提案
落ち込んだ様子の私にドンノは優しく声を掛けた。
「知らなくて当然だ。こんな事魔術師を志す者か貴族くらいしかわからないだろう。魔術師になるにはまず、学校に入らなくてはならないんだ。」
「学校って何ですか?」
「ああ、そうだったね。まず学校というのは、先生と呼ばれる教えてくれる大人がいて、その先生に生徒、君のような教えを乞う者が集まり、皆で一緒に学ぶ場の事だ。分かりやすく言えば大人が知りたい事を教えてくれるところかな。」
ドンノの答えに私の表情は少し明るくなった。魔術師になる為の道が少し開けたと思うと少し心が躍った。
「ただ、学校というのは皆通うことが出来るわけではないんだ。君の行きたい魔術学校に入る為にはまず試験を受ける必要がある。そして試験に受かった上で学費や入学金といった金を納める必要があるんだ。」
少し浮上した心をまた沈められたようだった。試験については良く分からずともお金が必要である事は理解出来たため、自分は魔術師にはなれないことを悟った。自分の力では最低限生きていける程度のお金しか稼ぐ事が出来ないことを理解していた私は、夢のような魔術師になる未来は、本当にただの夢だったのだと落胆した。
「そこで提案があるんだが、ここで働いてみないかい?」
「え?」
予想もしていなかった一言にぽかんと口が開く。
「いや、君さえ良ければなんだが、先程も話した通りこの研究所はいつも人手不足でね。魔力があれば猫の手さえ借りたいくらいなんだ。もちろん給料として金は支払うし、実は君のように魔術師を目指す子供たちが他にも沢山働いているんだが、週に何回か勉強する時間もあってね。魔術はもちろん、仕事に必要な言葉の読み書きも皆で一緒に勉強しているよ。」
ドンノのその説明を聞きじわじわと込み上げてくる嬉しさに思わず表情を綻ばせた。
「どうだろう。ここで働いて、魔術師を目指してみるかい?」
「はい!目指したいです!」
ガタンとソファから立ち上がった私は勢いよく宣言した。
「ああよかった。私も助かるよ。そうと決まれば是非明日から働いて貰いたいんだが、街からここまで通うには魔物の危険がある事と、何かと不便なんで他の子供たちも通いではなく住み込みでここで働いて貰ってるんだが君もどうだろうか?」
「…わかりました。住み込みで大丈夫です。」
一瞬悩んだが、何よりも屋根のある生活が出来る事、魔術師が目指せる事を考えると、今まで過ごしてきた思い出はあったがスラムに未練はなかった。
「そうか。よし、善は急げというからね、今日はもう遅いしここに泊まっていくと良い。何か残してきた荷物があれば明日一緒に街まで取りに行こうと思うが、何かあるかい。
最近のいつもの寝床を思い返してみても私物と言えるものは数えるほどしかなく、その中でも唯一思いついたのは街道で寝るためのぼろきれのような汚れた毛布だった。私が使わなければ他の孤児たちが使うようになるだろう。そこに執着はなかった。
「ありません。」
「わかった。では早速明日から働いて貰うということで、よろしく頼むよ。」
その言葉にこくりと頷いた私は、笑顔で差し出されたドンノの手を、おずおずと握り返し握手を交わすと、やっと少し力が抜けたのかへにゃりとした笑みが溢れるのがわかった。