独り
思わず自室に戻ってきてしまった私は、誰もいない部屋の隅に座り込み、味がしない夕食を口に押し込んだ。そのうちに塩辛くなってきたそれを、明日からの糧にするために、必死に喉の奥へ流し込んだ。いつの間にか食べ終わると、薄暗い部屋で空になったトレイをしばらく眺めながら、明日からの自分がするべき事についてただひたすらに考えた。
翌日からは、皆が起きる前にこっそりと抜け出し、早朝から深夜まで、出来る限りの時間を仕事部屋で過ごした。迷惑をかけた責任を取るため、もちろんそれが一番の理由だったが、なるべく誰もいないところで、何も考えないようにして過ごしたかった事も理由の一つだった。ただ無心で出来るこの作業に救われていた。何もしないでいると皆のささやく声や視線が、私に孤児院にいた頃の苦い思い出を蘇らせるようで耐えられなかった。
授業も仕事も食事も、何もかも独りでいると、リリーが心配そうにこちらを伺い、何度も話掛けようとしてくれていた様子だったが、その度に周囲にいる誰かに止められていた。そんなリリーの優しさが痛くて、これ以上彼女を煩わせたくなくて、極力彼女に逢わないようにだんだんと避けるようになってしまった。居室でも二人きりになることはなく、リリーの側ではいつもテオが目を光らせており、私から話掛けることも出来なかった。
子供達は皆、週の始めは私の事を嘲ったり、罵ったりとその鬱憤を晴らすかのように夢中になっていたが、日が経つにつれ元気を失っていき、木の日ともなると食堂や居室はまた静まり返り、口を開く者はいなかった。そんな姿をみてまた居た堪れなくなったが、ドンノが帰ってくる明日までは、ただ耐えるしかなかった。
そして待ちに待った金の日がやってきた。朝食もそこそこに切り上げると、早速ドンノの執務室に向かった。まだ帰っていないかもしれないという不安が募る中、恐る恐るその厳かな扉をノックすると、
「どうぞ。」
と中から返事が帰ってきた。よかった、安堵の気持ちとともに思わずため息が漏れる。促されるまま入室すると、机に向かい書類の整理をするドンノに出迎えられた。
「ああ、君か。今日は随分時間が早いがどうしたんだい?ああ、君が毎日朝から晩まで仕事を頑張ってくれていたのは聞いてるから、今日もそのために早く来てくれたのかな?」
褒められるためにやった事でもなく、評価を求めていた訳でも無かったが、思わぬところで自分の努力を認めてもらえた事が嬉しくて思わず顔が綻ぶ。
「どうしてそれを?」
「ウォーニー先生から報告をもらってね。君がよく頑張ってくれているって。」
意外な名前に驚いたと同時に、ちゃんと見ていて貰えた事に、ウォーニーは物臭なだけで割と良い先生なのだと認識を改める事にした。
「それで、今日は何を話そうか。」
上機嫌なドンノは慣れた手付きで紅茶を用意し始めた。
「お願いがあって来ました。」
その言葉を聞き終えると手を止め、こちらを凝視するように鋭い視線が飛んできたが、暫くするとまた手を動かし、2名分の紅茶が机に用意されるとドンノはゆっくりと口を開き
「願いとは、何かな?」
と先程よりも数段低いトーンで返事をした。