表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
35/38

(25)襲撃! 魔法学院

遅くなりました。

 ⎯⎯チカチカッ! チカチカッ! チカチカッ! チカチカッ! 


 いつもよりも早い時間に目が覚めました。


 枕元に置いたペンダントの魔力が激しく瞬いています。


 ⎯⎯リン、どうしたの? 何かあったの? 

 ⎯⎯チカッ!


 リンだけではなく、女神様もとても不安そうにしているのが、井戸水の魔力を通して伝わってきます。


 カリンはなんだかいつもと違う嫌な予感を感じていました。


 自分を覆う水の(まく)の中の女神様の魔力に“お願い”すると、魔力感知の範囲がするすると広がり、その中で必要な情報だけがカリンの頭の中に入ってきました。


 とても不思議な感覚です。


 女神様の魔力がすぐそばの魔力に働きかけると、カリンのお願いがあっという間にその辺一帯に存在する魔力たちに広がっていく感じ? ⎯⎯というのでしょうか。


 まるで伝言ゲームのようですが、子供の伝言ゲームとは違って、とんでもなく速くて情報も正確です。


 この前、「井戸の女神様は周りに友達がたくさんいるのね」と言ったら、リンも女神様もあきれたような雰囲気になりました。

 いったいなんだと言うのでしょう?


 今回も、本当にあっという間に知りたい情報だけが返ってきました。


 魔法学院は敷地の周囲に緩い結界が張られ、侵入者を察知しているのですが、そのすぐ外、北と東と西、3ヶ所に異常な気配があります。


 ⎯⎯黒い魔力……殺気!?


 夜明け前の魔法学院のすぐ外で恐ろしい気配の魔力を発している“誰か”がいます。


 あの盗賊団の時とは段違いの鋭い殺気。

 カリンに向けられたものではないのに、感知しただけで、まるで剣の刃先を突き付けられているような気になります。

 水の(まく)の守りが無ければ、失神してしまいそうな恐ろしさです。


 ⎯⎯でも、リンと女神様があわてているのは、そっちじゃないのね?

 ⎯⎯チカッ!


 北西⎯⎯第5洗濯場の方に感知を伸ばしてみると、そこに、カリンの記憶にある魔力の人物がいました。


 腕輪の貴婦人に残っていた残留魔力の1つ。

 おそらく、この人が花嫁。今話題の恋する小間使いなのだと思います。




 カリンは寮を飛び出し、第5洗濯場に向かって全力で走り出しました。


 なんだか嫌な予感がします。


 いつもより時間が早いためなのか、3ヶ所に現れた恐い人たちのせいなのか、普段ならカリンの近くに見え隠れする人たちの気配がありません。


 ライラたちは最近、あまり気配を隠さなくなっていたのに……。


 ⎯⎯何が起きているの?

 ⎯⎯チカチカッ?


 リンも、ペンダントの中で不安そうに瞬いています。


 カリンは速度を上げて、森の獣道などよりもはるかに走りやすい小道を、風のように駆け抜けて行きました。




 ◇◇◇◇◇




 部屋の扉の鍵はちゃんとかかっていました。

 窓の1つは開いていましたが、とても小さな窓です。人の頭も入らないでしょう。


 でも、タンスの小さな扉も、腕輪が入っていた箱の蓋も開いていて、中の腕輪だけが無いのです。


 まるで、腕輪が自分の意思で出て行ってしまったように。


 ふと、そんなことを思いついたら、それが正解のような気がしました。


 ただの腕輪ではありません。

 “花嫁の腕輪”は伯爵家と伯爵家の花嫁を何代にも渡って守ってきた腕輪です。


 別の人を思っていながら、自分の幸せだけを夢見て嫁ぐようなキャリーの浅ましさを、腕輪に見抜かれてしまったのかもしれません。


 キャリーはすぐに従僕頭(じゅうぼくがしら)に腕輪紛失の事実を届け出ました。


 伯爵家にも、すぐに連絡が行くでしょう。


 キャリーは伯爵家に捕らえられるかもしれません。

 腕輪を売ってお金に変えたと疑われるかもしれません。

 伯爵家は小間使いに騙されたと、笑い者にされてしまうかもしれません。


 でも、隠しておくわけにはいきません。

 “花嫁の腕輪”は伯爵家の家宝であると同時に、代々の花嫁が身につけてきた物。


 伯爵家の皆様の大切な思い出の品なのです。


 少しでも早く探さなければ。

 そして、必ず見つけなければ⎯⎯。


 キャリーが腕輪の捜索に加わることは許されませんでした。

 自室で謹慎しているようにと言われたのです。


 その日はそのまま、何も言われず放っておかれました。

 腕輪が見つかったかどうかも教えてはもらえません。


 やはり、腕輪盗難の容疑者として疑われているのでしょうか?




 夜中にフラリと部屋を出ました。


 なぜ、そんなことをしたのかわかりません。


 気がついたら、誰もいない寂しげな場所にいました。


 小間使い見習いだった頃、キャリーも働いていた場所⎯⎯第5洗濯場でした。


 中央に見慣れない東屋。

 井戸があったところです。

 あそこに井戸の女神様がいるのでしょう。


 見習いだった頃は、洗濯の仕事とマーサの看病で精一杯で、井戸や洗濯場の周りを綺麗にすることなんて、考えもしませんでした。


 それがこんなに綺麗になって、見違えるようです。

 大変だったでしょうに。




 なぜ、自分はこんなところに来たのか考えると、思いあたるものがあります。


 キャリーが“そのこと”をまったく考えずにここに来た、と言えば嘘になるでしょう。


 伯爵家に傷を付けずに“こと”を決着させるのには、たしかにそれが一番都合が良いのです。


 “キャリーが死んでしまえば”


 ここにやって来たのは、無意識のうちに、死に場所を求めていたのかもしれません。


 でも、綺麗になった井戸を見て、すっかりその気が失せました。


 小さな女の子がたった1人でここまで綺麗にした場所を、(けが)すような真似をするわけにはいきません。


 ぼんやりと井戸の女神様の像をながめていたキャリーは、いきなり誰かに手をつかまれてギョッとしました。


 見下ろすと、小さな女の子が真剣な顔でキャリーを見上げていました。


「こっち。こっちに来てっ!」


 キャリーは少女に手を引かれ、近くの茂みにしゃがんで身を隠したのです。


 茂みの中に隠れると、少女は背負い袋から大きな水筒を取り出し(ふた)を開けました。


 すると、水筒の中の水が飛び出して、キャリーたち2人を包む薄い膜になりました。


 キャリーはビックリしましたが、少女が自分の口に人差し指をあてて『静かに』という仕草をしたので、小さくうなずきました。


 少女はじっとここに続く道の向こうを見つめています。


 何かが向こうからやって来るのでしょうか?


 やがて、うっすらと明るくなり始めた道の向こうに、ポツンと人影らしきものが現れました。

 それを見たキャリーの背筋がゾクッとして、思わず身震いしました。


 こちらに向かって歩いているらしい人影が、モヤモヤとした真っ黒なものにまとわりつかれているのが見えたからです。


 あれはいったいなんでしょう?

 ひどく禍々(まがまが)しく、恐ろしいものに見えます。


 隣にしゃがみこんだ少女は、黒いものをまとった人物をじっとにらんでいます。

 彼女にも、あの黒いモヤモヤが見えているのでしょうか?


 黒髪、黒い瞳、少し変わった顔だち⎯⎯おそらく彼女が、噂の小間使い見習いなのでしょう。


 キャリーとつないだままの手は小刻みに震えています。


 “つないだ手”? 


 もしかして、彼女と手をつないでいるせいで、この光景がキャリーにも見えているのでしょうか?


 “女神の愛し子”との噂のある少女です。あり得ないことではありません。


 近づいてくる人物の顔が見える距離になりました。


 黒いローブを着た魔術師らしき男。30歳ぐらいに見えます。

 その顔を見て、キャリーは『これは駄目だ』と思いました。


 男は魔物と同じ目をしていたのです。


 魔物は人を殺すために生きているような存在です。


 殺す時にも、あっさり殺すのではなく、相手が苦しむ方法を選ぶ。

 人の苦しむ様子を見て喜ぶようなところがあるのです。


 あの男の目は、キャリーにはあのときの魔物たちと同じものに見えました。


 ⎯⎯見つかったらおしまいだわ。


 男はゆっくりと、まっすぐこちらに近づいて来ます。


 ⎯⎯たぶん、狙われているのは私。


 キャリーはメアリお嬢様の言葉を思い出していました。


『死にたくなければ腕輪をつけるのね』


 腕輪を持ってきてくれたチャールズも、必ず腕輪をつけるようにと念を押していました。


 腕輪をつけなかったキャリーがひどい目にあうのは自業自得です。


 でも、この少女は? この子はキャリーを守ろうとしてくれているのです。


 キャリーは自分が情けなくなりました。


 いつも、自分は周りの人たちに守られてばかりでした。


 お義母様に、マーサに、傭兵さんたちに、そして今⎯⎯。


 ⎯⎯今度はこんな小さな女の子に守られ、彼女を危険にさらすの?


 ⎯⎯いいえ。今度はきっと、私の番。


 キャリーは震える少女の手から、自分の手をそっと引き抜きました。


 驚いてこちらを見上げる彼女にニッコリと微笑み、そして、茂みを飛び出しました。


 ⎯⎯逃げて! あの男は、きっと私を追ってくる。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ