表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/38

(7)ヘレンと黒い商人

(6)(7)(8)を5時に投稿しました。

 村には、乾燥果実を求めてたくさんの商人たちがやって来ます。

 なかでも複数の馬車をつらねて辺境の集落を渡って行く隊商は、王都の大きな商会のものです。


 この商会との取り引きはかなり前からになるそうで、1番の得意先になります。


 おばば様は、相手の商会が今のような大商会になる前からのお付き合いなのだと言っていました。

 まだ店を持てずに行商人をしていた先々代の商会長が、大きな荷物を自分で背負って買いつけにきたのが最初だったのだそうです。



 年に2回のその隊商がやって来る時期になると、カリンはいつも憂うつでした。

 隊商の人数があまりに多くて、どこに逃げても知らない人と顔を合わせることになってしまうからです。

 カリンはしかたなくおばば様の家に引きこもることにしていました。



 そして、最近はさらに憂うつなことが増えてきています。


 前回から、この隊商に“商会長の長男”が加わっているのですが、この人物をカリンはどうにも好きになれないのです。


 まだ若い男です。20代前半でしょうか。長身で、容姿も悪くはありません。話し方も穏やかで、誰に対しても笑顔で接しているようです。


 でも、カリンには男の中に、見た目の穏やかさを裏切る真っ黒なものが見えるのです。


 初めて会った時にも、とても冷たくて何かどろどろしたものを男に感じていましたが、今回はもっとはっきりわかります。


 男の中の冷たく暗く絡みつくような感情は、ヘレンに向けられていました。


 カリンが村に引き取られてから2年。ヘレンは16歳の美しい娘に成長していました。



 その日、おばば様の家で、いつものようにお手伝いをしていたカリンは、村の中でいきなり強くなった何かの魔力の反応に驚きました。


 村に魔法使いはいないはず。⎯⎯いえ、今ならカリンのほかにもう1人います。


 あの商会長の長男は、たしか、カリンと同じぐらいの魔力量があったはずです



 カリンは恐ろしさにブルッと震えました。


 村の中心部。おそらく村長の家の方向に感じた魔力の揺らぎは、とても荒々しく激しい感情をむき出しにした、ひどく攻撃的なものでした。



 カリンは急いで村長の家に走りました。ヘレンが心配だったのです。


 カリンが村長の家に着くと、ちょうどあの男が中から出てくるところでした。


 男の姿を見て、カリンは思わず「ひっ」と息を飲みました。


 男はいつものような穏やかな笑顔を浮かべていました。

 笑顔が不自然に見えないことが、カリンには余計に恐ろしく思えました。


 カリンの目には男が真っ黒に見えたからです。


 男の中からむくむくと出てくる何か真っ黒なものが、ヘレンや村長に向かって行くのです。

 でもその黒い何かが2人に届くのを阻止しているものがありました。


 それは、村長の腰の短剣でした。


 短剣の放つ魔力の光が村長とヘレンを包み込んで、黒い何かから2人を守っていたのです。


 魔力の光に輝く短剣は、まるで戦場で誰かを守りながら戦う戦士のようで、カリンはなぜかとても懐かしいような気持ちになりました。



 夕食の時に村長が話してくれたところによると、あの男はヘレンに結婚を申し込みに来たのだそうです。


 でも、ヘレンには恋人がいるのです。隣の村の村長の息子さんです。


 ヘレンは来年、17歳になったら隣村にお嫁に行くことが、もう決まっているのです。


 そう説明して男からの結婚申し込みを断ると、男は潔く引き下がり、ヘレンを祝福してくれたといいます。


 いいえ、あの真っ黒なものが、祝福する相手に向けたものであるわけがありません。


 しかも、あの男はまだこの村にいます。

 そしてそこから、あい変わらず真っ黒な魔力を吐き出し続けているのをカリンは今も感じていました。


 あの黒い魔力は他の人には見えないようです。

 カリンは、自分の中の不安をどう伝えれば良いか、わかりませんでした。


 心配で、カリンがじっとヘレンを見ていると、気づいたヘレンが困ったように笑いました。


「カリンは優しいのね。それに、とても賢いわ」


 ヘレンは男の内心に気づいていました。あんな見せかけの笑顔にだまされたりはしていません。

 もちろん村長さんもです。


「そうね。あの人を怒らせてしまったかもしれないわね。おそらく、プライドの高いかたでしょうから」


 そして、カリンを安心させるように、にっこりと笑いました。


「でも、大丈夫よ。大きな商会のあとを継ぐ人よ。おかしな事はしないと思うわ」



 そうでしょうか?


 あの男の魔力の様子を考えると、なにもせずに終わるとは、カリンにはとても思えないのです。


 不安そうなカリンに気づいた村長は、「安心しろ。あの男にヘレンはやらん」とはっきり言ってくれたのですが……。



 自分の部屋でベッドに横になって、カリンはペンダントを握りしめました。

 ペンダントはカリンを気づかうように、チカッ、チカッと光を放っています。


「リンも心配?」――――チカッ


「あの男。なんだか怖いよね」――――チカッ


「何もしないで帰るかな?」――――チカッ…………チカッ?


 カリンはうーんと唸りました。


 ちなみに、1回光ると“はい”。2回光ると“いいえ”と決めているのは前と一緒です。


 男の、これから先の行動はリンにも読めないようでした。



 その後、何事も無く男が隊商とともに村を去ると、カリンはほっとしました。


 ⎯⎯ヘレンの言うとおりだったのかしら?



 カリンたちは知りませんでした。


 商会長の長男は、父である商会長にそのゆがんだ人間性を見抜かれ、後継ぎ候補からはずされていたのです。

 辺境の行商に回されたのは厳しい環境で長男を鍛え直して改心させようと思う親心があったからでした。


 あの男は、父親のその決定に大きな不満と恨みを持ち、今度はヘレンとの結婚を利用して豊かな村の村長になってやろうとくわだてていました。


 そして、そのために、すでに恐ろしい仲間たちを計画に引き入れてしまい、あとに引けないところまで来てしまっていたのです。



 男は自分の結婚の申し込みが断られるなどとは思ってもいませんでした。

 自分の容姿に相当な自信がありましたし、なにより王都の大商会の長男です。

 断られることなどまったく考えていなかったのです。


 予想外に、結婚を断られたために、彼らの計画は、大きな変更を余儀なくされたのでした。



 年が明け、ヘレンは17歳になりました。


 この村に来て3年になるカリンは、長く伸びた髪を後ろで1本の三つ編みにして、赤い髪ひもで結んでいます。


 今日も朝早くからおばば様の家のお手伝いを頑張っています。



 そして、今年も隊商がやって来たのです。


 今回の隊商はいつもよりも多くの屈強で柄の悪い護衛を同行していました。







評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ