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(11)女神の井戸水と薬作り

 村のおばば様のところでは、薬草から軟膏(なんこう)や飲み薬を作るところを見せてもらったり、作るのを手伝わせてもらったりしていました。


 そのうちに、薬草が放つ魔力の光が他の草や木の葉よりも強いことに気がつきました。


 光の色も違って見えます。

 種類によって違うのですが、とても鮮やかな赤だったり、夏空のような青だったり、お日様みたいな黄色だったりします。


 他の草や木にも光は見えるのですが、とても弱々しく、色も濁っています。

 時々黒い魔力を放つ物を見つけることもあるのですが、それを見せると、毒を持った植物だとおばば様が教えてくれました。


 おそらく、この光が植物の魔力なのでしょう。


 光の強さが魔力の量、大きさを示すならば、薬草は他の植物に比べて蓄えている魔力の量がとても多いのだと思います。


 それなら、光の色は何を意味しているのでしょうか? 


 毒を持つ草の魔力の色が黒なら、もしかしたら効能によって色が違うのかもしれません。


 やがて、赤は傷薬、青は熱冷まし、黄色は体力回復薬の薬草の色であることがわかりました。


 森で薬草を採取する時にはとても便利です。

 なにしろ、薄暗い森で赤や青や黄色の鮮やかな光を見つければ、そこに薬草があるのですから。


 摘んだあとも薬草は光り続けていますが、摘んでから時間が経つほど光は薄くなっていきます。


 おばば様は「薬作りは時間との勝負」だと言っていました。

 カリンはおばば様のその言葉を、目で見て実感できたわけです。


 おばば様の小屋が村の外れの、森に一番近い場所にあったのは、このためだったのですね。

 森で採取した薬草を、少しでも早く処理しなければならないからです。


 薬草を刻む。

 他の材料と一緒に大きな鍋で煮る。

 熱が覚めるのを待って、最後に白い粉を入れてよくかき混ぜる。


 作業が進むにつれて、光がどんどん弱くなっていきます。


 最後に目の細かい布で()して完成した薬にもまだ光は残っていますが、それはとても弱々しいものでした。


 最後に入れた白い粉は“魔石”を砕いて()(つぶ)した物なのだそうです。


 “魔石”とは、魔物と呼ばれる、変異して狂暴になった獣の体内から出てくる、魔力がたくさん溜まった石のことです。


 作業中に消えていく薬草の効能を最後の魔石の粉で(よみがえ)らせるのだとおばば様は言っていました。


 カリンが見たところでは、どうやら魔石の粉を加えるのは、弱くなってしまった薬の魔力を補充するためなのではないでしょうか。


 ライラの話では、魔法使いが薬を作る時は、最後に魔石の粉を入れるのではなく、自分の魔力を注ぐこともあるといいますから、推測はあたっているような気がします。




 カリンは大きな背負い袋から、小さな木の桶や陶器のビンなどを取り出しました。


 この前、小間使いになってから初めて魔法学院の外に出て、商業区のお店で買って来たのです。


 初めて王都に来た時のことを思い出すと、外に出かけるのは少し勇気が必要でした。


 でも、カリンは「買い物なら代わりに行ってあげる」という心配そうなライラとシェリーの申し出を断り、街に出てみたのです。


 カリンには勝算がありました。


 “女神の井戸水”です。


 カリンは今、自分を守るための“魔力の膜”を張るのに、この井戸水を使っているのです。


 井戸水はカリンのお願いに(こた)えてくれました。

 普段は体の周りに、目に見えないほどのとても薄い膜を張り、夜寝る時には広がってカリンのベッドを覆ってしまいます。

 そうして、たくさんの魔力の情報の氾濫からカリンを守ってくれるようになったのです。


 耳や目、鼻や口を水の膜に覆われても、普通に聞こえるし、見えるし、匂いもわかって息もできるのが、とても不思議です。


 汲み上げてそのまま置いておくと、たとえ女神の井戸水であっても、どんどん魔力が水から抜けて、魔力の光が弱くなっていきます。


 それなのにカリンの周りの水の膜は、なぜか井戸から汲み上げた時のままの魔力をいつまでも保っているのです。

 それも、とても不思議なことでした。


 女神様に尋ねてみても、⎯⎯ポウ?⎯⎯と、不思議そうに魔力が揺らぐだけです。

 まだ寝ぼけているのかもしれません。


 でも寝坊助(ねぼすけ)の女神様のおかげで、カリンは街に出かけて買い物をすることができました。


 井戸水を持ち歩くための大きな革の水筒。小さな木の桶。大きめの陶器のビンと小さなビンをいくつか。それから、きれいな布。


 そして、それらの荷物を入れてどこへでも持って行けるように、大きくて丈夫な背負い袋も買いました。


 この桶やビンを買ったのは、実験のためです。

 カリンは“洗濯魔法”の応用で薬作りができるのではないかと考えたのです。




 季節はそろそろ夏本番。


 第5洗濯場周辺はいろいろな植物が力強く成長を始めていました。


 その中に、ありますあります。

 あちらこちらに赤や青や黄色の鮮やかな光がたくさん見えます。


 カリンはその日の洗濯仕事を手早く済ますと、赤い光の傷薬の薬草を摘みました。

 とりあえず、今回使う分だけ⎯⎯。


 それを使って、少し実験してみましょう。


 まず、小さな桶とビンと布を“洗濯魔法”で綺麗に洗います。

 目に見える汚れも、見えない生きている汚れも全部水に溶かして、次は、そのまま乾燥です。


 魔力を誘導して、汚れだけでなく水も全部、外に出してしまいます。


 すると、洗って濡れていたのが嘘のようにさらさらに乾いて、どれも新品のようにピカピカです。

 布など、たぶん新品の時よりも柔らかくて肌触りが良くなっています。


 さて、準備が整ったところで薬作りを始めましょう。




 薬草以外の材料は、薬の味を改善するための物と薬を長持ちさせるための物、それから魔石の粉だとおばば様は言っていました。


 今回は実験ですから、“薬草のみ”で作ります。


 まあいろいろ入れても、薬の味は苦味とえぐみと渋みで自分から飲みたいような代物ではありませんでしたし、使用期限の短いことにも驚きましたけれど⎯⎯。


 なにしろ、もって5日です。

 それを過ぎると薬の効果がほとんど見られないのです。


 カリンにも、5日を過ぎた薬から魔力の光は感じられませんでした。


 この、薬の使用期限の短さから、軍が戦争や魔物討伐に赴く時には必ず薬師が従軍し、いつもその場で調薬しているのです。



 薬草を刻んだり煮込んだりはしません。


 王都に来た時に魔力操作のレベルが5に上がってから、手を水に入れなくても水の中の魔力を操作することができるようになっていました。


 小さい桶に“女神の井戸水”と薬草を入れたら手をかざし、自分の魔力を桶の水につなげて⎯⎯あとは念じるだけです。


 ⎯⎯女神様の魔力さん、薬草の中の傷を治す成分だけを水の中に溶かしてちょうだい。お願い!

 ⎯⎯チカッ!


 胸のペンダントの、リンの魔力も一緒にお願いしているように瞬きました。


 すると、桶の中の水がみるみる赤く染まっていきます。


 魔力感知の低い人が見ると茶褐色の液体なのですが、カリンの目には真っ赤な光でまぶしいほどです。


 こんな強い魔力の光を放つ傷薬は見たことがありません。

 この前買い物に行った時お店にあった薬の輝きも、おばば様のものとそんなに変わりはありませんでした。


 カリンはなんだか嬉しくてワクワクしました。


 これなら、もしかしたら効果が高くて使用期限も長いかもしれません。


 魔力操作で、赤い水だけをビンに移動させると、桶の中には(しな)びた薬草だけが残りました。


 残った薬草は、なんだか黒ずんで見えます。


 ⎯⎯これって、もしかしたら……毒?

 ⎯⎯チッカ?


 どうやら薬草の中にも、人の体に有害な物が含まれていたようです。


 傷薬は大きなビン1つと小さなビン4つになりました。


 この傷薬は飲むか怪我に直接かけるかすると、傷の治りが早くなるのです。


 カリンは小さなビンを1つ手に取って、顔をしかめていました。

 まずは自分で飲んでみなければなりません。


 前におばば様の薬を飲んだ時は、あまりにひどい味に涙をこぼしてしまいました。

 体が震えて⎯⎯あまりにひどい味を感じると、体が勝手にこんな反応をするのだなあと、カリンは思いました。


 この薬には味を改善するという材料は入っていないのですから、あの時の上を行くかもしれません。ドキドキします。


 ⎯⎯とりあえず、まず自分が飲んでみないと始まらないわ。頑張れ私! えいっ! 

 ⎯⎯チカッ!?


 カリンは小ビンの中身を一気に飲み干しました。


 ⎯⎯あれッ?

 ⎯⎯チッカ?


「甘い?」


 苦みもえぐみも渋みもありません。むしろほんのり甘くて美味しいのです。


 カリンはこの結果に驚きましたが、すぐにその原因について考えました。

 もしかしたら薬草に残った、あの黒い成分がひどい味の原因だったのかもしれません。


 予想外の嬉しい結果です。


 次に効能ですが……こちらの方はどうやって確認するか、少し悩みました。


 カリンはどこにも傷がありません。

 できないわけでは無いのですが、すぐに治ってしまうのです。

 “力持ち魔法”を使うことが傷の治癒を早めているようでした。


 そこで、手荒れ治療の軟膏を作ることにしました。

 村ではこの傷薬は蜜蝋(みつろう)獣脂(じゅうし)(獣の脂肪)と混ぜて、手荒れ軟膏にすることが多かったのです。


 それをライラとシェリーに渡して、2人に試してもらいましょう。


 ベンに頼んで食堂から手に入れてもらった獣脂(じゅうし)を取り出し、“洗濯魔法”で汚れを取ると、真っ白でとても綺麗になりました。臭いもしません。


 これに傷薬と花の香りを混ぜると、色も薄くなって良い香りのなかなか素敵な軟膏になりました。


 料理人が、「小さ過ぎて使い道が無いから」と、ついでにくれた小さなビンに軟膏を入れました。


 ライラとシェリーは喜んでくれるでしょうか?


 さて、あとは使用期限を確認するだけです。


 カリンは残りの薬を背負い袋に大事にしまいました。





明日は投稿をお休みします。

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