と、長年バレナ皇帝を支えてきた老中達は思っていた。
だが事態は急変した。
数日前、返り討ちにしていたウルスの攻めが徐々に少なくなり、とうとう諦めたのか止んだと思われた。
だがそれは間違いだった。
ウルスはずっと攻め場所を窺っていたのだ。
そして北西に位置する加賀藩、そこを選んだ。
山々に囲まれていて、自然の要塞と言われた加賀藩であったが、長くは持たなかった。
老中達は考える。
加賀藩が落とされたのは、ウルスの策略が優れていたからか? 確かに優れていた。
加賀藩を守っていた兵士達に油断があったからか? それもあっただろう。
だがこれらは些細な事だ。
敵国の優れた策略と、味方兵の油断。どちらもあったとしても、加賀藩は落とされるほど脆い守りはしていない。
では、何故落とされたか。
考えられるのは、今の今まで出陣して来なかったウルス王がとうとう現れたという報告。
だが、本当にたかが1人で戦況をひっくり返せるのか?
いや、バレナにも万夫不当の侍がいるではないか。
侍が負ける姿が想像できるか? できるはずがない。
ならばと、老中達はウルス王に対する考えを改める。
最強には、こちらの最強を当てる他あるまい。
ウルス王率いる軍勢はバレナの首都、京の都へ向かうため、内へ内へと進む。
通る藩は1夜も待たずに攻め落とされていた。
老中達は侍の内2人を、ウルス王を討ち取るべく向かわせた。
5人の侍の内、1人はウルスへ出征、2人は皇帝陛下の護衛。
自由に動かせられるのは2人だけだった、ゆえに2人向かわせた。
たった2人だが、十分すぎる戦力。
老中達は既に戦に勝った後の事を頭の中で思い描いていた。
ウルス王の首さえ取れれば、国が1つ手に入る。
ウルスが負かしたカラカティッツァは、条約を結んだゆえ、返還することになるが、ウルスという大国が手に入る。
彼らはもうウハウハ気分で、和酒の瓶を何本も開けていた。
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そして現在。
京の都と目と鼻の先あたりにて。
万夫不当は天下無双の前で膝をついていた。
「ぐっ、生涯を武に費やしたが、かほどとは……」
侍と相対する王は何も言わない。
ただ、その手にある槍を侍に向け振るった。
途端、王と汚い肉塊だけが残った。
「王様ァ、戻ったぜ!」
王は呼ばれた方に振り向く。
真っ先に彼の瞳に映ったのは、もう1人の侍ーーーの生首だった。
首を持っている声の主はスサノオであった。
スサノオはご機嫌な雰囲気で、解けた侍の髷を手に巻き付けて掲げていた。
王は尋ねる。
「どうしたのだそれは」
「これかァ? こうやって見せびらかすとよ、バレナ兵がおもしれぇ顔になるんだ!」
「そうか、面白いか。
そう言えば、今朝届いた新聞にルナで起きた面白い出来事が載っていたぞ」
「ルナ? 確か王様の生まれ故郷だったよな」
「ああ、なんでもスサノオと名乗る男が屯所を襲撃し、男兵士の金の玉を次々に潰してったそうだ」
「アァ!?」
「貴様にそんな色があったとはな」
「王様ァー?」
「気にするな、暇を持て余した貴族は刺激欲しさに、そういう事に目覚めるらしい、よくある事だ、……余は良いと思う」
「勘弁してくれよ、陛下」
「……冗談だ」
「そんな無表情で言われると、冗談に聞こえねぇぜ」
「……休息は済んだ、さぁ行くぞ」
スサノオは王の言葉を受け、振り向く。
後方に控えていた。
数え切れない程いる兵士に向けて叫ぶ。
「てめぇらァ!! いよいよ京に攻め込むぞ!
気合い入れろー!!!」
『おおおおおおおおおぉ!!!』
ウルス兵は気が昂っていた。
先程、彼らは王とスサノオがそれぞれ侍との一騎討ちを見ていたのがより一層、彼らの心に薪をくべる事になった。
彼らの怒号は京の都まで響く。
そこに住まう人々は恐怖し、夜も眠れないことになるだろう。




