第三話「勇気」
王が来た?
どこの王?
きっとこの国の王じゃないよな……戦に出た話なんて話は聞いた事ないし。
ならば、来たのはウルスの王ってことで間違いないだろう。
かの王は自ら戦場に赴くのか。
討ち取られれば国が滅ぶというのに。
「兄ちゃーん!」
振り返ると妹のハルが駆け寄ってきていた。
顔を見ると、今にも泣きそうだ。
「兄ちゃーん! 浜辺で知らない人達に、アミちゃんとシゲルくんが斬られちゃった!」
「なに!」
耳を疑った。
もうウルスの兵がここまで来ているのか?
いくらなんでも来るのが早すぎる。
ハルの叫びを聞いて、周りは慌てふためく。
家族を探しに行く人、逃げ惑う人。
僕も急いでハルをおんぶする。
肩がハルの涙と鼻水でベチャベチャになるが、気にしている余裕がない。
「逃げよう」
咄嗟に敵が来た浜辺の反対へ、東に走り出す。
村の人達も異変に気がついたのだろう。
走っていると、槍や剣を手にした男共と多くすれ違った。
しかし、後ろから聞こえて来るのは悲鳴ばかりだ。
僕は振り返らず、顔を引きつりながらも真っ直ぐ走った。
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村の外に出ると。
女子供を多く乗せた馬車が何台も停まっていた。その中に見知った顔が何人もいる。
しかしながら、何故だか1台もこの場から去ろうとしない。
見ると行手を阻むように、既に囲まれていたのだ。
馬車を守ろうと立ち向かったであろう者は、
滅多刺しにされ、倒れているのがちらほらみえる。
どうしよう……
戻って助けを呼ぶか、間に合わないだろう。
もう無理だ……。
僕の心の底が分かったのか、僕の背中を掴んでいるハルの手にギュッと力が入るのを感じた。
痛いのは嫌だ。
でも! でも!!
他のみんなが、ハルが痛い思いをするのを見るのは、もっと嫌だ!
心に闘志が宿る。
足の震えは収まらないが、きっと動く。
背中からハルを降ろす。
「兄ちゃん?」
僕は片膝をついて、ハルに対し面と向かう。
とても不安そうな顔だ。
待ってろ、兄ちゃんが今から安心させてやるからな。
「ハル、兄ちゃんは諦めたわけじゃない。
全員倒して見せるさ」
「うん……グズッ」
ハルは涙を拭い、鼻をズズッと啜った。
まるで今が正念場である事を理解しているのか、引き締めた顔をしている。
肝が座った妹だ。
覚悟を決め、敵兵へと向き直る。
視線を右へ、左へとやり、確認する。
およそ10数人はいる。
1番手前にある馬車の中を覗き込み、下卑な笑みを浮かべる男。
その足元に横たわってる、首のない人が握りしめている剣。
せめてあの剣を取らなくちゃならない。
その1歩を踏み出し、向かっていく。
相変わらず、足の震えは止まらない。
彼らは向かってくる僕を見て、
『サエモン、来てるぞ』、『大丈夫、大丈夫』と余裕なやり取りを見せている。
油断している、行ける!
そう思うと同時に前のめりに跳ぶ。
地面スレスレを行き、両手を伸ばした。
しかし、取れそうだと思った瞬間、強い衝撃が脇腹に起こる。
「ぐあっ!」
右足で蹴飛ばされたのだとすぐに分かった。
「剣が目的なのは見え見えだっつーの」
ケラケラと笑い声が聞こえる。
それでも直ぐに立ち直り、
もう一度飛び込むタイミングを測る。
そんな僕に敵は猶予をくれない。
「死んじまいな!」
言葉と同時に袈裟斬りが放たれた。
僕はそれを体勢を崩しながらも躱し、転がりながら剣に手を届かせた。
たが、体勢を直すが遅かった。
立ち上がって、相手を目で捉えた時には、
既に奴の剣は僕の首を目掛けて空を切っていた。
あとは僕の首が落ちるだけだった。
でも、そうはならなかった。
「ヴゥ!」
灰色や黒色が混じったような塊が、奴の顔に飛んでいき、打ち付けられた。
奴は目を瞑り、怯んだ。
明らかな隙、僕はそれを見逃さない。
「イイィィィ」
歯を食いしばり、両手で持った剣を力いっぱい、左肩辺りから右へ振り抜く。
瞬間、剣が喉を切り裂いた、首は落ちなかったが、
行き良いよく血飛沫が上がった。
「ハァ……ハァ……」
息をする事を今まで忘れていたのか、
口で大きく吸い込み、吐き出す。
そして倒せたのだと実感する。
なるほど、チラリとハルを見て分かったが、
さっき敵兵の顔に当たった塊はハルが投げた石だったのか。
やってやったぞっと、誇らしげな顔をしている。
まったく、最高の妹だよ!
でもここからが窮地。
さっきはコイツらが油断してたから、楽しんでいたから、1対1の勝負が出来た。
もうそうはならないだろう、複数人で来るだろう。
そんなことされたら一溜りもないよ。
どうにか打開しなきゃ。
「まじかよ」
相手集団からそんな言葉が聞こえてきた。
僕にビビったのだろうか。
ならこのまま引いて欲しいな。
だがどうも、僕を見てるようでは無かった。
僕の後ろを見てるような気がする。
それを確かめるべく僕も後ろを見た。
するとそこには、10数人の馬に乗っている集団がいた。
よく見ると、馬が無い者もいる、
鎧を着けてる者、着けてない者、様々だった。
ひとつだけ、全員に当てはまるとすれば、
歴戦を思わせる雰囲気を漂わせている。
ハルも今気がついたようで、ギョッとしながら僕の方に逃げてきた。
集団の先頭にいる、左手に手甲を着けてる男が口を開いた。
「その鎧、ウルスの兵だな。何故こんな所にいる?」
馬車を取り囲んでいた連中の内、1人が答えた。
「そ、それはですね陛下! スクデ砦から飛脚が
出て行くのを見てんで、追いかけ無ければと思った次第で」
陛下? こいつがウルスの王なのか!
村を通って来たのか?
前も後ろも、完全に塞がれた。
絶望的だ。
王は訝しげな顔で言い訳を聞いていた。
「貴様、さては盗賊の類だな?
戦の最中にどさくさに紛れて抜け出し、潜んでいた仲間と村を襲う、そうだろう?」
王に盗賊と言われた連中は、あわあわと口開きながら青い顔していた。
弱い生き物が、強い生き物から身を守るかのように、互いに身を寄せ合う。
「他国の村が賊に襲われているなど、どうでもいいが、俺達の策の邪魔をした事は捨ておけん」
そう言いながら王は馬の上に立ち上がった。
右手に持っていた槍を構えながら、少し屈む。
次の瞬間。
馬を蹴り、真っ直ぐと飛んだ。
蹴られた馬は耐えきれず転ぶ。
あまりの速さに目で追えなかった。
視界に収めた時には、すでに王に言い訳をしていた男の喉元から、槍を引き抜いていた。
そして流れるように次から次へと、命を刈り取る。
さっきまで僕がやっていた命のやり取りは、まるでおままごとにさえ思える。
足の震えは止まっていた。