第二十一話「初心」
ただでさえ瓦礫で足場がないのに、さらに地形が変わる程の力が加わり、荒れた地に変わった場所に2人の男がいた。
ウルスの王とその臣下だ。
「申し訳ございません陛下、私が狙われたばかりに」
華奢な男が頭を深々と下げて謝る。
「仕方ない、お前がいなければ、俺は天下を取れない」
王の言葉遣いに少し眉をひそめるも、
先程自分のせいで王が対敵を逃す羽目になった事もあり、華奢な男は戒めの言葉を口には出なかった。
王の臣下は考える。
あの神職はかなりのやり手だった。それに加え、あの妖術のような技は実に厄介だ。
王やスサノオなどの強者でないと、相手にならないと思えた。
しかし、神職が争いごとに首を突っ込むような連中でない事は知っている。
先程の神職は私情で戦ったのだろう。
ならば気にする事でないと、神職の事は頭の隅にお追いやった。
もう1人いた盾を持つ青年の事は頭に入れることすら無かった。
バレナ帝国の攻略に思考を戻した。
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敗走してから数刻、まだ更けた夜の森の中。
こちらも2人の男がいた。
1人は手に錫杖を持ち、笠を被ったおじさんだ、だが本人は自分の事をまだ若いと思っている。
もう1人は盾と錆びた剣を背負っている青年だ、彼は苦しそうな顔をしていた。
夜通し移動していたこと、
戦いでの負傷したこと、
それらの理由もあるが1番は、自分のせいでコトノに、お坊さんに、迷惑をかけてしまったからだ。
「ここで野営をしよう」
お坊さんは僕の右後ろにいる馬を見ながら言った。
馬は先程から息が荒くなっていた。
途中からお坊さんの走る速さに追いつけず、
走るのをやめて歩き始めてしまったのだ。
そこから僕は馬から降りて、自分の足で移動していたが、ついに馬は歩きを止めてしまった。
馬は頭を下げて僕を見ている。
汗が涙にも見えてきて、『もう休ませてくれと』と訴えているかのようだ。
まぁ、気のせいだろう。
僕達は腰を下ろして体を休める。
僕は左手をグッパー、グッパーと手を広げたり、握ったりする。
手も腕も動く、だが、いかんせん感覚がない。未だ戻らない。
石ころを拾ってみると、石に接している箇所はビリビリする、痛いような、痛くないような、変な感じだ。
自分の体の動きを確かめていると。
「お前さん、どこか怪我をしたのか?」
「左手がビリビリして変な感じなんだ」
「あの童の拳を真正面から受けたのだ、直ぐには癒えまい。
なにより、良くその程度で済んだものよ」
ウルスの王を童呼ばわり?
さておき、確かによく無事だったな、僕。
吹き飛ばされたものの、体制は崩さなかった。
あのまま瓦礫にぶつから無ければ、足で着地出来たはずだ。どうせ、膝をついて立ち上がれ無かったけど。
自分の身体が強くなっている、と思う。
そう思いたい。
「僕の身体も頑丈になってるからな」
「身体? そうでは無い、盾のことだ」
盾のことか……。
そう言われればそうか。
割れたり、凹んだりしてない。
盾を覗くと、僕の顔が歪んで映る。
「盾を見せてみろ」
腕から盾を外して、お坊さんに手渡す。
「ふーむ、いい盾だ」
兵団から支給されたやつだけどな。
「名のある鍛冶師が作ったもの?」
「それは分からん。
分かるのは、よく手入れされていて、大事にされているという事だ。
むう、盾の裏に小さなポケットがついているな、これは……中に塗り薬か? 器用なものだ」
そりゃ大事にするさ、僕の命を預けてるからね。
手入れする道具があれば必ず武器は手入れをしていた。
「良い! 大切に扱うモノには魂が宿る」
物にも魂が宿るのか。
「物に魂が宿るとどうなるの?」
「そうだな、お前さんを守ってくれたり、力になってくれたりするな。
私は神の御業を借りていると思っている」
なんか思い当たる節があるぞ。
スサノオとかいう巨漢も剣に雷を纏っていた。
あの大剣も大切にされて魂が宿ったのか?
あの男が物を大切にするようなやつには見えなかったけどな。
意外だな。
そしてもう1人……。
「もしかしお坊さんが操った土の柱がそうだよね?」
「そうだ」
カッコイイ!
いいな!
「僕の盾に魂宿ってるかな!」
「んーむ、分からんが、お前さんの剣には宿っている様に見えるな」
なんで剣の方にと思ったが、興奮した。
「え! おとぎ話みたいに、ビームとか出せるようになったりする!?」
「いや……怨嗟の魂がいくつも宿っているな。
このままでは遠くないうち、お前さんは呪われて命を落とす」
「まじかよ!!」
なんでだ!
いや、何となく分かるぞ。
大切にすると自分の力になる魂が宿るってことは、ぞんざいに扱うと持ち主を怨む魂が宿るということか!
僕の剣だけど、元々は僕の剣じゃないのに!
元の持ち主じゃなくて、なんで僕を呪うんだ!
おかしいだろ!
コトノはとんでもない剣を僕に渡したな。
「お前さん、盾は手入れするのに、剣はしないのか?」
「これは違くてーー」
前に持ってた剣はちゃんと手入れしてたんだ!
慌ててお坊さんに説明した。
ついでに、僕がカラカティッツァの兵士だという事も。
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夜が明ける。
「お前さん、これからどうするのだ?」
「家族の元に帰ろうと思ってた。
けど、ウルスの王を倒さなくてはいけない。
それに、守ると約束したんだ。」
「そうか、ならバレナ帝国に向かうか」
「なんでバレナ帝国に?」
「お前さん1人ではどうにもならんだろう。
バレナはウルスと戦をしとる、お前さんを雇ってくれるだろうよ」
確かに僕1人じゃ無理か。
今すぐにでも戻って勝負をって思ったけど、またボコボコにされて……殺されて終わりか。
そもそも、ウルスの王まで辿り着けないか。
どうにか戦える強さをつけないダメだ。
あれ? バレナ帝国に向かうか?
「バレナ帝国まで行くとして、お坊さんもついてくるの?」
「私も北へ向かうからな、ついでだ、それにお前さん道がわからんだろう」
確かに道がわからん。
とりあえず北へ突っ走るつもりだった。
それにしても、お坊さんと一緒は運がいい。
ちょうど目の前に強い人がいる。
お坊さんは6度もウルスの王と撃ち合ってた。
しかも、逃げきれている。
分からないけど、タロウ小団長やミノさんより強いと思う。
「ならお坊さん、頼みがあるんだ」
「なんだ?」
「僕を王と戦えるように、鍛えて欲しいんだ」
「……いいだろう、バレナ帝国に着くまでは見てやろう」
「やった!」
旅の合間の休憩時や寝る前に稽古をつけて貰えることになった。
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剣の錆は服でとりあえず擦ってみたが、落ちるわけ無かった。
お坊さんにはバレナの領地に入れれば、村の鍛冶屋にでも見せれば、落として貰えるとの事だ。
それまでに呪われて、僕がこの剣の錆にならい事を祈る。
呪われないために、他になにか方法は無いかと聞くと『愛情を注げ』と言われた。
武器に愛情を注ぐってなんだよって思ったが、とりあえず名前をつけることにした。
やっぱりカッコイイのが良いと思ったので、
おとぎ話から拝借した。
剣には『天叢雲剣』、
盾には『八咫鏡』、
盾はついでだ。
天叢雲剣と言えば、ウルスの王が背負っていた剣を思い出す。
剣が両刃なのは普通なのだが、
蛇がウネウネしたみたいに、両サイドが緩やかにギザギザなのだ。
おとぎ話に出てくる天叢雲剣の見た目、まんま何だよな。
もしかして……本物だったりして、なわけないか!
本物だったら槍なんか使わないで、天叢雲剣を使うはずだしな。
「イサミ! 準備はできたか?」
おっと、最初の稽古の時間だ。
腰掛けていた岩から、ピョンっと跳ねて立ち上がった。
よし、やるぞ!
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「……ふーむ、弱い!」
僕はうつ伏せで倒れていた。
打ちのめされたのだ。
最初の攻撃から盾で防げなかった。
今までそんな事はほとんど無かった。
お坊さんの錫杖は僕の盾に当たると思ったら、ニュルっと方向を変えて盾を掻い潜ってくる。
この技巧派みたないな感じ、嫌だな。
「お前さん、よくそれで生き残ってこれたものだ。」
「ぐそっ」
「撃ち合って分かったのだが、お前さんはまず基礎が出来ておらん」
「基礎?」
カラカティッツァの兵団で習ったけどな。
剣の型とか。
「剣の型がおかしいってこと?」
「剣の振り方では無い、身体の使い方だ」
「……おん?」
身体の使い方?
「お前さん、敵を斬る時、どう力を加える?」
「どうたって、剣を思いっきり振るだけさ」
「それがいかん」
分からん。
僕とお坊さんで何が違うんだろう。
「お坊さんも錫杖を思いっきり振ってるじゃないか」
「確かに思いっきり振る、だが、一瞬だけだ」
「どういうことよ」
「例えば、お前さんは袈裟斬りをする時、剣を振り上げた時から振り下ろす間、ずっと全力だ」
「うん」
「私は相手に武器が当たる瞬間だけ全力なのだ、それまでは7割か8割ぐらいの力で振る」
「……何が違うんだ?」
「まぁ、とりあえずやってみろ」
そう言われて大きな岩を指さされた。
僕よりも遥かにデカい岩だ。
いつか見た熊よりも。
「確か盾には裏拳をする見たく、殴る技があっただろう。まずは今まで通りやってみろ」
ミノさんがやってたやつだ。
よく分からんが、やってみるか。
僕は盾を構えて、岩に飛び込で、
盾を右から左へ振り払う。
ガンッと音が鳴る。
岩は何事も無かったかの様だ。
僕も身体がジーンとなるだけだった。
「次は私が言った通りにやってみろ」
もう一度同じを動きをする。
ただし、盾が岩に当たる瞬間だけ思いっきり力を入れた。
ボカン! っと先程より明らかに大きな音が出る。
少しヒビが入ってるのも分かる。
おお! 確かに身体の力の入り方が違うように思えた。
先程は岩にぶつかった際、反動で後ろに後ずさりしそうになった。
でも今はそれがない。
なんなら、岩を押せそう気がした。
「分かったか?」
「……うん! 何となく」
「普通は教えられなくても自然とできるようになるものだがな」
そういえば、グウラ城塞でウルスの王に槍で殴られた後、クラクラして上手く力が入らなかった。
でも、いつもよりも速く動けたし、王の槍をちゃんと弾き返せてた。
あれは力が抜けてたからだ、
地面を蹴る瞬間、盾で防ぐ瞬間だけ力を入れてた。
だからいつもより速く駆ける事が出来たし、
槍を弾く事が出来たんだ。
わなわなと興奮してきた。
「次に呼吸の仕方だ」
「……」
「お前さんはいつも攻撃とか防御の時、息を止めているな?」
「うん」
「呼吸で無駄に筋肉を使うからな、息止めは悪くない、走ってる時とかな。
だが、攻撃の前に短く息を吸って、
攻撃の瞬間だけ短く息を吐くとなお良い!
力を溜めて放つ感じだ」
「こんな感じか?」
息を短く吐いて素振りで盾を振った。
ブゥン!っと重い音が出る。
こんなにも違うのか。
「良い、そして最後は姿勢だ、特に盾を使う時、姿勢が悪ければ力が分散してしまう」
「はい!」
「まずはこの3つの基礎をものにしろ」
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当分は3つの基礎を必要な時に使える事が目標だな。
そう思いながら稽古でまた叩きのめされたのだった。




