第一話「夢」
少しばかり椅子に腰掛けて目を瞑る。
瞼に浮かぶは若き日の自分、
故郷を飛び出した日。
「ただいまー、稲刈り終わったぞ、あとは他の連中がやってくれる」
「おかえり、ウスイ、タケル。今日は随分遅い帰りね」
「まぁな、そんなことより、具合は大丈夫か?」
「ええ、ウスイのおかげで元気もりもりだわ」
そう言った母さんは、布団からろくに起き上がれず、日毎にやつれている。
「そりゃ良かった。じゃあ、ちょっくら水を汲みに行ってくる」
「気をつけるんだよー?
タケルはお兄ちゃんについて行かなくていいの? ……じゃあお母さんと遊ぼっか」
「……」
桶を両手に1個ずつ持ち、2人暮らしにしてはやや広く感じる家を出る。
ものの数分で川辺に着いた。
そこには白くて長い無精髭を生やした年寄りが、岩に腰を掛けて、釣りをしていた。
足音で気がついたのか、振り返り、話しかけてきた。
「コウケンの倅か、村に井戸があるのに、また川まで水汲みに来たのか」
「なんとなくだ」
そんな時だった。
「ググギュルグー!」
俺の腹の虫が大きく鳴いた。
「何日食べてないんだ?」
「んー、まだ2日ぐらい」
「ほれ、儂の握り飯をやる」
「ジジイ、あんたは嫌いだが、おむすびは有難くもらう」
「儂もお前さんは好かんわい」
塩むすびを頬張っていたら、ジジイが川を見つめながら語りだした。
「10年前に王様が崩御なさった。
王様に跡継ぎがいなかったため、地方五大領主が王の座を巡って争い始めた。
それで、村の男はみんな戦に駆り出され、
村はどんどん貧しくなる。
王になるのはどいつでもいいから、さっさと終わってほしいものだ。」
何回も聞いた話だ。
村の連中もよく愚痴をこぼしていた。
戦のせいで男手が足りなく、畑仕事がままならない。
食い物無なくて仏さんになるやつも多い。
「んじゃあ首を5つ刎ねりゃ、俺が王様か?」
「阿呆め、今は貴族になっとるとはいえ、
元は戦場で武勲を挙げた武将共じゃ」
「たまに出る熊より強いの?」
「比べるまでも無いわい、それにお前さんに政ができるのか?」
「んだよ、誰でもよくねーじゃん!」
「5人の中での話しじゃ!」
「……くそジジイ」
「なんじゃと!!」
立ち上がり、釣竿を振り回しながら怒り出したので、両手に持つ桶から水を溢しながら、そそくさと帰る。
後ろから「あ!釣れとる!」って声が聞こえて来たが、もし自分が王になったらと、
頭の中で思い描く、戦がない世の中と、
元気になった母の姿でいっぱいだった。
後ろの声など無いようなものだった。
笑みがこぼれる。
ニヤッと片方の口角がより大きく上がる。まるで卑しい賊が、命乞いをしている行商人を追い詰めた時のように。
家の前まで来てふと考える。
母さんになんて言おうか……。
んーーー、むーーー。
考えるだけで思いやられる。
「ただいまー」
引き戸を開けながら言うが、返事がない。
土間で草鞋を脱ぎ、居間を抜け、
寝間の障子をゆっくり開ける。
そこにいた母は寝ているようだ、
もうすぐ夕暮れ時出しな。
……いや関係ないか、そう思いながら枕元に置いてある空の鍋とお椀と箸を回収し、部屋を出た。
音が鳴らないようそっと障子を閉める。
土間で汲んできた水で食器を洗い、余った水を土甕にいれる。
鍋に米と水を入れて、
居間にある囲炉裏で粥を作り、寝間の前に置く。
米袋を閉じる時、今年の収穫を入れても2人分の冬を越せる量では無かった。
また、村を回って恵んでもらうか?
待て、こんな心配する必要ないじゃないか。
俺は王になるんだから……、明日母さんに話して出ていく。
……やはり今に出よう。
そう考えてからの行動は速かった。
風呂敷を腕に巻いて、笠を肩にかける。
壁に立てかけてあった槍を手に取り、草鞋を履く。
あとは出て行くだけだ。
だが、しゃがみ込んでしまう。
いいのだろうか……いいじゃないか。
でも……そんなことしたら……。
頭の中がぐるぐるして、目眩がしそうながらも外に出る。
なぜか気分が余計に悪くなる。
しかし、もう止まらない。
あとは扉を閉めるだけだと、手を伸ばす。
そして、ゆっくりと扉を閉める瞬間。
「気をつけて行くんだよ」
小さく聞こえた声。
ドキッとした。
鼓動が速くなるのを感じた。
何も言えず、逃げるように小走りでその場を去る。
不安を拭えぬまま考える、とりあえず王都に行くか。
水汲みした場所から、川沿いを歩いていけば、王都に続く街道に出る。
水汲みした場所につくと、老体が岩に腰掛けてる。
遠目から見て、もしやと思い、脇道にある茂みの中に入り、通り過ぎようと思っていたが。
「ググギュルググー!!」
茂みの中から虫が鳴いた。
「お前さんは、腹で歌う芸人にでもなるのか?」
俺はいきよいよく茂みから飛び出た。
「んなわけあるか!」
思わず飛び出てしまった。
くっそぅ
「お前さん、どこに行くつもりじゃ?」
俺を姿を品定めするようにジロジロと見てくる。
「王都に行くつもりか?」
「あぁ」
「こんな夜中にか?」
「月明かりがあるし、街道に出れば大丈夫だ」
「本気で王になるつもりか? お前さんには無理だ」
「……かもな」
ジジイは額に手を当て、
目を細めて悩ましげな表情を浮かべ、
口をパクパクさせていた。
そして、なにか思いついたかのように言葉を発した。
「お前さんの母さんはいいのか? ……放ってゆくのか?」
そう言われた途端、視線が落ちる。
見たくないものを見せられた気分だ。
「ジジイが……ご飯を作ってくれるのを知ってる」
「そうじゃない、お前さんも分かっておろう。
せめて別れを見届けてからでも遅くはあるまい」
無意識に唾を呑み込む。
「俺が王になって、お医者様を連れてくる方が早い」
再び視線を戻すと、ジジイはとても悲しそうで、なにか諦めた顔をしていた。
草むらの住人達が奏でる旋律だけが響き渡る。
「儂の頭の中ではいつも、よくイタズラをする悪ガキとそれを叱る母親の姿が浮かぶ」
「俺が叶えて見せる」
「……もう変わらんのだな」
そう言われ何かを投げられた、受け取って見たら葉っぱに包まれたおにぎりだった。
大きさから中には3つぐらい入ってるかな。
「ありがとよジジイ、……それじゃまたな」
「または無いだろう、今生の別れじゃろうて」
「そんな事言うな」
街道の方に歩き出す。ジジイのおかげか分からないが、少しばかり不安が和らいだ気がした。
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「ーーー下、ウスイ陛下!お時間です」
「あぁ、わかった」
呼ばれて過去から意識が戻る。
そして俺はまた、夢を見ようとする。