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(8)盗賊団

(6)(7)(8)を5時に投稿しました。

 領主様が亡くなりました。


 突然の訃報に領内の村長、町長たちが招集されました。

 緊急の会合が開かれることになったのは、いつもの隊商がもうすぐやってくるという時期のことです。


 領主の死亡に際して、集落の首長が集められ話し合いが持たれるのは、べつにおかしなことではありません。


 ですが、何事にも例外というものはあります。


 今回、領主の死因を知らせず、規則通りの緊急招集を行ったことが、後々(のちのち)この地の領主である男爵家の大きな責任問題になっていくのです。



 領主である男爵の死因。それは、盗賊団による襲撃だったのです。


 あきらかな脅威が迫るなか、集落の首長たちが不在になるということがどんな事態を招くか、わからないはずはありません。



 なぜ、こんな不手際が起きたのか。それは、当主を失った後の男爵家の大混乱のためだ⎯⎯と、のちに提出された報告書には書かれていたそうです。


 男爵家では、妾が産んだ長男と正妻が産んだ次男、2つの陣営に分かれてのお家騒動が勃発ぼっぱつしていたのです。


 そして、その騒動を引き起こした“男爵の死”から、すでに盗賊団の計画のうちであったことがわかったのは、全てが終わった後のことでした。



 村長と次期村長の2人がそろって村を留守にしたその日、いつもよりも少し早く、隊商がカリンのいる村にやって来ました。


 村長さんたちはしばらくは戻って来られません。



 村人たちは戸惑っていました。隊商の中に、いつもの商会の従業員たちがほとんどいないのです。

 馬車の御者たちは青い顔をして元気がありません。


 変わらないのは商会長の長男だけです。

 名前はサイモンだと、カリンは今回初めて知りました。

 他は、はっきり言って、かなり柄の悪い連中ばかりです。


 “どこかおかしい”


 村人たちの不信感を察したのか、サイモンは村人全員を招いての宴会を開きたいと提案してきました。

 いつも世話になっている礼だと大量の高級酒を目の前に積まれ、村の男たちは歓声を上げました。



 カリンはおばば様の家に飛び込みました。

 どうやら、サイモンの仲間たちは、まだここまでは来ていないようです。


「おばば様っ、大変っ!」



 今回の隊商で初めてやって来た粗暴な男たちは、例外なく、前回のサイモンと同じ、あの気持ちの悪い黒い魔力を村人たちに向けていました。


 あの黒い魔力の正体に、カリンは最近気づいたのです。


 あれはおそらく“殺意”と呼ばれるものだと⎯⎯。


 サイモンと仲間たちは、村の人たちを殺そうとしています。

 しかも、逃げ道も、もうすでに塞がれているのです。



 魔力感知のレベルが7になってから、カリンが感知できる範囲はかなり広がっています。

 その感知能力で、村の外を包囲する数十人の男たちの存在をカリンは察知していました。


 あの粗暴な男たちとよく似た黒い魔力⎯⎯彼らの仲間で間違いないと思います。


 でも、ヘレンや村の大人たちにそれを伝えることはできませんでした。

 サイモンと彼の仲間たちに見張られているからです。



 村から街道に向かう道は全て、サイモンの仲間たちに塞がれているようです。

 残る出口はおばば様の家の裏にある獣道だけ。


「カリン。裏の森を抜けた先に何があるか知ってるかい?」


「知ってる。村長さんに地図を見せてもらったことがあるわ」


 裏の森をまっすぐに抜けた先には、この辺境を守る兵士たちのとりでがあるのです。



 この村の住人が“砦までどれぐらいかかるのか”と尋ねられたら、普通は“馬車で2日”と答えます。

 森を避けて街道を通って行けば、それくらいはかかるからです。


 しかし、地図で見てみると、この村と砦との距離は案外近いことがわかります。

 森を突っ切ってまっすぐ行けば、森の獣道で足場が悪いことを計算にいれても、大人の足なら半日で着く距離なのです。


 問題は、大きな野性動物や魔物に襲われる可能性があることです。



「私が砦に行って、助けを呼んで来るわ」


 サイモンたちは、おそらく村の男たちに酒を飲ませてから凶行を始めるつもりでしょう。

 だとしたら、宴会が始まる夕方まではまだ半日あります。



 この1年の間、カリンは森で“力持ち魔法”の訓練をしてきました。

 森の一番奥まで行ったことはありませんが、森の中を毎日歩き回りました。


 大きな獣に襲われ、必死で逃げたこともあります。

 その時獣から、あの黒い魔力を向けられたのです。

 “魔力の膜”で自分の気配を絶ち、“力持ち魔法”で走って逃げきりましたが、あの獣は間違いなくカリンを殺そうとしていました。


 たぶん、カリンなら砦まで半日以内にたどり着くことは可能だと思います。

 砦の騎士様はどこへでもあっという間に駆けつけると聞いているので、たどり着けさえすれば、きっと⎯⎯。



 おばば様に「持っていけ」と渡された背負い袋には、おばば様が作った薬と水と食料。そしてナイフが入っていました。



 近くにサイモンたちの気配はまだ無いことを魔力感知で確認します。

 もしかしたらサイモンはこの小道を知らないのかもしれません。


 カリンは体の中の水分に魔力を浸透させ、“力持ち魔法”と“かくれんぼ魔法”を自分にかけました。


 “力持ち魔法”を使うと獣に見つかりやすくなってしまうのです。

 今回は森の奥まで行くので、獣だけではなく魔物まで出てきてしまうかもしれません。


 そこで“かくれんぼ魔法”です。

 魔法を使う時の自分の魔力の揺らぎが漏れないように魔力の膜で覆い隠す⎯⎯あの魔法です。


 あとは⎯⎯⎯魔力感知の範囲を自分の前に広げていきました。(もっと……もう少し…………あっ、あそこね)


 カリンは大きな魔力がたくさん集まっている場所を見つけました。

 あそこが砦。カリンが目指す場所です。



「行くわよ。リン」

 ⎯⎯チカッ!


「何か近づいて来たら教えてね」

 ⎯⎯チカッ!



 カリンは力強く地面を蹴り、小さな体は躊躇ためらうこと無く森に飛び込んで行きました。



 走る⎯⎯走る⎯⎯。

 1年前には考えられなかった速度が出ています。きっと、今ならカリンが村で1番足が速い⎯⎯。


 魔力の膜は小さな枝ぐらいなら弾いてくれますが、この速さで木に衝突したら、カリンの方が弾き飛ばされてしまうでしょう。


 カリンは目を凝らして、必死に前を確認しながら、走る速度はけっして落としません。



 何度か立ち止まって水を飲み、方向を確認します。


 今のところ、進む方向は間違っていません。

 幸い砦の方にまっすぐ向かっている獣道が一本あります。


 ⎯⎯これをたどって行けば砦にたどり着けそうね。



 もうどれぐらい走っているでしょうか。

 森の中では、お日様の位置がわかりません。


 窪みや石に足をとられて転ぶ。

 何度か木を避け損ねてぶつかり、弾き飛ばされる。

 そして、すぐに起き上がり、方向を確認して、また走り出す。


 ⎯⎯急がないと、ヘレンが、おばば様が、ニールが、みんなが殺されてしまうかもしれない。急がないと⎯⎯。



 その時、急に胸のペンダントが熱くなりました。⎯⎯チカッ、チカッ、チカッ、チカッ、チカッ!


 ⎯⎯リン……もしかして、何かいるの?


 すぐに気づきました。今まで感じたことのない大きな魔力。


 ⎯⎯これは人でも動物でもない。

 ⎯⎯魔物?


 とんでもなく大きな魔力を持った何かがカリンの方に近づいて来ます。⎯⎯速い。



 ⎯⎯見つかってしまったのかしら?

 ⎯⎯チカッ!


 速さが全然違う。カリンの足では逃げきれない。絶望に胸が痛みます。それでもカリンは走ることをやめませんでした。



 ⎯⎯襲って来ない。どうして?


 もう、魔物はそこにいるはずです。それにしては、魔力の位置が少し遠い?


 ⎯⎯あっ、そうか。空ね!

 ⎯⎯チカッ!


 きっと空を飛ぶ魔物なのです。森の木が邪魔で襲って来られないのではないでしょうか?


 ⎯⎯なんとか、諦めてくれないかしら?

 ⎯⎯チカッチカッ!


 ⎯⎯それは無いってことね。

 ⎯⎯チカッ!


 森がどこまで続いているのかわかりません。

 早く森から抜け出したいと思っていましたが、抜けたとたんに魔物に食べられてしまうのは……。



 前方に光が見えます。森の終わりがすぐそこにありました。



 カリンは躊躇ためらい無く森から飛び出しました。


 森の外は広々とした草原になっています。そしてその先に、カリンが目指す砦が見えました。


 空を見上げると、上空のかなり高いところに何かが飛んでいます。大きな魔力。あれがカリンを追っているものです。


 カリンが砦にたどり着くよりも、“あれ”が襲って来る方が先でしょう。それなら⎯⎯。



 カリンはすでに疲れてガクガクしている足を開いて踏ん張りました。


 そして、残りの魔力を上半身に集めます。


 息をする時にふくらんだりへこんだりする胸の中。声を出すときに震える喉のところ。口と舌。声が響く頭全体に魔力を全て集めて⎯⎯。


 ⎯⎯リンも手伝って!

 ⎯⎯チカッ!



 そして、カリンは叫びました。


「助けてーーーっ!」「村のーっ!」「みんなをーっ!」「たーすーけーてーーーっ!」



 その時、光る風がカリンの目の前の草原に現れました。


 風はあっという間にカリンから砦にまっすぐ延びる魔力のトンネルを作りました。


 カリンの必死の叫びは、トンネルを通り、魔力で増幅され、砦の分厚い壁を揺らしたのです。


『たーすーけーてーーーっ!』


 その声は非番の兵士たちをも叩き起こしました。



 ⎯⎯風さん?


 口の端から垂れた物を無意識に手で拭うと、カリンの右手の甲が赤く染まりました。


「かっ、はっ」血のかたまりが⎯⎯。息が出来ない。

 カリンは崩れるようにその場に横になりました。

 ⎯⎯チカチカッ! チカチカッ! チカチカッ!


 ペンダントが激しく点滅しながらどんどん熱くなっていきます。


 ⎯⎯ごめん。リン。もう…………。


 近くに風さんの気配がします。

 風さんはどうして、いつもカリンが困っている時に助けてくれるのでしょう。


 ⎯⎯風だから気まぐれなのかな?


 ⎯⎯でも……ありがと…………


 意識が薄れていきます。

 大きな魔力がカリンの上に降りて来るのを感じました。

 あの魔物です。


 ⎯⎯痛いのは、嫌だな……


 カリンは暗闇の中に落ちていきました。





 ◇◆◇◆◇





(ここはどこ?)


 目覚めると、カリンは知らない部屋のベッドに寝かされていました。







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