表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

19/47

11.不意打ちを仕掛けて

 拗ねたエディを宥めるのにひと苦労したが、リーゼは晴れてネザーフィールド社の経理お手伝いとして雇ってもらえることとなった。


 浮かれたリーゼは、ブライアンとハンナが帰宅するとすぐにそのことを話した。

 二人とも急な事態に驚いたが、社名と契約書類を見せると安心し、応援の言葉をかけてくれた。


     ***

 

 その夜、試験勉強中に喉が渇いたリーゼは台所へ行くことにした。

 真っ暗な廊下の先にある台所の扉の隙間から、仄かな明かりが零れている。

 

(誰か起きているのかな?)

 

 とはいえ、とても静かだ。家の中は宵闇と静寂に包まれており、この家自体も寝静まっているように思える。

 もしも両親がいるのなら、声が聞こえてくるだろう。ということは、あそこにいる人物は自ずと絞られる。


(ノクターンがいる……のよね?)


 途端に胸が高鳴った。両手でそっと胸元を押さえ、足音を忍ばせて台所に近づく。

 扉をゆっくりと開くと、食器や鍋を洗っているノクターンと目が合った。


「お、おかえり。今日は早いね」

「そうか? いつもと変わりないだろ」


 ノクターンはリーゼが作った夕食を全て食べてくれたようだ。

 空っぽになっているお皿を見ると嬉しくなり、頬が緩む。


「夜食がいるのか?」

「ううん。喉が渇いたから水を飲みに来たの」

「……少し、座って待っていろ」


 そう言い、ノクターンはグラスとレモンとミントを取り出す。このミントは、窓辺で育てているものだ。

 座っているリーゼの目の前でグラスに水を注ぎ、レモンの果汁を入れて少しかき混ぜた。そこにミントを乗せると、リーゼにグラスを手渡す。


「懐かしー! 故郷でよく作ってくれていたレモン水だー!」

「騒ぐな。ブライアンとハンナが起きるだろ」


 はしゃぐリーゼの頭の上に、掌をぽんと乗せて諫めた。

 頭に触れるノクターンの掌の大きさや温かさにときめいたリーゼは、ドギマギとしてすぐに静かになった。

 

 気を紛らわすためにグラスを傾け、ひと口飲む。

 レモンとミントの香りが口の中に広がり、すっきりとした喉越しだ。

 

「美味しー! やっぱりこの味好き!」

「……変わらないな。都会に来たら、もっと洒落たものを好むようになると思っていたのに」

 

 ノクターンが隣の椅子に座る。静謐な森を思わせる瞳がリーゼを優しく見守る。


(……あ、まただ……)


 なぜか、ノクターンの瞳が仄かに光を宿しているように見えた。

 

「このところ気落ちしているように見えたが、もう大丈夫なのか?」

「え?」

「口数が少ないし、俯いてばかりだったから」

(誰のせいでそうなったと思っているの?!)


 ノクターンが自分を避けるから、ノクターンがいつの間にか見合いの話を貰っていたから、不安でしかたがなくて落ち込んでいたというのに。

 その原因となる人物が理由に気づいていないのが腹立たしい。


「そうだよ。落ち込んでいた。ノクターンが私を避けてばかりだから辛かったの」

「――っ、そんなことはしていない。仕事で帰りが遅くなっていただけだ」

「本当に?」

 

 問い質すように見つめると、翠玉のような瞳が微かに揺れた。


(本当はお見合いのことも聞きたいけど……でも、ノクターンの返事が怖くて聞けない)

 

 告白の返事さえまだで貰っていなくて不安だ。それなのに見合いの話を聞くのは並々ならぬ勇気がいる。もしもノクターンが前向きに検討していたら、と思うと、立ち直れる自信がない。


 リーゼはのろのろと立ち上がる。グラスを洗い、食器棚に戻した。

 幸いにもグラスを洗う間はノクターンに背を向けられるため、いまの表情を知られずに済んだ。きっと、酷い顔をしていたはずだ。


「そういえば、放課後に働くそうだな。さっきブライアンとハンナから話を聞いた」

「うん。ネザーフィールド社ってとこで働くことになったの。今日雇ってもらったよ」

「無理するなよ」

「大丈夫。学生だから勤務時間を調整してもらっているの」

「……なにかあればすぐに言えよ。その時は国軍本部に来てもいいから」

「え? 前は来るなって言っていたくせに……」

 

 頬を膨らませて抗議すると、ノクターンの手が両頬を包んだ。


(また、子ども扱いしている)


 不服に思う一方で、彼に頬を触れられると、胸をくすぐられる心地がした。幸せな感覚だ。


「それとこれとは話が別だ。リーゼの安全が一番だからな」

「……また子ども扱いしている」

「まだ子どもだろ?」

「もうすぐ成人するもん」

「……早いものだな」

 

 ノクターンの手がリーゼの頬から離れる。大きくて温かな掌が離れると、今度はひんやりとした夜の空気に晒された。

 

 それを寂しく思ったリーゼは、ノクターンの掌に頬を擦り寄せたい衝動に駆られ――慌てて我慢した。そんなことをすると、やっぱり子どもだと思われそうな気がしてならないから。


(だけどもう少しだけ、ノクターンに触れたい)


 リーゼは迷った末に、決心した。今度は自分からノクターンに触れよう、と。

 

「じゃ、おやすみ」

「待って!」


 自室へ行こうとするノクターンのシャツの袖を掴み、引き留める。


「屈んで」


 ノクターンは言われるままに、その場で屈んでくれた。

 リーゼも少し体を屈め、ノクターンの顔に自分の顔を寄せる。


(心臓が口から飛び出しそう……)


 頬にかかる髪を耳にかけ、彼の頬に唇をそっと押しつけた。

 

「――っ!」


 ノクターンが息を呑んだ気配がした。

 一瞬だけ彼の頬が強張ったが、すぐに解ける。そしてリーゼの背に手が回された。

 

 抱きしめられているのだと、そう気づくのにしばし時間を要した。

 

「へへっ。昔に戻ったみたいだね」


 気づいた途端に照れくさくなり、はにかんでノクターンを見上げる。


「……ああ」


 なにかに耐えるような表情を見せたノクターンが、リーゼの頬に顔を寄せ、ちゅっと音を立ててキスをした。


(ええっ?! 待って……どういうこと?)


 頬に触れるのは、薄くて形が良くて柔らかな、ノクターンの唇。

 自分の頬の熱が、彼に伝わっている気がしてならない。

 

「お……お、おやすみ!」


 リーゼはノクターンの腕からするりと逃げ出すと、慌てて部屋の中に閉じこもった。

 

 そんなリーゼが、彼女の背後にいたノクターンもまた顔を真っ赤にしていたことなど、知る由もなかった。


     ***


 その後、部屋に戻ったリーゼは寝台の上を転がりまわり、盛大に暴れた。

 

「さっきのはなに?! 狡い!」


 ノクターンにキスされた感触を何度も思い出しては、込み上げてくる嬉しさと照れくささに混乱し、枕をドスドスと叩いて気を紛らわせる。

 

(不意打ちをしてみたのに、不意打ちで返されてしまった……)


 よもや不意打ちが成功していたことを知らないリーゼは、悔しさと嬉しさと恥ずかしさを胸に、眠ってしまったのだった。

甘酸っぱーい!と思っていただけましたら嬉しいです^^


明日も5:00に更新予定です。


少しでもお楽しみいただけたり、「続きが気になる!」と思っていただけましたら、

ページ下部の★★★★★クリック評価や、ブックマーク追加・いいねボタンで応援いただけますと嬉しいです……!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ