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ニマ ワールド

纏う

作者: ニマ

第8弾です。


2019年12月15日に、地方紙に掲載された作品です。


今回、もっと多くの方に読んでいただきたく、投稿しました。

 プスン。


 布に対してミシンの針が真っすぐ貫通したことを、目と耳で確認してから針目を三目進め、同じく三目返し縫いをしたところで、息を吸い込み思い切り吐き出すと同時に、縫い始める。


 ゥゥウィーン。


 スタートは小さな音から始まり、次第に大きな音がリズミカルに刻みだされる。


 ウィィィーン。


 軽快な音に酔いしれて、さらにもっと!もっと!と、布に真っすぐな糸の道を縫い付ける。

 布に垂直に落ちるミシンの針の回転数を加速させ、高い音を教室中に響かせる。


 ウィィィーン! ズドン!


 急に、鈍くて重たい音が教室中にこだまする。


「せんせー!

 レナが、またミシン壊したー!」

「またぁぁぁ!?」


 教室中に先生の叫声が響き、ミシンが壊れて暫く使えなくなる事に対して、生徒の溜息交じりの声と落胆の重たい雰囲気が漂い始める。


「はいはい!

 今度は、壊してない。

 針が折れただけだから、自分ですぐに直せます!」


 一瞬で重たくなった雰囲気を打ち消すように、私はそう吐き捨て、ミシンの上で身動きが取れなくなった布を、急いで救出する為、セットしていたピーンと張りつめている糸と、その糸で空中遊泳している折れた針先をなくさないように指で挟んでから、張りつめた糸を切る。


 慣れた手つきで、ミシンの針を交換する。

 これまで、ミシンを使用中に何度も何度も、ミシンの針を折っているから交換自体、既にお手の物になっていた。

 ミシン針交換選手権があるとすれば、このクラスの中で一番になれるくらい素早く正確に針交換できる自信がある。


 私はクラスで最も、ミシンとの相性が悪い。




「 ねぇ、君!

 君だよ、君!」


 登校中のことだった。

 学校を目前に背後から男はそう言うと、私の肩を軽くポンと叩いた。

 振り返ると、私よりも背が低い知らない小太りのオジサンが、笑顔で立っていた。


「君、ここの学校の生徒さん?

 モデル科の生徒でしょ?

 背も高いし、スタイル抜群だし、容姿端麗だもんね?


 私、こういう者だけど興味ない?

 君ならすぐに、一流のモデルになれるよ!」


 差し出されたのは、大手芸能事務所の名刺だった。

 もう入学してきて、何社目だろう。

 そのまま無視して、通り過ぎようとすると


「怪しむかもしれないけど、うち、本物の芸能事務所だから!

 学校の前で、偽物の事務所のスカウトなんてしないからぁ。

 安心して」


 興味ないんで、そう答えたのに、


「またまたぁ。

 もしかして、他の事務所決まってるとか?

 それなら、もっといい条件にするから!

 一度、話位は聞いてみる価値あるよ!」


 大きな声を出しながら、しつこくつきまとってくる。


 登校している周りの生徒達が、冷めた目や好奇の目でこちらを見ている。

 その中に、モデル科の生徒が睨みながら、こちらを見ていることに気が付いて


「モデル科じゃなくて、デザイナー科だから」


 と、答えてその場を後にしようとした私の後ろ姿に向かって、オジサンは


「君!本気か?

 嘘だよね?

 その恵まれた身体、活かさないなんて、もったいない人生だよ!」


 とか、色々言っていたけれど、ウザいから無視して教室に駆け込んだ。


「レナ、おはよう!

 今朝も、捕まってたね?

 今日は、どこだったの、事務所」


 冷やかしながらも、満面の笑みで話しかけてきたのは、クラスメートの葵だった。


「見てたなら、助けてよ!

 NIM事務所だった」

「ハァ!?

 チョー大手芸能事務所じゃん。

 レナ!

 こうなったら、モデル科に転籍したら?」


 と真面目な顔で言ってきた。


「ほっといて。

 モデル業に興味無いから」

「レナの為を思って言ってるんだよ?

 半年経っても、まだまともにミシン使えないんじゃ、ファッションデザイナーになれないよ?」


 それを言われたら、ぐうの音も出なかった。


「レナは、どうしてこの学校に進学したの?」


 葵とはこの学校で知り合ったから、お互いここに来る以前のことは知らない。


「なんだっていいでしょ。もう!」


 そう言って、窓の外を見た。

 葵は、私の目の前で視界を遮るように、掌を振った。


「何?」


 不機嫌な私は、葵を睨みつけたのに葵は、にいっと笑って


「私は、コレクション!

 特に、パリコレでファッションショーを開催して、世界中の人々を魅了する一流のファッションデザイナーになる為に、地元から遠いこの学校に入学したの」

「あ、そ」

「はぁ?何ソレ!

 他に、何か言うことないの!」


 私のあっさりした反応を見て、葵は目を丸く見開き、驚きを隠せない様子でオーバーなリアクションを催促してきた。

 私は少し考えて、


「うん、頑張って」


 と愛想無く伝えたことが不服だったようで、


「もっと、興味持ったりしないの?

 そもそも、レナがこの科に入学してきた理由を隠しているのが、ダメなのよ。

 勿体ぶらずに言いなさいよ。」


 と責められた。


 なぜ、仲も良くないのに葵に言わなきゃいけないのか。

 なぜ、私に対して命令口調なのか。

 どうやら、渋々でも答えなければいけない状況に追い込まれたようで、同じ教室内にいるクラスメート達は誰一人こちらを向いていないが、私と葵の話に耳を傾けている。

 その証拠に、教室中が聞き耳を立てているから無音だ。

 はっきり言って、気味が悪い。


「オーダーメイドのデザイナーになるため」


 葵の耳元で、こっそり小声で言うと、


「え?

 オーダーメイドのデザイナー?

 コレクション、目指してないの!

 嘘?信じられない!」


 一段と大きくなった葵の声は、教室中に響きクラスメートは敢えてこちらを見ようともせず、小房になってひそひそと話し始めた。


「話したんだから、もういいでしょ!」


 これ以上は、ごめんだ!あっちに行けと言わんばかりに、有無を言わさず葵を追いやった。


 葵はいつも、あんな感じで話しかけてくる。

 普段から、あんな調子だから仲の良い友達がいるわけでもなく、基本ぼっちだ。

 葵だけじゃない、私も。


 ただ、このクラスメートは協調性が無いというか、ぼっちが多い気がする。


 高校生活では、明らかに何個かグループがあって仲間に入れてもらえなかったり、私はこのグループなのか?と思ったりしたけれど、この学校に進学してからは、そんな心配もしなくてもいいので、気が楽になった。


 皆、デザイナーを目指しているから友達というよりも、お互いをライバル視しているのかもしれない。


 だからこのクラスメートは必要最低限のことしか話さないし、どんな作品を作っているのか興味があるのに直接本人に聞くのではなく、いつも遠巻きで観察している。


 ある意味面白くて、仲間同士で切磋琢磨という言葉とは無縁で、むしろ個性を最大限に磨くことに専念している集団と例える方がしっくりする。


 私は、この学校に進学して服を作る基礎を勉強している。

 毎日、覚える事ばかりだ。

 型紙を作る授業もあれば、服に使用する繊維や素材の授業に、襟や袖と言った名称やスカートの種類などを覚える授業、デッサンや色彩の授業、服の歴史の授業等々、多岐にわたる。


 服を一着作るのって、こんなに手間と時間がかかる物だと進学してきて初めて知った。


 そもそも、私がこの学校に進学してきた理由は、私が着用できる既製品があまり流通していないことにある。


 私は、生まれてきた時から他の子どもと比べて、大きかった。


 小学生になる前から小学生に見られたし、小学生の高学年の時には学校の先生に間違えられるほど身長も高かった。

 いつまで成長期が続くのだろうと思っていたら信じられないことに未だに、身長は伸び続けている。


 もう、一八〇センチは越えている。


 小さい時は、身長が伸びることに対して喜びもあったが、小学生の高学年にもなれば下級生に、デカイだの巨人だのからかわれ、中学生になっても伸び続ける私に、ぬりかべ(既に人間ではなく妖怪)と呼ばれ、高校に進学した時には、知り合いのおばさんに


「デカすぎると、おばあちゃんになった時に、かわいくないおばあちゃんになるわよ」


 と言われて、ショックを受けた。


 何とか、これ以上身長が伸びないよう、部活ではバスケ部やバレーボール部などの身長が高くなるイメージの部活はしなかったし、毎日猫背で過ごしたり、座る時は極力、正座を心がけたりした。

 それでも自分の意思とは裏腹に、今も私の身長は伸び続けている。


 物心ついた時には、既に母は毎日ミシンを踏んでいた。

 気が付けば、私は母が一生懸命作ってくれたお手製の服だけを着て生活していた。

 タンスには、既製品の服は一着も無かった。

 小学生の高学年ともなれば、おしゃれに目覚める年頃で、友達と雑誌を見たりお店に服を見に行ったりもしたけれど、何故か母とは


「服は買わない」


 という約束をさせられていた。


 母に雑誌のモデルが着用しているスカートの写真を見せて、この服かわいいと言えば早ければ翌朝には雑誌と同じスカートを完成させて、小学校に履いて行ったものだ。


 そのお手製のスカートを見た友達は、羨ましがったけど本当は、母の作ってくれる服は嫌いだった。

 なんか、手作りは時代遅れで古臭い感じがしたし


「なんで、いつも私だけ母が作ってくれた服を着ているのだろう。

 友達はみんな、お店やネットで買っているのに…」


 という疑問から、既製品の服と母の手作りの服を比較しては、なんだか既製品の方がおしゃれに見えて、雑誌で少し作るのが難しそうなボタンがいっぱい付いているシャツワンピースの写真を見つけて母に


「買って」


 と、ねだったら、三日後には雑誌の写真と全く同じシャツワンピを完成させてしまう程の腕前になっていた母に脱帽したのは小学六年生の時だ。



 中学と高校に進学した時は、娘である私もさすがに引いた。


 周りの生徒には気付かないようにするからと、学校側に制服を作りたいと申し出た母。

 今までの洋裁歴や、作ってきた服の数などを事細かく何度も伝え続け、母の熱意に根負けした学校側は本来、自分の手で制服を作ることは勿論、制服を作り直したりすることも許されていないが、誰にも口外しないことを前提条件として、特別に手直し程度なら…と許可が下りた。

 実際どこを母が直したのかは、制服を毎日、着用して登下校していた私でさえも気づかなかったくらいだ。


 そんな母と既製品の服は買わないという約束を強いられた生活の中で、どうしても既製品の服が欲しくてたまらなかった中学生の時、一度だけ約束を破って購入したことがある。


 その頃は、双子コーデという友達同士が同じ服装で過ごすコーディネートが流行っていて、仲良しの友達と双子コーデをするために一緒にお店に行き、選んだ服を試着した友達の姿を見て、素直にかわいいと思ったから、試着はせずに私は友達とお揃いの服を買って帰宅した。


 母には内緒でバレない様に、こっそり自分の部屋で試着して姿見鏡を見た時だった。


「うそ。

 なんだ、これ…」


 姿見鏡の中に映し出された自分の姿を見た私は、驚愕のあまり固まってしまった。


「全然、似合わない」


 そう、似合わないのだ。

 いや、似合う似合わない以前の問題だった。


 良いイメージしかなかった既製品の服を着れた喜びから、一気に地獄に突き落とされた。

 受け止めなくてはいけない現実があまりにも大きすぎて、姿見鏡の前に座り込んで、母に聞こえないように声を押し殺して泣いた。


 そういう時に限って、母親の勘というものは鋭いもので急に母が部屋に行ってきた。

 既製品の服を着て泣いている私の姿を見て、母は冷静に


「ほらね。

 お母さんとの、約束を破っても良いことなんて、一つもなかったでしょ?」

 

 と一言。

 私は母の一言を聞いて、スイッチが入ったように大きな声で泣きながら頷いた。


「レナに既製服は、似合わないのよ。

 だからお母さん、レナに似合うように服を作っていたの。

 この服、試着しないで買ってきたのね?」


 母は、私が着ていた服を軽蔑するように指で軽くつまんで


「記念に一枚、写真でも撮っておく?」


 と冗談ぽく笑いながら言った。


「そうだ!レナ!

 こんなチャンス、二度とないから立って。

 ほら!

 姿見鏡に映った自分の姿を、よーく見てごらん」


 嫌だ!と必死に泣きながら首を振ったが


「自分を知る良い機会よ!

 今の自分から逃げちゃダメ。

 見て!既製服のどこがダメなのか」


 と母に説得され渋々、姿見鏡の前に立ってみたものの鏡に映った自分を直視できずにいた。


「服のセンスは、悪くないんだけどね。

 レナは、細身で身長が高くて手足が長いから。

 お母さんの言おうとしていること、わかる?」


 と聞かれ、頷いた。


 一五〇センチでぽっちゃりした友達と、お揃いで初めて買った服。

 彼女がMサイズでピチピチだったから、彼女より背の高い私は一七〇センチ。

 きっと、全てLサイズだと高をくくって、Lサイズで買い揃えた。


「このブラウス、Lサイズだけど肩の位置があと三センチ外で袖丈もあと四センチ長くて、着丈は少なくても十センチは必要よね?

 スカートもLサイズだけど、ウエストがガボガボ。

 手で押さえないと、落ちちゃうくらい大きい」


 姿見鏡の中の私の姿は、最悪だった。

 

 ブラウスは寸足らずで、スカートは大きすぎ。

 とてもじゃないけれど、この格好ではカッコ悪いし恥ずかしくて外へは出られなかった。


「レナは身長が高いけれど、細身だからスカートはMサイズでもいいくらい。

 だけど、Mサイズにしたら今度は丈が中途半端になるでしょ。

 シャツはLサイズだけど、色んな丈が短すぎる。

 しかも、身幅はガボガボで後ろはこんなに余裕がありすぎて、だらしなく見える。

 ブラウスの着丈の長さだけを求めてLLサイズに手を出しても、身幅が更に太くなるだけ。

 着丈は、せいぜい二センチ位しか長くならない」


 母の説明に聞き入った私は、いつしか泣く事を忘れ姿見鏡に映った自分の姿を観察する。


「既製服は誰かのサイズを基準に作っているの。

 レナ以外の人は、自分の身体を誰か基準で作ったサイズの服に合わせて着ているわ。

 だから、少し袖丈が短いけど仕方ないと妥協して我慢して着るし、自分に合ったサイズが売り切れていたら諦めざるを得ないの」


 母が私の為に長年、服を作り続けてくれていた意味が少しずつ、分かり始めてきた。


「レナの身体は既製服を着ると、レナ自身の魅力が全て見えなくなってしまうの。

 身長が高くて手足が長いことは素敵なことなのに、既製服に合わせると丈が、かなり短い。

 丈の長いものにこだわれば、ガボガボの服を着ることになる。

 既製服に縛られる生き方ほど、もったいないことはないと知って欲しかったのよ。

 レナは、私の自慢の素敵な娘なんだから」

 

 そう母は微笑んだ。

 私は長年母のことを、ただの度を越えた親バカだと思っていた。

 けれど、母はそんな私の為に、ずっと服を作り続けてくれていた。

 母の作ってくれた服を嫌いだと思ったことをすごく後悔したし、母の愛情を知って感謝の気持ちでいっぱいになった。


「さて。じゃあ、この服を返品してこよう」


 そう母に言われた時に、決めた。


「この服は、記念に飾っておく。

 たぶん、もう服は買わないから。

 高校を卒業するまでは、私の服作ってくれる?

 高校を卒業したら、洋裁の専門学校行って勉強する。

 それで、自分の服も作るし、お母さんの服も作ってあげる!

 そして、私みたいに既製服が似合わない人の為に、オーダーメイドのデザイナーになる」


 私の言葉を聞いた母は驚いて、


「え?モデルじゃないの?」

「うん。お母さんみたいに、着る人の魅力を引き出せる服を作りたい。

 私みたいに背が高い人だけじゃなくて、車椅子の人や、事故や病気で服を上手く着れなくて困っている人もいると思う。

 少しでも、役に立ちたい!」


 そう母に伝えると、


「レナなら、出来るわよ。

 私の娘だから。」


 と言って笑顔で、応援してくれた。



第8弾も、最後まで読んでいただき、ありがとうございました。


第9弾「花火大会」もございますので、読んでいただけると幸いです。


第1弾は「黒子(くろこ/ほくろ)」

第2弾は「風見鶏」

第3弾は「WARNING」

第4弾は「デジャブ」

第5弾は「アフロ」

第6弾は「まっしろなジグソーパズル」

第7弾は「とぉふぅ」

となっております。


よろしくお願いいたします。

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