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(20)侯爵令嬢メアリ 

遅くなりました。

 もう何日会っていないのでしょう?


 お兄様の事故があってから、チャールズとはなかなか会えません。


 仕方がないことだとわかってはいるのです。


 お兄様の怪我と婚約破棄。継承者の交代。

 それに伴う手続き。根まわし。

 チャールズは今休む暇も無いのでしょう。


 だから、伯爵家の婚約の印だという“花嫁の腕輪”をチャールズ本人が持って来た時には驚きました。


 改めてプロポーズをされ、伯爵家の今後についての説明をされた時、自分がもう後戻りが出来ないところまで来ていたことに気づきました。


 片づけなければならない事があるからと、あわただしく帰って行ったチャールズ。


 だからキャリーが腕輪をはめるのを見届けることも無かったのです。


 チャールズが必ず身につけるようにと言っていた、花嫁を守るための腕輪。


 寮の一人部屋の自室に戻り立派な箱を開けてみると、中には繊細な細工が施され、大きな白い魔宝石がはまった美しい腕輪がありました。


 銀色の腕輪。おそらく魔法金属でできているのでしょう。

 こんな高価な腕輪を自分が身につけても良いのでしょうか。


 腕輪は気品があって、綺麗で、どこか近寄り難い雰囲気が感じられる物でした。

 まるで公爵夫人であったキャリーのお義母様のようです。


 でも、チャールズが必ず身につけるようにと言っていた、花嫁を守るための腕輪です。

 キャリーは覚悟をきめて、腕輪を箱から取り出しました。


 腕輪をはめてみた時、周りに人がいなかったのは本当に幸運でした。


 はめたとたんに何かが全身を走り抜けて行くような感覚にキャリーは驚いて体を震わせました。


 あわてて自分の身の回りを確認して、すぐに異変に気づきました。

 髪の色が変わっています。


 “姿変えの指輪”で髪も目も茶色になっていたはずなのに、茶色だった髪が本来の白銀に戻ってしまっているのです。


 もしかしたら瞳の色も?


 白銀の髪もとても目だつのですが、キャリーの本来の容姿の中で一番特徴的なのは瞳の色。

 父である公爵から受け継いだ色です。


 青と琥珀。左右で色が違うのです。


 キャリーが逃げるためには、この目だつ容姿をごまかす必要がありました。


 魔道具の指輪で目だたない姿になることができたから、マーサと2人で隣国に脱出し、小間使いの中に(まぎ)れて生きてこられたのです。


 キャリーがあわてて腕輪をはずすと、すぐに髪の色が茶色に戻りました。


 ⎯⎯瞳は? 瞳の色は?!


 以前、チャールズがプレゼントしてくれた手鏡があったのを思いだし、取り出しておそるおそる見てみると、両目とも茶色になっていました。


 ⎯⎯良かった。“姿変えの指輪”が壊れたわけじゃなかったのね。


 いいえ、良くはありません。


 おそらく、“花嫁の腕輪”には、花嫁を魔法攻撃から守るための能力が付けられているのでしょう。


 その能力が、身に付けた他の魔道具の効果まで無効にしてしまうのだとしたら……。


 “花嫁の腕輪”をはめることができない花嫁。


 そんなことが許されるはずもありません。


 腕輪を返し、婚約を辞退することも考えましたが、もう遅いのです。


 今キャリーがそんなことを言いだしたら、チャールズや伯爵家の面目を潰してしまうことになるでしょう。


 ⎯⎯どうすれば良いの? マーサ。


 キャリーは途方に暮れました。




 その日、キャリーの部屋がある職員寮に、とても珍しいお客様が訪れました。


 燃え上がる炎のような赤い髪。

 大きな琥珀色の瞳の目尻がきゅっと上がって、とても気が強そうに見えます。

 黒に近い紺のドレスに豪華な刺繍。

 年齢は17~18歳。キャリーと同じぐらいの年頃でしょうか。


 どう見ても貴族のお嬢様です。


 お供はメイド服の侍女が1人。お嬢様の斜め後ろに控えています。

 目を伏せ、無表情に立っているだけに見えますが⎯⎯。


 キャリーはこんな雰囲気の人物に覚えがあります。

 おそらくお嬢様の護衛を兼ねた侍女なのでしょう。


 お嬢様の名前はメアリ・スカーレット。


 ついこの前、チャールズの兄ジョージとの婚約が破棄されたばかりの侯爵令嬢。


 “花嫁の腕輪”の、前の持ち主でした。


 寮の玄関にある小さなホールに置かれた粗末な椅子にメアリは腰掛けていました。

 キャリーが階段を下りていくと、両方の手首にチラリと目をやって小さくため息をつきます。


「お嬢様。人前でため息は⎯⎯」

 とたんに侍女から小さな声がかけられました。


 どうやらこの侍女は、護衛と教育係りを兼ねているようです。


 お嬢様は気にせず、キャリーに声をかけてきました。


「あなたがチャールズの婚約者ね」


 メアリの声は美しいアルトでした。


「“花嫁の腕輪”はまだ届いていないのかしら」


 キャリーの肩がビクッと揺れるのを見て、お嬢様は視線を厳しくしました。


「なるほど。届いているのに着けていないということね」


 キャリーの顔が青ざめていきます。


「今の自分の立場がわかっていないの? それとも⎯⎯この婚約が嫌なのかしら?」


 キャリーはもう顔を上げることができません。

 メアリは再びため息をつくと、口を開こうとした侍女を手で遮りました。


「伯爵家の関係者たちの中に、チャールズと私を結婚させたがっている者たちがいるわ」


 その言葉に動揺を見せないキャリーを見て、メアリは目を細めました。


「言っておくけれど。

 私、チャールズとの結婚なんて絶対に嫌よ。

 あんな男と結婚するくらいなら、家を捨てるわ」


 驚いて顔を上げたキャリーに、メアリはあまり友好的とは言えない笑顔を向けました。


「お分かりかしら? 

 あなたに婚約者を辞められては困るのよ。

 だって、私には愛する方がちゃんといるのですもの」


 メアリのその言葉を聞いたキャリーの体がこわばるのを見て、メアリは目を見開きました。


「あなた、まさか……」


 メアリは先ほどよりも深いため息をつきましたが、侍女の小言はありませんでした。


「まさか、あの男をかわいそうだと思う日がくるなんて思いもしなかったわ」


 メアリはキャリーに冷たい目を向けると、椅子から立ち上がりました。


「安心なさい。魔道具の結界を張っていたから、ここでの会話は誰にも聞かれてないわ」


 立ち去ろうとしたメアリは一度立ち止まり、振り返らずに言い捨てました。


「死にたくなければ腕輪をつけるのね。

 たとえ好きでもない男からの贈り物でも⎯⎯ね」


 キャリーは体の震えを抑えることができずにいました。


 ⎯⎯知られてしまった。やはり(ばち)があたったんだわ。


 キャリーの心には、忘れられない人の面影があったのです。





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