魔力
私に続き、テーブルを挟んで向かいに置かれたソファに中年男が腰かけた。
「予定時刻より大分過ぎてしまったようだが、君のおかげで本当に助かった。ありがとう。お腹もすいたろう。さあ、遠慮せず食べてくれ。君の為に作らせたんだ。」
促されるままテーブルに視線をやる。給仕係であろうメイド服の女性にことりと置かれた皿にはサンドイッチが盛られていた。彩り豊かなただのサンドイッチだったが、普段の食事からは考えられもしない程豪華な食事である。いつも売れ残りの固いパンや腐りかけの野菜、通りすがりの街人の食べ残しを拾って食べる生活からしてみれば、フワフワなパンに新鮮な野菜、そして何よりもハムが入っているという組み合わせはこの上ないご馳走だった。目前に置かれたサンドイッチにゴクリと喉を鳴らす。
しかし本当に食べてもいいものかと警戒し、なかなか手を伸ばそうとしない私に
「どうした?お腹は減っていなかったかい?」
と中年男が問われたためフルフルと首を振った。
「では是非食べてくれ。先程の追加料金ももちろん支払うが、これはまあ心ばかりの礼だと思ってくれれば良いよ。」
微笑む中年男のその言葉に私は、ここまで言ってくれているんだしこんなご馳走をのがすてはないと自分に言い聞かせると、堰を切ったようにすごい勢いでサンドイッチを口に運んで行った。
「そんなに急いで食べなくても誰も取りはしないし、おかわりもたくさん用意してある。遠慮せずゆっくり食べてくれ。」
その言葉に安心した私は少しペースを落としながらも黙々と頬張った。中年男の言葉に甘え、何度かおかわりもし、やっと満腹になると、フッと力が抜けソファにもたれた。
「満足してくれたようで良かったよ。」
その声にビクッと反応し、中年男が目の前にいた事を思い出し、ピシッと姿勢を正した。
「ありがとう、ございます。おいしかったです。」
「それはなによりだ。今日の料理番も喜ぶだろう。」
中年男はサンドイッチを運んできた給仕係にお代わりの紅茶を持ってくるよう指示すると、話を続けた。
「そういえば名前も名乗っていなかったね、いや失礼した。私の名前はドンノという。君は?」
「エマ、です。」
少し戸惑いながらも私は答えた。
「そうかエマ、こんなに一度に色々な事が起こったんだ、聞きたい事は山程あるだろうが、先に私から話をさせてくれ。まずは、あの娘、アリアを助けてくれてありがとう。」
頭を下げるドンノに慌てて返すように少し頭を下げた。
「いつもなら薬のストックがあるんだが、あの娘の薬は特別で、ここで調合していることもあって丁度材料も切れていてね。今日の買い出しの目的の一つとして薬の材料の購入もあったんだが、心配だからと一緒に連れまわしたのが悪かったのかタイミング悪くあの娘が倒れてしまって、すまなかったね。」
普段されない気遣いや謝罪に対しあたふたと言葉に迷ってしまう。
「なにはともあれ君がいてくれて助かった。実は私には魔力が無くてね。恥ずかしい話だが私ではあの魔道具は使えないんだ。」
神妙な面持ちで俯いていたがドンノのその言葉に驚いて顔を上げた。
「だから君に頼むしかなかった。半ば強引に頼んでしまったが、引き受けてくれて本当に助かった。ありがとう。」
「い、いえ。でも、どうして私に魔力があるとわかったの…ですか?」
貴族であれば話は違うが、私はただの平民だ。
先程ドンノの言い放った、私には魔力があり、それを使うだけの才能があるというあの言葉は、そんな稀な確率を当てにしているような感じではない確信をもった言い方であり、何故それがわかったのかずっと疑問だった。
「そうか、君は魔力は貴族しか持っていないと伝えられている事を知っているんだね。」
「はい。街で大人が話してるのを聞いたことがあって。」
「なるほど。まず結論から言うと、それは嘘だ。いや、嘘だというよりも事実ではないといった方が正しいかな。もちろん平民より貴族の方が魔力持ちが多かったり、魔力量の多い者が生まれるのは間違いない。魔力量の多い子供を産む為に、下級貴族でも魔力量が多いものは上級貴族に嫁いだり婿どりされたりするからね。そういった事実は変わらない。だがまあ貴族の考える事なんてそんなもんなんだが、特別な人間は貴族だけだと思わせたかったんだ。だから、最初の内は平民にも魔力を持った人間がいるという事実を伏せていた。だが伏せた後に、結構な魔力量の魔力持ちが平民の中から見つかってしまってね。その事実は隠しきれなかった。そこで国としても、魔力量の多い貴重な人材は確保した方が国のためだと気付いたんで、貴族達のプライドとの間をとって、平民にもごく稀に魔力持ちがいると、事実を捻じ曲げてしまったんだ。」
「じゃあこの街にも魔力持ちがたくさんいるってことですか?」
「そうだな、沢山とまではいかないかもしれないが、およそ街人が10人いたとするとその中で3人は魔力持ちがいると考えている。私の研究結果だがね。」
「すごい。」
その話を聞きながら、じゃあパン屋のマヤおばさんも、果物屋のジークおじさんも、その家族たちだってもしかしたら魔力を持っていたかもしれないし、街中が魔法で溢れていたらどんなに素敵だろうと想像が膨らんだ。
「そして、何故君に魔力がある事が分かったかという事だが、実はこの研究所は常に人手不足でね。まあ、貴族の専属魔術師になれれば安定した収入が得られるところを、こんな街外れのそれも薄給の研究所で働きたいだなんて物好きは滅多にいなくてね。当然と言えば当然なんだが。そして魔力持ちが平民にもいるとは言っても自らが魔力持ちかもしないだなんて思いもしないし、ましてやわからないだろう?そこでいつでも良い人材を引き抜けるように魔力測定の為の魔道具をある場所に設置してあるんだ。」
そこまで聞きハッと思い到った。
「ああ、気付いたかい?君は壊れたかもしれないと思っていたところ騙すような形になって申し訳なかったが、あの場で君には魔力があるだなんて伝えたところで信じられなかっただろう?ただのドアノッカーが光っただけなのに。」
ドンノの話によると私がこの研究所に入る時に壊したと勘違いした、あの眩い光を放ったドアノッカーは、壊れたわけではなく私の魔力を感知したため光ったのだという。そして魔力量の多さによりその光は輝きを増していくため、あの目も開けられない程の輝きは、エマの魔力量がそれだけ多い事を示しているという。
確かにあの場で魔力があるだなんて話を聞いても到底信じられなかっただろう。その話を聴いて、私に騙されたという思いは全くなく、むしろ自分の可能性を知る事ができ、自分の未来が広がったことに喜び、感謝すら覚えていた。