三十五話「命の重み」
ドタドタと看守達が慌てる様を、僕は格子の中から見ていた。
「そんなに外が気になるのか?」
「ほら、いつもと違うから何事かと思ってね」
振り返らずに、後ろにいるエビ爺さんに答えた。
「好奇心では無さそうだ、獲物を捉える目つきをしているがな、……脱獄する気だろ」
隠し通す事は出来なさそうだ。
どうせ行動に移したらバレるし。
正直に答えよう。
「うん」
すると、思いもよらない言葉が返ってきた。
「手伝ってやろう」
「……どうして?」
「大した罪も無い若造がこんな所いるべきでは無い」
「 ……よく分からないけど、エビ爺さんがそれでいいなら。
まぁでも、外に出る労働時間の時なら逃げられそうだけど、こんな格子の中じゃどうにもーー」
「ならこれを使え!」
エビ爺さんはしゃがんで、床の石版を1箇所外した。
外された石版の下は少し凹んでいて、道具が1個隠されていた。
僕はその道具をエビ爺さんから受け取った。
木の槌だ。
だが、槌の両端に何十枚もの紙が入れられた木箱が1個ずつ、くっ付けられている。
ってこれバトリオットじゃないか!
なにこれ! これで何をしろって言うんだ!
僕は受け取ったバトリオットを見つめながら固まっていると。
「それでは使いずらかろう」
エビ爺さんがそう言いながら槌の両端に付いている木箱を掴み、もぎ取った。
「え! 取っちゃうの?
取ったらもうこれ、ただの木の槌だよ。」
「何を言っておる、これでさっさと格子を壊せ」
あ、いいのか。
変なものから、普通の武器になったな。
くそー。
昨日さんざんバトリオット作ってたから愛着が湧いたか。
気がついたら名付けまでしていたもんな。
ギンちゃん、ハチちゃん、カグちゃんって。
でも、作り終わった時に看守に渡したからもう居ないんだ!
ここを出たら、もう彼らに会えない。
そう思うと、少し涙が出てきそうだと思いながら、僕は思いっきり木の槌を格子に向けて振った。
バキンっと音を立てながら、格子は砕かれた。
「おぉ、一撃か!」
「よし、行こう! たしか、没収された武器がある部屋ってあっちだよね?」
「そうだ!」
僕とエビ爺さんが牢から飛び出ると、周りの囚人達が俺らも出してくれと喚いたが、僕達は迷わず一直線に走った。
道中何人かの看守と出会ってしまったが、木の槌で殴り飛ばした。
「ここだ!」
扉を破り、自分の武器を探す。
直ぐに見つけられた。
ごちゃごちゃに積まれた武具の1番上にあった。
左腕に盾を装着し、背中に剣を掛ける。
しっくりくるな、この感じ。
アメちゃんと、ケンくんの手入れを怠ったけど、まだ日は浅いから、呪われてないといいけど。
「僕は準備万端だよ、ポーチとかは無くなったのは惜しいけど、いいさ!」
「ならば行くとするか」
「あれ、エビ爺さんは武器持っていかないの?」
「ワシはいい」
「武器無いと、囲まれたら直ぐに捕らえられちゃうよ?」
「それで良い、どうせ帰る場所が無い身だ」
「……」
「さぁ、行こう」
エビ爺さんはさっさとでようとする。
「ウッ!」
先に部屋を出たエビ爺さんが、僕を後ろに突き飛ばした。
僕は部屋に転がり戻される。
直ぐに顔をあげると、エビ爺さんが扉の前で床に手をついて倒れていた、肩に槍が刺さった状態で。
エビ爺さんは身体を引きずりながら、後退する。
でも僕は、扉の方に釘付けになっていた。
槍を投げたであろうヤツが入って来たからだ。
1人、2人、さ、4人。
3人は槍を構えている、最後の1人は剣を抜き放ちながら入って来た。
見た事ある顔だ、あ、駐屯地に侵入した際に僕を捕らえた人達だ。
でも、1人足りないな。
まぁいい、僕も剣を抜き放ち構える。
「エビ爺さん! 大丈夫か!?」
「なんともない!」
そう言いながら肩から槍を引き抜くエビ爺さんの前に、僕は出る。
「エビ爺さんは下がってて」
「お、おい」
彼らは今回、刺股じゃなくて槍と剣だ。
捉える気は無いらしい。
でも彼らはまだ仕掛けて来ない。
……僕から仕掛けるか。
頭の中で想像する。
まずは飛び込んで、1人目の首を斬り落とす。
そしたら、2人目の攻撃来るから盾でガードしてカウンターを入れる。
3人目と4人目が攻撃してくる前に、1度後ろに飛び退いて、仕切り直しを図る。
よし! 行くぞ!
思い描いた事をなぞるように動く。
だが、最初で躓いてしまう。
振った剣は敵の首を捉えていた、でも拳1個分届かず、空振りに終わって相手は後ろに飛び退いた。
間合いを見誤った。
いや、違う。
でも今、また分からなくなってきた。
前までは、命は大切だから、
奪うのは良くない、救えるなら救った方がいいと思ってた。
だから僕は、敵兵でも命を奪わないようにした。
でもそれにより、僕は次第に第3小団、仲間たちと距離を感じるようになった。
だからだろう、敵兵なんだから命を奪っていいじゃないかと思えてきた。
その時、僕にとって命は尊く無くなった。
自分が嫌な思いをするぐらいなら、相手の命を奪えばいい。
そんな、自分の気持ち次第で軽くなる命なんて、きっと大切じゃない。
そう思えていた。
僕の命は、もちろん大切だ。
父ちゃん、母ちゃん、ハルの命は? 大切に決まってる。
目の前の看守達は? 大切じゃないかも知れない。
知らない人だからか。
じゃあなんで、エビ爺さんは、コトノは、
お坊さんは、僕を助けてくれたのだろう。
分からない。
僕は子供でもないのに。
分からない………、それでも! ハッキリして来た事ある!
コトノが僕を助けてくれた時、嬉しかった。
お坊さんが僕を助けてくれた時、安堵した。
第3小団が僕を助けてくれた時、頼りになると思った。
僕が濁流から子供を助けた時、彼らはありがとうって言っていた。
命は分からないけど、命を助ける行為はきっと尊い!
ならば、僕がやってきた事は間違ってない!
海の流れのように彷徨っていた僕の心は、
川の流れのように進む方向が定まったのを感じた。
もう曲げない。
握ていた剣を翻す。
鋭くない方の刃を相手に向ける。
今一度盾を構え、攻撃の機会を伺う。
槍を持った3人は互いに目線を合わせた。
……来る!
そう思った矢先、3人同時に僕に向かって槍が放たれた。
それに合わせて、僕も前に跳び出る。
僕から見て左から来る槍を盾でいなし、
右から来る槍は剣でいなし、
真ん中から来る槍は身を傾け躱して、左手で槍の柄を掴み、持ち主を右足で蹴り飛ばす。
「ふんっ!」
「ぐあっ!」
そして、手に入れた槍をくるりと回して槍の柄で、右にいる看守に叩きつけて捨てる。
「うご!」
左にいる看守は突き出した槍を引き終わっていたが、攻撃するでも無く、動きを止めていた。
ただ口をポカンと開けて、驚愕の顔をしている。
僕はその顔を支えている首に剣を叩きつけ、意識を飛ばした。
残るは1人。
後ろで剣を構えている奴だ。
そちらに視線をやるが……いない。
「最後の1人ならしっぽを巻いて逃げてったがな」
エビ爺さんの言葉に直ぐに振り向く。
「大丈夫か!?」
「あぁ、どうせなら脳天を突き刺してくれりゃ良かったのだがな」
脳天? それじゃ死んでしまうじゃないか。
「そんな悲しい事言わないでよ」
「…………冗談だ。
それより小僧、相当強いのだな」
「うんー、強くなってるとは思うけど、僕より強い人なんて星の数ほどいるよ」
「ワシはもう長いこと星なんて見とらんがな」
「そりぁ、あー、また見れるさ!」
「……そうだな、ははは」
喋ってる途中で適当に剣を見繕い。
そしてそれをエビ爺さんに手渡す。
「はい、やっぱり剣は持ってた方がいいよ」
「……貰っとくとしよう」
部屋の外から騒ぎが聞こえる。
もしかしたら僕達以外にも脱走した者達がいるのかもしれないな。
「よし! じゃあ行こう、僕が先に行くからね」
「あぁ。
『……やはり強いな、孫とは似てなかったな』」
僕が部屋を出る瞬間、エビ爺さんは何か言ったような気がしたが、もう一度言われないから聞き返す気もない。
それよりも、外でまた看守が待ち構えているんじゃないかと、警戒する事に気が集中していた。
出口に向かって走っていると、看守と囚人のいざこざに何度も遭遇した。
全部無視していたのだが、1回だけエビ爺さんが割って入って、看守を負かして連れ出した者たちがいる。
連れてきたのは、ハマとグリリだった。
どうやら顔見知りらしく、彼らの無事を知ったエビ爺さんは胸を撫で下ろしていた。
ハマとグリリが加わって、4人で外を目指すことになった。
外に出ると、沢山の兵士が駆け回っていた。
でも誰も僕達には目もくれず、兵舎の敷地外へと向かっていく。
誰もが必死な顔つきで。
「なにが、どうなっているのだ」
エビ爺さんは戸惑っていたが、僕はすぐに分かった。
駐屯地の敷地外から無数の剣戟と怒号が聞こえて来たからだ。
戦だ。
やっぱり、バレナが仕掛けたか。
ウルスの都市は城壁が無いから、あっという間になだれ込んで来たのだろう。
そう考えていると、駐屯地の正門が爆ぜた。
「うっ」
「今度はなんだ!」
爆風によって砂が目に入り痛えってなったが、涙目になりながら破られた門を見る。
次々と兵士が入ってくる、また壁をよじ登ってくる者もいる。
そして当然彼らの革鎧にバレナの紋章ある。
駐屯地を押さえる気か。
「あれは……バレナの兵士か? なんだって、
いや、ともかく早く離れた方がよさそうだ。
裏門に行くぞ!」
エビ爺さんの言う通り早く離れよう、巻き込まれてしまう。
「わかった!」
「わかっただ!」
「うん!」
身を反転させ、走る。
あっという間に辿り着いたのだが、見ると裏門も既に破られていた。
門の前には立ちはだかるように数人の兵士がいる。
……見知った顔だった。
第3小団の皆だ。
タロウ小団長、キヨマルにケンセイ、そして、チカセとアンネ。
彼らの足元には斬り殺されたであろう、ウルスの兵士達が倒れている。
そんな中、彼らも僕達に気が付き、目が合う。
皆のもとから抜け出して逃げた後ろめたさか、それとも、殺気立った彼ら目の当たりにしたからか、不安な気持ちが僕を襲った。




