第十二話「怒り」
加勢しよう、そう思った。
でも、目の前で繰り広げられるは、猛者同士の入り込む余地の無い激しいせめぎ合い。
加勢しても足でまといでしかなく、
僕の出る幕では無かった。
ただ呆然と見る事しか許されない。
たが、いつまでも拮抗する事は無かった。
先に地面に片膝をつけたのはタロウ小団長の方だった。
身体中に切り傷を作り、血がだらーと垂れている。
そして何より目立つのは、
顔や革鎧が破けたところに、黒のような、
紫のような痣ができていた。
なんていうか、肌が焼き焦げたような感じだ。
やはり、あの大剣のせいか?
先程から、白、紫、薄い水色の細い光が、
大剣にまとわりついてる。
あれは雷か?
白の雷だけだったり、
白と紫の雷が同時だったり、
どうなってるんだ?
不思議な大剣をじっと見ていたからか、
巨漢の男は僕の目を見ながら口を開いた。
「俺様の剣が気になるか?」
「ケチケチしないで、儂にも教えてくれよ」
タロウ小団長の言葉で、巨漢は視線を戻す。
「俺様も分からんがな! 気がついたらこうなってた」
そう言いながら、
長くもない髪をファサッっとかき上げた。
「やはり阿呆に聞いた儂が悪かった」
「阿呆? この俺様が? ちがうな、
阿呆はお前だリュウタロウ!
何たる様だ! 腑抜けおって!
挙句の果て、部下に盾持ちと来た。
昔は龍の様に強く勇ましいと言われた男が、
もはや見る影もないわ!」
「それは儂が強くも勇ましくも無かったからだ、
たが、ハヤタケ、イサミは貴様より勇敢じゃ」
「どうやら、頭もおしまいらしいな」
「多くの味方からも、敵からも腰抜けと言われるも、それでもなお民を守るため、戦場に立つ者を、儂は臆病者などとは思わん!」
どうして、タロウ小団長はそう言ってくれるのだろうか。
僕が盾を使ってでも兵士をしてるから?
僕は村のみんなや、家族に悲しい思いをさせない為に……いや、1番は傍で見ていたいと思う人が兵士だったから、僕も兵士になろうと思ったんだと思う。
多分そう思う。
守るべき民がどうでもいいとか、そういう訳じゃないけど。
民のためだとかで、戦場にいる訳じゃない。
でも、民のために戦うと言えば、
少しは勇気ある者に見えるのかな。
「それならば試してやろう、剣を抜け!」
タロウ小団長の前に出て、剣を背中から引き抜く。
巨漢の真正面に立つ。
横も縦も僕の2人分? 3人分? でかい。
今からこんな奴と戦うのか。
足の震えはない。
大丈夫。
やっぱり、ダメかも。
色々な思考が巡る。
それでも、
僕を勇敢だと言ってくれたタロウ小団長に、
臆病な姿なんか見せたくない。
「何故戦場に立つ?」
巨漢はそう聞いてきた。
会いたい人がいるから、家族のため、
そう言いそうになった。
たが、ここは少し、カッコつけようと思った。
「民のため!」
言った瞬間に1歩踏み込んで、剣を右から左へと振る。
だが剣を振ったのは僕だけじゃない。
巨漢も剣を振っていた。
振った瞬間は同時かもしれないが、巨漢の剣は僕より速い。
このままでは先に斬られる。
勝負は決しただろう、もし僕に盾が無かったら。
左肩に盾を持って来る、横から来る剣を弾き返してやろうと。
剣と盾が正面からぶつかり合うように。
剣をいなそうなんて事は考えない、この場では相応しくないから。
僕の盾は巨漢の剣を受け止めた、そんな事は無かった。
体が宙に浮く、そしてこのままぶっ飛ばされると分かる、でも僕の剣は巨漢の喉元に届こうとしていた。
次の瞬間、視界が凄い勢いでぐるぐる回る。
このまま塔から落ちると思っていた、だが僕の体はある瞬間、がっしりと固定され飛ばなかった。
なんだと思ったら、トラジロウが僕を受け止めたようだ。
戻って来ていたかのか!
ここにいると言うことは、下に落ちた皆は無事かな。
そう思いながら、またすぐに巨漢を見る。
ぶっ飛ばされながらも、確かに手応えがあった、奴の喉を斬ったという手応えが。
それを確認すべく、じっと見ていた、でも見えて来たのは、指の爪先程、米粒程の切り傷が巨漢の喉についていただけだった。
血も流れていない。
なんでだ、どうして、そうあからさまに僕は動揺した。
「イサミ! 十分だ、撤退するぞ!」
でもタロウ小団長が動けない、そう思い、そちらを見ると、キヨマルとケンセイがタロウ小団長に肩を貸して、飛び降りようとしていた。
「動けるか? 下でチカセちゃん達が馬を用意してる」
「ああ、分かった」
撤退は分かる。
でもあの巨漢がそれを許すとは思えない。
振り返る。
巨漢は1歩も動いていない。
ただ、鬼の形相でこちらを見ている。
何故追って来ないのか分からないが、好機だ。
塔から飛び降りる。
着地した瞬間、左肩から左つま先まで、尋常ではない痛みが走る。
「イイイィッタァ」
思わず声に出る。
だが、痛みにもがく暇は無い。
すぐに馬に乗り、森の中に姿をくらます。
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朝日が昇る頃、1度休憩を取ることになった。
まだスクデ領内だが、追手は来ない。
僕は小便をしようと、少し離れた茂みまで来ていた。
かなり我慢の限界だったんだ。
すると、後ろから呼び止められた。
見ると、ケンセイだった。
「……さっきはお前の事を腰抜けなんて言って、すまん……」
彼はぎゅと拳を握り締めて、僕の目を真っ直ぐ見ていた。
「気にしないでくれ、僕も自分の事を臆病者だと思ってるし」
「タロウ小団長は俺の恩人なんや、ボロボロになったタロウ小団長の前に、1歩踏み出たお前は腰抜けや無かった……ありがとう」
彼はそう言ってすぐに戻っていた。
そこら辺から見ていたのか。
嬉しかった。
あの時の行動は間違って無かった、そう思える。
少し涙がこぼれる。
おしっこの方も少しこぼれてしまった。
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男は信じられなかった。
その男は類まれなる肉体を持ち、
王の次に強いとまで言われた男は怒っていた。
臆病者と見下していた童が、己の剣を受けて、無事だったからだ。
見下している者に、本気を出す訳もなく、
剣に雷を纏わせなかったし、力も抜いていた。
それでも、幾度とそれで事足りた。
だが今回はそうはいかなかった。
そしてあろう事か、童は自分の喉に切り傷をつけた。
それはいかに小さく、傷とも言えぬものでも、男にとって、見下していた者に傷をつけられるなど、許せるものでは無かった。
そして、それ以上に許せなかったのは、
童は「民のため」と言い剣を振るった事だった。
民のためだと? 笑わせる。
次に相対したら、体を真っ二つにしてやろうとスサノオは思った。




