表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
恋獄で、君と狂う  作者: 武藤夏
4章
29/36

【真実とは?】

【真実とは?】


 何かが破裂した音が轟く。


 聞き慣れない音がしたのは、下からだった。リーシャは顔をあげ、改めて下を見下ろした。


「は···い···? 」


 ルカが、拳銃をファリドに向けていた。彼の黒い銃を見て、今の音が銃声だとリーシャは理解した。


「な···なっ···」


 ファリドが後ずさりながら、剣のグリップ部分を握りしめる。


 銃弾は彼の頬を掠めただけで当たらなかったのだろう。ファリドの頬から、血が伝っている。


 ホッとリーシャが胸をなで下ろしたとき、ルカが大きく舌打ちした。


「ゲスがーーーリーシャに、何をした?」


 ルカが、どす黒い声を発した。


 彼の低い声音は、間違いなく彼が怒っていることを示している。リーシャは自分に対して発せられた言葉でなくても、背筋が震えた。


「なんなんだ···。銃を発砲するなんて、殺す気か!?」


 ファリドが叫びながら、鞘から剣を抜いた。

 シャンデリアの輝きの下で、彼が握る剣の先がきらめく。

 ルカは、ころりと笑う。


「そうだね、殺す気だった」

「な···何だと!?」


 ファリドは顔を引きつらせた。肯定する彼の声音は、間違いなく本気であるとリーシャは確信する。


「ボクはね、リーシャのためなら人だって殺す気だ。もし彼女を泣かせる奴がいるなら、もうそれは死刑に処すしかないね」


 ルカは顔に笑みこそはりつけているが、囁くようにどす黒い声音を発する。

 ぎらぎらと輝く瞳は異常さを現している。ファリドは彼の異常さに圧倒されたのか、息を呑んでいた。


(狂ってますね···。本当に···)


 リーシャはわかっていたことだが、失笑した。

 自分を閉じ込めたいという彼の異常さを、リーシャはよく理解している。ファリドは圧倒されているようだが、リーシャは徐々に彼の異常さに慣れていた。


「そうか···そちらがそう来るのなら···」


 ファリドは歯ぎしりをした。 


「ーーー誘拐、監禁などしていた奴に、リーシャを渡せるはずがないだろう!彼女は、俺の婚約者だ!」


 ファリドが吠え、ルカに対して剣を向けた。

 周りにいた使用人も、ルカに襲いかかろうとしたが、対して、エミールを始めとしたルカの屋敷の使用人が、応じる。


「む!」


 エミールに関しては、2人の使用人を拳で殴り、壁まで跳ね飛ばしていた。

 筋肉隆々な体型だと思っていたが、流石である。しかし数人で来たルカの使用人達からすると、ファリドの屋敷の使用人たちのほうが数が多い。


「ふっ!」


 ファリドは、剣をルカに対して振り下ろしていた。

 ルカも、漆黒の鞘から剣を抜き、応じている。彼の漆黒の剣には虹色の宝石が埋め込まれ、あやしげな光を湛えていた。


 鋼鉄が擦り合わさる甲高い音が響く。


 ファリドは眉間にシワを寄せているが、ルカはどこか涼し気な顔で、応じていた。


(やばいですね···。入る隙を、完全に見失いました···)


 リーシャは困惑し、下で乱闘になっている皆を見下ろすしかない。


(ロマンス小説よろしく、私のために争わないでと飛び込みたいですがーーそうじゃ、ないんですよね···)


 リーシャは、暗澹たる気持ちで彼らを見た。

 暗くならざるを、得ない。

 自分が探し出した謎の答えは、吐き気がするほど残酷すぎた。


(全ては···嘘なんですから···)


 自分の瞳から、また涙が零れ落ちる。


「ーーーマスロフスキー、君、怪我をしているじゃないか」


 ファリドの声に、リーシャはハッとした。

 ルカは涼し気な顔をしているが、剣を握る左手には、包帯が巻かれている。


(私を助けた時の怪我が···)


 彼の利き手は、左手だったのか。

 リーシャは彼の怪我を直接見ているため、ルカが剣を握って戦える状況ではないことがわかる。


「騎士道として、怪我を負う弱者を痛めつけるわけにはいかない。手加減をしよう」


 ファリドがルカを、力で圧しているようにリーシャには見えた。


「手加減?不用な気遣いだよ、シュレポフ」


 ルカは怪我をしている左手で、ファリドの剣を押し退ける。


「手加減されたら、ボクは君を殺すよ。そしてリーシャを奪い、ずっと閉じ込めておく」


 ルカの顔は涼し気で、利き手を怪我をしているとは思えない。


(どうして、そこまでするんですか···)


 怪我も厭わず、何故彼はそこまでして自分を奪いたいというのか。

 ファリドは彼に対して奇妙さを覚えたのだろうか、顔を顰める。


「どっちがゲスだ。君は···異常だよ。リーシャを、どう思っているんだ」

「愛している」


 ルカは、迷いなく言った。

 彼の瞳が一瞬でも自分に向けられたことに、リーシャはすぐ気がついた。



「愛しているから、閉じ込めたいんだ」



 ーーー狂っていると、リーシャは失笑した。


 彼がファリドと剣を交えるのを見て、更に確信する。 


(怪我をしているのに、私を奪いに来ることないでしょう)


 彼は怪我をしたときのように、自分自身のことなど忘れ、痛みをそっちのけにして剣を振るっているのだろう。


 小屋の中で自分を助けた時のように、リーシャのことしか考えていないに違いない。


 『愛している』という彼の言葉は、本当だ。


 自分の視界を奪い、誰にも会わない暗い密室の中に、自分を閉じ込めておきたいのだろう。


 暗く、されど美しい、彼の望みにーー自分は応えることはできない、と思った。


(あなたのおかげか、あなたのせいなのか、私には謎が解けましたよ)


 リーシャは思った。


 このまま、密室の中に閉じ込められてばかりでは、いられない。


 不可解な謎は、全て解けてしまったのだ。


 いくら彼が作った密室空間が温かく、居心地が良かったとしても、自分は外に出る必要がある。


 本当の謎の真相がわかったのなら、彼に披露しなくてはならない。


(あなたが、愛の存在を教えてくれたおかげで···)


 ぎりぎりと鋼鉄同士がすり合わせる音は、耳を塞ぎたなるほど甲高い。


「···狂人め!彼女は、高貴な血筋だ!監禁しておくことなど、できるわけがないだろう!」

「何?」


 大きくファリドが叫ぶと、ルカは自分を見上げた。自分が目を伏せると、彼が息を呑んだのがわかった。


「リーシャにーー話したのか」


 ファリドの言葉に驚かない自分を見て、彼は絶句しているようだった。


 ショックを受けたかのように、彼の動きが止まってしまった。


「はぁっ!」


 ファリドが大きなかけ声をあげた時、ルカの手から漆黒の剣が弾き落とされた。床に、彼の漆黒の剣が落ち、床に滑る。


 ルカが痛みのためか、眉を吊り上げた時、ファリドの剣先は彼の首に向けられていた。


「ルカ・マスロフスキー、これまでだな」


 ファリドは悠然と告げた。


「まだ君は、銃も持っているだろう?こちらに寄越すんだ」


 ルカ様、とエミールが小さく叫んだ。


 彼らの周りで乱闘していた使用人達も、動きが止まっていた。主人である2人の決着がついたと判断したからだろう。


 ルカは迷うようでもあったが、黙然と懐に入っていた拳銃をファリドに渡した。ファリドはすぐにそれを懐に入れる。


(·····)


 リーシャは、彼らの動きが止まったことで、螺旋階段を静かに降り始める。

 ルカの瞳はファリドに向けられることなく、自分の動きをじっと追っていた。


「俺は君を殺さない。アデリナ皇女誘拐、監禁の罪で、逮捕してやる」


 ルカは、黙っていた。

 自分という存在の正体を、知っているのだ。

 リーシャは自身の推理が正しかったことを再度認識する。 


「君は、リーシャがアデリナ皇女であると知っていた。綿密に、彼女を誘拐する計画は練られていたのだろうーーー君は皇女を誘拐するために、アレクセイ・ラザレフを殺した。···そうだな?」


 ファリドはルカのことを見据え、視線だけでも捕らえて離さなかった。


 リーシャは、階段を降りきった。


 ファリドが告げる言葉に息を呑んでいるのは、自分だけでなく、エミールも同じだった。


「あぁ···リーシャ···」


 ルカは、自分のことだけを見つめていた。

 恍惚とした瞳に、リーシャは毎度のことながら居心地の悪さを感じる。


「ルカさん、答えて下さい。私に、真実を教えて下さい」


 ファリドは真摯な瞳をルカに向け、自分は疑心に満ちた目でルカを見つめていた。

 ルカは恍惚とした瞳を自分に向け、静かに口を開いた。 



「ーー例えばボクが、アレクセイ・ラザレフを殺していたとしたら、君はどう思う?」


次の話は、明日21時に更新予定です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ