不満
その日の夕方、食堂にて。
「わーん。やっぱりいつもより倍疲れた!明日から毎日これが続くって思うと憂鬱だなぁ。」
「・・・頑張ったね。お疲れ様。」
「ありがとうー。でも魔力量もそれだけ増えてくんだもんね!それがあるから自分のためと思って頑張るよ!」
健気に前を向くリリーに上手い言葉が掛けられなかった。
それからの一週間、始めのうちは元気そうに見えたリリーだったが、日を追うごとに疲れが目に見えるようになっってきた。
心配させまいと本人も気にして気丈に振る舞ってはいたが、些細な変化に私が招いた事だと、改めて気付かされる。
そしてその変化はリリーだけではなかった。他の子達も皆、週の終わりに差し掛かると疲れの色が見え、いつもは賑やかな食堂が驚くほどに静かだった。
アーロはいつも、夜になると私とリリーのおしゃべりに参加していたのが、気づいたらいつの間にか既にベッドで横になっている事が増え、テオも魔術の授業でわからないことがあったら、毎日何回でも聞きに来ていたのが、その数がめっきり減った。
そんな変化に耐えられなくなった私は、今日の面会の日、ドンノに魔力提供量を元に戻してもらうようお願いする事にした。
ドンノの期待に応えられなかったのは申し訳ないが、一週間続けて魔力提供量は増えたわけだし、子供達の負担が予想より大きすぎたといえば聞き入れてもらえるだろう。そんな甘い考えでいた。
いつものようにドンノの執務室に入ると、すぐさま笑顔で出迎えられた。
「やあ、待っていたよ!よく来たね。いやぁ、最近滞っていた研究が一気に進展しそうでね。それも君の後押しのおかげだよ。やはり君に相談して正解だった。ありがとう。」
開口一番に褒められると思っていなかった私は、何とも言えない表情になった。今日は魔力提供量を元に戻してもらうお願いに来たというのに、こんなにも喜んでもらえていると思うと、一気に言いづらくなってしまった。
そんな私の事を知ってか知らずか、どんなにその研究が素晴らしいものか立ち上がり、熱く語り始めた。
「これは実に素晴らしい研究でね。この研究の成功により、魔力を持たないものでも魔術が使えるようになるかもしれないんだ。どうだい?魔術に溢れた世界。想像しただけで心が踊らないか?それが現実となれば今よりも数段生活の品質も上がるだろう。それを実現させた研究所ともなれば世間からの評判もうなぎ登りだろう。」
目を輝かせ、熱弁しているドンノのその話を聞きながら、私はいつ切り出そうかと適当に相槌を打ちながらタイミングを伺っていた。
「あ、あの!」
話が途切れたところを見計らい意を決して声を掛けた。
「ん?なんだい?ああ!君もこの素晴らしい研究に参加したいかい?君なら考えないことも・・・」
「いえ、その事ではなくて。」
ドンノは話を遮られた事に対してなのだろうか。少し不服そうな表情を浮かべた。
「ふむ。この研究の話より大事な話でもあるというのかい?いいだろう。聞こう。」
いつもの優しいドンノではない。酷く高圧的な態度に怯えつつ、リリー達の事を考え、思い切って入りだした。
「魔力提供量を!元の量に増やしてほしいんです!」
思わず握りしめた両の拳に力が入った。
「は?」
聞き返すドンノの冷めたような鋭い視線に、口に出したことを瞬時に後悔した。
「聞き間違いかもしれないから、もう一度聞こう。君は今、何と言ったのかな?」
優しい語尾とは裏腹に、ドンノは更に鋭い目線をこちらに向けている。いつものお父さんのようなドンノではない。怖い。
だが、ここで逃げては、苦しんでいるリリー達に顔向け出来ない。妹や弟のように思い大事にしている子達を蔑ろにすることは私には出来なかったし、もしここで私が進言したことによりなにか罰を受けても、構わないと思った。元は自分の招いた事だ。
意を決した私は、自分を鼓舞するようにまたギュッと両の拳に力を込める。
「魔力提供量を、元の量に戻してほしいんです。」
しっかりと目を見て伝える。
「はぁ、君は先程の話をしっかりと理解しているか?もっと賢い子だと思っていたが、がっかりだよ。」
ドンノはため息混じりに言った。
期待に応えられなかったというその事実に、胸がチクリを痛む。
「・・・では、一応その理由を聞こうか。素晴らしい研究を差し置いてまでも譲れないものがあると言うことかな?」
私が意見を曲げないと察したのかドンノがドサッと大げさに音を立ててソファに座った。
「魔力量の少ない子たちが、苦しんでいるんです。最初のうちは何とか頑張っていました。けど、日を追うごとに皆疲れていって・・・。そのせいか勉強にも支障が出ているみたいなんです。」
少しでも理解を得られるかもしれないと思い、リリー達の現状を思い切って打ち明けた。
「分からないんだが、君は私が相談した時点でその事はわかっていたのではないかい?それも踏まえ、増やしても大丈夫という返答をくれたものだと思っていたが、違うのかな?」
確かにそのとおりだった。最初はリリー達の身体の心配をしていたが、ドンノの話を聞き、何が皆の将来のためになるのかを考え、考えた末に選択したのだ。ドンノに指摘され言葉に詰まった私は思わず俯いた。
「何だ、君自信もわかっているじゃないか。何が皆にとって利益につながるのかを。現状この素晴らしい研究を続けるために、君たちの素晴らしい魔力が必要なんだよ。そして、君たちにしても将来的に、魔力量を増やすために、避けては通れない道だ。君は、子供達の成功する未来を奪おうとしているのかな?」
「違います!!」
思ってもいない事を言われ、咄嗟に否定する。
「そうだろう。では、答えは一つではないかな?」
部屋に充満する甘い香りがいっそう強くなった気がした。
「そうだ、君は同室の子たちより年上だろう?何か困った様子でもあれば余裕のある君が、姉のように助けてあげなさい。他の子たちも同様に助けて上げれば、さぞ君に感謝するだろうね。私たちは家族のようなもの何だから、助け合って当然だろう。君も、何かあればまた私に頼りなさい。父のように慕ってくれて構わないよ。」
ドンノの言葉がまた、頭の中をぐるぐると回っていく。2重3重に反響していくそれは、不思議なくらいにすとんと私を納得させた。
まったくそのとおりだ。あの子達が困っているんだったら私が支えてあげれば良いんだ。こうする事が一番いいんだ。
おもむろに私の頭を撫でたドンノは
「また来なさい。」
といつもの笑顔で言った。
「・・・はい。」
私も笑顔で答え、執務室を後にした。