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(19)腕輪の警告と小間使いの迷い

「カーリーン、ちょっと聞いてるぅ?」


 ハッと気づくと、ライラとシェリーが心配そうにカリンの顔をのぞきこんでいました。


 腕輪の貴婦人と話をしていたせいで、2人を心配させてしまったようです。


 カリンが「ごめんなさい。大丈夫」とうなずくと、ライラは安心したように立ち上がりました。


「とりあえず腕輪はマシューさんに届けたほうが良いわ。さあ、行くわよ」


 カリンは少し迷いましたが、マシューさんたちに話を聞いてもらったほうが良いのは確かです。


 腕輪の貴婦人の話は、どうやらカリンだけではどうにもならないことのようでした。

 大人の手助けが必要です。


 でも、腕輪と話ができるなんて言っても、信じてもらえるでしょうか。


 丁寧に布でくるんだ腕輪と不安を抱えて、カリンは従僕頭(じゅうぼくがしら)執務室へ急ぎました。




 ベンさんが先回りしていたのでしょう。執務室ではマシューさんとベンさんがお茶の用意をして、カリンたちを笑顔で迎えてくれました。


 そして、カリンの話は4人にそのまま何でも無いように受け入れられたのです。


 4人とも、物と話ができるというカリンの話を疑う素振りも見せませんでした。


 カリンがなんだかほっとしたような、拍子抜けしたような気分で不思議そうに首をかしげていると、みんなに笑われてしまいました。


 ライラは悪戯な笑顔でカリンの顔をのぞきこみます。


「なに、変な顔をしてるのよ?」


 シェリーはフフッと優しく笑っています。


「私たちがカリンの話に驚かないのが不思議なのよね?」


 そしてマシューさんも、優しく微笑みました。


「あなたがそんな嘘をつく理由もありませんからね。

 それに、私たちがあなたの様子をずっと見ていたのは気づいているのでしょう? 

 あなたを見ていれば、何かがあるらしいことはこちらにもわかります。


 精霊憑(せいれいづ)きですか、面白いですね。

 過去にそれらしい不思議な現象に出会ったこともあります。

 精霊憑(せいれいづ)きと言葉を交わせる人間が過去にいなかったわけでもない。

 これは素晴らしいことだと思いますよ」


「えっ、それって聖…………」


 何かを言いかけたライラが、ベンさんににらまれて言葉を飲み込みました。


 ベンさんは難しい顔をしています。


「問題は、花嫁に何が起きているのか?⎯⎯だな」




 カリンはみんなの意見を聞きながら、腕輪から話を聞き出しました。


 その結果わかったのは、腕輪の家出の目的は花嫁の危機を訴えるためだったということです。


 花嫁の身も心も、今現在とても危険な状態にあると言うのです。



「花嫁の危機は大きく分けて2つか?」


「うん。外敵と、あとは本人の心の中の敵?⎯⎯になるのかなぁ?」


「外敵のほうなら私たちでも対処できるけれど……」


「いや、外敵だってきっと元を絶たなければ切りが無いかもしれないぞ」




 3人の話を聞いていたマシューさんが話をまとめました。


「どちらも、花婿に動いてもらわなければ、我々では対処が難しいようですね。

 腕輪を返しに行くついでに、彼と少しばかり話をしてきましょう」


 カリンは腕輪をマシューさんに預け、花嫁のことも全て大人たちに任せることになったのです。




 その代わり、カリンは新しい仕事を引き受けることになりました。


 薬作りです。


 あの手荒れ軟膏をたくさん作ってほしいと頼まれたのです。


 とてもよく効く手荒れ軟膏なので、ほしいと言う人がたくさんいるのだそうです。


 獣脂とビンは用意してくれるし、出来上がった軟膏はお金で買い取ってくれると言われました。

 カリンがビックリするような金額です。


 それだけのお金があれば、村にいろいろな物を送ってあげられます。


 ヘレンたちに綺麗な布やアクセサリー。

 村長さんやおばば様には光の魔道具を送ったら喜んでくれるでしょうか? 


 たいした手間でもないので、カリンはこの新しい仕事を引き受けました。


 じつはこの時カリンは少し勘違いをしていました。


 マシューさんが提示した金額は全部の薬の代金だと思っていたのですが、それは小さなビン1つ分の代金だったのです。


 さすがに大金を持ち歩くのは危ないと、マシューさんが商業ギルドにカリンの口座を作ってくれたのですが⎯⎯。


 後日振り込まれた金額を見て、カリンは呆然とすることになるのです。




 ◆◇◆◇◆




 キャリーは悩んでいました。


 まさか自分が伯爵家の嫁になるなんて、思ってもいなかったからです。


 平凡な幸せに憧れていました。


 仕事があって、小さな家があって、家族がいて、一家全員が飢えずにいられるだけの生活費を得られて⎯⎯それだけで良いと思っていました。


 チャールズ先生に結婚を申し込まれた時、キャリーが感じたのは安心感でした。


 チャールズ先生は、キャリーが学院の小間使い見習いになった頃、教師になった人です。


 その後、15歳になったキャリーが学舎の掃除係に抜擢され、そこでチャールズ先生と出会ったのです。


 真面目で誠実で優しい人。

 チャールズ先生はキャリーにいつも優しい言葉をかけてくれました。


 チャールズ先生が貴族の御曹司であることは知っていましたが、家を出て平民になる予定であることも聞いていました。


 ですから、チャールズ先生にプロポーズされた時、キャリーはこの人と結婚すれば、夢見ていた通りの平凡で穏やかな幸せを得られるに違いないと思ったのです。


 それはマーサの望みでもありました。


 マーサは母親代わりとして、最後までキャリーを守り愛してくれた人で、本当はキャリーの侍女です。


 マーサが亡くなる前に何度も繰り返し言っていた言葉がありました。


「お嬢様は必ず幸せになりますよ。マーサは知っているのです。

 大丈夫。“幸せの使者”が、いつかお嬢様を迎えに来てくれますからね」


 キャリーがチャールズ先生のプロポーズを受けたのは、マーサのあの言葉があったから。

 幸せになっても良いのだとマーサが何度も何度も繰り返してくれたからです。


 チャールズ先生がマーサの言っていた“幸せの使者”なのかどうかはわかりません。


 燃え上がるような恋心もありませんでした。


 でも、そこにはきっと平凡な幸せがあるに違いないとキャリーは思ったのです。




 チャールズ先生が伯爵家の跡継ぎになることが決まった時、小間使い仲間の中にはキャリーを嘲笑う者もいました。


 せっかく決まった学院の教師との婚約もこれで破棄されるに違いないと、彼女たちは思ったのです。


 キャリーもきっとそうなるだろうと思っていました。


 ところが、チャールズの父親である伯爵の決定はとんでもないものでした。


 小間使いが伯爵夫人に?⎯⎯そんな馬鹿な。


 キャリーを嘲笑った人たちは真っ赤な顔で悔しがりました。


 そして、日頃からキャリーに親身になってくれていた人たちは、キャリーの幸運を自分の幸せのように喜んでくれました。


 誰もが思ったでしょう。

 キャリーという小間使いはなんという幸せ者なのかと⎯⎯。




 でも、キャリーは困っていました。


 自分はけっして伯爵夫人などになってはいけない人間なのです。


 今から婚約を辞退しても、もう遅いでしょうか?


 伯爵家の顔に泥を塗ることになってしまうでしょうか?


 それでも、伯爵家の嫁になってからキャリーの正体がばれてしまうよりは良いような気がします。


 キャリーは罪人の子です。

 じつは従僕頭(じゅうぼくがしら)執務室の壁に、キャリーの手配書きがぶら下がっているのです。


 とても古い手配書きです。


 隣国の元公爵家の末子カロライン、父親の反逆罪により連座。


 そのカロラインがキャリーの本当の名前です。

 おたずね者なのです。


 これまでばれなかったのは、魔道具の指輪で髪と目の色を変えていたからです。


 それももうここまで。

 伯爵家から送られてきた“花嫁の腕輪”を身につけてカロラインは驚きました。


 髪と目の色が元に戻ってしまったのです。


 “花嫁の腕輪”は着けた者にかかる魔法だけでなく、魔道具の効果まで無効にする能力を持っていました。


 偽りを暴く能力。


 カロラインにとってそれは祝福ではなく、“断罪の腕輪”でした。





次回は24日の予定です。


23日はお祭りに参加します。

Gyo¥0-さん企画の【ヒーローランク】です。

よろしかったら読みに来てください。

恥ずかしいですけど。

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