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(24)お別れ

 その後、魔物による幾度かの襲撃はありましたが、兵士による追っ手などは無く、マーサとキャリーは無事に西の国境を越えることができました。


 もともと隣の国の出身だという彼ら、3人の傭兵たちに雇われた料理番親子ということにしてもらったのです。


 おかげで疑われることも無く、安全圏に逃げ込むことができました。


 カロラインの手配書きがこの国に回ってくるのはもっと後のことです。

 でも、たとえそれがもう回ってきていたとしても、カロラインが捕まることは無かったでしょう。


 手配書きに書かれていたのは年齢と髪と瞳の色だけ。

 どれも、公的な記録として国に届けを提出していたものです。


 隠されていたカロラインを実際に見た者がほとんどいないため証言者が見つからず、他の特徴がわからなかったのです。


 国境を越えたあとも、傭兵たちは護衛を続けてくれました。


 マーサが目指している目的地は王都。そこまで送ってくれるというのです。


 馬車を借りて、ウォルさんとエクさんが御者をしてくれました。


 少年はキャリーの知らないことをたくさん知っていました。

 魔法のこと、珍しい果物、不思議な動物、見たことの無い景色。


 馬車の道中、瞳をキラキラさせながら少年の話に聞き入るキャリーを、皆が微笑ましく見守りました。


 思いがけなくも、楽しい旅⎯⎯それも、そろそろおしまいです。


 王都の城門をくぐったところで、とうとう3人との別れの時がやってきました。

 キャリーは旅の途中で6歳になっていました。


 少年は「じゃあ、またな」と言って去って行きました。

 その後ろ姿をマーサとキャリーは見えなくなるまで見送りました。


 “またな”


 同じ年頃の友達がいないキャリーには、それは再会の約束に聞こえて⎯⎯。

 だから、その言葉も、笑顔も、キャリーはいつまでも忘れませんでした。


 あの時、狼の魔物を倒したあと、フードが背中に落ちていることに気づかず、魔道具のまぶしい光の中で振り向いた少年は、銀色の髪と群青(ぐんじょう)の瞳を輝かせていました。


 群青とは、紫が少し混じった鮮やかな濃い青のこと。真夏の空の色です。


 冬の銀と夏の青という珍しい色を持つ小さな勇者と、彼が(ひき)いる凄腕(すごうで)の傭兵たちの噂を、いつかどこかで聞けるに違いないとキャリーは思いました。


 マーサがお城の小間使いとして働くようになってすぐに、思わぬ形で少年につながるかもしれない情報を得ることができました。


 “銀の髪と群青の瞳は王家の色”


 この国の人なら誰でも知っていることだったのです。


 だとしたらあの少年は王族の誰かなのでしょうか?


 キャリーはマーサと一緒にお城の敷地の中で暮らしています。

 少年の名前は、案外すぐにわかるかもしれないと思っていました。


 でも、いくら調べても、王族の中にあの少年に該当する人物がいないのです。


 ⎯⎯王族ではないの? だからフードで隠していたの? 


 誰にも聞けない、誰にも話せない疑問をキャリーは抱えることになりました。




 そして月日は流れ、少年と再会することも無いまま⎯⎯。


 10歳の時にマーサが倒れて、キャリーには夢を見ている暇など無くなりました。


 魔法学院の小間使い見習いになり、仕事の合間に王立治療院に入院しているマーサに会いに行く日々。


 少しずつ弱っていくマーサは、昔の思い出を語ることが増えていきました。


 中でも多かったのは公爵夫人、キャリーのお義母様の思い出話でした。


 幼かったキャリー、カロラインは、お義母様に嫌われているのだと思っていました。


 でも、そうではないのだと、誰よりもカロラインを愛していたのは、あのお義母様だとマーサは言うのです。


 お義母様はカロラインが生まれる前から、夫である公爵の立場の危うさに気づいていたそうです。


 “祝福の瞳”を持つ“精霊の愛し子”


 国民に人気の“ありすぎる”若く美しい王弟。


 賢王と名高い父に劣等感を持つ、“凡庸”と評価される王太子。


 そこに生まれてきた新たな“精霊の愛し子”は平民の母親の血を引く娘。


(わたくし)が守らなければ』


 生まれてきた赤ちゃんを見た瞬間に、彼女はそうつぶやいたのだそうです。


 実家から一緒にやって来た侍女のマーサに生まれた子を託し、なるべく顔を知られないように離れの屋敷に隠して⎯⎯。


 屋敷には最上級の結界を張り、許可の無い者は入れないように守り、⎯⎯。


 あとは、カロラインが将来どんな立場になっても良いように、何があっても生きていけるように、たくさんのことを学ばせて⎯⎯。


 そんな公爵夫人の思惑を嘲笑うように、思っていたよりもかなり早く、事態は動きました。


 時間が全然足りない……カロラインはまだ5歳なのに。


 それでも、一流の魔道具職人に作成を依頼していた“姿変えの指輪”はギリギリ間に合いました。


 その全てが、キャリーの命を救ったのです。


 


「奥様は、初めての女の子だと、それはお喜びになっておられたのですよ。

 あなたが身につける物は、全てご自分で吟味なさって……」


 病気ですっかり痩せ細ったマーサが、残りの命を振り絞るようにキャリーに語って聞かせようとします。


「最後まで、社交の場で戦っておられたのです。旦那様とあなたを救う道を探して……」


 今になって、そんなことを言われても、キャリーはお義母様の顔も覚えていません。

 たとえ鏡をのぞいても、そこにお義母様を思い出させるものは何一つ無いのです。


 もっと勇気を出して、お父様とお義母様に会いに行けばよかった。


 そんな思いを穏やかな笑顔の奥に隠して、キャリーはマーサの顔をじっと見つめました。


 ⎯⎯せめて、3人目の母の顔は忘れたくない。


 自分を生んだ母、公爵夫人⎯⎯2人には申し訳ないけれど、キャリーが真っ先に思い浮かべる母親は、マーサです。


 マーサは少しずつ少しずつ弱っていき、12歳のキャリーを置いて、ある日眠るように逝きました。


 キャリーは1人ぼっちになってしまったのです。


 寂しさに飲み込まれずにいられたのは、マーサの願いと、マーサが語ってくれた2人の母の思いがあったからでしょう。


 キャリーが幸せに向かって頑張らないと、3人の母に申し訳ない気がしたのです。


 15歳で教員付きの小間使いに選ばれ、そこでチャールズに出会いました。


 24歳という年齢を聞いて真っ先に思ったのは、『あの人と同じ歳だわ』ということでした。


 優しい言葉をかけられ、チャールズの顔を見上げれば、


 ⎯⎯大人になったら男の子はこんなに大きくなるのね? 


 ⎯⎯でも、あの人は傭兵だから、もっとたくましくなっているかもしれないわ。


 そんなふうに思い返すのです。 


 なのになぜ、チャールズからのプロポーズを受けたのでしょうか? 


 チャールズがそばにいると、なんだか安心するのです。


 彼が優しい言葉をかけてくれると、嬉しいのになぜだか泣きたくなるのです。


 チャールズを見ていると、なぜか、あの小さな傭兵さんを思い出すのです。


 婚約者の向こうに、別の人の面影を重ねている⎯⎯。

 そんな愚かな娘だから、(ばち)があたったのでしょう。


 お嬢様を見送って部屋に帰ると、“花嫁の腕輪”が無くなっていたのです。






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