炎
そんなリリーの声にも気付かず、黙々と作業を続けた。
ようやくすべての属性の魔術式を写し終えた所で一息つくと、隣で見守っていたリリーが感嘆の声を上げた。
「やっぱりエマお姉ちゃんすごい!まだ魔術理論も習ってないのにこんなに綺麗に描けるなんて!それに凄い集中力!途中で声かけたのに気付かないでずっと夢中だったよ!」
「本当?気付かなくてごめんね!凄く、不思議な感覚で、自分でもびっくりするくらいスラスラ描けたんだ。」
私自身も手元を見つめ、いつの間にか完成していた魔術式に驚いていた。
「へえ、君、名前は何と言ったっけ?」
突然頭上から降ってきた声に、びくりと反応し顔を上げると、そこにはいつの間にか戻ってきていたレントがいた。
「エマです。」
「エマか。よしじゃあ次は魔力を練って自分の魔力で魔術式を描いてみなさい。これだけ描けていれば出来るかもしれない。」
レントは私の描いた魔術式を目線で指しながらニコりと笑った。
初めての授業でいきなり魔術を使うなんてと一瞬戸惑った。座学の授業も受けていないのに、一度写し描きが出来た程度で上手くいくのだろうかと考えたが、せっかく先生も見てくれているならばと、挑戦してみる事にした。
魔力を練るのがどういった事なのか、まだ教わってはいないが、蝋燭に火を灯すイメージという言葉から、ドンノに教えてもらったあの感覚がそうではないかと推測した私は、あの日のドンノの言葉を思い出していた。
まずは集中するために目を瞑る。そして呼吸を整え、身体の中心に意識を集中させ、内にある魔力で蝋燭に火を灯す。
蝋燭に火が灯ったのを感じるとその炎をゆっくりと身体に巡らせた。手の先、足の先まで生き渡ったのを感じると、身体の内側から風が吹いているかのように周囲の空気をふわりと揺らした。
清廉な魔術の気配を感じた子供たちは一斉にこちらに視線を向けた。
ゆっくりと目を開けた私は出来たという達成感と、同時に覚えのある全能感に思わず口角を上げた。
「すごいな。」
レントが息を吐くように漏らしたそれは、この部屋にいる全員が思っている事だった。
私が集中しだすと同時に変わったこの部屋の空気に、気配に、圧倒されていた。
そんな中、私は凛と研ぎ澄まされた感覚のまま、全身に巡らせた魔力で魔術式を描き始めた。
先程一度しか書き写していない筈のそれを、まるで以前から知っていたかのように、自身も驚く程にスラスラと描き上げると、ふと、先程レントが言っていたイメージする事が大事だという言葉を思い出す。
今描いた魔術式はファイアだ。すぐにイメージする事に切り替える。
魔力で出来た火が、メラメラと揺れ動くように、魔力が集まって、燃え上がる。
なんだか熱い・・・。目の前に感じる熱に驚き目を開けると、そこには赤々とした、紛れもない炎が、宙に浮かんでいた。
「え?」
私が思わず声を漏らすと同時に、音もなく炎は消えた。
シンと静まり返った部屋で、しばらく声を発そうとする者はいなかった。
そんな部屋で、私は少しずつ、少しずつ、自分が起こした事象への実感が湧いてきた。
感覚的にやったそれは、出来てしまったそれは、紛れもなく炎で、ファイアの魔術で…。自覚すると同時に、心臓が壊れるのではと思うくらいに脈を打ち始めた。
「…詠唱は?」
最初に沈黙を破ったのはレントだった。
「え?」
私の心臓は早鐘を打ち続けていた。