研究所
「これを曲がればすぐ東門だから。」
腕に抱いた少女を気遣うように小走りで走る中年男に声を掛ける。
一行が裏路地の角を曲がり、大通りに出た所で中年男が、
「すまないが追加料金を渡す前にこの子に薬を飲ませたい。街の外に出ることになってしまうが、研究所に付いてきてくれないかい?」
「・・・いいよ、でも中には入らない。外で待ってるから。」
少しの迷いはあったが、この状態の少女を放ってまで危害を加える事はないだろうと判断し、私自身この少女を早く楽にさせてあげたいという思いがあったため、ついていくことに決めた。
それでも警戒心は捨て切れなかったため、今考えられる最大の安全策をとるために中には入らない事を伝えたのだ。
「ああ、それで構わない。ありがとう。」
中年男は腕の中の少女を見下ろしながら言った。
東門を越えて中年男の案内の元ついていったその先には、見たこともないくらい高い灰色の塔がそびえ立っていた。
街からほんの数分の位置。こんなところにこんな大きなものが、と呆気に取られていたところ
「すまないが、鍵はかかっていないからそこの扉を開けてくれないか。」
と中年男が視線で指したその先には、石造りの壁にアーチ型の、見るからに強固な鉄の扉があった。
その言葉に我に返った私はすぐに
「うん、わかった。」
と重い扉に手をかけた。
その瞬間だった。鉄の扉につけられたドアノッカーのグリフォンの赤い瞳が、カッと目も開けられないくらい激しい光を放った。
突然の事に驚き、危険を感じた私は咄嗟に扉から手を放し、両腕で顔を防いだ。
そんな後ろで
「素晴らしい。」
と掠れた声で呟いた中年男のその言葉が私に聞こえることはなかった。
数秒の後、光が薄れ、元のただのドアノッカーに戻ったグリフォンの瞳を見て、恐る恐る体制を元に戻し、中年男を振り返った。
随分と驚いた表情でこちらを見つめる中年男に、あのドアノッカーが何か重要なもので、どこか壊れてしまったのではないかと思い至り、途端に焦り
「ご、ごめんなさい!壊しちゃったようなら何年かかってでも弁償するから!」
と勢いよく謝罪した。
私はスラムでの経験から貴族や名高い商人に目を付けられた者の末路がどんなに悲惨なものかをを良く知っていた。
良く知っていたからこそ顔を青くし、咄嗟に謝罪した。
ひどく焦った様子の私に、中年男は我に返ったように
「・・・あぁ、いや。あれは壊れたわけではないんだ。でもそうだな。」
「君がもし申し訳ないと思うなら少し中に入って追加で頼まれごとをしてくれるかい?」
と私に問いかけた。
「はい!なんでもする!いえ、します!」
思いもよらないその提案に、許してもらえるのであれば何でも良いと考え、間髪入れずそう答えた。