(9)村人たちを救出せよ
(9)(10)5時に投稿しました。
サイモンが持ち込んだ高級酒には痺れ薬が入れられていました。
宴会で男たちに薬を盛り、動けなくなったところで村を制圧する計画だったのです。
サイモンたちのその計画が村を助けることになりました。
村は今、一番忙しい時期です。
収穫、加工、出荷と、年寄りや小さな子供まで総出で頑張っても追いつかないほど仕事があります。
ましてや村長親子という頼もしい働き手が二人もいないのです。
いつもなら、商会の人たちも手伝いに駆り出されて、村人と一緒に駆け回るところですが、今年は隊商の男たちに声をかける者はいませんでした。
村の女たちをニヤニヤ品定めしながら、時々鋭い視線を飛ばす、どう見ても堅気には見えない男たちの姿はかなり異様でした。
ですが、村の男たちにとっては、あまりの忙しさに殺気立つ奥さんのご機嫌をうかがうほうが優先事項でした。
⎯⎯隊商の男たちの目つきが悪い?
⎯⎯酒盛りをお預けにされてイライラしない男はいないさ。
一方の盗賊たちも夜を待っていました。
近くの砦には竜騎士がいます。
時々訓練や偵察のために、この辺りの空を飛んでいることを、盗賊たちもよく知っていたのです。
昼間から騒ぎをおこして万が一竜騎士の目にとまってしまったら、盗賊団の仲間が何人いても、こちらに勝ち目はありません。
ですから、彼らも竜が眠る夜が早く来るのを、ジリジリしながら待っていたのです。
そしてあたりが暗くなった頃、やっと宴会が始まり、サイモンの思惑通り村の男たちはたちまち痺れ薬で動けなくなりました。
こうなれば、もうこちらのもの。
サイモンは本性を現してヘレンを激しく罵りました。
⎯⎯お前が悪いんだ。
⎯⎯田舎の村娘の分際で、この私を振るなんて!
⎯⎯この村は、お前のせいで皆殺しになるんだ。
⎯⎯どうだ、ざまあみろっ!!
しかし、サイモンの幸せな時間は、あっという間に終了してしまいました。
女たちと子供たちをかばって自分を睨み付けてくるヘレンを前に、サイモンが気持ちよく高笑いをしていると、なぜかそこに、いきなり空から断罪者たちが舞い降りて来たのです。
それは、夜はめったなことでは飛ばないはずの
⎯⎯3騎の竜騎士でした。
サイモンとその一味は、突然の竜騎士の登場に慌てて逃げ出そうとしたところを、村の外に待ち構えていた砦の兵士たちに全員捕縛されてしまいました。
なお、村を包囲していたサイモンの仲間たち45人は兵士たちによって、この時点ですでに制圧済みです。
その後の尋問によって、彼らが男爵を襲撃し、殺害した盗賊団であることが判明しました。
また、公金横領の罪を隠そうとした男爵の側近が襲撃を手引きしたこともあきらかになったのです。
男爵家のお家騒動の騒ぎを利用して、村長たちを村から引き離したのも、この側近の仕業でした。
最初の計画では、サイモンがヘレンと結婚したあと村長親子をまとめて始末し、サイモンを村長に据えて、村を隠れ蓑のアジトにするつもりだったようです。
村人を全員殺して村の財産を奪う⎯⎯という雑で乱暴な計画に変更になったのは、結婚の申し込みをあっさり断られ、プライドをへし折られたサイモンの逆恨みのためだったのでしょう。
そんなわけで、翌朝、砦の兵舎の治療室でカリンが目を覚ました時には、全てが終わっていたのです。
盗賊団がここまで見事にあっさりと討伐されたのは、カリンの頑張りがあったからでした。
あの時、森の中でカリンを追いかけていたのは、哨戒飛行中の竜騎士でした。
小さい体に見合わぬ速度で砦に向かって移動する正体不明の存在を、魔物と判断し警戒していたのだそうです。
「森の出口で待ち構えていたら、飛び出してきたのが、まさかこんな小さな女の子だったとは……」
⎯⎯小さな女の子が砦に助けを求めて駆け込んで来た。1番近い村に何事かが起きたに違いない。
砦の男たちは、直ちに動き始めました。
助けを求める女の子の大音声で呼び覚まされた男たちの気合いは、力尽きてぐったりした幼い少女のいたいけな姿に、1段階も2段階も上昇しました。
この砦の兵士は、子持ちの父親が多かったのです。
⎯⎯竜騎士による偵察で村が武装した集団に包囲されていることが判明。
⎯⎯少女が1人、命がけで森を抜けて来たことから推察して、村人が人質にされていることも考慮して動かなければならない。
森を抜けて、村には村人保護のための隠密偵察部隊を、そして村の外の武装集団には、村を通らないルートを使って精鋭の制圧部隊を送り込みました。
そうして、村人の命を1つも失うことなく盗賊団を壊滅させることが出来たこの事件は、小さな砦による男爵殺害犯の早期捕縛という大手柄に終わったのでした。
◇◇◇◇◇
砦の司令官は、保護した少女のことを考えていました。
黒髪に黒い瞳。凹凸の少ない顔立ち。特徴的な肌の色。
自身も竜騎士である彼は、東の果ての国に使者として赴いた時、彼の国で、この少女に似た雰囲気の旅人に会ったことがあったのです。
その旅人は東の海に浮かぶ島国から来た⎯⎯と言っていました。
東の果ての国では、その島のことを、“精霊の楽園”と呼んでいました。
精霊と語り合い、戯れる人々が暮らす島⎯⎯という、まるでおとぎ話のような島の話を聞いたのです。
肝心の旅人は、周りの人たちが語る話を聞いても静かに笑っているだけで、肯定も否定もしませんでした。
⎯⎯“精霊の楽園”から来た精霊に愛される少女……か?
砦を揺るがすほどの大声といい、子供とは思えぬ健脚といい、新種の魔物の疑いが晴れず、助けに行くのが遅れて苦しい思いをさせてしまったと、竜騎士はひどく悔やんでいました。
幼い小さな女の子が青白い顔でぐったりしている様子を見れば、罪悪感を持つなというほうが無理な話です。
砦の男たちが今回の作戦に必要以上に張り切っていたのも、それがあったからだろう⎯⎯と、司令官は考えています。
それにしても不思議な子供です。
⎯⎯おそらく、何らかの魔法なのだろうが、どんな魔法か見当もつかない。
そもそも、こんな小さな子が魔法を使いこなせるものなのか?
都合の良いことに、今年のこの地域の魔力検査を行う魔術師が、この砦に滞在中です。
⎯⎯年頃もちょうど検査を受ける時期だろう。
ここで検査をしてしまえば、いろいろな疑問も解けるかもしれない。
こうして、カリンは眠っている間に大きな人生の転機を迎えることになったのでした。




