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恋獄で、君と狂う  作者: 武藤夏
3章
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【逃げた先で、悲鳴をあげる】

【逃げた先で、悲鳴をあげる】


「···はっ」


 ーーリーシャは、現実で、半身を勢いよく起き上がらせた。


 身体全体が火照り、汗で衣服が濡れてしまっていた。悪夢を見ていたことは認識していたが、リーシャは寝ながらもうなされていたのか、息も乱れていた。


(まだ、夜ですよね···。全く、夢見が悪い···)


 苦々しく笑みを零し、周りを見回す。


 灯りを消してから、何時間が経ったのだろう。部屋のすみにいるガリーナも、椅子に腰かけたまま、目を閉じていた。


 監禁されてから、9日も経った。


 リーシャは変わらずに監禁生活を過ごしていた。


(目が冴えてしまいましたね。···ルカさんの問題でも、また考えましょうか···)


 もそりと寝具から起き上がり、リーシャは一度パジャマを着替えようかと思う。

 スヴィエトの夜に、ルカから出題された問題は、未だ解けていない。

 ルカも自分に考えさせようとしているのか、答えを教えてくれる気配はない。朝になるまで2人で考えても、そして朝、晩と2人で食事をしながら話しても、リーシャは答えを見いだせずにいた。


(···ルカさん、ねぇ···)


 今、夢にみたばかりの彼を思い出す。

 雪の中、強く抱きしめられる彼の腕から、何とか逃げなくてはともがく自分。


(もし彼が殺人犯なら、逃げなければ···)


 アレクセイや使用人を殺した可能性があるのだ。リーシャは新しいパジャマに着替えようとしていたが、手を止める。


 ガリーナは、眠っていた。自分がパジャマではなく、ドレスを着ても、起きる気配はなかった。


(今、もしかして···逃げられるでしょうか···?)


 ガリーナだって人の子だ。


 自分と24時間側にいる訳でが、彼女だって睡眠が必要である。リーシャはそろりと扉を開き、ゆっくりと閉じる。廊下に出ても、彼女が追いかけてくることはない。リーシャは胸が弾むのを感じた。


 暗闇の廊下に出れば、真夜中なのか、人気はない。暗闇の中でも佇む美術品たちを横目に、なるべく足音をたてないように静かに歩く。


(さむ···、これは外に出るにも、せめてコートがなければ···)


 窓の外を見れば、やはり雪は吹雪いている。先日少し外に出ただけでも凍えそうだったのだから、防寒しなければ逃げられるはずがない。


 階段を降りていく時、リーシャはコートがある場所を思い出し、1階まで降りて行った。エントランスホールの扉の前に、エミールが立っていた。真夜中でも、彼は玄関を守っているのか。


(もう、眠っていてくれれば良いですのに)


 内心舌打ちしたい気分になった。しかも、玄関の前にいるのはエミール1人ではない。


「なぁ、エミールじいさん。あんたも好きだろう?」


 彼は、宴の際にいた使用人の中年の男だった。エミールと同じ服を着ており、あきらかに顔が赤い。


 リーシャはエミール達に見つからないように1階に降り、像の後ろに隠れた。


(ありましたね、コート···)


 リーシャはエミールが玄関横にコートと帽子を置いていることを、覚えていた。彼等に見つからないようにしながら、リーシャは首をひねる。


(どうやってコートを取りましょう?冒険小説が好きなら、何か思いついたのかもしれませんが···専門外ですねぇ)


 彼のコートと帽子を拝借することができないかと、2人の使用人を注視する。ふと、中年の男を見て、リーシャは気が付いた。


(あれ、あの方···酔われています?)


 彼の顔の赤さから、リーシャは判断する。宴でも、彼の顔はあのくらい赤かったような。


「む。いけません、ルカ様のご命令です」


 エミールは首を横に振る。顰め面で、先日ヴォートカをリーシャに勧めた人物と同一人物とは思えない。


「だぁいじょうぶだってぇ!ルカ様もリーシャ様も、眠っていらっしゃるし」

「···む、いけません」

「少しくらい離れたって大丈夫。なぁ、一緒に酒のもっ」

「いけません」


 エミールは頑なに男の誘いを断っている。リーシャは期待をした目で、彼等を見つめた。


(お酒に誘われているのでしょうか?これは好都合。どうか、行って下さい···)


 この家の使用人は酒好きが多いな――と苦笑しつつ、リーシャは彼等の会話を見守る。


「ち、かたいなー、エミールじいさん。じゃ、オレだけで飲んでるよ」


 もっと頑張ってエミールを誘って欲しかったが、中年の男は諦め、くるりとエミールに背を向けた。エミールはふんと鼻を鳴らし、毅然として扉の前に立つ。


(···行かないんですね。···どうしましょうか···)


 リーシャは肩を落としかけたが――。


(···ん?)


 エミールの手が、そわそわとまごついているのが見えた。毅然として扉の前に立っているようで、過ぎ去る中年の男のことをちらちらと見ている。


「む、むぅ···仕方ありませんな。少しだけ···」


 エミールは、男を追いかけていった。玄関には、ようやく誰もいなくなる。彼等がいなくなるのを見て、リーシャの気持ちは晴れた。


(この隙に、コートを···っ!)


 急いでリーシャは脇に置いてあったコートを羽織り、帽子を被る。エミールのコートは自分の手を覆うほどに大きく、帽子も眉を隠すほど深い。だが、ないよりは遥かにマシだろう。


(しかし、本当お酒がお好きなんですねぇ。助かりましたけれど···)


 彼らが酒好きのおかげで助かったが、リーシャは苦笑しながらも誰もいなくなった玄関の扉を開いた。吹雪いた雪が、屋敷の中に流れ込んでくる。


 コートを着ていても、寒い。だが、自分は外に行かなければならない。


(何とか外に行って、民家があれば助けを求められます···っ)


 リーシャは雪を乗せた強い風に痛みを覚えながら、走り出した。

 幸い、帝都のように雪が降り積もっている訳ではない。乾いた大地の上に、風が強すぎて雪が降り積もらないのだ。屋敷の外に見張りもつけていないらしい。


 少し走り出しただけで、リーシャは息が上がってしまう。運動など、ラザレフ家に引き取られてからしたことはない。誰にも追いかけられていないことを何度か確認しながらでも、リーシャは走らなければならなかった。


 暫く走ったが、人はいない。枯れた木が生えているだけの単調な景色が続く。

(···誰もいません。何もないし···)


 振り返れば、屋敷が小さく見える。いつまでも走ることはできず、リーシャはよろよろした足取りで、屋敷からなるべく離れるために、足を動かした。


(ここは一体···どこなのでしょうか···)


 外に出れば何かわかるかと思ったが、これでは何もわからない。辺りを見回しても、何かヒントになるようなものもなかった。


(寒い···)


 手を合わせる。長いコートに隠れているとはいえ、手袋がないのだ。あまりの寒さに、指の先の感覚が失われていくようだ。


(民家とか···あればいいのですが···)


 ラザレフ邸であれば、これだけ離れたら民家があるはずだ。何も見えないことに絶望感が芽生える頃、ようやくリーシャは前方に建物を見つけることができた。


(あれは···家でしょうか···?)


 まだ遠いが、四角い建物が見えてきた。吹雪の中、リーシャは視界に入ったそれに向かい、最後の力を振り絞って駆けていく。膝ががくがくと揺れる。


 しかし建物に近づいていくごとに、リーシャは不安を覚えた。簡素な木で作られただけの建物に、灯りはない。まだ家主が眠っている可能性もあるが、人がいるようには一見見えなかった。

(人···いるんでしょうか?)


 荒い呼吸を整えながら、リーシャは建物の扉の前に立った。人が話す声も聞こえない。


「···すみません、どなたか···」


 一応声を出しながら、木目の扉を叩き、開いた。返事は、聞こえなかった。

 扉を開けたら、誰も小屋の中にはいない。


(···いませんか)


 期待をしたのが損だった。リーシャは小屋の中に入る。小屋は物置なのだろうか、保存食を入れた缶や、大きな瓶が置かれた棚が並んでいる。


(倉庫、でしょうか?随分古びていますね···)


 棚は少し触れれば軋むような音を立てるし、釘が出ている所もある。


(風を防げて温かいですが、長居はできません。ここに人がいないのなら、また逃げなくては···)


 この土地が寒いと感じるのは、雪が降っているだけではなく北風のせいもあるようだ。小屋の中にいるだけで、外よりかは遥かに良い。


 その時、リーシャは、自身の横から何かがひび割れるような音が聞こえた。


(は···?)


 音がした方向を見た時、リーシャは自身の前に棚が落ちてきたことがわかった。目の前に、棚が重なるようになだれ込んできたのだ。


 悲鳴をあげた時には、もう遅かった。


次の更新は10月3日(土)の21時予定です('ω')ノ

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