第二話「王」
太陽が海を照らし、水光が燦爛として、
1本の線を描いていた。
船の上からその眩しすぎる神秘を見ていた青年は、まるでおとぎ話に出てくる剣みたいだと。
そして、いつか自分もそんな武具を身につけ、冒険したいと、頭の中で思い描いていた。
だが、そんな素敵な物語は長く続かなかった。
「イサミ! 何ボケっとしとんだ! はよ網を引き上げんかい」
「イテェ!」
「親父、それ以上叩くと、イサミがバカになっちまう」
「お前がイサミを甘やかすからだ!」
泣く泣く網を引き揚げる、網にかかったのは小魚が3匹。
まだ十分に成長していない、だから海に帰そう。
「今日はここまでにしよう」
父ちゃんはそう言うが、爺ちゃんはあまりいい顔をしない。
「波が高くなっているしな、いいだろう親父?」
「わあったわい」
今日は1匹も収穫がなかった。爺ちゃんの不機嫌のオーラがどんどん大きくなっている。
咄嗟に守るように頭を抱える。
「そう怒るなって親父、イサミは素潜りなら1番上手いじゃないか」
「モリで取れる量などたかが知れとる、所帯を持った時、家族を養えんじゃあ、みっともない!
だから、網漁を上手くならなぁあかん」
「そんな急ぐ事でもなーー」
「お前も聞いただろ、すぐ北西にあるウルス王国、アイツらが攻めて来てる、この村にも来るやも知れん」
父は困った顔をしていた。だが、不安のような色はない。
次に爺ちゃんは真剣な顔付きで、僕の方に向いた。
「イサミ、いつまでも父ちゃんと爺ちゃんに甘えちゃいかん。戦になったら、父ちゃんと爺ちゃんは戦わねばならん」
「そんの時は、爺ちゃん達と一緒に戦うよ!」
「アホ抜かすな! お前がいても役に立たん!
生きて……幸せに……」
そう言った途端、爺ちゃんの目頭と目尻から、涙が溢れ出した。
父ちゃんはそれを見てすぐに爺ちゃんの背に手を当て、ヨシヨシとさすっている。
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漁から家に戻ってきたはいいが、どうしようか。
父ちゃんと爺ちゃんは村の集会に行った。
母ちゃんはまだ帰って来てないから、まだ市場にいるのだろう。
妹は外で遊んでるかな。
とりあえず、もうすぐ昼時だから母ちゃんが帰ってくるのを待つか。
天井のシミを見つめながら考える。
今朝、爺ちゃんが言っていたウルス王国の事だ。
いや、前から言っていた。
夜な夜な父ちゃんと爺ちゃんが2人で話し合いをしていた。
それを何度か盗み聞きした内容。
なんでも、分裂したウルス王国を再び統一し、王になった者がいると。
最初に聞いた時は、かっこいいと思ったし、憧れた。
すごい人がいたものだと。
状況が一転したのはウルスの統一から5年。
その王は、今度はカラカティツァ王国に侵攻し始めた。
今は西にあるスクデ領で1年が侵攻を食い止めているが、いつ破られて、僕達の村に来るのかわかったもんじゃない。
ウルスの王は酷いやつだ。
何もしてないのに、いきなり攻め込んで来るなんて。
国を手に入れて、欲が出たのだろう。
なんて強欲な王だ。
なんて考えていると、外が騒がしい事に気がついた。
外に出て見てみると、村の人達が1人の男を取り囲んでいた。
その男は兵士のように鎧を身に着けている。
僕も直ぐにその場に駆け寄ってみる。
「ハァ……ハァ……」
「あんた、大丈夫か? 誰か水を持ってきてくれ」
1人が鎧の男に心配の声をかける。
鎧の男は今しがたここに到着したようだ。
彼は汗だらっだらで、跪く。
まるで、何かから逃げて来たみたいに。
ようやく少し落ち着いてきたのか言葉を発した。
「にげろ……ハァ、スクデ砦が落とされた」
僕も含め、みんな困惑していた。
それでも、村長の息子はすぐに指示を飛ばす。
「イシノ! すぐに次の村に伝えに行け!
マサオは、おキクと村の外にいる奴らを呼び戻せ! 他の奴らは避難の支度しろ!」
スクデ砦からこの村は歩いて2日はかかる。
すぐに侵攻を再開しても、僕達が逃げる時間はあるはず。
ただ気になるのは。
「なぁ、いつ砦が落とされたんだ?」
僕は鎧の男に聞く。
「昨日だ……ハァ」
「スクデ砦はウルスの侵攻を1年も防いでる、難攻不落の砦じゃなかったのか?」
そう聞くと鎧の男は、あからさまに怯えていた。
「おれもそう思っていた……でも」
「でも?」
「王が来たんだ」
その言葉を聞いた途端に、心が震えた。