第三十六話「汽水」の続 前編
右脚を踏ん張るとグチュっと血が溢れ出し、バランスを崩しそうになる。
それでも倒れないのは、気合いか、信念ためか、それともただ単に切り口がくっ付き始めてるからかもしれない。
「見ろ! 戦ってるぞ! あそこからなら抜け出せるぞ!」
後ろから大声が聞こえてきた。
見ると、他の囚人達だった、わらわらとこちらに向かって走ってくる。
「儂とアンネであやつらを相手する! イサミは貴様らに頼んだぞ」
「ああ! もうわかった! やるぞチカセ!」
「え、う、うん!」
運良くタロウ小団長とアンネは相手しなくていい見たいだ。
あとはケンセイとチカセ、キヨマル見たく1人では来ないだろうな。
でも全然を抑えられそうな気がしてきたぞ。
と思ったが。
「ううう」
これから戦うぞって時にチカセは1歩を踏み出したのだが、その1歩目で躓いて倒れた。
バンザイしながら、すざーっと盛大に。
どんくさ。
ほんとうに僕の知ってるチカセなのか?
いやでも、僕の味方してくれてわざと転んだ気も……、無いな。
「何してんねん! どアホ!」
「痛いー!」
どちらにしろ今しかない。
「今だ! エビ爺さん行って!」
「承知した!」
右脚で地面を蹴り、ケンセイに向かって跳ぶ。
「よそ見なんてさせない!」
「くっ!」
ガキンッーーー
鍔迫り合いに持ち込むが、ケンセイは力技で僕の剣を弾き返す。
弾き返された際、右上半身が剣により後ろに引っ張られて、大きな隙を産んでしまった。
当然それを見逃される訳は無く、僕の右脇腹にケンセイは剣を振る。
でも、ケンセイは剣の向きをクルッと変えて、平たい剣の腹の部分が当たるようにした。
僕に当たっても胴体を斬り飛ばさないためだろう。
でも喰らいたくは無い。
左腕の盾を、ケンセイの剣と僕の身体の間に間一髪で滑り込ませる。
ガゴンッーーー!
盾で防ぐことが出来たが、衝撃は伝い、身体は宙に浮き後方に吹っ飛ばされる。
滑りながら着地し、再度盾と剣を構え直し、ケンセイを視界に収める。
彼の後ろには、起き上がって少し恥ずかしそうにするチカセがいた。
また2対1になってしまったか、
5対1よりマシだが、やりたくは無いな。
待てよ、もう戦う必要は無いな。
なんたって目的は達した様なものだ。
先程、吹っ飛ばされながらもエビ爺さんと、ハマとグリリが裏門から出るところを見た。
ならばーーー。
「ケンセイ! またね!」
「は? てっ、逃げんなや!」
全速力で裏門に向かって走った。
一瞬後ろをチラッと見たが、追いかけてくる気配は無かった。
「おーい!」
僕の声にエビ爺さん達が振り返る。
彼らは門を出てすぐの所にいた。
「無事か!?」
「何とかね」
「街中は大して戦闘は起こっていないな」
「駐屯地外の民を殺しはしないだろう、抵抗さえしなければね」
「そのようだな、して、小僧はこれからどうするのだ? どちらが勝つにしろ、ワシらはほとぼりが冷めるまで隠れておくつもりだ。
もし行くあてがなーーー」
エビ爺さんが言い切る前に僕は首を振った。
「何日か前だったら付いて行ったかも、でも、もう自分のやる事は曲げないって決めたんだ、だからここでお別れだ」
「……そうか」
「それに、仲間達に謝らなくちゃいけないしね」
「あんな事しておいて、許されるのか?」
「んー、殴られそうだなー、でも優しいから許してくれると思う」
「なら良いが、改めて言おう、彼らを助けてくれてありがとう」
「……うん! どういたしまして!」
すると、ハマとグリリが前に出てくる。
「イサミ、ありがど!」
「ありがとぅ」
「うん、ハマもグリリも気をつけてね!」
僕は彼らに手を振り背中を向けた。
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その頃。
イサミは悪いものでも食べてしまったのか、あいつの頭は、どないなってんねんっと思っていたケンセイだったが、それ所では無くなってきていた。
と言うもの、イサミを達を取り逃した後に逃げ惑う者達が大勢来たのだ。
タロウ小団長とアンネだけでは抑えきれず、ケンセイとチカセも交戦を余儀なくされた。
大多数は囚人だ。
だが、中には手練れもいるようだ。
じゃ無ければ、いくら数があろうとジジイとアンネを出し抜くなんてことは出来るはずが無い。
そうケンセイは思った。
手練れはきっとここの兵士だろう。
でも誰かの指揮で動いているようでは無かった。
なら正門から攻めてきた敵兵と戦っている味方を見捨てて裏門まで逃げて来たのか。
なんて臆病で、薄情な奴らかとイライラする。
「チカセ、キヨマルを起こしてきてや」
「わかった!」
チカセが敵を斬り伏せながら、キヨマルに向かう。
それを援護するようにケンセイも周りの敵を蹴散らす。
既に多くの者を逃してしまい、裏門を潜らせてしまった。
仕方ない、こうなってしまったのはバレナのお偉いさんのせいだ。
正門から我々がすぐさま制圧してしまうから、裏門の俺らはさぞ暇だろうと、そう言ってきた奴の顔が浮かぶ。
舌を引っこ抜いたりたい。
そう思った。
「キヨマル! 起きて!」
チカセは膝を地につけて、キヨマルを揺さぶる。
なかなか起きない。
「おきろ!」
チカセはより強く揺さぶった。
それによってキヨマルの眉はピクっと動いた。
チカセは、あ! これは起きるぞと確信し、立ち上がろうとして顔を上げた。
するとそこには、剣を振り上げている男がいた。
「どけぇ!!!」
どこからやってきたのか。
チカセは寸前まで気が付かなかった。
チカセだけじゃない、ケンセイも気が付けなかった。
人が多すぎて気配が薄れていたか、直前まで男は殺意が無かったからか、それは分からない。
チカセは自分の心臓がキュッとなるのを感じた。
自分の剣を滑り込ませて防ぐのは間に合わない、避けるのも間に合いそうにないからだ。
思わず瞼を閉じて、身を縮めてしまう。
そして次の瞬間、世界から音が消えた。
…………痛みは感じない。
次第に音が、周りの騒音が戻ってくる。
彼女はまだ自分が戦場にいるのだと気が付かされ、片目をゆっくりと開けた。
そこには、自分に向けて剣を振ろうとしていた男がまだいた。
でも、別の男もいた。
その男は盾を使い、チカを守るように背中を向けていた。
その男は……、彼はーー。
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仲間達の元に戻ろうと、また裏門に向かう。
すると、逃げてくる人達がいっぱいいた。
僕はそれら全員を剣で殴って意識を刈り取った。
キヨマルは言っていた、駐屯地にいる誰1人逃がさないと。
僕も第3小団だ、それに従う。でも
僕のやり方でだ。
ん? エビ爺さんとハマとグリリは逃がしたじゃないかって?
……さっきまでは囚人イサミだったからだ!
今は違う!
そう自分に言い聞かせ、仲間達の元へと走る。
あっという間に戻り、最初に目に入ったのは、チカセだった。
チカセが斬られそうになる寸前だった。
身体は僕は思い通りに動いた。
ちゃんと思い通りに動いたのだが、想像以上だった。
地面を蹴る瞬間だけ、今まで経験した事が無いほどに力が入った。
跳んだつもりが、飛んでいる。
周りの景色はボヤけたが、チカセに向けて振られる剣だけはくっきりと瞳に映る。
そして僕の盾がその剣を受け止める瞬間も。
「なっ!」
ガキンっと剣を弾く。
そして、剣を振る僕の右腕がうねる。
「はっァ!」
人を1人消し飛ばした。




