なろうのホーム画面の赤文字が怖い
『小説家になろう』という小説投稿サイトを利用して二年、はじめの一年はランキングにのっている作品を読んでは楽しんでいた。
色々な作品があった。
剣と魔法を派手につかった王道ファンタジー。
王宮を舞台にした令嬢たちの恋物語。
読んでいくうちに、次第に自分の中にある物語を形にして発表したいという願望が芽をだしていった。
初めての投稿作品はほとんどブックマークもつかずがっかりしたが、それでも思いついた作品の投稿を続けた。
短編ばかりだったが、ひさしぶりに投稿した長編作品が予想外に評価を受けた。
日々増えるブックマークの数に驚きとともに、この評価は本当に正しいのだろうかという怖さもあった。
『面白かったです。早く続きが読みたいです』
励ましの感想に後押しされて再び投稿ボタンを毎日押し続けた。
しかし、批判的なものも来るようになり、中には作者自体を否定するような感想が書かれ始めた。
『タイトル詐欺ですね。これが読者ざまあってやつですか?』
『取ってつけたような理由。あまりにも稚拙すぎる』
大勢の目に触れる場所に投稿している以上しょうがないとは思いつつも、気分は落ちこんでしまう。
それまでの舞い上がっていたテンションが下がると、投稿のペースも落ちていく。
しばらく創作活動から離れようとかと思ったとき、ユーザーページに見慣れない赤文字が見えた。
“メッセージが届きました”
感想の通知は見ることはあったが、直接作者に向けてメッセージを送ってくることはまれだった。
『いつも先生の物語を拝読させていただいております。感想欄では様々なことが言われていますが、どうか作者様の世界を描ききってください』
ユーザー名を見ると、これまで投稿する度に感想を送ってくれていた“ぼく、ゆうた”というひとだった。
投稿を初めてから最初に感想を送ってくれたひとだった。ここまで投稿が続いたのも読んでくれている人がいるという確証があったからだった。
久しく見ていなかった感想欄をスクロールしていく。
はじめは作品を楽しんでいる言葉が多かった。
しかし、最新の感想に近づいていくと次第に他のユーザーを攻撃するような言葉が目立ち始める。
熱烈なファンだというのはわかったが、少し行き過ぎている気がした。
メッセージへの返信をふくめて攻撃的な言動をいさめておくことにした。
最初に感想へのお礼を書き、なるべく刺激しないような文面になるように見返してから送信ボタンを押した。
“メッセージが届きました”
その赤字は一分もしないうちに浮かび上がった。こんなに早くと思いながら、赤字をタップする。
『先生本人からメッセージをいただけるなんて感激です』という言葉から始まって、ほめちぎる文面が続く。そこには狂信めいたものを感じ背中をぞくりと震わせた。
それでも、ただの一ユーザーだ。距離を置いておけばいいと思っていた。
それからも投稿をすると、感想欄のトップにのるのはあの人の名前だった。
その後に否定的な感想がよせられると、一気に感想欄が“ぼく、ゆうた”の名で埋められる。
攻撃的な物言いにカチンときた他のユーザーと応酬が始まる。
いわゆる炎上案件だった。ブロックしようか、それともこのまま放置しようか悩み始めたときだった。
感想欄のユーザー名に“投稿者は退会しました”という文字が見え始めた。
そのときは、嫌気がさした人間が離れていったのだろうと思った。知人が消えてしまったような寂しさを感じただけだった。
しかし、次第にその文字がどんどんと増えていく。
侵食していくように、感想欄のユーザー名が“投稿者は退会しました”に書き換えられていく。
残ったのは―――ぼく、ゆうた
得体の知れないものを感じ、ブロック設定に彼のユーザー名を記入した。
一抹の罪悪感と引き換えに安心をとった。
これで彼からメッセージが届くこともなくなり感想欄も落ち着くだろうと。
それから、彼の名前を見ない日々が続いていた。
感想がこないとぼやいていた自分が、感想が怖いと思う日が来るなんてと苦笑していたときだった……。
―――カタン
それはドアポストが立てた金属音だった。
パソコンの前に座っていた首をとっさに向ける。
電気の検針員でも来たのかと思うが、なんとなく気になって腰を上げる。
手紙受けに入っていたのは一通の封筒。宛名もかかれず切手は貼られていなかった。郵便局員ではなく誰かが直接持ってきたということになる。
一体誰がと不気味に思いながら中を開けた。
『どうしてブロックしたの、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして……』
ボールペンで書きなぐるように刻み付けられた黒い線の塊に背筋が硬直する。
だれがこの手紙を書いたのかはすぐに想像がついた。
目の前の文字がかすみ周囲の音が遠くなる中、ドアの向こうから誰かがいる気配を感じた。
そして、声が聞こえた。
「先生……、感想が送れなくなっていたので直接いいにきましたよ…………。聞いてくれますよね?」