第二十話「3度目」
どう考えても自分がこれからやる事は、自分の首を絞める結果になると分かってる。
それでも、体は動いてしまった。
僕が物陰から姿を現すと、ウルスの王や兵士が一斉に僕の方を向いた。
僕はじっと王の目を見る。
「ウルスの王よ! 1つ聞きたいことがある!」
「何たる不敬なーー」
僕の言葉聴き、王の後ろにいたイナリが怒りを露わにするが、王がすぐに左腕を肩辺りまで上げて、彼を制止する。
「申せ」
「ここの村人ごと敵兵を葬る策、やると決めたのはあなたなのか?」
「然り」
「命を蔑ろにしているとは思わないのか!」
「……お前は蟻を踏み潰した事はあるか?」
「…………?」
蟻?
何を言っているんだ?
「俺はある。
昔、なんとなく踏み潰したことがある。
命を蔑ろにするとはああいう事を言う。
この村の人々は俺の夢の為、必要な犠牲だと結論に至ったから殺した。蔑ろにはしていない」
とても真剣で、迷いがない顔で王は言った。
自分が酷い事をしているとは、微塵も思ってなそうだ。
命への見方が僕と違うんだ。
王の夢がなんなのか分からないが、
もし必要とあるならば、他の人々もこのように犠牲にするのだろう。それが、僕の家族になってしまうかもしれない。
カラカティッツァがウルスの領土になった以上、僕の王は彼だ。
だがそんな、自分の国の民を、物のように犠牲にする者が王など、民を不安にさせるだけだ。
酷いだけでなく、悪い奴だった。
「あなたを王とは認められない!」
僕の言葉が終わると同時に、イナリが王の前まで出てきて、今まであった気品の欠片など一切無く、大声で言った。
「黙って聞いていれば、この餓鬼が! 王とは誰かに認められて成る者では無い! 王とはーー」
「口を閉ざせ、イナリ」
イナリは直ぐに口を噤む。
また王が前に出る。
「ならば今度こそ、その息の根を止めてやろう」
今度こそ?
僕の事を覚えていなかった訳じゃなかったのか!
なら何で森であった時に僕の命を奪わなかったんだ。
だがそんな事、今はどうでもいい。
既に命の奪い合いは始まっているから。
「誰も手を出すな」
そう言って王は僕に向かって歩み出す。
右手に持った槍はまだ構えていない、矛先を地面スレスレにして近づいてくる。
背中にも剣を背負っているが、使う気配は無い。
槍を失った時用か?
僕も右手で背中の剣を抜く。
ギギギィと耳障りな音が出る。
錆びた剣と盾を構える。
ちょうどいい、この剣なら殺めてしまう事も無いだろう。
王の道を阻むだけなら、その命を奪う必要もあるまい。
まぁ、勝てたらの話だかな。
まだ少し離れているが、王は歩みを止めた。
すでに王の間合いの内なのだろう。
「ふぅー」
ゆっくりと息を吐き、神経を研ぎ澄ます。
彼の動きを、指1本たりとも見逃さないように。
そう考えていても、誰しも長く瞼を開けてはいられない。
いずれ瞼を閉ざす瞬間は必ずくる。
瞼を閉ざして開ける瞬きは、一体どれほどの隙と言えようか。
そんな刹那、隙とは呼べないじゃないか。
ただ1人、この王を除いては。
僕が瞬きをして、瞼を開く時には、
王はすでに視界からいなくなっていた、その代わりに視界に入り込んでくるのは槍だ。
下から上へ、僕の喉に向かってくる。
王は瞬きの間に、僕の懐に潜り込んだのだ。
「ゔっ」
ジャリン!っと金属が擦れ合い、火花を散らした。
僕の盾が槍にぶつかり、その軌道をずらしたのだ。
王の槍を見るのはこれで3度目だ。
少しずつだが、目が慣れて来ている。
どうにかやれる!
王は右手で槍を下から上へと突き出した、左手は腰の位置にある、腰を落として、両足は左が少し前に出て大きく開いている。
この体勢から追撃はできまい、王に隙ができたと僕は思い、剣を振ろうとしたが直ぐにやめた。
王が右手の槍を手放し、左手を握りしめて、腰の位置から振りぬいて来たからだ。
僕は左腕を固定し、続けてガードする。
「フゥッ」
王は僕の盾に拳が当たる瞬間、小さく息を吐いた。
ヴァッゴッン!! っと人から繰り出されたとは思えないほど大きな音を立てて、僕は後方に吹き飛ばされた。
吹っ飛ばされて瓦礫に当たるも突き抜ける。
2度繰り返し、3個目の壁のように積み上がった瓦礫が僕を受け止めるも、衝撃で瓦礫が崩れて僕は埋もれてしまった。
まさか拳で殴って来るとは思わなかった。
あまりにも強烈な一撃、全身が痛む。
特に左腕がひどい、盾で受け止めたのに左腕の感覚がない。
どうにか右腕で瓦礫をどかして立ち上がるも、体が耐えられなくて片膝をつく。
目の前には1歩ずつ歩いてくる王の姿。
ここから勝つ未来が見えない。
たった2手でこの有様か。
やはり強いな、天と地の差があると思えるほどに。
ここまでかと、自分の未来が見えなくなっていると、王の背後に1人の男が立っていた。
その者は右手に錫杖を持ち、左手で被っていた笠を少し、くいっと上げた。
そこから見えた顔は、少しばかりの笑みが見えた。
お坊さんだ、どうして出てきたんだ。
「久しいのう、あの時の青年が今では一国の王とはな」
その声を聞き、王は振り向いた。
「貴様は……」
お坊さんは、王に考える暇など与えないかのように、飛び出す。
シャラン、シャランと、音を鳴らしながら、お坊さんは錫杖を振るった。
それを防ぐように、王は槍を添える。
6度撃ち合って、両者は手を止めた。
「神職が戦に割って入って良いのか?」
「良くはねぇな、だが目の前で心優しき青年を見殺しにはできまい」
そう言って、お坊さんは錫杖を地面に突き刺した。
するとおかしな事が起きた。
地面から四角い箱のような形をした、土が何個も生えてきた。
それらは一斉に伸びて、王へと向かって飛んでいく。
僕はそれを見て確信した、お坊さんは、
スサノオと自称していた巨漢が、剣に雷を纏うと同じような超常なる技を使っていると。
だがそれでも王は全てを躱す。
四方八方からの攻撃はかすりもしない。
そんな中、急に腕を引っ張られた。
見るとコトノだった。
「早く! こっち!」
僕だけ逃げて良いわけない、そう思ってお坊さんを見ると、彼は顎で指す。
いいから行けと言っているようだ。
もしかしたら、僕がいるから、お坊さんも逃げられないのかも知れない。
もしかしら、僕がいるから、本気で戦えないのかも知れない。
「分かった」
剣をしまって、
足を引きずりながらも走る。
「なんでコトノがここに?」
「あなたが陛下と戦うのが見えたからよ」
「僕を助けていいの?」
「……分からない、でもあなたが死ぬのは見たくない」
そうか、知ってはいたが、やはりコトノは優しいな。
そんな彼女に、僕はずっと嘘をついている。
この際だ、ハッキリ言った方がいいだろう。
「コトノ、実は僕、ウルスの兵士じゃないんだ」
「そんなの知ってるよ」
「え!?」
なんで?
「最初は記憶が無いからだと思ってたけど、あなた全然ウルスの常識と違うもの」
そんなアホな、僕は完璧に演技していたはずなのに。
ウルス全土は分からないが、僕がいた街は魚料理は無かった。だから魚好きな僕は、魚が食べたいとボヤいた事がある。
これぐらいしか思い当たる節がない。
「ついた!」
そう言ってコトノは足を止める。
馬が1頭用意されていた。
「あなた満足に走れないでしょ? なら馬を使った方が速い、これで東に真っ直ぐ進めば、国境から出られる、さぁ行って!」
僕は馬に乗る、そしてコトノを見て、手を差し伸べる。
「コトノも行こう!」
「え!?」
「このままじゃ君は、僕を助けた事で罪に問われるかも知れない」
コトノは僕の手を掴もうとしたが、直ぐに手を引っ込めた。
「ごめん……、私だけ行くことは、できない」
思い残す事でもあるのだろうか。
例えば、家族とか。
彼女が僕について来ると、きっと彼女に与えられるはずの罰が、家族に向けられるだろう。
そうなると、彼女はきっと罪悪感で押しつぶされてしまう。
僕は無理矢理でも、その手を引っ張るべきかもしれない、でも出来なかった。
嫌がる彼女の手を引くことは出来なかった。
僕は馬を走らせようとしたが、
もう一度コトノを見る。
「絶対に、守りに来るから!」
「…………うん」
「君だけじゃない! 皆だ!」
「うん、待ってる、約束だよ?」
「ああ、約束だ!」
僕は馬を走らせた。
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しばらく馬を走らせていると、後ろから走って来る者がいた。
見るとお坊さんだった。
良かった、逃げきれたようで。
あの王から逃げきれるなんて、このお坊さん何者なんだ?
彼はあっという間に僕に追いついた。
「まだこんな所にいたのか! もっと馬を急かせ!」
そう言って彼は僕を追い抜いた。
もしかして、まだ王は追ってきているのか。
馬にもっとスピードを出させる。
お坊さんが僕にもう大丈夫と言った頃には、
日は沈んでいた。




