第十六話「勝機」
戦いはいつも唐突に始まる。
すぅーっと、皆が一斉に鞘から剣を抜き放つ。
相手は1人、僕たちは取り囲んでいる。それにもかかわらず、未だ誰も斬りかかろうとはしない。
誰しもが思ったのだ。
挑んだら、生は無いと。
たとえ皆が一斉に斬りかかろうと、おなごが花を摘むかのように、容易に、お淑やかに、命を摘まれるだけだと、誰しもが王の佇まいでそう感じたのだ。
僕も例外では無かった、剣を持つ右手に力を入れる事しか出来なかった。
王は囲まれているにもかかわらず、僕達を見ていなかった。
ん?
どこを見てる?
彼は右を向いていた。
自分が飛んできた方向、つまり、湖の向こう側だ。
僕もつられてそちらを見る、だが特に変わった様子は……いや、10台ぐらいの投石機は射出の動作を終えた後だ。
何を射出したのか考えるまでもなかった。
ドゴン! ドゴン! またも何かが王の周囲に落下して来て、土煙が巻き起こる。
そりゃ王が先陣を切ったのだ。
ならばそれに続く者がいるだろうさ。
彼らは煙から姿を表す。
まばらにいるが、次々に己の武器を抜き放つ。
全部で10数人か、姿が見えた頃、ちょうど太陽が昇ってきて、彼らの、王の背後に顕る。
まるで、太陽が彼らの味方をしてるようにさえ思える。
逆光が眩しい。
思わず左手の盾で視界の大半を遮って、細めた右目で覗き込むように見る。
僕がもう一度、彼らの姿を視界に入れた時、王の周りにいたはずの者はいなかった、誰1人として。
どこに行った!?
僕が目を逸らしたのは一瞬だぞ。
目をキョロキョロさせていたら、赤い雨粒のようなものが、飛び散っているのが視界の右端に入る。
すぐに首を横に振り、遅れて体も向ける。
さっきまで隣にいた知らない兵士の頭が宙に飛ぶのが見える。そして、首を斬り飛ばしたであろう、ウルスの兵士も。
そこから次の標的は僕だと言わんばかりに、そいつは音もなく、武器を振りながら近づいて来ていた。
僕は顔を横に振りながら、1歩後ろに跳躍した。
僕の頬に切り傷ができる。右の頬が垂れてきた血で赤く染る。
たった1歩、たったの1歩しか動いてないのに。全身から汗が吹き出し、胸の辺りから、バクン、バクンと音が体に響く。
急に周りから剣戟と雄叫びが聞こえるようになる。
まずは目の前にいる敵を切り伏せる。
そう考え、集中する。
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王と共に飛んできた敵兵の内の1人。
右手に鎌を持っている、左手には、鎌の柄の先端に取り付けられている鎖を持っている。
初めて見る武器だ。
対応に困るから、知らない武器使う奴は嫌いだ!
この鎌男が!
盾を相手に向けて半身に構える。
まずは出方を見るか。
鎌男は僕の構えを見てすぐに仕掛けてきた。
左手に持つ鎖を何回か回転させ、直線に投げてきた。
僕は容易に躱すと同時に真っ直ぐ鎌男に向かって走る。
剣が届く距離まで来た瞬間、背中から剣を抜くような形でためを作り、剣を一気に振り抜く。
取った!
そう思った。
この一撃が鎌で防がれても、盾で殴ってからまた斬り飛ばす。
頭の中では完璧な未来を見ていた。
だが、実際は剣を振り抜く事が出来なかった。
「?」
なんだ? 振り返って自分の剣を見る。
なんか動かないと思ったら、鎖が剣に絡まっていた。
最初から狙いは僕の剣だったか!
すぐさま鎌男に視線を戻すと、右手で鎌を振っている。
僕は盾を左から右へ、殴るようにして守る。
ガキンと金属がぶつかり合う音がでる。
あわよくば、相手の鎌を弾き飛ばしたかった、
だが、相手の手から鎌が離れる事はなかった。
僕の体勢の方が少し崩れる。
立て直そうと思い、1度バックステップをし、馬一頭分ほど距離を取ろうとするも、剣がまだ鎖に囚われていて、思ったほど距離が取れない。
なんなら、鎌男は鎖を引っ張って僕を自分の方へと引き寄せる。
踏み留まろうとするも、ずるずると少しずつ引きずられる。
このままじゃヤバい、何か打開策を……。
剣を離すか?
ダメだ、盾だけで鎌と鎖は対処出来るとは思わない。
ならいっそ突っ込むか、相手の鎌を盾で防いでから、剣で刺す。
剣が鎖に絡まってても、これぐらいの事ならできる。
これもダメな気がする。相手も僕が盾を使うのは百も承知のはず、それでもなお、引き寄せるという事は、盾で防げない何かがあるはず。それがどのような技か、飛び道具かは分からないが。
ならば一か八か、やつの鎖を逆手にとる事に決めた。
剣先で鎖の隙間を縫うように刺し、そのまま地面に剣を突き刺す。
鎖がぴんと張る。
これで鎖は使えないはず、鎌しか使えない。
鎌男は鎖がぴんと張って後ろには引けない、前に出るしかない。
僕の予想通り、鎌男は前に出てくる。
もう1度、真っ直ぐ鎌男に向かって走る。
左手の盾を右肩辺りに持ってくる。
そして、少しためてから相手の顔目掛けて、右から左へ、裏拳のように振る。
しかし、難なく躱されて、鎌男はがら空きになった僕に向けて鎌を振ろうとする。
だが、彼は予期しなかったのだろう。ここに来て、初めて驚愕の顔を見せた。
僕の右手にはやつの鎖が握られていたからだ。
先程盾を右肩辺りに持ってきた時、相手から隠すように右手で鎖を上に引っ張った。
もう一度相手に向かって振た。
鎖に絡まった僕の剣が鎌男に向かって飛んで行く。
鎌男は自分の攻撃の動作を止める事ができず、避けられない所まで来ている。
「う!」
僕の剣が鎌男の胸に刺さった。
息絶えたか、倒れながら彼は右手の鎌を落とした。
よし、勝った。
「ふぅぅぅ」
息を吐く。
呼吸を整えながら、
剣を拾いに行こうと思ったその時だった。
「グヴッ」
後ろから声がした。
また振り返って見ると、先程僕が倒したはずの鎌男が、どこに隠し持ってたのか短剣を振りかざしていた、だがすぐに倒れる。
「イサミ! ちゃんと止めをさせ」
トラジロウが鎌男に剣を振ったのだとすぐに分かった。
どうやら、僕が倒したと思った鎌男はまだやられて無かったらしい、心臓を貫いたのに。
気を抜いたつもりは無かったのに、危なかった。
「ごめん、トラジロウ、助かったよ」
「金平糖、1袋な!」
「分かったよ」
ニコっとトラジロウは笑った。
僕まだ兵団からお賃金もらってないんだけど、どうしようか。
後でタロウ小団長に聞いてみるか。
「トラジロウ、第3小団の皆はどこかわかる?」
「ウルスの王が飛んできた後、敵は橋からも攻めてきている。多分、そちらの対処に回ってると思うぜ」
「なら僕達も合流しに行くか? それとも、王と一緒に飛んできた者と戦ってる味方の加勢が先か?」
「いや、ウルスの王と何人かが城に入ってくのが見えた。追いかけて仕留めるべきだろうよ、それでケリが着く」
「分かった、行こう」
内側と外側、どちらも攻められているのか。
どちらにせよ、王さえ仕留めれば勝ちだ。
僕とトラジロウは城の中に入って追いかける。
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中の有様は異様だった。
廊下には、城塞を守る者が多く倒れていた。
石でできた壁が壊され、突き抜けている部屋が何個もあった。
剣の切傷もあっちこっちに残っている。
どんな戦いをすれば、こんなんになるんだ。
走っていると十字路に出る。
「どっちだ?」
中の構造なんて、全然覚えてない。
城塞の外で敵を食い止めると思ってたからな、侵入されるなんて思いもよらなかった。
「確かこっちの先に階段がある」
そう言って前を走るトラジロウを追いかける。
「敵は上に行ったのか?」
「多分な、この城塞の主が上にいるはずだから、そいつを仕留める気だろう」
「なるほど」
そうか、この城塞の1番偉いやつの首を取れば、ウルスの勝ちか。
待てよ? じゃあ、やばいじゃないか!
この城の1番偉い人は貴族だ。
戦ったりしない貴族なのだから、一瞬で首を持ってかれる。
急がなきゃ。
廊下を走り回って、階段を見つけて登る。
それを4回ほど繰り返した。
迷路見たいだ。実際、迷路のように作ってるのだろうな、1番上までの直通の階段が無いから。
ようやく最上階にたどり着くと、金属のぶつかり合う音が聞こえてきた。
誰か戦ってる!
急いで音の鳴るほうへ走る。
廊下の端、とびっきり豪華でデカい扉の前。
人が2人いるのが見える、正確には全部で5人だが、3人は血を流しながら地面に倒れている。よって2人だ。
そして、2人とも知っている者だった。
1人はウルスの王だ。
もう1人は顔は見えないが、兜を被った盾持ちなど、僕は1人しか知らない。
ミノ中団長だ!
2人は激しい攻防を繰り広げていた。
そこに、僕とトラジロウが目の前まで到着する。
王を挟む形となった。
2人は僕達に気が付いて、
どちらも手が止まる。
「君達は……君はイサミか! 2人とも手を出すな! 君達には手が余る!」
ここまで来て、ただ見てる事しかできないのか?
ミノ中団長が戦ってるのに。
目の前には、勝利への機会があるのに。
もし見てるだけで、ミノさんがやられたら、僕は自分を許せない。
それに、勝機があるのに、手を伸ばさずにはいられない!
たとえ、足でまといでも、ミノさんが王を倒す隙さえ作り出せればいい!
そう思い、言葉に出す。
「僕も……戦う!」
チラリとトラジロウを見る。
彼はフッと笑う。
「おれも、もちろん戦うぜ?」
「……分かった、でも君達、踏み込み過ぎるなよ?」
「はい!」
そんな僕達の会話を、王はただ聞いていた。
一瞬僕たちを見たが、すぐにミノさんに顔を向けた。
僕とトラジロウに無防備な背中を見せている。
僕達など取るに足らない存在だと言ってるようだ。
だが、こちらとしては都合がいい。
勝負はここで決める!
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まず仕掛けたのはウルスの王だった。
一瞬でミノさんに詰め寄り、1、2、3、と槍で連撃を叩き込む。
ガキン! バキン! と音が鳴る。
だが、崩せない。
ミノさんの鉄壁の守りは、槍を全ていなした。
崩せないと分かるや否や、王はバックステップで仕切り直しを図る。
しかし、そんな事はさせないと。
今度はミノさんが、1歩で王の目の前まで飛んで行き、盾を突き出し、衝撃を起こす。
王は槍を両手で持ち構え防ぐも、後ろに吹き飛び、足で着地する。
「はぁっ!」
「おら!」
僕もトラジロウも、チャンスと思い、着地の瞬間に斬り掛かる。
「なにっ!?」
僕は目を疑った。
王は僕達の攻撃を防いだからだ。
後ろからの攻撃だぞ!
王は後ろなど見てすらない、なのにどうして剣の軌道が分かっているのか!?
トラジロウの剣は槍で防ぎ、
僕の剣は手甲で受け止められた。
そこから、王は身体を捻り、回し蹴りでトラジロウを蹴り飛ばし、槍の柄で僕を殴り飛ばした。
「ガハッ!」
盾で防ぐ暇もなく、吹っ飛ばされて、バゴンッ! と音を立てて壁に当たる。
もたれかかってる壁にヒビが入ってる。
トラジロウの方を向く。
トラジロウは意識を失ったように見える、命を失ったとは思いたくない。
ミノさんの方を向く。
未だに王と一進一退の攻防が続いている。
僕と稽古した時とは、全くの別人に見える。
王と渡り合っている、これ程強かったのか。
何が足でまといでもだ!
戦いにすら入れていないじゃないか!
僕は歯を食いしばって、
痛みに悶える身体に力を入れ、立ち上がって、走り出す。
走っている最中、ついに王はミノさんの守りを掻い潜り、一撃を入れるのを見た。
ミノさんの右肩に刃が食い込む。
そして王はそのまま、間髪入れずもう一撃入れようとする。
させない!
絶対に!
今までに無いような速さが出た。
カッキンっと音が鳴る。
何故だか間に合った。
盾を滑り込ませて、一撃防ぐ。
防ぐと、王は後ろに後ずさりした。
そして、今まで無表情しか見せて来なかった王が、眉を顰めた。
何故だか、今はイケる、そんな気がした。
流れるように、剣を振るう。
だが、僕の歩みは止められた。
槍で剣をいなされたのだ。
この槍、初めて見た時はありふれた槍なのかと思えば、兵士になってから同じ槍は見た事がなく、一般的な槍では無かったと気が付いた。
槍の穂の根本からにニョキっと、クワガタの角見たいな短い鎌が2つ生えている。
槍に生えている短い鎌の部分に、剣を引っ掛けられて弾き飛ばされた。
弾き飛ばされた剣は天井に突き刺さる。
直後、僕は喉に異物が入り込むのを感じた。
中からじゃなく、外側から無理やり。
見ると、槍が自分の喉に刺さっていた。
そして何故だか、引き抜かれる様は、時がとても遅く感じた。
ゆっくりと、自分の血がついた穂が喉から引き抜かれていくのを見ていた。
「ゴボッ」
喉に空いた穴から血が流れ出る。
咄嗟に両手で喉を抑えるも、血は止まらない、どくどくと流れ出る。
痛みは感じない。
ただ、ゆっくりと意識が朦朧とする。
膝から崩れ落ち、うつ伏せに倒れる。
「……サミ! イ……ミ!」
誰かの声が聞こえる。
トラジロウかな? やっぱり気絶しただけだったか、生きててよかった。
瞼が閉じる瞬間、目に映ったのは、また一撃を受けたのか、倒れていくミノさんだった。
それを最後に僕の意識は消えた。




