エディ・ランチェスターは白衣の女神様に告白する
どうせすぐに心変わりするだろう。
そう高を括っていたミラー医務官だったが、エディ・ランチェスターは彼女が激務に追われる度に差し入れとカードを贈り続けてきた。
ある日、遠征の付き添いから帰ってきたミラー医務官は、机の上に置いてある包みを見て笑みを零した。
「この店の名前……以前リーゼちゃんから聞いた、最近できたばかりの人気店ね」
若草色の包み紙には金色のインクで繊細な風景画が描かれており、宝箱の中に入れておきたいくらい美しい。
添えられているカードには今回も、綺麗な筆致で労いの言葉が書かれている。
差出人の名前は相変わらず、『女神様の熱心な信奉者、エディ・ランチェスター』だ。
女神様の熱心な信奉者は飽きることなく信仰してくれているらしい。
「だから私、女神ではなくて人間なんですけど?」
毎度お礼品に添える手紙にそう書いているのだけれど、送り主は頑として自分を崇めてくる。
この男はどうしてこうも平気で臭いことを書けるのだろうか。
もはや呆れを通り越して尊敬すら覚える。
「今回は何が入っているのかしら」
包みを開けると、サクランボの砂糖漬けが詰まったガラス瓶が顔を覗かせる。
ガラス瓶には薄紅色の紗のリボンが結ばれており、こちらもまた可愛らしい。
ミラー医務官は蓋を外して、サクランボの砂糖漬けを一つ、口の中に入れた。
「懐かしい味。久しぶりに食べたわ」
ずっと昔、この国が王政だった頃に母が作ってくれたものと似た味に、自然と口元が綻んだ。
仕事終わりの疲れた体に甘さが沁みる。
身に沁みるのはそれだけではないと、薄々自覚し始めている。
エディがカードに書いてくれる言葉の温かさに励まされているということを。
「どうしたらいいのかしら?」
いつの間にか、自分の生活の一部にエディ・ランチェスターの存在が根づいてしまっている。
誘いの手紙が来たときは嬉しくなり、それなのに当日の朝に緊急出動を言い渡されたときは落ち込んでしまう。
おまけに、任務から帰ってくると置かれている、差し入れと手紙が楽しみになってしまった。
「今回こそは、帰っても何もないと思っていたのに」
あの華やかな実業家は、自分のような愛想がなくて仕事病の女なんて嫌になって去っていくだろう。
かつての恋人たちのように。
いつか絶対にそうなるはずだと思う一方で、彼からの音沙汰が途絶えることを恐れてもいる。
「約束をすっぽかしてばかりで申し訳ないから、私から誘ってみようかしら」
実業家として忙しいエディと予定を会わせられるのは、果たしていつになるのだろうか。
その擦り合わせた予定さえも、急な出動要請があればすっぽかすことになってしまうかもしれないと、早くも嫌な予感がする。
「運命の巡り合わせが良くないのかもしれないわ」
溜息をついて椅子に座ったその時、扉を叩く音がした。
「どうぞ」
返事をすると扉が開き、黒い軍服を着たノクターンが、鷹揚な足取りで入ってくる。
<冷血スタイナー少将>は今日も相変わらずの仏頂面で、怪我や病気で訪ねて来たわけではなさそうだ。
「今回はどのようなご用件ですか?」
「ミラー医務官、急な話だが、明日は休んでくれ。週末に西部司令部の視察に行ってもらいたいから、出勤予定を調整した」
「視察ですか……わかりました。事前準備と打ち合わせが必要なので、やはり出勤した方がいいと思うのですが」
「準備はうちの部隊がほとんど進めているから気にするな。休める時にしっかり休め」
「スタイナー少将にしては珍しく手厚いお心遣いで、何か思惑がありそうな気がします」
「実は、頼みがある。リーゼが行きたがっているカフェを予約したのだが……あまりにも女性好み過ぎる内装で入りづらいから、俺の代わりに行ってほしい」
聞くところによると、件の店の外観は一部のアヴェルステッド市民から『可愛いの暴力』と言われているほどラブリーな見た目で。
壁はピンク一色で、可愛らしい花があちこちに飾られているらしい。
内装も似たようなもので、ノクターンはどうしても足を踏み入れるのに抵抗があるそうだ。
冷血と称される男が可愛いカフェに怖気づいているとはなんとも滑稽な話だ。
「それで私の勤務日を変えるなんて、職権乱用もいいところですね。まあ、リーゼちゃんと一緒に可愛い店に行けるのは大歓迎ですけど」
「……よろしく頼む」
「ええ、お任せください。スタイナー少将の代わりにリーゼちゃんの可愛い姿をしっかりと目に焼きつけてきますから」
「……」
ノクターンは仏頂面のまま、予約時間と店の名前と地図がかかれた紙を机の上に置くと、医務室を出た。
扉を背にして、そっと呟く。
「ランチェスター、遅くなったが捜査協力の礼だ。受け取ってくれ」
***
同じ頃、ネザーフィールド社の社長室では、ジーンが明日の予定をエディに伝えていた。
「午後はカフェ『砂糖の妖精』でホールデン社の社長と会食だ」
「……は?」
「ああ、社長は甘いものが好きで、場所をカフェにしたそうだ」
「いやいやいやいや、聞きたいのはそこじゃない。その店、俺の記憶が正しければ、かなり女の子が好きそうな内装の店だよね? 男二人で入るのは勇気がいるんだけど?」
「先方がわざわざ予約してくれたんだから文句を言うな」
「ちぇ~。そういう店はミラー医務官と行きたいのにな~」
「下見だと思って行けばいい」
「ああ、そうするよ」
あまり乗り気ではない社長を宥めたジーンは、社長室を出ると口元で弧を描く。
「今度こそ上手くやってくれよ、社長」
***
その翌日、カフェに来たミラー医務官は、ウェイターに案内されて自分のテーブルにやって来たエディを見て瞠目した。
相手も同じ顔をしており、お互いにものの一秒は何も言葉が出てこなかった。
「ランチェスターさん、お久しぶりですね」
「ひ、久しぶりだね。今日はここで待ち合わせ?」
「ええ、スタイナー少将の代わりにリーゼちゃんと待ち合わせで……」
「奇遇だね。俺は取引先の社長と、会食で……」
しかしエディを案内してくれたウェイターの話では、ミラー医務官が座っているその席を、エディが予約したことになっているらしい。
おまけに、シャノン・ミラーと待ち合わせしているから、彼女が先に来たらこの席に案内するよう言伝を添えて。
そこまで聞いたエディは、両手で顔を覆った。
「ああ、なるほどね。ジーンめ、やってくれたな。取引先に店を用意させるなんてあいつらしくないと思っていたんだよ」
「スタイナー少将も噛んでいるようですね。どうりで不自然な勤務日程に変更されたわけです」
「ああ、こんな格好で来たのが悔やまれる。ミラー医務官が来るとわかっていたら、もっと洒落た上着にしていたのに!」
「落ち着いてください。とりあえず、お茶をしましょう。経緯はどうであれ、ようやくお会いできましたので」
「うん、そうだね」
エディは人懐っこい笑みを浮かべた。
ミラー医務官に会えたことを心の底から喜んでいるような幸せそうな微笑みだ。
あまりにも嬉しそうだから、ミラー医務官の目には、エディの背に犬の尻尾のような幻覚が見えてしまったほど。
「久しぶりに会えて本当に嬉しいよ。忙しそうだけど、体調は大丈夫?」
「お気遣いありがとうございます。休日は調整してもらえているので休めています」
「良かった。休めていないんじゃないかと思って心配だったんだ」
「ご心配をおかけしました。それで……その……、何度も約束をすっぽかしてしまって申し訳ございません」
「気にしないで。この国を守る大切な仕事なんだから。懲りずにこれからも誘うから、覚悟してね?」
「……どうして、ずっと声をかけてくださるんですか?」
「もちろん、ミラー医務官に振り向いてもらいたいからだよ?」
「仕事で何度も約束をすっぽかす人間でも……ですか?」
そう言い、ミラー医務官はバツが悪そうに目を伏せた。
エディの表情を見るのが怖い。
彼が昔の恋人たちのように、ミラー医務官に愛想を尽かせる瞬間の眼差しを浮かべるのではないかと、気弱になってしまったから。
「私、今の仕事を辞めたくありませんし仕事人間なので、妻らしいことはできませんよ」
「ええっ?! 結婚まで考えてくれてるの?! 幸せ過ぎて死にそうなんだけど!」
「……仮定の話です」
「仮定でも嬉しい。俺との結婚を本気で考えてくれたんだね」
「念のためにもう一度言いますが、仮定の話ですよ」
目の前の男が喜びで暴走しそうな気配を察したミラー医務官は、念のためもう一度言って釘を刺した。
「仮定の話だけど、俺もなかなかの仕事人間だから、もしかしたら恋人になっても一緒に出かけられるのは稀かもしれないんだよね。結婚しても、他の夫婦よりも一緒にいられる時間は少ないかもしれない。だからこそ、たまに会える貴重で希少な時間を、二人で大切にできたらいいなと思っているよ。だからミラー医務官に仕事を辞めてほしいとは思っていないし、俺に合わせてもらいたいとも思わない」
多忙であるが故に、恋人に愛想を尽かされることもあったのだと言う。
その点は親しみが持てた。
ミラー医務官は、エディが多忙な人間であることを知っている。
実業家の彼は常に社員を想っており、そして『魔法がなくとも人々が快適に生活できる世の中』を目指して、新しい技術や事業に手を伸ばしている。
一時期彼のもとで働いていたリーゼから、そのような人物だと聞いていたのだ。
「多忙なら尚更、あなたに合わせて一緒にいられる方が隣にいるほうがいいと思いませんか?」
「思わないね。だって俺、治療してくれていた時のミラー医務官に惚れたんだから」
エディは指先で自分の頭に触れた。
リーゼと共に誘拐されていたあの夜にできた傷はすっかり塞がっており、痕は残っていない。
「あの時の真剣な眼差しにイチコロだったんだ。あと、突き放すような言い方をするのに、なんやかんやで世話焼きなところとか、思ったことを率直に言ってしまうところとか、意外と可愛いものが好きなところとか、差し入れのお礼と手紙の返事を律儀に贈ってくれるところとか、全部好きなんだ」
「……重症ですね」
「そう、君に重症なんだよ。治すつもりはないんだけど」
明るい声音で紡がれる臭い台詞に、ミラー医務官はくすりと笑って顔を上げた。
「実は私も、あなたのことが気になってしまう病にかかってしまいました」
「それは大変だ。俺からうつしてしまったから、責任取るよ」
「ええ、そうしてください。緊急出動がある度に、今度こそあなたからの手紙は来ないかもしれないと、気に病んでしかたがないんです」
「なにそれ、可愛い!」
エディは椅子から立ち上がると、ミラー医務官の前で床に膝を突いた。
「瞬きの間ほどしか一緒にいられないかもしれないけれど、心では永遠にミラー医務官を想い続けると誓うよ。そんな俺の恋人になってくれませんか?」
「約束をすっぽかしてばかりの愛想がない仕事人間の私でもいいのなら、喜んで」
ミラー医務官が返事をするや否や、どこからともなくリーゼとノクターンとジーンが現れ、二人の恋の成就を祝った。
その半年後、ネザーフィールド社の社長が共和国軍の医務官と結婚した記事が、『日刊アヴェルステッド新聞』に掲載されて。
後に、ネザーフィールド社の社長は愛妻家として知られるようになるのだった。
番外編を読んでくださってありがとうございました!
また、温かなメッセージをありがとうございます。とても励みになりました。
エディとミラー医務官の恋のお話をお楽しみいただけましたら嬉しいです。




