第14話「未知との遭遇」
ついに、
ついにだ。
今朝、目が覚めてすぐに身体の違和感を感じた。
自分の左腕を恐る恐る動かす。
動く、動くぞ!
「見て! トラジロウ!」
自分の左腕を掲げて見せびらかす。
たが、トラジロウの返事は無い。
そうだった。
3日目前に僕ともう1人以外の第3小団の者は、北の戦地に急遽行く事になった。
その際、僕とトラジロウは僕の左腕が治り次第、北の戦地に行く予定だった。
でも、トラジロウは足が速いし、偵察もできる。戦地で重宝される。
だから代わりに、チカセが残った。
ドアがノックされる。
「はーい」
ドアを開けたら、チカセがいた。
「準備できたー?」
「ちょっと待って」
すぐに準備に取り掛かる。
旅路の準備だ。
今日、皆と合流するためチカセと北の戦地に行く。
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「遅い!」
準備万端と思ったら、自分の剣がどこにも無いと気がついた。
部屋を探しても無く、
昨日、自分が行ったところ全部見回った。
水浴び場で見つけて、戻って来た所である。
確かにすごい待たせてしまった。
鐘が鳴ってから、もう一度鳴る程に待たせてしまった。
「ご、ごめん……剣が見つからなくって」
「兵士なのに自分の武器を無くすなんて、信じらんない」
め、面目ない。
昨日は遅くまで剣の修練をしてて、水浴びをする時には目も開かないぐらい眠かったんだ。
謝りながら出発した。
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北の戦地には、14日前後かかる。
歩きと走りを交互に行う。
北は、雪が降るので馬を連れて行けない。
そのため、持って行ける旅路の物資が少ない。
馬に乗れないのやだなー、単純に疲れるから、かかる日にちはあんまり変わらないけど。
そんな事は無いかもしれない。
「ぜぇー、ハァー」
随分と走った。
2里は走った。
僕にしては随分と長く走れた。
「はーやーくー! まだ1日目だよ!?」
遠くから声が聞こえる。
かなり離れた先で、ジャンプしながら、
右手で手を振ってるのはチカセだ。
これから先、雪が降る地域に入ったらもっとキツくなる。
20日前後かかりそうな予感。
僕が全く足が動かないのを見て、チカセが戻ってくる。
「もうー、仕方ないなー、疲れたならジョギングで行こうか」
嘘だろ!
疲れたなら休むじゃないのか!
垂れていた頭を上げる。
顔を歪めながら頼む。
「あ、あ、歩きでお願い、まじ」
願いは聞き届けられた。
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川辺でようやく休憩に入る。
「もう日が沈む、これ以上は進めなさそうだし、ここで夜を過ごそう」
チカセが言い終わる前に、僕は地面に倒れる。
両足がビリビリする。
靴を脱いで、両足を撫でる。
我が子にするように、よく頑張ったと、優し褒めながら撫でる。
チカセはそんな僕を、じっと目を開いて、口を開けて、見下ろしている。
この目は、変やつを見る目だ。
僕からしたら、まだ体力が有り余ってる君の方が変だよ。
「チカセの体力ゴリラ」
「? ゴリラってなんなの」
「知らないの? 僕の村のおとぎ話の1つ、
右腕で大地を割り、左腕で海を割る、黒い毛を持つ伝説の獣、まぁ空想の生き物」
「なにそのバケモノ、そんなのと私を照らし合わせたの?」
「チカセも髪黒いから」
「あなたもでしょうが!!」
「いでぇ!」
肩を殴られた。
大人しく野営の準備をしよう。
川から水を汲み、
焚き火とご飯を用意する。
干した魚だ。
あんまり美味しくないし、硬い。
ご飯を美味しく感じさせるため、
食べながら、チカセと話す。
「チカセはどこの出身なの?都市?村?」
「東にある村」
「チカセの村にはおとぎ話はなかったの?」
「あったよ」
「知りたい! 教えて!」
「男の子ってそういうの好きだよね 」
「当たり前だろ!」
村のじいちゃん、ばぁちゃんがよく絵本を持って来て、おとぎ話を話すんだ。
村の子供たちはそれを楽しみにしてたもんだ。
僕も毎回聞いてた。
お気に入りは、宝を求めて海に出た冒険者、クラーケンという海のバケモノと戦う物語だ。
話す人で内容が変わってたけど、関係なく面白い!
チカセの村にはどんなおとぎ話があるんだろう。
「私の村にも何個かあったけど、有名なのは2つ、どちらも剣士が龍退治する物語」
「龍退治! 僕もいつか龍を見てみたい」
「何言ってるの? 龍は空想の生き物よ? いるわけないじゃん」
衝撃を受けた。
思わず持っていたコップを落とす。
ズボンが水浸しになった。
龍はいないのか。
「続けるけどいい?」
「……うん」
お気に入りのおもちゃが壊れた気分だ。
「1つは、緑の髪を持つ男が3本の剣で、空飛ぶ龍を斬り落とす話」
「すげー!」
1本ずつ剣を使って、3本目でようやく倒せたって事だよな。
3本同時に剣を持つことなんてできないしな。
「もう1つは、赤髪の女剣士が龍の手首を斬り落とす話」
「すげー! ……?」
龍の手首? なんで手首なんだ。
「なんか、チカセの村のおとぎ話って変だね」
「あなたのゴリラの方が変でしょうが!」
「そうかな、かっこいいのに」
「カッコ良さ関係ないし、バケモノ退治なんだから結局一緒じゃん」
「ちがうよ、ゴリラは退治されないよ。ゴリラが人の国を全部滅ぼす話だよ」
「話の主人公なの!?」
コトンっと音がした。
今度はチカセがコップを落とした。
驚愕してる。
その後、彼女は大笑いしていた。
こんなに笑ってるのは初めて見た。
何がそんなに面白かったのかな。
ゴリラはカッコイイだけだから、笑うところ無いし、分からないな。
明日も早い、そろそろ寝よう。
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7日程だろうか、あれから随分進んだ。
辺りは1面真っ白の雪景色に変わっていた。
僕は初めて見る雪に少々はしゃいでいた。
予定通り、道すがらにあった村に1晩泊めてもらう事ができた。
その日の夜に村長と思わしき人が僕達を尋ねてきた。
「兵士様、お急ぎでしょうが、お願いがあります」
「どうしたのですか?」
「それが、村の者を襲う恐ろしい獣が最近出るのです」
「……」
「村の者で退治しようとしたのですが、返り討ちに遭いました。どうか兵士様のお力添えを願いたいのです、どうか」
困った。
すごく困った。
僕としては力になりたい、でも僕達は今任務中だ。
これで皆との合流が遅れて、小団の皆が危機に晒されるのは嫌だ。
でも、泊めてもらったしな。
いや、兵士に泊めてと言われて断れる村は無いけど、泊めてもらったしなぁ。
チカセを見る。
「好きにしたら?」
「え、チカセがそんな事言うとは思わなかった」
「どうせ、あなたのせいで、予定より送れてるもの、今更寄り道した所で変わらないよ」
「ごめんなさい」
それは本当にごめんなさい。
「じゃー、獣退治しよう!」
「本当ですか!? ありがとうございます」
早朝、僕達はすぐに村の周りにある森を探す。
まずは、足跡を探す。
昨晩は雪が降っていた、なので、これから見つる足跡は、雪で消されてない新しいやつという事になる。
新しいという事は近くにいるということ。
すべて、チカセが言ってた。
多分だけど、チカセは森育ちなんだと思う。
詳しいから。
そんな事を考えながら、探す。
随分と探したがなかなか見つからない。
昼間は動かない獣かな。
でも村長の話だと、昼間も襲われた者もいるらしい。
どんな獣か聞いたら、見たことも無い、
黒い獣だと言う、あと大きいだったか。
僕は森にどんな生き物がいるか、そもそもよく知らないから、見つけても気が付かない事もあるかもな。
これは!
……便意が来た。
「チカセ! トイレしてくる」
ちょっと遠くにいたチカセに声をかける。
そして、少し離れた茂みに移動する。
「何かあったら叫んでよ!」
「わかった!」
チカセに返事をした。
背負っていた荷物の中からスコップを取り出す。
地面を掘る。
ある程度掘って、スコップを地面に突き刺す。
荷物から紙を取り出そう思った時だった。
目の前に獣がいた。
よっつんばい。
全身もふもふ。
黒い。
馬3頭分の大きさ。
間違いなくこいつだ!
その獣は僕をじっと見て動かない。
僕もじっと見て動かない。
耳が丸い、ちょっと可愛く見える。
でもこいつ、人食ってるらしいから、凶暴だよな。
この獣の強さが分からない。
どれくらいの速さで動くんだ。
僕が剣を抜くより速かったら不味いな。
少しづつ、ほんの少しづだが、右手を上げる。
背中の剣まで伸ばそうとする。
僕は人を食う生き物を甘く見ない。
なぜなら昔、漁で海に出た時。
運悪く、カジキマグロに出会った事がある。
カジキマグロが水面で泳ぐと、海は裂けて、高波が起こる。
そいつは頭の角で漁師仲間の船を真っ二つにして、海に落ちてきた者の喉を的確に刺殺していた。
僕は涙しながらそれを見ていた。
だから決して油断などしない。
チカセは何かあったら叫べと言ってた。
叫んで助けが間に合うほど、こいつの動きが遅いのだろうか。
叫ぶか?
さすがに危険な気がする。
チカセがこの獣を想定してたとも限らないし。
それに、こいつは今、僕と同じで警戒している。
叫んだ瞬間、それは戦いの合図だ。
間違いなく、必殺の一撃が来る。
かと言って、様子見の一撃で僕が負ける可能性もあるな。
よし!
決めた。
助けを叫ぶ。
そしてチカセが来るまで耐える。
決めたのなら迷わない。
「チカセ助けて!!」
大声で助けを呼ぶ。
叫んだ瞬間、黒い獣は僕に突っ込んでくる、そして2足で立ち上がり、右手を大振りしてきた。
僕は盾でそれを受け止めきる。
思った程の衝撃では無かった。
巨漢の一撃の方が重かった。
守りに徹するつもりだったが。
反撃できる、そう確信した。
左手を払い除ける。
よろよろと2足で後ずさりする獣。
僕は剣を抜き放ちながら跳躍し、剣を突き出す。
避けらも、防がれもせず、獣の喉が貫かれた。
そのまま獣は暴れる事もなく、仰向けで倒れる、
最後に剣をねじって、ちゃんと息の根を止める。
ふー、そんなに強くなくて良かった。
ちょうど、茂みからチカセが出てきた。
結構早く片付いて良かった。
そう思ってチカセの顔を見る。
焦っているような顔だった。
「イサミ! 後ろ!!」
その言葉に反応して、すぐさま後ろに盾を構えて防御の体勢に入る。
だが目の前が急に真っ暗になり、強い衝撃が盾から体に伝わってきた。
「グッ!」
宙に浮く感覚。
吹っ飛ばされたのだ。
またかよ!
そう思った瞬間、背中強い痛みが走る。
痛くて声も出ない。
吹っ飛ばされて、木にぶつかったようだ。
歯を食いしばり、立ち上がると同時に僕を受け止めた木が折れた。
そして僕を吹っ飛ばした者の正体を見る。
そいつはさっき見たのと同じ黒い獣だった。
たが、1つだけ大きな違いがある。
大きさだ。
馬9頭を縦、4頭を横に配置したようなデカさ、
手のひらなんか僕よりでかい、あの手で僕をぶっ飛ばしたのか。
そして、そいつはあきらかなに敵意を出している。
「グオオオオオオオォォォ!」
森に獣の咆哮が響く。
鳥がバサバサと飛び去っていく音も聞こえる。
なんにせよ、ここで仕留める!
既に視界に映るチカセは剣を構えて、今にも飛びかかろうとしていた。
僕は最高速度で駆け出す。
獣は向かってくる僕に釘付けだ。
斬りかかってるチカセに気がついてない。
あっという間にチカセの剣が獣の背中を斬り刻む、だが獣は気にも留めていない。
向かってくる僕に獣はその大きな腕を振り下ろす。
間に合え!
僕は振り下ろされる腕を躱しながら、足を斬りつけ、背後に回った。
そして振り返り、追撃を入れようとした瞬間、速さが段違いの腕による薙ぎ払いが来る。
咄嗟にジャンプするも、躱し損ねてしまい、
僕は薙ぎ払いに巻き込まれ、空高く吹き飛ばされてしまった。
そして放物線を描きながら落下する。
下ではチカセが木から木へ飛び回り、獣の一撃を躱しながら、斬っている。
でも急所じゃないからか、効き目が薄いようだ。
「チカセ!!」
僕は叫びながら真下を指さす、恐らくは自分の落下地点に。
チカセは僕の声に、僕の意図に、気が付いたようで、どうにか僕が指さした所に獣を誘導した。
あとは斬る!
僕は歯を食いしばり、両手で剣を持つ。
タイミングを見計らい、獣の首めがけて、
何回転かして袈裟斬りを放つ。
「イィィ」
着地と同時に獣から血がぶしゃあ、と吹き出た。
そんでよろよろと倒れようとしている。
しかし顔を上げて獣の顔を見ると、その瞳にはまだ僕が映っていた。
闘う意思が残っている目だ。
「グオオオォ!」
獣は飛びかかってくる。
ヤバい!
足が動かない!
押し倒されて、獣が僕の体を覆い被さってしまう。
「ぐっ!」
喉を噛みちぎられる!
そんな悲惨な未来が見えたが、剣が斬り裂いた。
獣の背後から、頭蓋を上から下え貫通し、地面に刺さる。
地面に突き刺さった剣は、僕の顔スレスレだった。
「はぁ、はぁ」
2度心の臓が止まるかと思った。
さすがに、獣はもう動かない。
僕も下敷きにされて動けない。
「チカセ、引っ張ってくれ」
チカセに引っ張って貰ってようやく抜け出した後、
僕は地面に大の字で倒れる。
遅れて両足の骨が軋んでるかのように痛い。
見たらチカセも地面にへたりこんでた。
「イサミ、無茶し過ぎでしょ」
「無茶したつもりは無いんだけどね」
そう、無茶はしてない。
できる事をやろうと思った。
そして、できたと思う。
ギリギリだけど。
勝ったことに笑みがでる。
涙も出る。
改めて倒した黒い獣を見てみる。
「もしかして……これがゴリラ?」
「違うよ! これは熊だよ」
「熊?」
「うん、私も生きてるやつは初めて見たけど」
「森にはこんなのがいるんだ」
「ううん、熊はウルスにしか生息して無いから、流れて来たんだと思う」
チカセは首を振りながらそう言った。
ウルスにはこんなのが生息してるのか。
僕が最初に倒した熊は、子供だったのかな。
2体目の怒り様からそう思った。
「おい! 向こうで倒れてる者がいるぞ!」
この声は村の人達かな、獣の咆哮を聞いて来たようだ。
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僕は村の者に背負われて、貸してもらってる小屋まで運ばれた。
その際、僕とチカセを村の英雄だと言い、これでもかってくらい、褒められ、感謝された。
僕も彼らが安心できてよかった。
だが1つ良くない事が起きた。
それは僕の足が動かせないぐらいの痛みが寝てる間ずっと続いていた。
翌朝、まさかと思い、ちゃんと確認したら右足の骨が折れてると分かった、幸い左足は折れてはいなかったが、確実にひびが入っていた。
ただでさえ遅れているのに、ここでまた時間を食ったら、チカセに怒られる。
最初は内緒にして出発しようとした、僕が痛みに耐えればいいと。
きっと顔に出てしまったのだろう。
すぐにバレた。
そして僕が治るまで、また滞在する事になった。
何日目かの夜
「……ごめん」
「もう何回謝るの、もういいって」
もう夜だ、あとは寝るだけなのに、寝る雰囲気では無かった。
少し沈黙が流れる。
「私ね、思うの」
「?」
「私達が皆と合流しても、皆の足を引っ張るだけ、だから合流が遅くなってもいいんじゃないかって」
良くない、 もうだいぶ遅れてるけど、良くない!
それだけは分かる。
「僕はともかく、チカセは強いじゃないか、熊と戦ってる時だって、凄い速さで飛び回って攻撃してた」
チカセは僕の目をじっと見る。
正直、人の目を見るのは苦手だ、逸らしたくなる。
でも、ここは逸らしたらダメな気がする。
「イサミを除いたら、私が小団の中で1番弱い。だから私が残されたのだと思う」
チカセは今、元気を失くしてる、元気を取り戻すには……励まさなきゃ。
女の人を励ますってどうやるんだろう。
女の人を励ました事が無い、男も無いけど。
母ちゃんが言ってた、女の子にかける言葉を間違えたら、背中を刺されるって。
刺されたくないな。
でも何か言わないとだ。
「僕の村のおとぎ話、聞かせてあげるから! だから元気だして!」
「……それ励ましてるつもり?」
「……うん」
「変なの……ふふっ」
少し笑顔が戻った。
今度、励まし方考えよう。
トラジロウなら上手くできそうだし、聞いてみるか。




