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(27)彼女だけのヒーロー

 ⎯⎯君は知らなかっただろう。

 君が生まれた時から、僕と君は許嫁(いいなずけ)同士だったんだ。




 チャールズの母である伯爵夫人と隣国の公爵夫人は娘時代からの親友同士でした。


 まだ9歳のチャールズは、婚約と聞いてもピンときません。

 自分が将来どんな立場になるかもわからないのに、未来のお嫁さん? 生まれたばかりの赤ちゃんが? 


 いったい何のおままごとかと思ったのです。


 チャールズは伯爵家の3番目の息子です。

 これは間違いありません。


 ところが、銀色の髪と群青(ぐんじょう)の瞳という“王家の色”を持って生まれてきてしまいました。


 由緒ある伯爵家なので、過去に王家の血が入ったこともあります。

 おそらくチャールズは先祖返りなのでしょう。


 しかし、そこにありもしない意味を見いだそうとする者たちも少なからず存在します。


『伯爵夫人は王族の誰某(だれそれ)と密通していた』

 ⎯⎯だとか。


『伯爵家は、王族の隠し子を押し付けられた』

 ⎯⎯だとか。


『王家はチャールズに伯爵家を継がせたいと思っている』

 ⎯⎯だとか。


 そういうことを言い出しそうな連中が親戚筋に何人もいることは確かです。


 何しろ、“王家の色”と言っても、肝心の王家にも、この2つの色が両方ともそろう王族などほとんどいないのです。


 髪の色だけとか瞳の色だけとか、中にはどちらの色も持たない者もいます。


 伯爵家に生まれた、完璧な“王家の色”を持った男子。それも三男。


 伯爵はこの子の将来を案じて、同時に伯爵家の未来の不和の芽を摘むために、チャールズの髪と瞳の色を隠すことにしたのです。


 チャールズは(のち)に、この時の父の判断に心から感謝しました。


 魔道具開発に秀でた、スカーレット侯爵家が、変装のための魔道具に興味を持って研究してくれました。


 そして出来上がったのが“変装の指輪”です。


 残念ながら好きな色に自由に変えることはできなかったのですが、どんな色でも、“王家の色”よりはまし(・・)だと思われました。


 この指輪の欠点は、はめていると魔法が使えないことです。


 このため、家の者たち以外がいるところでは、魔力を使用することもできず、チャールズは無能扱いされてきました。


 12歳の時に“渡りの傭兵”の真似事を始めたのは、こうしたストレスが溜まっていたせいかもしれません。


 父も仕方がないと思ってくれたのか、お目付け役を2人つけることを条件に、末息子の冒険を許してくれました。


 すぐに隠れた守り役が何人も付いていることに気づいて、父の過保護ぶりに呆れることになったのですが⎯⎯。


 いろいろな場所に行きました。

 たくさんの人に会いました。

 魔物とも幾度も戦い、他国を訪れることもありました。


 様々な経験はチャールズの心と体を鍛えていきました。

 それだけでなく、将来は貴族社会から離れて平民として暮らすという選択肢も見えてきたのです。


 べつに傭兵以外でも良い。

 いろいろな職業で、外から伯爵家を支えることも可能だと気がついたのです。


 そういう考えを持てるようになると、世界が一気に広がったような気がしました。


 幸い自分は無能だと思われているので、うるさい親戚たちから止められることも無いでしょう。


 傭兵として活動を続けるうち、チャールズたちは腕を見込まれて国の仕事を請け負うことが増えてきました。


 そうした仕事の中で、面白い連中にも出会いました。

 国の裏側で活動する、王家直属の“影”たちです。


 なんというか“影”という暗いイメージはまったく感じられず、なかなか頼りになる人たちでした。





 思いがけない両親からの依頼がきたのは、チャールズが14歳になり、いよいよ将来の職業について真剣に考えなければと思っていた頃です。


 依頼の内容は、チャールズの婚約者を隣国まで迎えに行くこと。


 逃亡中だというお嬢様と侍女を救い出すためには、一刻を争う状況になっていました。


 チャールズはお目付け役の2人とともに、飛竜で飛びました。


 隠密飛行専用の王国騎士団の飛竜は、簡単に国境を越え、夜の闇に紛れて、目標地点近くの森まで3人を送り込んでくれました。


 この飛竜を借りられたということは、今回の任務は王家も承知しているということです。

 いわば王命のようなもの。

 子守りは苦手だなどと、ぐずぐず言ってはいられません。




 子連れの女性の移動速度から予想した場所で、無事に保護対象を発見。

 国境までの護衛依頼を引き受けました。


 侍女は、ウォルたちの剣の(つか)に刻まれた紋章を見て、チャールズの正体に気づいたようです。


「よろしくお願いいたします」と頭を下げた時、声が潤んでいました。




 世間知らずのお嬢様の子守りは、きっと大変に違いないと思っていましたが。

 カロラインは拍子抜けするほど手のかからない女の子でした。


 合流してからは、速度重視で大人に抱かれて移動することになりましたが、魔物の脅威にさらされての野宿続きは幼い身にはかなりつらいはずです。


 でもけっして弱音を吐かない。グズリもしない。

 むしろ、抱き上げてくれる相手や、旅で一緒になった人々を気づかう優しさを感じました。


 もうすぐ6歳。

 彼女が10歳になったら正式に婚約すると、9歳の頃のチャールズは言われていました。

 あの話はどうなったのでしょうか?




 今回の救出劇には、我が国と亡き公爵との間の密約があったらしいことを父は匂わせていました。


 公爵夫妻は今回の事態をどこまで読んでいたのでしょうか?


 チャールズは、精鋭の“影”たちが彼女たちの周囲を守っていることに初めから気づいていました。


 いったいいつから潜入していたのか?

 それとも今回の事態をあらかじめ予期して、直前に潜り込ませたのか?


 いずれにせよ守りは万全だな、と安心していたら、“わざと”狼の魔物を一匹見逃され、彼女の目の前でチャールズが倒す騒ぎになりました。


『護衛の仕事を引き受けたからには気を抜くな』という忠告ともとれますが……。


 ⎯⎯違うな、たぶん。


『婚約者に少しは良いところを見せなきゃなぁ』と、あの時“影”たちは笑っていたに違いないとチャールズは考えています。


 ⎯⎯よけいなお世話だ。くそジジイどもめ!


 国境を越えた時、彼女の雰囲気が変わりました。

 魔物と追っ手から解放され、ようやく安心したのでしょう


 かわいい笑顔を見せるようになったのです。

 それはまるで、花の(つぼみ)がほころぶようでした。


 ニヤニヤ笑うエクトールよりも、ウォルターの温かい眼差しのほうが恥ずかしいのはなぜでしょうか?


 ⎯⎯自分の婚約者をかわいいと思っちゃいけないのかよ。そりゃあ、まだ小さいけど。たしかに幼いけど⎯⎯。


 5年後、彼女が学院の小間使い見習いになったと聞いて、チャールズは学院の教師になることを決めました。


 その時チャールズは、彼女だけのヒーローになると決めたのです。




 隣国の騒動は、思いがけない形で終息しました。


 第2王子が兄である“自称新国王”を討ち、正式に国王として即位したのです。


 一部の貴族たちを除き、軍も大多数の貴族も弟の方の国王を支持しました。


 国民は“精霊の愛し子”を殺して魔物を溢れさせた王太子に失望していました。


 そのため、兄を討った新国王に国民は熱い称賛を送ったのです。


 新国王はただちに魔物討伐の軍を送り出し、次々に魔物を討ち取っていきました。


 そこで大活躍した隣国の“影”たちの存在は、一部の者たちにしか知られることはありませんでした。


 “精霊の愛し子”が殺されたことで、結果的に、賢王亡き後の国が1つにまとまりました。


 公爵家の中で生き残ったのはカロラインだけです。


 公爵夫妻はまるで今回の事態に備えて、カロラインが生き残るために、あらゆる手を尽くしていたように思えます。


 いったいどこまでが彼らの計画の内だったのか?


 亡くなった人たちには、もはや何も尋ねることはできないのです。





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