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(10)手配書き(てはいがき)

 マシューの従僕頭(じゅうぼくがしら)執務室の中に、壁一面に木の板がたくさんぶら下がっている場所があります。


 一番大きな板はお知らせ掲示板です。

 小間使いや従僕たちにとって大切な仕事の連絡事項が書き込まれます。


 必要が無くなった部分は線を引いて消され、書くところが無くなると表面を削って、また使えるようにしています。


 掲示板の周りの小さな板は、個人的な伝言板のようです。

 マシューに許可をもらって壁にかけます。

 板は自前です。


 夜勤の仕事もありますから、時間が合わない同僚との連絡に使うのだそうです。


 仲間内(なかまうち)でわかれば良いということでしょうか? 

 いろいろ省略されていて、関係の無い人には全然意味のわからないものもあります。




 そういったものから少し離れたところに、同じ大きさの板ばかりが整然とかけられている場所があります。


 こちらの板にも文字が書かれています。

 髪と瞳の色。顔の特徴。身長。黒子ほくろや傷の場所。


 カリンがそれを眺めていると、マシューが“お(たず)ね者の手配書(てはいが)き”だと教えてくれました。


 盗賊。強盗。悪質な詐欺師。人殺し。

 逃亡中の凶悪犯が正体を隠し、お城の下働きとして(まぎ)れ込むことが無いように。

 紛れ込んでも誰かがすぐに気づくように。

 誰もが見やすい場所に手配書きをぶら下げているのだそうです。



 その中に、かなり長い間ぶら下げられたままなのか、色の変わってしまった板があります。

 カリンはその板が以前から気になっていました。


 その板に大きな文字で書かれた最初の言葉の意味がわからず、この前マシューに教えてもらったのです。


 “反逆罪(はんぎゃくざい)”、そして“連座(れんざ)”という言葉でした。


 その意味を知った時、胸をぎゅっとつかまれたような気がしました。


 “反逆罪”は国に敵対するような罪を犯すこと、そして“連座”とは罪を犯した人の家族や家臣が、罪人の巻き添えで罪に落とされることを言うのだそうです。


 その板は、隣の国の取り潰された貴族の家の、子供の手配書きだったのです。


 その子供が罪を犯したわけではないと、マシューは言っていました。

 でも捕まれば処刑されます。

 子供をかくまった者も罪にとわれると、手配書きには書かれていました。


 この手配書きに書かれているのは子供のことだけです。

 この子の親はもう捕まってしまったのでしょうか?

 もしかしたら、もう処刑されてしまったのかもしれません。


 他国に手配が回って来ているということは国境を出ることができたのでしょうか?


 たった一人で?

 いえ、誰か大人が一緒なのかもしれませんが……。


 その子は今ごろ、何処(どこ)でどうしているのでしょうか?




 ⎯⎯私はどうなのかしら?

 ⎯⎯チッカ?


 森で拾われた時の記憶は少しぼんやりとしています。

 ただ、親切な旅人のおじさんが泣きそうな顔で抱きしめてくれたことは覚えています。


 カリンの記憶はそこから始まっているのです。


 カリンはなぜ、危険な森の中を1人でさ迷っていたのでしょう?


 どこから来たのでしょう? 親はどうしたのでしょう? 

 盗賊や魔物に殺されてしまったのでしょうか?


 それとも、自分は親に捨てられた子供なのでしょうか?


 自分はいったい、どこの誰なのでしょう? 


 何もわからないということは恐ろしいことです。


 捨てられていたのなら、まだ良いでしょう。


 カリンは売られたか誘拐されたかした子供で、そこから逃げ出していたのかもしれません。

 いつか誰かがカリンを連れ戻しに来るかもしれません。


 そんな夢を⎯⎯何度も見ました。


 今度は、カリンの親が罪を犯した逃亡者かもしれないという可能性も出てきてしまいました。


 村の人たちやマシューやベンたちが、カリンのせいで兵士に捕まってしまったら、どうすれば良いのでしょうか?


 そんなカリンの様子に気づいたのは、やはり勘の良いベンでした。


 ベンは軽く笑いながら教えてくれました。


「こっちの国にとって都合が悪い奴か、よっぽどの凶悪犯でもなければ、よその国の手配書きに(こた)えたりしないよ。


 犯罪者を取り締まるのに、情報として利用するだけさ。

 ましてや、迷子を保護して育てた人たちを罪に問うなんてことはあり得ない」


 ベンはしゃがんで、カリンの目をのぞきこみました。

 ベンの目は茶色。とても優しい色でした。


「良いか? カリンはもう、この国の民なんだ。村には家族がいるんだろ? 

 そしてここにも、お前の兄ちゃんや姉ちゃんたちがいる⎯⎯あっ、もう1人のじいちゃんもな」


 マシューが眉を上げたのを見て、あわてて付け加えました。


「お前は大人びているけど、まだ子供だ。

 悩みがある時は、1人で抱えこまずに誰かに相談する努力をしろ」


「相談する……努力?」


「そうだ。思ってることを他人(ひと)に話すのは怖いんだろう?」


 ベンはクシャッと笑いました。


「もうちょっとだけ信じて見ろよ。

 ここにいるお前の兄ちゃんや姉ちゃんたちはけっこう頼りになるんだぜ」


 その時、ベンの後ろに2人の人影が立ちました。


「ああら素敵。

 頼りになるお兄ちゃん。私たち、とっっても困ってるのぉ。お願い助けてちょうだぁいっ」


「ちょっとばかりたくさんの荷物を運ばなくちゃならなくなったのよ。

 ここは頼もしいお兄さんに、ぜひ手伝ってもらいたいわね」


「私の力作の伝言板に気づいてくれないなんてぇ。とーっても悲しいから、ライラ、お兄ちゃんを迎えに来ちゃった!」


 少し前から話を聞いていたらしいライラとシェリーが、ベンの両腕にしがみついて、そのまま彼を連行して行ってしまったのでした。


 残されたカリンに、マシューは、ベンの話の補足をしてくれました。


「そもそも、隣国から回されてきた手配書きの初めのところに“反逆罪”と“連座”の文字がこんなに大きく書かれているということは、向こうもこの子供を捕らえるつもりは無いということですよ。

 むしろ、こちらの国で保護してほしいという願いが込められた手配書きなのではないでしょうか」


 マシューは優しく笑いました。


「この手配書きを書いた人の声が聞こえるようじゃありませんか? 

 この子は何の罪も無い子です。

 どうかよろしくお願いしますとね」


 カリンはそんなことを考えつきもしませんでした。


 手配書きの板を見つめるカリンの目がキラキラしているのに気づいたマシューは小さく微笑んで、書類仕事を再開しました。






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