水晶の蓋
4月の貴石。
クォーツ。
SiO2
「確かに、綺麗だと思うんだけど」
葉桜萌ゆる、陽射しが優しい日に、尊敬するおじいさんに話をする。
友人のお姉さんがフランスにいてね。
バレエを習ってるんだけど、その先生が、脅されてたらしいんだ。
事の始まりは。
先生が最近おかしいって思って、お姉さんが後をつけてったんだけど。
郊外の別荘地みたいなところまで、追いかけて行っちゃって。
そこには大きなお屋敷があって、いろんな人が出入りしてたみたい。
大物の政治家や有名なアーティストとかもいたとか。
お姉さんは、先生の後をつけてって中まで入っちゃったんだよね。
そのすぐ後に、盗難事件があったんだ。
高価そうな家具やら、小物やら、もう家丸ごとみたいな盗難で。
で。
なんでか、お姉さんが逮捕されちゃってさ。
先生や大物有名人じゃなくてだよ?
や、もちろんその人たちが犯人だって思ってるわけじゃないよ。
お姉さんひとりで、そんなに運べると思う?
後々、聞いたら、お姉さんものすごく興味津々でインテリア見てたらしいけど。
怪しさ満点な目つきだったのかな。
中でも目を引いたのが、ガラスのボトル。
並んでいた香水のボトルは、芸術品レベルって言ってたよ。
ガラスでもカットが光を反射して綺麗に見えるようになってたり、バカラがあったり、江戸切子なんてのもあったり、水晶で出来たものだってあったんだ。
ああ、水晶のは蓋? っていうのかな?
上に刺さってるやつのとこだけが水晶で出来てる。
なんでも、その水晶の蓋が特別らしくって。
まあ、普通ボトルに水晶って使わないよね。
磨りガラスになってるその蓋に隙間を作ってて、紙が入ってたんだ。
で、その蓋をめぐっての盗み合い。
紙に書かれてたのが、株だかなにかの金融商品の不正取引してる人の情報だとかで。
最終的には、フランスの特別捜査班みたいなとこに届いたらしいけど。
もちろん、そのお姉さんは釈放だよ。
それにしてもさ。
大事なものを隠す場所って、綺麗なとこが多い気がする。
もっと、目立たないとこに隠せばいいのにね。
「ね、おじいさん。そう考えると、綺麗なものって怖く感じちゃうよね」
「一弥は、モーリス・ルブランのアルセーヌ・リュパンも読んでないのかね。天才的な怪盗紳士の。水晶で出来ているその蓋は、栓というのだよ。まあ、もうちょっと大人になってから読むと見方が変わって面白いかもしれないね。読んでみるといい」